1 / 15
仮面の魔術師
仮面の魔術師(1)
しおりを挟む
「この先は袋小路だ。追い込め」
夜の街中に兵士の声が響く。
「そうはいかないっつーの」
数人の兵士に追いかけられながらも、ウォルフはにやりと笑って、小さく呟いた。
だてに名の知れた盗賊だったわけじゃない。
ウォルフは左へと角を曲がった。
兵士が怒鳴っていたとおり、周りは高い塀に囲まれ逃げ場はない。
「さあ、行き止まりだ。観念しろ、このドブネズミめ」
「……逃げられないと思うだろ?ところが違うんだよなあ」
ウォルフは身を沈め、土を蹴った。
高い跳躍。
「な、馬鹿な……」
兵士達から驚きの声が上がる。
石壁の上に、体重を感じさせない動作でひらりと飛び乗ったウォルフは、そのまま続く民家の屋根へと飛び移る。
「じゃーな」
捨て台詞を残して、ウォルフは走り出す。
迷路のように入り組んだこの都市では、同じように屋根を飛び移らない限り追っては来れない。
「しっかし……サミュエルの奴も無理言ってくれるよな。三人であの 警備の厳しいトーラ卿の館から指輪を盗み出して来いとか、フツー頼むかっての。まあ、人手不足なのは認めるけどさ」
ウォルフはぶつぶつと小声で文句を言いながら、辺りを見回して、そっと地面に降りた。
もうしばらく行くと落ち合う場所だ。
暗い夜道を歩き、待ち合わせの場所までたどり着く。
仲間の姿は見えない。
「おやや?俺が一番乗りか?」
呟いたその時だった。
一瞬にしてあたりは昼間のように明るい光に包まれた。
「!!」
ウォルフは頭上を仰いだ。
屋根の上には数人の人影。
そして無数に浮かぶ光の球体。
明かりを得るための光魔法だ。
煌々と照らし出された敵は、皆ストイックな詰襟の黒い制服に身を包んでいる。
胸には揃いの銀の十字架。
「くそっ……神軍か」
リーダらしき男が冷たくウォルフを見下ろす。
「二人なら先に逝った。おまえで三人目だ、罪人よ。自らの罪を悔いて地獄に落ちるがいい」
「……冗談じゃねーっつーの」
青ざめた顔で、唇を笑みの形にゆがめてウォルフは呟く。
状況は最悪だった。
剣にはそれなりに自信がある。
相手が並の剣士なら、数人を相手にしても立ち回れる。
だが、魔術師となれば話は別。
一人か二人斬り殺している間に、他の魔術師に狙い撃ちにされ、それで終わり。
ましてや相手は大教会のかかえる最強の魔術軍団、神軍の魔術師だ。中には簡単な術なら呪文詠唱なしで魔術を行使できる奴すらいる。
それが全部で七人。しかもこっちは地面、相手は屋根の上。斬り殺そうにも、たどり着く前に向こうの呪文が完成するのは目に見えている。あまりにも分が悪い。
「――祈るがいい。慈悲深き神に」
魔術師達の呪文詠唱が始まる。そのうち二人は呪文すら唱えていないというのに、掌に光が集中していく。呪文詠唱なしで放たれた無数の光の矢がウォルフをめがけて雨のように降り注ぐ。ウォルフの持つ短剣では防ぎようがない。
「……くそっ……」
ウォルフが覚悟をした時だった。
光の矢がまるで闇に溶け込むように、全て消滅する。
「何だ!?」
勝利を確信していた魔術師達が色めき立つ。
暗がりの中から響くカツカツという靴音。
光球の明かりの下に現れたのは、闇そのもののような黒いローブを身に纏い、白いペルソナをつけた人物だ。
「……仮面の魔術師……」
先ほどの男が呟く。
その声にはありありとした恐れがにじんでいる。
「……また、あんたか」
ウォルフはほっと息をついた。
仮面の魔術師に標的を換え、呪文詠唱の終わった術が次々と解き放たれる。
迫ってくる火焔球にも光の矢にも、仮面の魔術師は慌てた様子は見せなかった。
呪文詠唱すらせず、黒い手袋をはめた左手を軽く横へと流す。
その動作で瞬時に半球状の膜が、仮面の魔術師とウォルフを包むように出現する。
結界を張ったのだ。
襲い掛かってくる攻撃魔法が次々と結界に着弾する。
全ての攻撃魔法を食らっても、結界はびくともしなかった。
「――神の吐息は我が前に道を開く」
仮面の魔術師がひとこと低く呟く。
ひらりと一つ、白いもの空より落ちる。
「花びら……?」
ひらりひらりと、まるで雪のように次から次へと花びらが舞い降りてくる。
次の瞬間、暴風が湧き起こった。
