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正式なマネージャー

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 麗香れいかさんの言葉で頭が真っ白になった。
 
 どうして?
 
 その言葉だけが私の頭の中でグルグルとしていた。
 
 勝手な行動をしたから?
 盛良くんに危険な思いをさせたことはマネージャー失格ってこと?
 
 でも、それには文句は言えない。
 だって、望亜のあくんのときも同じことをしたんだから。

「それは、あおいちゃんが危険な目にあったから、ですか~?」
 
 隣に座っているお母さんはいつもと変わらない、間延びしたしゃべりで麗香さんに尋ねた。
 
「はい。未成年である葵さんを両親に相談もせずに働かせてしまったことはお詫びしても許されることではありません」
「許しますよ」
「え?」
 
 私と麗香さんの声が重なった。
 
「今、聞きましたから」
「ですが……」
「ねえ、葵ちゃん。前に学校を辞めたいって言ってたのはこのことだったんだね?」
「あ……。う、うん。マネージャーに集中したいなって思って」
「そっか~。でも、お母さん、高校を辞めるのは反対だな~」
「わかってる。ちゃんと両立させるつもりだよ。成績だって落とさない」
「……約束できる?」
「……うん」
「いや、あの……」
 
 麗香さんが戸惑った声を出す。
 そんな麗香さんに対して、お母さんは立ち上がって深々と頭を下げた。
 
「お願いします。このまま娘を雇っていただけないでしょうか?」
 
 私も慌てて立ち上がり、お母さんと同じように頭を下げる。
 
「お願いします! マネージャーを続けさせてください!」
「ですが、その……また、今日みたいな危険なことが……」
「でも~犯人は捕まったんですよね~?」
「そ、そうですけど」
「じゃあ、大丈夫です~」
 
 にっこりと笑うお母さん。
 おっとりとしているのに、押しが強い。
 我が母親ながら不思議な人だと思う。
 
「……わかりました。ちゃん、これからもお願いね」
「はい!」
 
 麗香さんが立ち上がり、お母さんに深々と頭を下げる。
 
「娘さんをお預かりします」
 
 こうして、私は親公認のマネージャー業をやれることになった。
 
 
 
 お母さんの許可をもらったことは正直、私にとってプラスになった。
 お母さんにはお兄ちゃんに私がマネージャーだと言うことを隠していること、私がお兄ちゃんがアイドルをしていることを知らないテイだと話した。
 お母さんはそれを聞いて爆笑する。
 
「気づかないのか~。あおいくんもまだまだだねぇ~」
 
 そして、お母さんはお兄ちゃんに、私が新しくアルバイトを始めたと言ってくれた。
 お母さんの友達の子供の家庭教師を頼まれたということにしてくれたのだ。
 それで、時々、帰るのが遅くなると話してくれた。
 これで、マネージャー業で帰りが遅くなっても、お兄ちゃんが心配しなくて済むわけだ。
 
 でも、お母さんが協力してくれる反面、絶対に成績は落とせない。
 マネージャー業で疲れていても、ちゃんと勉強はしないと。
 
 ほとんど、自分の自由時間はなくなる。
 でも、これは私が選んだことなんだ。
 
 だから、絶対にやり遂げて見せる。
 
 
 
 盛良もりよしくんが退院してから3日後。
 私たちは警察署に、学校が終わってからでいいので来て欲しいと呼び出された。
 いわゆる、事件の事情聴取というやつだ。
 私は一度帰って着替えてから、盛良くんと待ち合わせ場所に向った。
 
 そして、呼び出された警察署に向かう電車に乗る。
 でも……。
 
「なんで隣の県の警察署なんだ?」
「……さあ?」
 
 隣の県なので、何回か電車を乗り継いでいく必要がある。
 
「あの、盛良くん」
「ん?」
「腕……大丈夫ですか?」
「ああ、平気平気。念のため包帯はまだしてるけど、傷はほとんどふさがったよ」
「……そっか。よかったです」
 
 電車内に夕日の赤い光が差し込んでくる。
 ガタガタと電車が揺れる。
 
「……ごめんな」
「え? なにがですか?」
「お前を守れなかった」
「そんなことないですよ。……私こそ、盛良くんに怪我をさせちゃって……」
「今度はさ。絶対に守るよ」
 
 盛良くんは私の顔を見ることなく、真っすぐ前を見て言った。
 その顔は真剣で、なんか、とても格好いいと思ったのだ。
 
 
 
 警察署に着いて、呼ばれたことを話す。
 すると50代くらいの貫禄のあるおじさん刑事が刑事課の札が吊るされている方に向って叫んだ。
 
「おい、八神やがみ! 事情聴取に来てくれたぞ」
「了解っす」
 
 声を掛けられ、立ち上がったのは若い男の人だった。
 
 見たことがある。
 あのとき、助けてくれた人だ。
 
「遠いところ、わざわざすんませんっすね」
「あ、いえ、大丈夫です」
 
 私がそう言うと、貫禄のあるおじさん刑事が面倒くさそうに頭を掻いた。
 
「ったく。管轄外の事件に首突っ込みやがって」
「も、もういいじゃないっすか」
「ざけんな。俺がどれだけ文句言われたのかわかってんのか?」
「何度も謝ってるじゃないっすか」
「何度謝られても、足りねーよ」
「でも、ほら、あんまり待たせても、ね?」
「ちっ!」
「じゃあ、すんません、こっちっす」
 
 若い刑事さんに連れられて、取調室と書かれた部屋に入る。
 
 私と盛良くんが並んで座り、その向かいに刑事さんが座る。
 
「君が葵さん……っすよね?」
「え? あ、はい。そうです」
「由依香さんから色々と話は聞いてるっす」
「……私の、ですか?」
 
 私はチラリと盛良くんの方を見る。
 由依香さんは盛良くんのことは話してなかったんだろうか。
 だが、盛良くんのほうはそんなことを気にしてないのか、刑事さんの方を見ている。
 
「……こんなこと、俺から言うのも変なんすけど」
 
 そう前置きしてから、刑事さんは座ったままではあるものの頭を下げた。
 
「ありがとうっす」
「……えっと、何がですか?」
 
 頭を上げた後、刑事さんが笑みを浮かべる。
 
「ほんの少しっすけど、由依香さんの重荷が消えた気がするんっす」
「……重荷ですか?」
「実はなんすけど、ここに来てもらったのは事情聴取より、礼を言いたかったからなんすよね。まあ、そのせいで、いわさんにメチャクチャ説教されたんすけどね」
「あの、どうして、私にお礼を?」
「あー、そうっすよね。最初から説明するっす」
 
 そう言って、刑事さんはゆっくりと由依香さんのことを語り出したのだった。
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