9 / 31
初仕事はおなじみの場所でした(5)
しおりを挟む
二階につく頃には女の子の声は聞こえなくなっていた。
さきほど人体模型から逃げた廊下を戻り、一番奥の美術室に向かう。私達が不思議な扉を通ってでてきた場所にはもう何もない。
目覚めてからの摩訶不思議な体験を意外と受け入れている自分に驚いた。もしかしたら、まだちょっぴり夢の可能性を信じているのかも。
最初は、気のせいかと思った。ぽろんと高い音が耳に届く。クロノさんも気が付いたようで、細い目をもっと細くした。
「これって、ピアノ?」
「音楽室もこっちなのか」
「うん、そうだよ」
特別教室は一か所に固まっていて、美術室と音楽室は隣り合っている。他にはパソコン室や家庭科室なんかも近くにあるのだけれど、そちらは七不思議とは関係なかったはずだ。
クロノさんはピアノの音が聞こえても歩くスピードを緩めない。それどころか、少し早足になったようにさえ思う。
音楽室に近付くにつれて、ピアノが大きく鳴る。何かの曲を弾くわけでもなく、規則性があるようにも思えない。まるで小さな子供が、楽器を前にしてふざけているように聞こえる。間違っても、オルガンの自動演奏だとは思わないだろう。富田くんたちが聞いた音はこれではなかったのかもしれない。
暗い夜の学校ではそんな拙いピアノの音がとてつもなく恐怖を煽る。いくら怖い体験をいくつかしたと言っても、怖いことには変わりがない。
「へったくそだな」
音楽室の少し分厚い扉を前にして、クロノさんが噴き出した。
こんな状況でよく笑えますね。
「へたって言うか、遊んでるみたい」
「ほーう、よく聞いてんじゃねえか」
そりゃあ、嫌でも聞こえてくるもん。
それにしても、本当に下手なピアノ。
五年生ではピアノの曲も習うし、もっと弾けるはずだからきっと私より年下なのだろう。
うーん、おかしい。何かが引っかかるような。
「何ぼうっとしてんだ、開けるぞ」
「え、ちょっと待って」
さっきみたいに強い風が来たらどうするの。
私の言いたいことが分かったのか、クロノさんは廊下の壁を指さした。
「そこに背中をつけろ、それなら大丈夫だろ」
「え、っと、こう?」
扉を挟んだ向こう側で、クロノさんが自分の指示した体制をとる。それを真似して廊下の壁に背中をつけると、驚くくらいひんやりした。
まるで、この中に吸い込まれそうな感覚だ。
私が体勢を変えたことを確認して、クロノさんが扉に手をかける。
「開けるぞ」
「う、うん」
両足にグッと力を入れて風に備える。でも、いつまで待っても衝撃は来なかった。大きな音もしないし、風も吹かない。代わりにピアノの音が止まって、あたりに静寂が訪れる。
「消えた……?」
「中見てみるか」
「そ、そんなぁ」
さっきまで何かがいた部屋に入ろうだなんて怖すぎる。
しり込みする私を見て、クロノさんが口角をあげた。
なんて意地悪な顔。こんな顔するのは夏休みの宿題を増やす先生くらいです。
「嫌ならそこで待ってるか?」
「待たない!」
優しいことを言っている風に見せかけて、一番残酷な選択肢を投げつけてくる。
クロノさんのあとに続いて音楽室に入ると、廊下より少しひんやりしているように思えた。
音楽室には、特におかしいところはない。
ピアノはしっかり閉じてあって、さっきまで音が鳴っていたなんて嘘みたいだ。音楽家たちの肖像画を見るのは少し怖かったけれど、特に怒った顔をしているなんてこともない。そんな七不思議はないのだから、当然と言えば当然なんだけれど。
クロノさんから離れないように歩いていると、くいっと何かに服の裾を引っ張られたような感覚がした。
さきほど人体模型から逃げた廊下を戻り、一番奥の美術室に向かう。私達が不思議な扉を通ってでてきた場所にはもう何もない。
目覚めてからの摩訶不思議な体験を意外と受け入れている自分に驚いた。もしかしたら、まだちょっぴり夢の可能性を信じているのかも。
最初は、気のせいかと思った。ぽろんと高い音が耳に届く。クロノさんも気が付いたようで、細い目をもっと細くした。
「これって、ピアノ?」
「音楽室もこっちなのか」
「うん、そうだよ」
特別教室は一か所に固まっていて、美術室と音楽室は隣り合っている。他にはパソコン室や家庭科室なんかも近くにあるのだけれど、そちらは七不思議とは関係なかったはずだ。
クロノさんはピアノの音が聞こえても歩くスピードを緩めない。それどころか、少し早足になったようにさえ思う。
音楽室に近付くにつれて、ピアノが大きく鳴る。何かの曲を弾くわけでもなく、規則性があるようにも思えない。まるで小さな子供が、楽器を前にしてふざけているように聞こえる。間違っても、オルガンの自動演奏だとは思わないだろう。富田くんたちが聞いた音はこれではなかったのかもしれない。
暗い夜の学校ではそんな拙いピアノの音がとてつもなく恐怖を煽る。いくら怖い体験をいくつかしたと言っても、怖いことには変わりがない。
「へったくそだな」
音楽室の少し分厚い扉を前にして、クロノさんが噴き出した。
こんな状況でよく笑えますね。
「へたって言うか、遊んでるみたい」
「ほーう、よく聞いてんじゃねえか」
そりゃあ、嫌でも聞こえてくるもん。
それにしても、本当に下手なピアノ。
五年生ではピアノの曲も習うし、もっと弾けるはずだからきっと私より年下なのだろう。
うーん、おかしい。何かが引っかかるような。
「何ぼうっとしてんだ、開けるぞ」
「え、ちょっと待って」
さっきみたいに強い風が来たらどうするの。
私の言いたいことが分かったのか、クロノさんは廊下の壁を指さした。
「そこに背中をつけろ、それなら大丈夫だろ」
「え、っと、こう?」
扉を挟んだ向こう側で、クロノさんが自分の指示した体制をとる。それを真似して廊下の壁に背中をつけると、驚くくらいひんやりした。
まるで、この中に吸い込まれそうな感覚だ。
私が体勢を変えたことを確認して、クロノさんが扉に手をかける。
「開けるぞ」
「う、うん」
両足にグッと力を入れて風に備える。でも、いつまで待っても衝撃は来なかった。大きな音もしないし、風も吹かない。代わりにピアノの音が止まって、あたりに静寂が訪れる。
「消えた……?」
「中見てみるか」
「そ、そんなぁ」
さっきまで何かがいた部屋に入ろうだなんて怖すぎる。
しり込みする私を見て、クロノさんが口角をあげた。
なんて意地悪な顔。こんな顔するのは夏休みの宿題を増やす先生くらいです。
「嫌ならそこで待ってるか?」
「待たない!」
優しいことを言っている風に見せかけて、一番残酷な選択肢を投げつけてくる。
クロノさんのあとに続いて音楽室に入ると、廊下より少しひんやりしているように思えた。
音楽室には、特におかしいところはない。
ピアノはしっかり閉じてあって、さっきまで音が鳴っていたなんて嘘みたいだ。音楽家たちの肖像画を見るのは少し怖かったけれど、特に怒った顔をしているなんてこともない。そんな七不思議はないのだから、当然と言えば当然なんだけれど。
クロノさんから離れないように歩いていると、くいっと何かに服の裾を引っ張られたような感覚がした。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる