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初仕事はおなじみの場所でした(5)
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二階につく頃には女の子の声は聞こえなくなっていた。
さきほど人体模型から逃げた廊下を戻り、一番奥の美術室に向かう。私達が不思議な扉を通ってでてきた場所にはもう何もない。
目覚めてからの摩訶不思議な体験を意外と受け入れている自分に驚いた。もしかしたら、まだちょっぴり夢の可能性を信じているのかも。
最初は、気のせいかと思った。ぽろんと高い音が耳に届く。クロノさんも気が付いたようで、細い目をもっと細くした。
「これって、ピアノ?」
「音楽室もこっちなのか」
「うん、そうだよ」
特別教室は一か所に固まっていて、美術室と音楽室は隣り合っている。他にはパソコン室や家庭科室なんかも近くにあるのだけれど、そちらは七不思議とは関係なかったはずだ。
クロノさんはピアノの音が聞こえても歩くスピードを緩めない。それどころか、少し早足になったようにさえ思う。
音楽室に近付くにつれて、ピアノが大きく鳴る。何かの曲を弾くわけでもなく、規則性があるようにも思えない。まるで小さな子供が、楽器を前にしてふざけているように聞こえる。間違っても、オルガンの自動演奏だとは思わないだろう。富田くんたちが聞いた音はこれではなかったのかもしれない。
暗い夜の学校ではそんな拙いピアノの音がとてつもなく恐怖を煽る。いくら怖い体験をいくつかしたと言っても、怖いことには変わりがない。
「へったくそだな」
音楽室の少し分厚い扉を前にして、クロノさんが噴き出した。
こんな状況でよく笑えますね。
「へたって言うか、遊んでるみたい」
「ほーう、よく聞いてんじゃねえか」
そりゃあ、嫌でも聞こえてくるもん。
それにしても、本当に下手なピアノ。
五年生ではピアノの曲も習うし、もっと弾けるはずだからきっと私より年下なのだろう。
うーん、おかしい。何かが引っかかるような。
「何ぼうっとしてんだ、開けるぞ」
「え、ちょっと待って」
さっきみたいに強い風が来たらどうするの。
私の言いたいことが分かったのか、クロノさんは廊下の壁を指さした。
「そこに背中をつけろ、それなら大丈夫だろ」
「え、っと、こう?」
扉を挟んだ向こう側で、クロノさんが自分の指示した体制をとる。それを真似して廊下の壁に背中をつけると、驚くくらいひんやりした。
まるで、この中に吸い込まれそうな感覚だ。
私が体勢を変えたことを確認して、クロノさんが扉に手をかける。
「開けるぞ」
「う、うん」
両足にグッと力を入れて風に備える。でも、いつまで待っても衝撃は来なかった。大きな音もしないし、風も吹かない。代わりにピアノの音が止まって、あたりに静寂が訪れる。
「消えた……?」
「中見てみるか」
「そ、そんなぁ」
さっきまで何かがいた部屋に入ろうだなんて怖すぎる。
しり込みする私を見て、クロノさんが口角をあげた。
なんて意地悪な顔。こんな顔するのは夏休みの宿題を増やす先生くらいです。
「嫌ならそこで待ってるか?」
「待たない!」
優しいことを言っている風に見せかけて、一番残酷な選択肢を投げつけてくる。
クロノさんのあとに続いて音楽室に入ると、廊下より少しひんやりしているように思えた。
音楽室には、特におかしいところはない。
ピアノはしっかり閉じてあって、さっきまで音が鳴っていたなんて嘘みたいだ。音楽家たちの肖像画を見るのは少し怖かったけれど、特に怒った顔をしているなんてこともない。そんな七不思議はないのだから、当然と言えば当然なんだけれど。
クロノさんから離れないように歩いていると、くいっと何かに服の裾を引っ張られたような感覚がした。
さきほど人体模型から逃げた廊下を戻り、一番奥の美術室に向かう。私達が不思議な扉を通ってでてきた場所にはもう何もない。
目覚めてからの摩訶不思議な体験を意外と受け入れている自分に驚いた。もしかしたら、まだちょっぴり夢の可能性を信じているのかも。
最初は、気のせいかと思った。ぽろんと高い音が耳に届く。クロノさんも気が付いたようで、細い目をもっと細くした。
「これって、ピアノ?」
「音楽室もこっちなのか」
「うん、そうだよ」
特別教室は一か所に固まっていて、美術室と音楽室は隣り合っている。他にはパソコン室や家庭科室なんかも近くにあるのだけれど、そちらは七不思議とは関係なかったはずだ。
クロノさんはピアノの音が聞こえても歩くスピードを緩めない。それどころか、少し早足になったようにさえ思う。
音楽室に近付くにつれて、ピアノが大きく鳴る。何かの曲を弾くわけでもなく、規則性があるようにも思えない。まるで小さな子供が、楽器を前にしてふざけているように聞こえる。間違っても、オルガンの自動演奏だとは思わないだろう。富田くんたちが聞いた音はこれではなかったのかもしれない。
暗い夜の学校ではそんな拙いピアノの音がとてつもなく恐怖を煽る。いくら怖い体験をいくつかしたと言っても、怖いことには変わりがない。
「へったくそだな」
音楽室の少し分厚い扉を前にして、クロノさんが噴き出した。
こんな状況でよく笑えますね。
「へたって言うか、遊んでるみたい」
「ほーう、よく聞いてんじゃねえか」
そりゃあ、嫌でも聞こえてくるもん。
それにしても、本当に下手なピアノ。
五年生ではピアノの曲も習うし、もっと弾けるはずだからきっと私より年下なのだろう。
うーん、おかしい。何かが引っかかるような。
「何ぼうっとしてんだ、開けるぞ」
「え、ちょっと待って」
さっきみたいに強い風が来たらどうするの。
私の言いたいことが分かったのか、クロノさんは廊下の壁を指さした。
「そこに背中をつけろ、それなら大丈夫だろ」
「え、っと、こう?」
扉を挟んだ向こう側で、クロノさんが自分の指示した体制をとる。それを真似して廊下の壁に背中をつけると、驚くくらいひんやりした。
まるで、この中に吸い込まれそうな感覚だ。
私が体勢を変えたことを確認して、クロノさんが扉に手をかける。
「開けるぞ」
「う、うん」
両足にグッと力を入れて風に備える。でも、いつまで待っても衝撃は来なかった。大きな音もしないし、風も吹かない。代わりにピアノの音が止まって、あたりに静寂が訪れる。
「消えた……?」
「中見てみるか」
「そ、そんなぁ」
さっきまで何かがいた部屋に入ろうだなんて怖すぎる。
しり込みする私を見て、クロノさんが口角をあげた。
なんて意地悪な顔。こんな顔するのは夏休みの宿題を増やす先生くらいです。
「嫌ならそこで待ってるか?」
「待たない!」
優しいことを言っている風に見せかけて、一番残酷な選択肢を投げつけてくる。
クロノさんのあとに続いて音楽室に入ると、廊下より少しひんやりしているように思えた。
音楽室には、特におかしいところはない。
ピアノはしっかり閉じてあって、さっきまで音が鳴っていたなんて嘘みたいだ。音楽家たちの肖像画を見るのは少し怖かったけれど、特に怒った顔をしているなんてこともない。そんな七不思議はないのだから、当然と言えば当然なんだけれど。
クロノさんから離れないように歩いていると、くいっと何かに服の裾を引っ張られたような感覚がした。
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