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記憶編
かなりおかしな我が嫁は
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「嫁?」
「そうだ」
「ヨメ?」
「そうだ」
「YOME?」
「なんでちょっと発音が違うんだ!?そうだと言ってるんだ!」
目の前でそう怒鳴り散らすのは兄である今川義元だ、正直天才と呼ばれるような人間は兄のような人間と私は確信している。
そんな兄だが、兄弟間でもこうしてたまの無礼を許してくれる良い兄である。
結構歳離れてるんだけどな、最初は態度がデカかったけど今では私に振り回されることも多い。
見た目は中背中肉、顔に白粉を塗り、歯が真っ黒という化け物のような見た目だが何故か美青年に見える。
結構ありなのかな、おしろい。
やめよう、似合わないだろうしそもそもおしろいは高貴な人間にしか許されていないらしいからできたところで意味は無い。
今そんなこと考えている余裕じゃ無かったか。
ここは今川、と言うか私の城の一室だ。
こんなおんぼろ城に来て何を言われるかと思えば兄の奴、婚姻を進めてくるなんてな。
まぁ、この時代に武士で未婚なんて人間は殆どいない。ただえさえ死亡率が高いのだ、子供を為さなければ武家なんて潰し合いで瞬く間に滅んでしまうだろう。
「殿に従い申す、某ももう19でございます。嫁を取らねば男に気があるのかと謗られることとなりましょう」
「まさか、そうなのか?」
「勘弁して下され」
意地が悪いな、さっきの仕返しか?この兄は。
「冗談だ、気にするな」
そう言って笑うこの男はどこか容赦無くこちらを見てくる、そしてゆっくりと目を細めた。
これは、兄が、兄で無くなる癖のようなものでこの姿を見ると家臣は一斉に大人しくなると言う。
私もそれに習い、緩み切った雰囲気を正す。
瞬時に、部屋内に厳粛な雰囲気が舞い込んで来た。
「断らぬよな?」
「無論でございます、してどこの家からでございますか?」
さて、どんな家から来るのかな?
大名の弟の婚姻などは一般的にかなり扱いに困ることが多い。
その理由として時は戦国、下克上がはびこる弱肉強食の世界だからという理由が存在する。
家臣の娘との婚姻なんかで使われると、その家臣と弟が結託して一大勢力を築く可能性もある。他国の大名とかならもっと不味い、嫁の報告如何で戦争の口実になる可能性すらあるのだ。
地獄だ...さて、どこなのだろう?
「公家だ」
「はぁ?」
公家?なんでそんなところから?
「お前のその間の抜けたような顔はいつ見ても面白いな」
兄が笑う、先程の厳しい雰囲気は吹き飛んでいた。
「驚いております、まさか公家とは」
「珍しいこともあるまい、お主も自分の状況は理解できるだろう?」
「はっ、しかし・・・・」
あ、成る程。金目当てか。
私は公家が嫁に来る理由をそう結論付けた、この時代における朝廷には金が無いのだ。朝廷に金が無いということは、その下にいる公家にはもっと金が無いということだ。
故に、公家は各地の大名から銭を無心することで毎日の生活費を得ていた。こう考えると戦国時代というのは公家にとって最も辛い時代だったと言えるだろう。
娘や親類を嫁に出すのはその一環だ、そうして公家たちは繋がりを作りその対価として銭やその地の特産品などを献上させて来た。
勿論、我々にもメリットはある。
まず、公家の娘というのは大名にとって良い箔付けなのだ。
ちなみに、私自身にメリットはねぇけどな!
可愛い嫁だといいなぐらいだよ。
現代風のな!兄上の嫁みたいなふっくらおかめさんじゃ無いのが良いな!
「来節には来る、準備をしておくが良い。」
「はっ」
兄が高笑いをしながらその場を去っていく、それを私は呆然とした表情で見つめていた。
やっぱりコイツ、性格が悪い。
来節て、もうあと1ヶ月ぐらいしかねぇじゃねぇか!!!
