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屋上でお弁当
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明稜学園の屋上は閉鎖されている。
屋上へと出るドアにはしっかりと鍵がかかっていて、生徒は誰も入れないようになっている。
過去何人かの生徒が屋上を開放しろと生徒会や教師たちに掛け合ったが相手にされなかったようだ。
つまり一部の例外を除いて屋上に人が来ることはない。
その一部の例外というのがピーターパン協会の隊員だ。
何代か前の支部長が職員室に忍び込んで屋上のドアの合鍵を作ってから、その鍵は代々支部長に受け継がれている。
協会の隊員が屋上を使う理由はもちろん、保護対象を観察するためだ。
建物がコの字になっている明稜学園は、屋上から大体の教室が見えるようになっている。
そこから保護対象を観察し、異変があれば無線で隊員に連絡して校内にいる隊員が速やかに障害を排除するという流れだ。
ただ、最近は隊員の数も増えた為にほとんど屋上から観察することはない。
保護対象に二人ずつ隊員がついても余る程だ。
もちろん、今は支部長代理の俺が屋上の鍵を持っている。
「お兄ちゃん。どうしたんですか? ボーッとして」
「ん? いや、なんでもない。それじゃいただこう」
俺は箸を掴んで目の前のお弁当を手にとって食べ始める。
「ど、どうですか?」
緊張した表情で朝霧さんが聞いてきたので、「美味しい」と答える。
「ホントですか? 良かったです」
ニッコリと微笑んで、朝霧さんは自分の分の弁当を食べ始める。
「いつも弁当作ってもらって悪いな」
「ううん。こちらこそですよ。いつも美味しいって言って食べてくれて嬉しいです」
この天使の笑顔を見ると罪悪感も若干薄れるというものだ。
学校でも会いたいという朝霧さんの猛烈なアタックに押されてしまい、俺は昼に弁当を食べることを了承してしまったのだ。
校内は協会の隊員がうろついている為に空き教室などは使えない。中庭も同じだ。
そこで俺は一番安全な屋上を選んだというわけだった。
朝霧さんと昼飯を食べるのも今日で三日目だ。
「ごちそうさま」
手を合わせてそう言うと朝霧さんが「おそまつさまでした」と微笑む。
そしてパタパタと弁当を片付ける。
片付け終わると照れた顔をして俺の隣に正座するように膝を揃えて座る。
「あの……今日も良いですか?」
「……ああ」
断れるわけがない。
無言で頷き、朝霧さんの太ももの上に頭を乗せる。
いわゆる膝枕だ。
――さすがに少し恥ずかしいな。
膝枕は昨日、弁当を食べ終わったタイミングで朝霧さんの方からお願いしてきた。
「膝枕に憧れてるんです」
普通こういうのは男のほうが頼むものの気がするが、とにかく俺は朝霧さんのお願いを断ることができなかった。
マチとは違ったやわらかさの膝。
昨日は不覚にも鼻血を吹いてしまったが、今日はなんとか耐えることができた。
屋上から見る空はやけに青く澄み切っている。手を伸ばせば届きそうな感覚に陥るのはいつもより高い、屋上にいるからだろうか。
その俺の視界に朝霧さんがスっと入ってくる。
ジッと俺を見下ろして笑みを浮かべていた。ほんのりと頬が赤いのは光の加減のせいだろうか。
朝霧さんがソっと俺の髪を梳くように撫でる。
細い指の感覚が髪を通して響き、若干くすぐったい。
……が、不思議と不快感はなかった。
「お兄ちゃんは天使なんですか?」
なんともメルヘンな朝霧さんの台詞。
朝霧さんが言う台詞としては違和感がないが、俺に対して天使という言葉は違和感そのものと言っていいほどだ。
……よく悪魔とは言われるがな。
冗談じみた言葉とは裏腹に、朝霧さんの表情は真剣だった。
澄んでいて真っ直ぐなその瞳は全てを見透かしているようでもあり、嘘さえも包み込むような深い優しさを持ち合わしているようでもあった。
「……どうして、お兄ちゃんは私を助けてくれたんですか?」
真剣な目で俺を見ていた。
全ての事実を受け入れる覚悟を持った反面、その真実によって壊れてしまいそうな儚さを持っている。
「私、小さい頃から人見知りで……。それに体も弱かったから学校も休みがちだったんです。だから、全然友達がいないんです。……逆に、その、よくいじめられもしました」
懺悔のような告白。
イジメは本人に一種の差別を押し付ける行為だ。
いじめられる側は被害者であり、本人には全く罪はない。
だが、差別されているという脅迫概念は本人に罪悪感を受け付ける。
自分の背には罪の十字架がのしかかっていると錯覚させる。
そして、いつの間にかいじめられる自分の方が悪いなどというねじ曲がった思想にたどり着いてしまう。
「私、勉強もできないですし……運動だって下手っぴなんです。趣味って言っても、ぬいぐるみを集めるなんて、子供っぽいものしかありません」
ポタリとひと粒、朝霧さんの瞳から涙が落ちて俺の頬に当たった。
「だからお兄ちゃんが、私と一緒にいてくれたりメールしてくれたのが本当に嬉しかったんです。……でも、もし……。もし、私が可哀想ってだけで、本当は私と一緒にいるのが嫌ならそう言ってください。今なら、まだ私は……」
ボロボロと朝霧さんの瞳から涙が溢れだしてくる。
「お兄ちゃんと過ごした数日間はとっても楽しかったです。この思い出があれば、私がこれからも頑張れます。……だから」
――何度、裏切られてきたのだろうか。
恐らく朝霧さんは何度かこうして友達のような存在ができたことがあったんだろうと思う。
だが、結局、そいつら朝霧さんをイジメる側に回ったか、それともそのまま朝霧さんの元を去っていったのだろう。
孤独と傷つくことに慣れすぎている。
その小さな体で必死に戦ってきたんだろう。
俺はすっと右手を上げて朝霧さんの頬の涙を拭った。
「俺も同じだ」
「え?」
起き上がり、朝霧さんを正面に見据える。
「俺もずっと孤独だった。俺には少し変わった趣味……いや、趣向といった方が正しいか。とにかく、それのせいで周りに避けられている」
今は協会があるせいで孤独ではなくなったのだが。
「だから逆に朝霧さんが俺を避けてもいいんだぞ」
「あ、あの……変わった趣向というのはなんですか?」
朝霧さんが涙を手で拭いながら聞いてくる。
……どうするべきか。
つい、話の流れ上、勢いで言ってしまったが少女好きなんて言うと俺の方が逆に避けられるという自体に陥る可能性は十分高い。
……が、もしそうなったとしても、それはそれで仕方ないことだろう。
「小さな女の子が好きなんだ。……世間的に言うとロリコンというやつだな」
「え?」
キョトンとした表情で首を傾げる朝霧さん。
「あ、あの……それがどうして避けられる理由になるんですか?」
「ん?」
「別に子供が好きというのは変わっていないと思います。私だって好きですよ」
「いや、そういうことじゃなくてだな。なんというか……好きは好きでも、性的……いや、そうだな。Likeじゃなくloveということだ」
自分で説明するとかなりクるものがある。
やれやれ、俺は本当に変態だな。
改めて考えてみると周りの奴らが俺を避けるのも分かるというものだ。
「私はそれでもいいです!」
「なに?」
真剣な表情でまっすぐ俺を見据える朝霧さん。
「お兄ちゃんが小さい女の子が好きだったとしても、それでも私はお兄ちゃんと一緒にいたいです!」
「……言っただろ。俺も同じだって」
「え?」
「俺もさ。例え朝霧さんがいじめられていたとしても、ぬいぐるみ集めが趣味だったとしても一緒にいたいという気持ちは一緒だ」
「お兄ちゃん!」
