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初仕事はおなじみの場所でした(7)
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階段を駆け下りるクロノさんは息一つ上がっていない。大人の体力ってすごい。私はもう限界が近いみたいで、わき腹が痛いし、足も少しもつれ気味。
「ま、待ってよぉ……っ」
ヒューヒュー鳴る胸も痛い。もうヤダ、なんで私はこんなに走ってるの。
だいたいねえ、夜とはいえここは学校なの。さっきの階段といい、今といい、転んだら危ないでしょ。ルールはちゃんと守らないとダメじゃない?
ああもう、なんかムカついてきたよ。下級生の指導は上級生の仕事だよね。
走れなくなって立ちどまった私は、まだ痛む肺の中に空気を思いっきり吸い込んだ。大きく口をあけて、手をメガホンの形にする。
「止まりなさーいっ! 廊下は走っちゃいけませんっ!」
廊下の端から端まで響くほどの大声が出た。驚いたクロノさんが立ちどまる。
違うよ、私が止まらせたいのはクロノさんじゃないよ。
はあはあと途切れ途切れの呼吸を整えていると、クロノさんの前を走っていた女の子がくるっと向きを変えた。
彼の横をとおって、こちらに向かってくる。今度は走っていない。歩いているかって言われたら微妙なスピードだけど、早歩きならグレーゾーンだ。
「どうして?」
女の子は、私の前に立つと、大きな目をさらに大きくして首を傾げた。期待したような、嬉しそうな目でこちらを見上げてくる。
助けを求めるようにクロノさんを見ると、彼は興味深そうに私たちを見ていた。
「どうして?」
女の子が、もう一度口を開く。こうしてみると、ずいぶん身長が小さい。一年生かもしれない。
しゃがんで、目線を合わせる。彼女の疑問に答えるために、できるだけ優しい口調になるように言葉を選んだ。
「どうしてって、何がかな?」
「どうして廊下は走っちゃいけないの?」
「どうしてってそれは……」
走ると先生に怒られるから。ううん、そうじゃない。先生がどうして怒るかを教えないと。先生のいないこんな夜だって、廊下を走っちゃいけない理由はちゃんとある。それを教えてあげないと、先生に見つからなければいいと思ってしまうかもしれない。
私の言葉をわくわくして待っている女の子に、あのね、と切り出した。
「あなた、お名前は?」
「絵里奈だよ!」
「そっか、絵里奈ちゃん。ちょっと想像してみて欲しいんだけどね、今がもしお昼だったら廊下にたくさん人がいるよね?」
「うーん……うん、学校だもんね!」
絵里奈ちゃんは、大きなジェスチャーを交えて、私の言葉を飲み込む。
「たくさん人がいるときに走ったら、どうなっちゃうと思う?」
「ぶつかっちゃう……?」
今度は自信がなさそうに、小声でそう答えた。
「正解。歩いていたら大丈夫だけど、走ってたら思い切りぶつかっちゃうかもしれないでしょ? そしたら、怪我しちゃう」
実際に、廊下を走っている男の子が思い切りぶつかって鼻血が出ることがあるんだから、間違いない。
「じゃあ、今は人が少ないからいいの?」
でた。こういう返し。来ると思ってたよ。低学年だもんね。やりたくなるよね。
でも、そういうわけじゃあないんです。
「ダメだよ。廊下は外と違って滑りやすいから、転んで怪我をしちゃうかもしれないでしょ」
「怪我……」
「そう、怪我しちゃったらだめだって先生たちは心配しているから、廊下は走っちゃダメって言ってるの」
絵里奈ちゃんはしばらく考え込むような仕草を見せて、それからぱあっと笑った。
「おねえちゃん、教えてくれてありがとう! 私も早く小学校で友達を作りたいなあ。いつ来ても、真っ暗で誰もいないんだもん」
彼女はそう言って口を尖らせる。
私がなんと声をかければいいか迷っていると、クロノさんがゆっくり私たちのほうに歩いてきた。
「ヨミ、話は終わったか?」
「え、うん。はやく小学校で友達を作りたいって……」
私の言葉を聞いたクロノさんが、隣にしゃがんで絵里奈ちゃんのほうを見る。
目線を合わせているように見えるけれど、微妙に違う方向を見ているようだ。子供が苦手なのかと思っていると、彼はそのまま口を開いた。
「お前、友達に会いたくないか?」
絵里奈ちゃんは、クロノさんの言葉に首を傾げる。それから、困ったように私のほうを見た。
「お友達? 会えるの?」
「クロノさん、絵里奈ちゃんはお友達に会えるの?」
私が絵里奈ちゃんの言葉を復唱するように聞くと、クロノさんは大きく頷く。
「絵里奈っていうのか。次の人生がお前を待ってる。友達もだ」
クロノさんがそう言うと、絵里奈ちゃんは今まで見せたことがないほどの明るい笑顔を浮かべた。それから、すぐに不安そうな顔になる。
「でも、ちゃんとお友達出来るかな?」
「あのね、お友達は、つくろうって思えばできるんだよ。わたしもよく言われていたの、何事も、自分から行動しないと始まらないって」
「自分から……」
自然と、口からお母さんの言葉がこぼれていた。絵里奈ちゃんはちいさな口でそう言った後、効果音が付きそうな勢いで顔をあげた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。お友達に会いたい!」
彼女の体が、少し発光している。肌を縁取るようにピンクの光が増えて、次の瞬間、ちいさな光の玉になった。
「へっ? えっ! な、なに、これ! 光の玉?」
ピンク色の光の玉がくるくると天井付近まで上がる。光の筋が尻尾みたいに見えて、少し幻想的だ。
「ま、待ってよぉ……っ」
ヒューヒュー鳴る胸も痛い。もうヤダ、なんで私はこんなに走ってるの。
だいたいねえ、夜とはいえここは学校なの。さっきの階段といい、今といい、転んだら危ないでしょ。ルールはちゃんと守らないとダメじゃない?