◇◇◇◇
「良い具合に利用されとるな~」
「ご隠居様もそう思われますか」
「まぁな、誰でもそう思うであろう」
正装に着替えた男2人が、門前で花婿を待っている。
袴がどうにも窮屈だ、隣の男もそう感じてるんじゃあ無いかと思ったらそうでも無い。いつも通り偏屈な顔を崩さずにいる。
流石は甲斐の猛将、こんなところでも百戦錬磨だ。
私の隣にいる男は武田信虎、戦国時代初期の英雄である。甲斐の虎である武田信玄に似ているのだろうか (会ったことは無いが恐らく似ている)虎のような風貌をしており、顎に逞しい髭を蓄えている。
その丸太のような腕と雰囲気からご隠居様と呼ばのはかなり恐れ多い気がした。
いやまぁ呼ぶけどね、躊躇なく。
今は武田信玄、まぁ今の名前は武田晴信だけどそいつに今川へ追放され、何故か私の城に寝泊まりしている。お前の近くにいるのは面白いというのか本人の談だ、うるさいから大人しく京都でも行けよ。
「まぁ、今回の件は感謝致します。ご隠居様、お陰で婚姻の道具が全て揃いました」
ご隠居様と言うのは、武田信虎のことだ。
武田を強制的に隠居させられたからな、最初はこの呼び方を嫌がっていたのだが今では慣れたようだ。
「全くだ、嘆かわしい。今川輝宗が婚姻の調度品を整えられぬとは、天下に恥を晒すつもりか!?」
「面目無い」
信虎に対しぺこりと頭を下げる、全くどうしようも無いことだな。調度品とは、この時代に...と言うより現代でも結婚した際に必要な細々したものだな。
おまけに、迎え入れるのは公家の娘だ。勿論高級な物を使わなければいけない。
家臣が皆苦い顔をしていたな、今川は裕福だがうちは貧乏だ。やってられんよ全く。
結局家臣や私が今川に頼んだり京から商人を呼んだりして国中を駆け回る羽目になってしまった、びっくりしたよ全く。
「もう直ぐ嫁を迎えるのだ、貴様は男になる。戦場でどれだけの功を挙げようとも、嫁子供は大事にせねばいかんぞ?」
「ご隠居様がまともな事を言っただと!?」
「貴様、何か言ったか?」
「いいえ?何も」
怖い怖い。
少しすると遠くから行列が見えて来た、今川の旗が見える。
来たか。
行列の真ん中に籠が来た、私と隠居は直立不動でそれを見守る。
一頭の馬がこちらに駆け寄って来た、1人の武者が下馬しこちらに一礼して来る。
「失礼、今川輝宗様でお間違いござらぬか?」
「如何にも、こちらは武田左京大夫信虎殿、私の補佐をしてくれているものだ」
そう言うと、隣にいた信虎隠居がぺこりと頭を下げた。
え、コイツ偉い奴なの?
「これは、先甲斐国守護からの礼、恐縮でござる。松井左衛門佐宗信、確かに輝宗様の奥方を無事送り届けましたぞ!」
え、松井宗信?
どっかで聞いたことあるな、確か兄が優秀な奴のリストの中に入っていたような気がする。あんまり興味無いけど。
「道中、ご苦労だった。城は入れんが離れを用意している、そこでゆっくり休んでから殿のところに戻るが良い」
「心遣い感謝致しますぞ、しかし殿から直ぐに戻るようにと命を受けております」
「なんだ、戦があるのか?」
隠居、目を爛々とさせて宗信を見るのはやめたほうが良いぞ。どうせお前の出番など無いからな。
「時が来ればお二方にも連絡が行くかと思われますが...少々気になる動きをしている勢力がいましてな、いやまぁ殿も新婚を駆り出すような無体はされぬ筈。輝宗様はごゆっくり奥方様となさって頂ければ十分でございます」
「努力はしよう」
そうだ、公家の娘や武家の娘、引いては現代社会でもまちまちあることだが、夫婦間で仲が悪いと言うのは致命的なことなのだ。
特にこの戦国時代だと夫婦間が悪いことは国の仲にも直結する、故に嫁に出す女というのは品格と性格の良さが求められる。それが及第点に達しなかった者は他国に嫁に出すことはできないのだ。
籠の扉が空く、中から重厚な着物を羽織った1人の女が出て来た。
ほう、隣にいた隠居が声を挙げたのがわかった。私は声が出なかった。
美しい女性だ、流石は近衛の女ということか。