まるで意志を持った化物のように、花吹雪は男達へと襲い掛かる。
「な……!」
迎撃に放たれた火炎呪文をあっけなく吹き飛ばし、張られた結界さえも素通りし、暴風は神軍を襲った。
こうなると高所にいたのが仇になる。
足を掬われ吹き飛ばされ、次々と男達は地面へと激突していく。
「……結界を素通りだと……馬鹿な……」
呻く男達を仮面の魔術師は静かに見下ろし、わずかに手を横へと引いた。
その動作だけで、起き上がろうともがいていた男達は次々と地面に伏していく。
「……殺したのか?」
「いや」
仮面の魔術師は短い一言でウォルフの問いかけを否定する。
どうやら男達は気を失っただけらしい。
ヒュウ、とウォルフは口笛を吹いた。
「気絶させただけ、か。余裕たっぷりじゃん。相変わらず圧倒的な強さだな」
「……」
仮面の魔術師は何も答えず、踵を返した。
「おいおい。置いてかないでくれよ。あんたとはちょっと話をしたいと思ってたんだ」
ウォルフが後を追った時だった。
「……我ら神軍を……あまり舐めるなよ……」
呟く声にウォルフは慌てて振り返った。
声の主は先程のリーダー格の男だ。
どうやらこの男だけはまだ完全に意識を失ってはいなかったらしい。
男の右手に光がともる。
男が意識を手放す直前に放ったオレンジの光球は、そのまま一直線に空へと急上昇し、そして爆音と共に花火のように弾け散った。
窮地を知らせ、援軍を呼んだのだ。
「うわ!なんつー余計なことを。まずいな。早くずらからねーと」
「……ついて来い」
仮面の魔術師がくぐもった声で短く言った。
夜の街中に兵士の声が響く。
「そうはいかないっつーの」
数人の兵士に追いかけられながらも、ウォルフはにやりと笑って、小さく呟いた。
だてに名の知れた盗賊だったわけじゃない。
ウォルフは左へと角を曲がった。
兵士が怒鳴っていたとおり、周りは高い塀に囲まれ逃げ場はない。
「さあ、行き止まりだ。観念しろ、このドブネズミめ」
「……逃げられないと思うだろ?ところが違うんだよなあ」
ウォルフは身を沈め、土を蹴った。
高い跳躍。
「な、馬鹿な……」
兵士達から驚きの声が上がる。
石壁の上に、体重を感じさせない動作でひらりと飛び乗ったウォルフは、そのまま続く民家の屋根へと飛び移る。
「じゃーな」
捨て台詞を残して、ウォルフは走り出す。
迷路のように入り組んだこの都市では、同じように屋根を飛び移らない限り追っては来れない。
「しっかし……サミュエルの奴も無理言ってくれるよな。三人であの 警備の厳しいトーラ卿の館から指輪を盗み出して来いとか、フツー頼むかっての。まあ、人手不足なのは認めるけどさ」
ウォルフはぶつぶつと小声で文句を言いながら、辺りを見回して、そっと地面に降りた。
もうしばらく行くと落ち合う場所だ。
暗い夜道を歩き、待ち合わせの場所までたどり着く。
仲間の姿は見えない。
「おやや?俺が一番乗りか?」
呟いたその時だった。
一瞬にしてあたりは昼間のように明るい光に包まれた。
「!!」
ウォルフは頭上を仰いだ。
屋根の上には数人の人影。
そして無数に浮かぶ光の球体。
明かりを得るための光魔法だ。
煌々と照らし出された敵は、皆ストイックな詰襟の黒い制服に身を包んでいる。
胸には揃いの銀の十字架。
「くそっ……神軍か」
リーダらしき男が冷たくウォルフを見下ろす。
「二人なら先に逝った。おまえで三人目だ、罪人よ。自らの罪を悔いて地獄に落ちるがいい」
「……冗談じゃねーっつーの」
青ざめた顔で、唇を笑みの形にゆがめてウォルフは呟く。
状況は最悪だった。
剣にはそれなりに自信がある。
相手が並の剣士なら、数人を相手にしても立ち回れる。
だが、魔術師となれば話は別。
一人か二人斬り殺している間に、他の魔術師に狙い撃ちにされ、それで終わり。
ましてや相手は大教会のかかえる最強の魔術軍団、神軍の魔術師だ。中には簡単な術なら呪文詠唱なしで魔術を行使できる奴すらいる。
それが全部で七人。しかもこっちは地面、相手は屋根の上。斬り殺そうにも、たどり着く前に向こうの呪文が完成するのは目に見えている。あまりにも分が悪い。
「――祈るがいい。慈悲深き神に」
魔術師達の呪文詠唱が始まる。そのうち二人は呪文すら唱えていないというのに、掌に光が集中していく。呪文詠唱なしで放たれた無数の光の矢がウォルフをめがけて雨のように降り注ぐ。ウォルフの持つ短剣では防ぎようがない。
「……くそっ……」
ウォルフが覚悟をした時だった。
光の矢がまるで闇に溶け込むように、全て消滅する。
「何だ!?」
勝利を確信していた魔術師達が色めき立つ。
暗がりの中から響くカツカツという靴音。
光球の明かりの下に現れたのは、闇そのもののような黒いローブを身に纏い、白いペルソナをつけた人物だ。
「……仮面の魔術師……」
先ほどの男が呟く。
その声にはありありとした恐れがにじんでいる。
「……また、あんたか」
ウォルフはほっと息をついた。
仮面の魔術師に標的を換え、呪文詠唱の終わった術が次々と解き放たれる。
迫ってくる火焔球にも光の矢にも、仮面の魔術師は慌てた様子は見せなかった。
呪文詠唱すらせず、黒い手袋をはめた左手を軽く横へと流す。
その動作で瞬時に半球状の膜が、仮面の魔術師とウォルフを包むように出現する。
結界を張ったのだ。
襲い掛かってくる攻撃魔法が次々と結界に着弾する。
全ての攻撃魔法を食らっても、結界はびくともしなかった。
「――神の吐息は我が前に道を開く」
仮面の魔術師がひとこと低く呟く。
ひらりと一つ、白いもの空より落ちる。
「花びら……?」
ひらりひらりと、まるで雪のように次から次へと花びらが舞い降りてくる。
次の瞬間、暴風が湧き起こった。
まるで意志を持った化物のように、花吹雪は男達へと襲い掛かる。
「な……!」
迎撃に放たれた火炎呪文をあっけなく吹き飛ばし、張られた結界さえも素通りし、暴風は神軍を襲った。
こうなると高所にいたのが仇になる。
足を掬われ吹き飛ばされ、次々と男達は地面へと激突していく。
「……結界を素通りだと……馬鹿な……」
呻く男達を仮面の魔術師は静かに見下ろし、わずかに手を横へと引いた。
その動作だけで、起き上がろうともがいていた男達は次々と地面に伏していく。
「……殺したのか?」
「いや」
仮面の魔術師は短い一言でウォルフの問いかけを否定する。
どうやら男達は気を失っただけらしい。
ヒュウ、とウォルフは口笛を吹いた。
「気絶させただけ、か。余裕たっぷりじゃん。相変わらず圧倒的な強さだな」
「……」
仮面の魔術師は何も答えず、踵を返した。
「おいおい。置いてかないでくれよ。あんたとはちょっと話をしたいと思ってたんだ」
ウォルフが後を追った時だった。
「……我ら神軍を……あまり舐めるなよ……」
呟く声にウォルフは慌てて振り返った。
声の主は先程のリーダー格の男だ。
どうやらこの男だけはまだ完全に意識を失ってはいなかったらしい。
男の右手に光がともる。
男が意識を手放す直前に放ったオレンジの光球は、そのまま一直線に空へと急上昇し、そして爆音と共に花火のように弾け散った。
窮地を知らせ、援軍を呼んだのだ。
「うわ!なんつー余計なことを。まずいな。早くずらからねーと」
「……ついて来い」
仮面の魔術師がくぐもった声で短く言った。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~
オレンジ方解石
ファンタジー
恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。
世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。
アウラは二年後に処刑されるキャラ。
桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー
魅了魔法に対抗する方法
碧井 汐桜香
恋愛
ある王国の第一王子は、素晴らしい婚約者に恵まれている。彼女は魔法のマッドサイエンティスト……いや、天才だ。
最近流行りの魅了魔法。隣国でも騒ぎになり、心配した婚約者が第一王子に防御魔法をかけたネックレスをプレゼントした。
次々と現れる魅了魔法の使い手。
天才が防御魔法をかけたネックレスは強大な力で……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる