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支部長の入院先

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「せっかく支部長が入院している病院がわかったのになぁ」

 なっ!
 その言葉が俺の手の動きを止めてしまった。

「ん? あれ? 後ろ?」

 カオルは手に何か長方形の手のひら大の機械を持っていた。
 その機械を見下ろして驚いたような声をあげるカオル。
 機械の画面にはマス目上の線と一つの小さい丸い光が点滅している。

 ――発信機か! マズイ!

 再び手刀を繰り出そうとする前にカオルは振り向いた。
 俺は慌てて手を降ろして見下ろす。

「あ、ナツ先輩! もう! さっきから呼んでたのに。なんで返事してくれないんですか?」
「……お前、その手に持ってるものは何だ?」
「あっ!」

 慌てて機械を後ろに隠すが、その一瞬の隙を見逃す俺ではない。
 素早くカオルの手から取り上げる。
 画面を見ると多数の機能が取り付けられているのがわかる。

 発信機としての機能も充実していて、百キロから数センチまで細かく捜索できるようになっていた。
 ここまでの高性能のものは協会の装備の中にもない。
 さらに驚くべきことにこの発信機は対象の体温や脈拍といった体の異常すら見ることができるようになっている。

 さすがに盗聴などの機能はついていなかった。
 もしその機能がついていたら完全に終わりだったのだが。
 俺は奪い取った発信機を握りつぶしカオルに詰め寄る。

「発信機だな? どこだ? 俺のどこに仕掛けている?」
「い、いや、ち、違います! そ、その、ゴキブリ探知機なんですよ、これ。屋上ってゴキブリが多いですから」
「……ほう。俺がゴキブリだと言いたいんだな?」

 カオルの頭をつかみ、力を加えていく。

「ち、違います……」
「まあ、俺に気づかれないように取り付けた手際は褒めてやる」
「えへへ。あ、ありがとうございます」
「お前……今、認めたな? 俺に発信機を仕掛けたことを」
「あ……。い、いえ、そ、そうじゃなく……ぎああああ!」

 ギリギリとカオルの頭蓋が悲鳴をあげているのが腕を伝って聞こえてくる。

 馬鹿が。
 自分から処刑される理由を見せるとはな。
 これで心置きなく正当に始末できるというわけだ。

「カオル。お前、屋上の鍵のスペアを作ったな? 俺に無断で」
「い、いえ、そ、その……それは……」
「死刑だ!」

 カオルの体がガクガクと震えだす。

 よし、もう少しだ。
 ――死ね。

「し、支部長の……びょ、病院……」

 つぶやくような小さい声だったが、死ぬ間際の遺言を残そうとするかのような必死さが伝わってくる。

「なに?」

 ……そうだった。
 支部長の病院がわかったとか言っていたな。

 俺はパッとカオルの頭を放して開放してやる。

「うう……」

 頭を抑えながら転がって悶絶するカオル。

「おい、カオル。支部長の入院先が判明したのか?」
「え、ええ」

 頭を抑えながらフラフラと立ち上がる。
 まだダメージが抜けないのか膝がビクビクと笑ったままの状態だ。

「どこだ?」

 支部長の入院先は極秘扱いになっている。
 ピーターパン協会はその活動内容から恨まれることが多い。
 だから敵も当然多いことになる。

 また、支部長クラスになれば様々な特権を持っているため、それを狙う協会の隊員……つまり不穏分子がいることも否定できない。(俺がまさにそれに当たる)

 そんな理由から支部長の入院先はピーターパン協会本部のトップクラスしか知らない。
 もちらん、本部から数人の護衛が派遣されているはずだ。

「二ノ下病院です」
「……灯台下暗しだったな」
「はい。まさか学校から一番近い病院だとは思いませんでしたよ」
「どうやって調べた? その情報の根拠と、相手にどのくらいバレているかを話せ」
「支部長の方には、こちらが調べているということはわかっていないはずです」
「なぜだ?」
「どうやって調べたか、という答えと直結してるんですが、僕のお姉ちゃんが看護師をしているんです。なんでも二週間に一度、周りの看護師を集めて合コンとかを開いているらしいんですが、そのときに変わった人が入院してきたという話を聞いたそうです」
「……変わった人?」
「はい。なんでも高校生なのに病室は個室で、さらにいつも黒服にサングラスをしている男が見張っているそうです。そして、小さい女の子の写真が大量に壁に貼ってあるみたいです」
「間違いないな。支部長だ」

 支部長だけではなく、本部の人間もアホみたいだな。
 そんなことをしていれば入院先を極秘にしたところで噂が立てば意味がないだろうが。
 ……俺にしてみれば幸運だった、ということにしておこうか。

「見張りは? 何人いる?」
「……五人だそうです」

 ――ちっ。無駄に多いな。

「しかも三チームに分かれて、ローテーションで支部長を護衛しているようです」

 くそ。アホのくせに妙に本格的な奴らだ。これでは正面突破はかなり難しいということになる。
 もし、二人くらいであれば姿を見られないように襲撃し、支部長から鍵を奪い取ることも可能だったのだが……。

「やっぱり襲撃するのは無理ですよ。大人しくナツ先輩が支部長に任命されるのを待つほうが近道だと思います」
「……そうだな」
「それはそうと、ナツ先輩。屋上で何をされてたんですか?」
「ん? あ、いや、少し昼寝をな……」

 カオルのいきなりの言葉に一瞬焦ってしまい、咄嗟に悪手とも言えるお粗末な言い訳をしてしまった。
 俺の言葉にカオルは顔をしかめて嫌悪感を示す。

「ナツ先輩、一体どうしたんですか?」
「……なんの話だ?」
「最近のナツ先輩はどこかおかしいですよ。協会の仕事だってほとんどしていないじゃないですか!」
「……だから、お前に任せているだろうが」
「ナツ先輩、このままじゃ危ないですよ」
「危ない?」

 妙に引っかかる言い方だ。
 そもそもカオルがここまで俺に噛み付くこと自体、珍しいことだった。
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