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第二支部明稜学園
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我が明稜学園の全生徒数は721人。敷地面積177万m²。
生徒数は高校の平均ほどなのに敷地だけは大学ほどもある。
創始者は庭園が好きだったらしく、学園の敷地の真ん中に大きな庭園が広がっている。
校舎ほどの大きさの庭園など本当に馬鹿げた話だ。
毎年、新入生がここに迷い込んで迷子になるのは学園の風物詩と言っていいだろう。
逆に二年生にもなると庭園を熟知する者が出てくる。
いわゆるサボりなどに利用するといったわけだ。
そして、なにかあった場合の逃げ場としてもよく活用される。
「ナツ先輩。ターゲットは噴水を横切り、鬼灯エリアに入りました」
耳に付けたインカムから後輩のカオルの、男にしては高めの声が聞こえてくる。
「第三部隊と第五部隊は紫陽花エリアの通路に回り込め。第一部隊はクチナシエリアの通路を封鎖。第二、第四は俺に続け」
インカムを通しての俺の指示に対し、それぞれの隊長が「了解しました」と答える。
俺はコスモスエリアの通路を駆け抜けて、ジワリと額ににじむ汗を拭いつつ鬼灯エリアへと向かう。
全く。面倒をかけさせる。
逃げても無駄だということは本人が一番わかっているはずなのに必死で逃げるのは本当に滑稽だ。
すぐに逃げたことを後悔させてやる。
いや――生まれてきたこと自体に後悔することになるだろうな。
うざったいコスモスエリアを抜けると右手に噴水が見える。
――近いな。
「ナツ先輩!」
噴水の前で待機していた第二部隊。
その隊長であるカオルが駆け寄ってきた。
そして、噴水の裏側から第四部隊がやってきて合流する。
各隊、五名ずつ。さらに第一、第三、第五部隊は通路を封鎖しているから計二十五名。
いくら庭園が広いとはいえ、これだけの人数で囲まれれば逃げることなど不可能だ。
「他の隊から連絡は無いので、ターゲットは鬼灯エリアの中にいるはずです」
俺の前に立ち、敬礼しながらカオルが現状報告をする。
152センチで小柄なこいつが、一年生にして部隊長の座に着けたのは情報収集能力の高さからだ。
「これで、捕獲も時間の問題ですね」
人懐っこい笑顔を向けてくるカオル。
童顔で大きい目のカオルはよく犬に比喩される。
確かにケツに尻尾が付いていても違和感がなさそうだ。
女生徒から多大な人気があり、特に三年の女供から毎日のように可愛がられているらしい。
と言っても異性ではなくマスコットのような感じで見られているみたいだ。
前は逐一、クッキーをもらっただの、頭を撫でられただの、女装させられただのと報告をされたものだったが最近は一向に話そうとしなくなった。
俺としては大助かりだ。
こいつの愚痴に似た話を聞かされるなんて面倒この上ない。
……それにしても、いつからだったか。こいつがそのことを話さなくなったのは。
――ああ。
確か「汚されてしまいました」と泣きながら執務室に戻ってきてからか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「追い詰められた人間は何をするかわからん。気を抜くな」
「あ、は、はいっ! 申し訳ありませんでした!」
もう一度、ビシと敬礼をして真剣な顔つきになるカオル。
「なるべく花は踏むなよ。園芸部の奴らがうるさいからな」
「はい!」
俺の後ろに待機している隊員たちが声を揃えて答える。
鬼灯エリアはビニールハウスになっているから一層熱気が篭っているだろう。
ゆっくりとビニールのドアを開く。
ジメッと肌にまとわりつく、ヘドロのような熱風が流れてくる。
