ローズフィアの物語 青銀の聖女

ひしん

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仮面の魔術師

仮面の魔術師(1)

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「この先は袋小路だ。追い込め」

 夜の街中に兵士の声が響く。

「そうはいかないっつーの」

 数人の兵士に追いかけられながらも、ウォルフはにやりと笑って、小さく呟いた。
 だてに名の知れた盗賊だったわけじゃない。
 ウォルフは左へと角を曲がった。

 兵士が怒鳴っていたとおり、周りは高い塀に囲まれ逃げ場はない。

「さあ、行き止まりだ。観念しろ、このドブネズミめ」
「……逃げられないと思うだろ?ところが違うんだよなあ」

 ウォルフは身を沈め、土を蹴った。
 高い跳躍。

「な、馬鹿な……」

 兵士達から驚きの声が上がる。
 石壁の上に、体重を感じさせない動作でひらりと飛び乗ったウォルフは、そのまま続く民家の屋根へと飛び移る。

「じゃーな」

 捨て台詞を残して、ウォルフは走り出す。
 迷路のように入り組んだこの都市では、同じように屋根を飛び移らない限り追っては来れない。

「しっかし……サミュエルの奴も無理言ってくれるよな。三人であの 警備の厳しいトーラ卿の館から指輪を盗み出して来いとか、フツー頼むかっての。まあ、人手不足なのは認めるけどさ」

 ウォルフはぶつぶつと小声で文句を言いながら、辺りを見回して、そっと地面に降りた。
 もうしばらく行くと落ち合う場所だ。
 暗い夜道を歩き、待ち合わせの場所までたどり着く。
 仲間の姿は見えない。

「おやや?俺が一番乗りか?」

 呟いたその時だった。
 一瞬にしてあたりは昼間のように明るい光に包まれた。

「!!」

 ウォルフは頭上を仰いだ。
 屋根の上には数人の人影。
 そして無数に浮かぶ光の球体。
 明かりを得るための光魔法だ。
 煌々と照らし出された敵は、皆ストイックな詰襟の黒い制服に身を包んでいる。
 胸には揃いの銀の十字架。

「くそっ……神軍か」

 リーダらしき男が冷たくウォルフを見下ろす。

「二人なら先に逝った。おまえで三人目だ、罪人よ。自らの罪を悔いて地獄に落ちるがいい」

「……冗談じゃねーっつーの」

 青ざめた顔で、唇を笑みの形にゆがめてウォルフは呟く。
状況は最悪だった。

 剣にはそれなりに自信がある。
 相手が並の剣士なら、数人を相手にしても立ち回れる。
 だが、魔術師となれば話は別。
 一人か二人斬り殺している間に、他の魔術師に狙い撃ちにされ、それで終わり。
 ましてや相手は大教会のかかえる最強の魔術軍団、神軍の魔術師だ。中には簡単な術なら呪文詠唱なしで魔術を行使できる奴すらいる。
 それが全部で七人。しかもこっちは地面、相手は屋根の上。斬り殺そうにも、たどり着く前に向こうの呪文が完成するのは目に見えている。あまりにも分が悪い。

「――祈るがいい。慈悲深き神に」

 魔術師達の呪文詠唱が始まる。そのうち二人は呪文すら唱えていないというのに、掌に光が集中していく。呪文詠唱なしで放たれた無数の光の矢がウォルフをめがけて雨のように降り注ぐ。ウォルフの持つ短剣では防ぎようがない。

「……くそっ……」

 ウォルフが覚悟をした時だった。
 光の矢がまるで闇に溶け込むように、全て消滅する。

「何だ!?」

 勝利を確信していた魔術師達が色めき立つ。
 暗がりの中から響くカツカツという靴音。
 光球の明かりの下に現れたのは、闇そのもののような黒いローブを身に纏い、白いペルソナをつけた人物だ。

「……仮面の魔術師……」

 先ほどの男が呟く。
 その声にはありありとした恐れがにじんでいる。

「……また、あんたか」

 ウォルフはほっと息をついた。
 仮面の魔術師に標的を換え、呪文詠唱の終わった術が次々と解き放たれる。
 迫ってくる火焔球にも光の矢にも、仮面の魔術師は慌てた様子は見せなかった。
 呪文詠唱すらせず、黒い手袋をはめた左手を軽く横へと流す。
 その動作で瞬時に半球状の膜が、仮面の魔術師とウォルフを包むように出現する。
 結界を張ったのだ。
 襲い掛かってくる攻撃魔法が次々と結界に着弾する。
 全ての攻撃魔法を食らっても、結界はびくともしなかった。

「――神の吐息は我が前に道を開く」

 仮面の魔術師がひとこと低く呟く。
 ひらりと一つ、白いもの空より落ちる。

「花びら……?」

 ひらりひらりと、まるで雪のように次から次へと花びらが舞い降りてくる。
 次の瞬間、暴風が湧き起こった。
 まるで意志を持った化物のように、花吹雪は男達へと襲い掛かる。

「な……!」

 迎撃に放たれた火炎呪文をあっけなく吹き飛ばし、張られた結界さえも素通りし、暴風は神軍を襲った。
 こうなると高所にいたのが仇になる。
 足を掬われ吹き飛ばされ、次々と男達は地面へと激突していく。

「……結界を素通りだと……馬鹿な……」

 呻く男達を仮面の魔術師は静かに見下ろし、わずかに手を横へと引いた。
 その動作だけで、起き上がろうともがいていた男達は次々と地面に伏していく。

「……殺したのか?」

「いや」

 仮面の魔術師は短い一言でウォルフの問いかけを否定する。
 どうやら男達は気を失っただけらしい。
 ヒュウ、とウォルフは口笛を吹いた。

「気絶させただけ、か。余裕たっぷりじゃん。相変わらず圧倒的な強さだな」

「……」

 仮面の魔術師は何も答えず、踵を返した。

「おいおい。置いてかないでくれよ。あんたとはちょっと話をしたいと思ってたんだ」

 ウォルフが後を追った時だった。

「……我ら神軍を……あまり舐めるなよ……」

 呟く声にウォルフは慌てて振り返った。
 声の主は先程のリーダー格の男だ。
 どうやらこの男だけはまだ完全に意識を失ってはいなかったらしい。
 男の右手に光がともる。
 男が意識を手放す直前に放ったオレンジの光球は、そのまま一直線に空へと急上昇し、そして爆音と共に花火のように弾け散った。
 窮地を知らせ、援軍を呼んだのだ。

「うわ!なんつー余計なことを。まずいな。早くずらからねーと」
「……ついて来い」

 仮面の魔術師がくぐもった声で短く言った。
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