ああもう、なんかムカついてきたよ。下級生の指導は上級生の仕事だよね。
走れなくなって立ちどまった私は、まだ痛む肺の中に空気を思いっきり吸い込んだ。大きく口をあけて、手をメガホンの形にする。
「止まりなさーいっ! 廊下は走っちゃいけませんっ!」
廊下の端から端まで響くほどの大声が出た。驚いたクロノさんが立ちどまる。
違うよ、私が止まらせたいのはクロノさんじゃないよ。
はあはあと途切れ途切れの呼吸を整えていると、クロノさんの前を走っていた女の子がくるっと向きを変えた。
彼の横をとおって、こちらに向かってくる。今度は走っていない。歩いているかって言われたら微妙なスピードだけど、早歩きならグレーゾーンだ。
「どうして?」
女の子は、私の前に立つと、大きな目をさらに大きくして首を傾げた。期待したような、嬉しそうな目でこちらを見上げてくる。
助けを求めるようにクロノさんを見ると、彼は興味深そうに私たちを見ていた。
「どうして?」
女の子が、もう一度口を開く。こうしてみると、ずいぶん身長が小さい。一年生かもしれない。
しゃがんで、目線を合わせる。彼女の疑問に答えるために、できるだけ優しい口調になるように言葉を選んだ。
「どうしてって、何がかな?」
「どうして廊下は走っちゃいけないの?」
「どうしてってそれは……」
走ると先生に怒られるから。ううん、そうじゃない。先生がどうして怒るかを教えないと。先生のいないこんな夜だって、廊下を走っちゃいけない理由はちゃんとある。それを教えてあげないと、先生に見つからなければいいと思ってしまうかもしれない。
私の言葉をわくわくして待っている女の子に、あのね、と切り出した。
「あなた、お名前は?」
「絵里奈だよ!」
「そっか、絵里奈ちゃん。ちょっと想像してみて欲しいんだけどね、今がもしお昼だったら廊下にたくさん人がいるよね?」
「うーん……うん、学校だもんね!」
絵里奈ちゃんは、大きなジェスチャーを交えて、私の言葉を飲み込む。
「たくさん人がいるときに走ったら、どうなっちゃうと思う?」
「ぶつかっちゃう……?」
今度は自信がなさそうに、小声でそう答えた。
「正解。歩いていたら大丈夫だけど、走ってたら思い切りぶつかっちゃうかもしれないでしょ? そしたら、怪我しちゃう」
実際に、廊下を走っている男の子が思い切りぶつかって鼻血が出ることがあるんだから、間違いない。
「じゃあ、今は人が少ないからいいの?」
でた。こういう返し。来ると思ってたよ。低学年だもんね。やりたくなるよね。
でも、そういうわけじゃあないんです。
「ダメだよ。廊下は外と違って滑りやすいから、転んで怪我をしちゃうかもしれないでしょ」
「怪我……」
「そう、怪我しちゃったらだめだって先生たちは心配しているから、廊下は走っちゃダメって言ってるの」
絵里奈ちゃんはしばらく考え込むような仕草を見せて、それからぱあっと笑った。
「おねえちゃん、教えてくれてありがとう! 私も早く小学校で友達を作りたいなあ。いつ来ても、真っ暗で誰もいないんだもん」
彼女はそう言って口を尖らせる。
私がなんと声をかければいいか迷っていると、クロノさんがゆっくり私たちのほうに歩いてきた。
「ヨミ、話は終わったか?」
「え、うん。はやく小学校で友達を作りたいって……」
私の言葉を聞いたクロノさんが、隣にしゃがんで絵里奈ちゃんのほうを見る。
目線を合わせているように見えるけれど、微妙に違う方向を見ているようだ。子供が苦手なのかと思っていると、彼はそのまま口を開いた。
「お前、友達に会いたくないか?」
絵里奈ちゃんは、クロノさんの言葉に首を傾げる。それから、困ったように私のほうを見た。
「お友達? 会えるの?」
「クロノさん、絵里奈ちゃんはお友達に会えるの?」
私が絵里奈ちゃんの言葉を復唱するように聞くと、クロノさんは大きく頷く。
「絵里奈っていうのか。次の人生がお前を待ってる。友達もだ」
クロノさんがそう言うと、絵里奈ちゃんは今まで見せたことがないほどの明るい笑顔を浮かべた。それから、すぐに不安そうな顔になる。
「でも、ちゃんとお友達出来るかな?」
「あのね、お友達は、つくろうって思えばできるんだよ。わたしもよく言われていたの、何事も、自分から行動しないと始まらないって」
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自然と、口からお母さんの言葉がこぼれていた。絵里奈ちゃんはちいさな口でそう言った後、効果音が付きそうな勢いで顔をあげた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。お友達に会いたい!」
彼女の体が、少し発光している。肌を縁取るようにピンクの光が増えて、次の瞬間、ちいさな光の玉になった。
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