このまま放っておけばターゲットは脱水症状で自滅するだろう。
だが、それでは面白くない。
脱水症状で気絶など文字通り生ぬるい。
気絶させるなら恐怖でだ。
この暑さの中、俺を走り回させた代償は命をもって償わせる。
「行くぞ」
庭園の通路はただ土が盛り上がっているだけで、物凄く歩きづらい。
さらに人一人がやっと通れるほどの狭さだ。
足早に進むと、通路が十字路になっているところに行き着く。
「あ、ああっ!」
十字路の中心に巨漢でメガネの男が立っている。
――ターゲットだ。
グッショリと濡れた顔面は脂汗なのか涙なのかわからない状態になっている。
「お、お許しください!」
ターゲットは両膝を着いて胸の前で両手を握り、祈りのようなポーズをとる。
「出来心だったんです!」
「……」
ターゲットの前に立ち、見下ろす。
ガクガクと震え、顔が恐怖に歪んでいる。
いいぞ。もっとだ。
もっと恐怖しろ。
「も、もう二度と規則は破りません! で、ですから勘弁してください!」
祈りのポーズから土下座に移行する。
「……」
ターゲットの頭の横に立て膝をつき、髪をつかんで顔を上げさせる。
そして、そっとやつの耳元で囁く。
「……ダメだな」
「ひっ、ひぃ!」
「連行しろ」
「はっ!」
パチンと指を鳴らすと数人の隊員がやってきてターゲットの脇を掴んで立たせる。
「い、嫌だ! す、鈴ちゃん、たすけてぇー!」
顔を横にブンブンと振り続けながら叫ぶターゲット。
ズルズルと隊員に引きずられていく。
他の隊員たちも出ていき、ビニールハウス内は俺だけになる。
静寂。
ジリジリと太陽の光が差し込んでくる。
チラリと足元を見下ろすと鬼灯の白い花が咲いているのが見えた。
その横には血のような真っ赤な果実が寄り添うようになって生っている。
「くっくっく」
それが奴の今後の姿を暗示しているかのように見えて、不意におかしくなった。
さてと、粛清の時間だ。
俺は奴が引きずられて出来た轍のような跡の上を歩き、鬼灯エリアの出口へと向かった。
生徒数は高校の平均ほどなのに敷地だけは大学ほどもある。
創始者は庭園が好きだったらしく、学園の敷地の真ん中に大きな庭園が広がっている。
校舎ほどの大きさの庭園など本当に馬鹿げた話だ。
毎年、新入生がここに迷い込んで迷子になるのは学園の風物詩と言っていいだろう。
逆に二年生にもなると庭園を熟知する者が出てくる。
いわゆるサボりなどに利用するといったわけだ。
そして、なにかあった場合の逃げ場としてもよく活用される。
「ナツ先輩。ターゲットは噴水を横切り、鬼灯エリアに入りました」
耳に付けたインカムから後輩のカオルの、男にしては高めの声が聞こえてくる。
「第三部隊と第五部隊は紫陽花エリアの通路に回り込め。第一部隊はクチナシエリアの通路を封鎖。第二、第四は俺に続け」
インカムを通しての俺の指示に対し、それぞれの隊長が「了解しました」と答える。
俺はコスモスエリアの通路を駆け抜けて、ジワリと額ににじむ汗を拭いつつ鬼灯エリアへと向かう。
全く。面倒をかけさせる。
逃げても無駄だということは本人が一番わかっているはずなのに必死で逃げるのは本当に滑稽だ。
すぐに逃げたことを後悔させてやる。
いや――生まれてきたこと自体に後悔することになるだろうな。
うざったいコスモスエリアを抜けると右手に噴水が見える。
――近いな。
「ナツ先輩!」
噴水の前で待機していた第二部隊。
その隊長であるカオルが駆け寄ってきた。
そして、噴水の裏側から第四部隊がやってきて合流する。
各隊、五名ずつ。さらに第一、第三、第五部隊は通路を封鎖しているから計二十五名。
いくら庭園が広いとはいえ、これだけの人数で囲まれれば逃げることなど不可能だ。
「他の隊から連絡は無いので、ターゲットは鬼灯エリアの中にいるはずです」