止まっていた涙が再び溢れ始める。
そして朝霧さんは俺の胸に飛び込んで来て顔を埋めたのだった。
屋上へと出るドアにはしっかりと鍵がかかっていて、生徒は誰も入れないようになっている。
過去何人かの生徒が屋上を開放しろと生徒会や教師たちに掛け合ったが相手にされなかったようだ。
つまり一部の例外を除いて屋上に人が来ることはない。
その一部の例外というのがピーターパン協会の隊員だ。
何代か前の支部長が職員室に忍び込んで屋上のドアの合鍵を作ってから、その鍵は代々支部長に受け継がれている。
協会の隊員が屋上を使う理由はもちろん、保護対象を観察するためだ。
建物がコの字になっている明稜学園は、屋上から大体の教室が見えるようになっている。
そこから保護対象を観察し、異変があれば無線で隊員に連絡して校内にいる隊員が速やかに障害を排除するという流れだ。
ただ、最近は隊員の数も増えた為にほとんど屋上から観察することはない。
保護対象に二人ずつ隊員がついても余る程だ。
もちろん、今は支部長代理の俺が屋上の鍵を持っている。
「お兄ちゃん。どうしたんですか? ボーッとして」
「ん? いや、なんでもない。それじゃいただこう」
俺は箸を掴んで目の前のお弁当を手にとって食べ始める。
「ど、どうですか?」
緊張した表情で朝霧さんが聞いてきたので、「美味しい」と答える。
「ホントですか? 良かったです」
ニッコリと微笑んで、朝霧さんは自分の分の弁当を食べ始める。
「いつも弁当作ってもらって悪いな」
「ううん。こちらこそですよ。いつも美味しいって言って食べてくれて嬉しいです」
この天使の笑顔を見ると罪悪感も若干薄れるというものだ。
学校でも会いたいという朝霧さんの猛烈なアタックに押されてしまい、俺は昼に弁当を食べることを了承してしまったのだ。
校内は協会の隊員がうろついている為に空き教室などは使えない。中庭も同じだ。
そこで俺は一番安全な屋上を選んだというわけだった。
朝霧さんと昼飯を食べるのも今日で三日目だ。
「ごちそうさま」
手を合わせてそう言うと朝霧さんが「おそまつさまでした」と微笑む。
そしてパタパタと弁当を片付ける。
片付け終わると照れた顔をして俺の隣に正座するように膝を揃えて座る。
「あの……今日も良いですか?」
「……ああ」
断れるわけがない。
無言で頷き、朝霧さんの太ももの上に頭を乗せる。
いわゆる膝枕だ。
――さすがに少し恥ずかしいな。
膝枕は昨日、弁当を食べ終わったタイミングで朝霧さんの方からお願いしてきた。
「膝枕に憧れてるんです」
普通こういうのは男のほうが頼むものの気がするが、とにかく俺は朝霧さんのお願いを断ることができなかった。
マチとは違ったやわらかさの膝。
昨日は不覚にも鼻血を吹いてしまったが、今日はなんとか耐えることができた。
屋上から見る空はやけに青く澄み切っている。手を伸ばせば届きそうな感覚に陥るのはいつもより高い、屋上にいるからだろうか。
その俺の視界に朝霧さんがスっと入ってくる。
ジッと俺を見下ろして笑みを浮かべていた。ほんのりと頬が赤いのは光の加減のせいだろうか。
朝霧さんがソっと俺の髪を梳くように撫でる。
細い指の感覚が髪を通して響き、若干くすぐったい。
……が、不思議と不快感はなかった。
「お兄ちゃんは天使なんですか?」
なんともメルヘンな朝霧さんの台詞。
朝霧さんが言う台詞としては違和感がないが、俺に対して天使という言葉は違和感そのものと言っていいほどだ。
……よく悪魔とは言われるがな。
冗談じみた言葉とは裏腹に、朝霧さんの表情は真剣だった。
澄んでいて真っ直ぐなその瞳は全てを見透かしているようでもあり、嘘さえも包み込むような深い優しさを持ち合わしているようでもあった。
「……どうして、お兄ちゃんは私を助けてくれたんですか?」
真剣な目で俺を見ていた。