「夕...殿でお間違いござらぬか?」
「はい、輝宗様、ですよね?」
これが、私と夕の出会いだった。
戦国史においては如何にもありふれた、普通の祝言を飾り私たちは夫婦になった。可笑しな話だ、前世では結婚なぞしなかったから2度目の人生なのに大いに戸惑ったものだ。
しかしここは戦国時代、色々あるのが世の常である。
「そうだ」
「ヨメ?」
「そうだ」
「YOME?」
「なんでちょっと発音が違うんだ!?そうだと言ってるんだ!」
目の前でそう怒鳴り散らすのは兄である今川義元だ、正直天才と呼ばれるような人間は兄のような人間と私は確信している。
そんな兄だが、兄弟間でもこうしてたまの無礼を許してくれる良い兄である。
結構歳離れてるんだけどな、最初は態度がデカかったけど今では私に振り回されることも多い。
見た目は中背中肉、顔に白粉を塗り、歯が真っ黒という化け物のような見た目だが何故か美青年に見える。
結構ありなのかな、おしろい。
やめよう、似合わないだろうしそもそもおしろいは高貴な人間にしか許されていないらしいからできたところで意味は無い。
今そんなこと考えている余裕じゃ無かったか。
ここは今川、と言うか私の城の一室だ。
こんなおんぼろ城に来て何を言われるかと思えば兄の奴、婚姻を進めてくるなんてな。
まぁ、この時代に武士で未婚なんて人間は殆どいない。ただえさえ死亡率が高いのだ、子供を為さなければ武家なんて潰し合いで瞬く間に滅んでしまうだろう。
「殿に従い申す、某ももう19でございます。嫁を取らねば男に気があるのかと謗られることとなりましょう」
「まさか、そうなのか?」
「勘弁して下され」
意地が悪いな、さっきの仕返しか?この兄は。
「冗談だ、気にするな」
そう言って笑うこの男はどこか容赦無くこちらを見てくる、そしてゆっくりと目を細めた。
これは、兄が、兄で無くなる癖のようなものでこの姿を見ると家臣は一斉に大人しくなると言う。
私もそれに習い、緩み切った雰囲気を正す。
瞬時に、部屋内に厳粛な雰囲気が舞い込んで来た。
「断らぬよな?」
「無論でございます、してどこの家からでございますか?」
さて、どんな家から来るのかな?
大名の弟の婚姻などは一般的にかなり扱いに困ることが多い。
その理由として時は戦国、下克上がはびこる弱肉強食の世界だからという理由が存在する。
家臣の娘との婚姻なんかで使われると、その家臣と弟が結託して一大勢力を築く可能性もある。他国の大名とかならもっと不味い、嫁の報告如何で戦争の口実になる可能性すらあるのだ。
地獄だ...さて、どこなのだろう?
「公家だ」
「はぁ?」
公家?なんでそんなところから?
「お前のその間の抜けたような顔はいつ見ても面白いな」
兄が笑う、先程の厳しい雰囲気は吹き飛んでいた。
「驚いております、まさか公家とは」
「珍しいこともあるまい、お主も自分の状況は理解できるだろう?」
「はっ、しかし・・・・」
あ、成る程。金目当てか。
私は公家が嫁に来る理由をそう結論付けた、この時代における朝廷には金が無いのだ。朝廷に金が無いということは、その下にいる公家にはもっと金が無いということだ。
故に、公家は各地の大名から銭を無心することで毎日の生活費を得ていた。こう考えると戦国時代というのは公家にとって最も辛い時代だったと言えるだろう。
娘や親類を嫁に出すのはその一環だ、そうして公家たちは繋がりを作りその対価として銭やその地の特産品などを献上させて来た。
勿論、我々にもメリットはある。
まず、公家の娘というのは大名にとって良い箔付けなのだ。
ちなみに、私自身にメリットはねぇけどな!
可愛い嫁だといいなぐらいだよ。
現代風のな!兄上の嫁みたいなふっくらおかめさんじゃ無いのが良いな!
「来節には来る、準備をしておくが良い。」
「はっ」
兄が高笑いをしながらその場を去っていく、それを私は呆然とした表情で見つめていた。
やっぱりコイツ、性格が悪い。
来節て、もうあと1ヶ月ぐらいしかねぇじゃねぇか!!!