俺の前に立ち、敬礼しながらカオルが現状報告をする。
152センチで小柄なこいつが、一年生にして部隊長の座に着けたのは情報収集能力の高さからだ。
「これで、捕獲も時間の問題ですね」
人懐っこい笑顔を向けてくるカオル。
童顔で大きい目のカオルはよく犬に比喩される。
確かにケツに尻尾が付いていても違和感がなさそうだ。
女生徒から多大な人気があり、特に三年の女供から毎日のように可愛がられているらしい。
と言っても異性ではなくマスコットのような感じで見られているみたいだ。
前は逐一、クッキーをもらっただの、頭を撫でられただの、女装させられただのと報告をされたものだったが最近は一向に話そうとしなくなった。
俺としては大助かりだ。
こいつの愚痴に似た話を聞かされるなんて面倒この上ない。
……それにしても、いつからだったか。こいつがそのことを話さなくなったのは。
――ああ。
確か「汚されてしまいました」と泣きながら執務室に戻ってきてからか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「追い詰められた人間は何をするかわからん。気を抜くな」
「あ、は、はいっ! 申し訳ありませんでした!」
もう一度、ビシと敬礼をして真剣な顔つきになるカオル。
「なるべく花は踏むなよ。園芸部の奴らがうるさいからな」
「はい!」
俺の後ろに待機している隊員たちが声を揃えて答える。
鬼灯エリアはビニールハウスになっているから一層熱気が篭っているだろう。
ゆっくりとビニールのドアを開く。
ジメッと肌にまとわりつく、ヘドロのような熱風が流れてくる。
このまま放っておけばターゲットは脱水症状で自滅するだろう。
だが、それでは面白くない。
脱水症状で気絶など文字通り生ぬるい。
気絶させるなら恐怖でだ。
この暑さの中、俺を走り回させた代償は命をもって償わせる。
「行くぞ」
庭園の通路はただ土が盛り上がっているだけで、物凄く歩きづらい。
さらに人一人がやっと通れるほどの狭さだ。
足早に進むと、通路が十字路になっているところに行き着く。
「あ、ああっ!」
十字路の中心に巨漢でメガネの男が立っている。
――ターゲットだ。
グッショリと濡れた顔面は脂汗なのか涙なのかわからない状態になっている。
「お、お許しください!」
ターゲットは両膝を着いて胸の前で両手を握り、祈りのようなポーズをとる。
「出来心だったんです!」
「……」
ターゲットの前に立ち、見下ろす。
ガクガクと震え、顔が恐怖に歪んでいる。
いいぞ。もっとだ。
もっと恐怖しろ。
「も、もう二度と規則は破りません! で、ですから勘弁してください!」
祈りのポーズから土下座に移行する。
「……」
ターゲットの頭の横に立て膝をつき、髪をつかんで顔を上げさせる。
そして、そっとやつの耳元で囁く。
「……ダメだな」
「ひっ、ひぃ!」
「連行しろ」
「はっ!」
パチンと指を鳴らすと数人の隊員がやってきてターゲットの脇を掴んで立たせる。
「い、嫌だ! す、鈴ちゃん、たすけてぇー!」
顔を横にブンブンと振り続けながら叫ぶターゲット。
ズルズルと隊員に引きずられていく。
他の隊員たちも出ていき、ビニールハウス内は俺だけになる。
静寂。
ジリジリと太陽の光が差し込んでくる。
チラリと足元を見下ろすと鬼灯の白い花が咲いているのが見えた。
その横には血のような真っ赤な果実が寄り添うようになって生っている。
「くっくっく」
それが奴の今後の姿を暗示しているかのように見えて、不意におかしくなった。
さてと、粛清の時間だ。
俺は奴が引きずられて出来た轍のような跡の上を歩き、鬼灯エリアの出口へと向かった。
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