全ての事実を受け入れる覚悟を持った反面、その真実によって壊れてしまいそうな儚さを持っている。
「私、小さい頃から人見知りで……。それに体も弱かったから学校も休みがちだったんです。だから、全然友達がいないんです。……逆に、その、よくいじめられもしました」
懺悔のような告白。
イジメは本人に一種の差別を押し付ける行為だ。
いじめられる側は被害者であり、本人には全く罪はない。
だが、差別されているという脅迫概念は本人に罪悪感を受け付ける。
自分の背には罪の十字架がのしかかっていると錯覚させる。
そして、いつの間にかいじめられる自分の方が悪いなどというねじ曲がった思想にたどり着いてしまう。
「私、勉強もできないですし……運動だって下手っぴなんです。趣味って言っても、ぬいぐるみを集めるなんて、子供っぽいものしかありません」
ポタリとひと粒、朝霧さんの瞳から涙が落ちて俺の頬に当たった。
「だからお兄ちゃんが、私と一緒にいてくれたりメールしてくれたのが本当に嬉しかったんです。……でも、もし……。もし、私が可哀想ってだけで、本当は私と一緒にいるのが嫌ならそう言ってください。今なら、まだ私は……」
ボロボロと朝霧さんの瞳から涙が溢れだしてくる。
「お兄ちゃんと過ごした数日間はとっても楽しかったです。この思い出があれば、私がこれからも頑張れます。……だから」
――何度、裏切られてきたのだろうか。
恐らく朝霧さんは何度かこうして友達のような存在ができたことがあったんだろうと思う。
だが、結局、そいつら朝霧さんをイジメる側に回ったか、それともそのまま朝霧さんの元を去っていったのだろう。
孤独と傷つくことに慣れすぎている。
その小さな体で必死に戦ってきたんだろう。
俺はすっと右手を上げて朝霧さんの頬の涙を拭った。
「俺も同じだ」
「え?」
起き上がり、朝霧さんを正面に見据える。
「俺もずっと孤独だった。俺には少し変わった趣味……いや、趣向といった方が正しいか。とにかく、それのせいで周りに避けられている」
今は協会があるせいで孤独ではなくなったのだが。
「だから逆に朝霧さんが俺を避けてもいいんだぞ」
「あ、あの……変わった趣向というのはなんですか?」
朝霧さんが涙を手で拭いながら聞いてくる。
……どうするべきか。
つい、話の流れ上、勢いで言ってしまったが少女好きなんて言うと俺の方が逆に避けられるという自体に陥る可能性は十分高い。
……が、もしそうなったとしても、それはそれで仕方ないことだろう。
「小さな女の子が好きなんだ。……世間的に言うとロリコンというやつだな」
「え?」
キョトンとした表情で首を傾げる朝霧さん。
「あ、あの……それがどうして避けられる理由になるんですか?」
「ん?」
「別に子供が好きというのは変わっていないと思います。私だって好きですよ」
「いや、そういうことじゃなくてだな。なんというか……好きは好きでも、性的……いや、そうだな。Likeじゃなくloveということだ」
自分で説明するとかなりクるものがある。
やれやれ、俺は本当に変態だな。
改めて考えてみると周りの奴らが俺を避けるのも分かるというものだ。
「私はそれでもいいです!」
「なに?」
真剣な表情でまっすぐ俺を見据える朝霧さん。
「お兄ちゃんが小さい女の子が好きだったとしても、それでも私はお兄ちゃんと一緒にいたいです!」
「……言っただろ。俺も同じだって」
「え?」
「俺もさ。例え朝霧さんがいじめられていたとしても、ぬいぐるみ集めが趣味だったとしても一緒にいたいという気持ちは一緒だ」
「お兄ちゃん!」
止まっていた涙が再び溢れ始める。
そして朝霧さんは俺の胸に飛び込んで来て顔を埋めたのだった。
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