◇◇◇◇
「良い具合に利用されとるな~」
「ご隠居様もそう思われますか」
「まぁな、誰でもそう思うであろう」
正装に着替えた男2人が、門前で花婿を待っている。
袴がどうにも窮屈だ、隣の男もそう感じてるんじゃあ無いかと思ったらそうでも無い。いつも通り偏屈な顔を崩さずにいる。
流石は甲斐の猛将、こんなところでも百戦錬磨だ。
私の隣にいる男は武田信虎、戦国時代初期の英雄である。甲斐の虎である武田信玄に似ているのだろうか (会ったことは無いが恐らく似ている)虎のような風貌をしており、顎に逞しい髭を蓄えている。
その丸太のような腕と雰囲気からご隠居様と呼ばのはかなり恐れ多い気がした。
いやまぁ呼ぶけどね、躊躇なく。
今は武田信玄、まぁ今の名前は武田晴信だけどそいつに今川へ追放され、何故か私の城に寝泊まりしている。お前の近くにいるのは面白いというのか本人の談だ、うるさいから大人しく京都でも行けよ。
「まぁ、今回の件は感謝致します。ご隠居様、お陰で婚姻の道具が全て揃いました」
ご隠居様と言うのは、武田信虎のことだ。
武田を強制的に隠居させられたからな、最初はこの呼び方を嫌がっていたのだが今では慣れたようだ。
「全くだ、嘆かわしい。今川輝宗が婚姻の調度品を整えられぬとは、天下に恥を晒すつもりか!?」
「面目無い」
信虎に対しぺこりと頭を下げる、全くどうしようも無いことだな。調度品とは、この時代に...と言うより現代でも結婚した際に必要な細々したものだな。
おまけに、迎え入れるのは公家の娘だ。勿論高級な物を使わなければいけない。
家臣が皆苦い顔をしていたな、今川は裕福だがうちは貧乏だ。やってられんよ全く。
結局家臣や私が今川に頼んだり京から商人を呼んだりして国中を駆け回る羽目になってしまった、びっくりしたよ全く。
「もう直ぐ嫁を迎えるのだ、貴様は男になる。戦場でどれだけの功を挙げようとも、嫁子供は大事にせねばいかんぞ?」
「ご隠居様がまともな事を言っただと!?」
「貴様、何か言ったか?」
「いいえ?何も」
怖い怖い。
少しすると遠くから行列が見えて来た、今川の旗が見える。
来たか。
行列の真ん中に籠が来た、私と隠居は直立不動でそれを見守る。
一頭の馬がこちらに駆け寄って来た、1人の武者が下馬しこちらに一礼して来る。
「失礼、今川輝宗様でお間違いござらぬか?」
「如何にも、こちらは武田左京大夫信虎殿、私の補佐をしてくれているものだ」
そう言うと、隣にいた信虎隠居がぺこりと頭を下げた。
え、コイツ偉い奴なの?
「これは、先甲斐国守護からの礼、恐縮でござる。松井左衛門佐宗信、確かに輝宗様の奥方を無事送り届けましたぞ!」
え、松井宗信?
どっかで聞いたことあるな、確か兄が優秀な奴のリストの中に入っていたような気がする。あんまり興味無いけど。
「道中、ご苦労だった。城は入れんが離れを用意している、そこでゆっくり休んでから殿のところに戻るが良い」
「心遣い感謝致しますぞ、しかし殿から直ぐに戻るようにと命を受けております」
「なんだ、戦があるのか?」
隠居、目を爛々とさせて宗信を見るのはやめたほうが良いぞ。どうせお前の出番など無いからな。
「時が来ればお二方にも連絡が行くかと思われますが...少々気になる動きをしている勢力がいましてな、いやまぁ殿も新婚を駆り出すような無体はされぬ筈。輝宗様はごゆっくり奥方様となさって頂ければ十分でございます」
「努力はしよう」
そうだ、公家の娘や武家の娘、引いては現代社会でもまちまちあることだが、夫婦間で仲が悪いと言うのは致命的なことなのだ。
特にこの戦国時代だと夫婦間が悪いことは国の仲にも直結する、故に嫁に出す女というのは品格と性格の良さが求められる。それが及第点に達しなかった者は他国に嫁に出すことはできないのだ。
籠の扉が空く、中から重厚な着物を羽織った1人の女が出て来た。
ほう、隣にいた隠居が声を挙げたのがわかった。私は声が出なかった。
美しい女性だ、流石は近衛の女ということか。
「夕...殿でお間違いござらぬか?」
「はい、輝宗様、ですよね?」
これが、私と夕の出会いだった。
戦国史においては如何にもありふれた、普通の祝言を飾り私たちは夫婦になった。可笑しな話だ、前世では結婚なぞしなかったから2度目の人生なのに大いに戸惑ったものだ。
しかしここは戦国時代、色々あるのが世の常である。
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