戦乱の世は終結せり〜天下人の弟は楽隠居希望!?〜

くろこん

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記憶編

公家の謝罪

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 それからの事はあまり覚えていない、ただ葬式が執り行われる様を呆然と見ていただけだった。

 式では早馬で高僧がわざわざ来てくれたとかでしめやかに葬儀が執り行われた、その時何をしたかはあまり覚えていない。

 何も覚えていなかった、何かを感じた訳でも無かった。

 ただ、いつもの通り黙々と星の下、気づけば刀を振っていた。

 遠くで隠居がこちらを見ている、その口からは何も語られて来ない。酒を飲んでいるようだが、残念ながら付き合う気は無い。酒を飲んで忘れられるほど軽いものでは無いと知っていた。

 夕の死因は、産後の腹立ちが悪かったらしい。この時代は未だ医療が発展していないからな、出産は危険だったのだ。

 龍臣丸は老侍女に見て貰っている、駄目な親父だな。こんな時ですら刀の修練を欠かすことは無い。

 刀が舞う、相変わらず刀の腕前は上達する兆しすら見せない。今日はいつもよりも刀が飛んでいく回数が多い気がした。

 素振りが終わる、刀を仕舞い隠居の側に座ると隠居は独り言のように話を始めた。

 「あれだけ元気だったでは無いか?」

 「左様で・・ございますな」

 「娘のように思っていた夕は死んだ、やはり儂は疫病神よな」

 「ご隠居様のせいではありますまい、天命だったのでしょう」

 「いや、儂のせいよ。武田の家もそうだったからの」

 そう言って落ち込む隠居は、一気に老け込んだようだった。

 真っ赤な顔と、辺りに錯乱する多くの徳利が飲んだ量を表している。

 「少ししたら京に行く、儂などがここにいるべきでは無かったのだ」

 そんなことを言う、落ち込んでやがるな。

 「ご隠居様」

 「なんだ」

 「少し、碁でも打ちませぬか」

 少し変な顔をされた、そんなに可笑しいかな?

 























 「酔っていても負けぬとはな」

 「参りました」

 当然、負けた。目の前にはボロボロの盤面が広がっている。

 酔ってても勝てないか、そりゃあそうだよな。徳利の数は多いが、5.6本飲んだ程度で潰れるいんきょでは無いのだ。

 だが流石に多少は善戦できたと思う、多少はね。

 まだ、隠居には勝てないようだ。

 「ご隠居様」

 「なんだ?」

 「この軍略、京で遊ばせておくには惜しぅございます。どうかこの地に留まっては頂けませぬか?」

 「ならん、儂は・・・・」

 「夕ならば、阿呆なことと笑うことでしょう」

 時が止まったような気がした、硬直し口をぱくぱくとさせる隠居に私はこう答える。

 「我が子が、残っております。龍臣丸が、息子が残っておりますれば」

  「・・・・」

 人は、不幸を誰かのせいにしなければ気が済まない生き物だ。それを自らのせいと言い切った隠居は立派と言えるだろう。

 誰のせいでも無い、なんの咎めも無い。

 そんな人間をこのまま行かせるなど、私は許さなかった。

 「そうか」

 「はっ」

 「まだ、あの子が残っておるか」

 「はっ」

 「ならば輝宗よ、あの子の育て。確かに儂が請け負うた、しかし手が足りぬ故に人を集めて貰うぞ」

 「必ずや」

  頭を下げ、前を見る。

 隠居は、月を見上げまたも瞳に涙を浮かべていた。

 「輝宗、すまんな」

 「いえ」

  頭を下げる、隠居は再度すまんと言って涙を拭いて前を向いた。

 「失礼致します、殿、来客が来ております」

 そんな折だった、がこの城に訪れたのは。

 こんな夜更けに?

 「合わぬと言え、忙しい」

 「いえ、それが近衛の方でして・・・・」

 近衛、夕の実家か。


◇◇◇◇


 「会って話すのは初めてやな、輝宗殿」

 目の前の上座に座る男、上質な花の香りと若々しい気迫を隠そうともしないこの男の名前は近衛晴継と言う。

 後に改名し、近衛前久と呼ばれる男だ。

 「お初にお目にかかります、今川輝宗と申します」

 「よろしゅう、夕に聞いてた通りのお方ですな」

「聞いていた通りとは?」

 「義の将、夫としてこれ以上無いお人と。困るわ、惚気のろけ話ばかり聞かされたわ」

 そう言うと、晴継はこちらを値踏みするような目で見てくる。

 「式はもう済んだみたいやな」

 「先日済み申した」

 「そうか、明日焼香だけあげさせてもらうわ」

 「ありがとうございます、夕も喜びましょう」

 そう言うと、晴継はこちらを見てニコリと笑った。あまりにもその笑顔が切なくて私は目を逸らしてしまう。

 「なぁ、輝宗殿」

 「なんでございましょうか」

 「20だったとしたらどうした?」

  気づけば、目を瞑っていた。恐らく相手もそうしただろう。

 夕が、20まで生きられん身体だった?そんな筈あるまい、彼女は毎日外に出る程活発な女なのだ、気弱病弱とは程遠い。

 「医者からの、産まれた折からの病だそうだ。これから段々と衰弱していくのだと知らされた」

 外へ出るのが好きだったのは、少しでも外を見ておきたかったからか。

 「当然、お産なぞ耐えられるような身体では無い。止めようとしたんだわ、だが夕が毎日届けてくれる文が楽しそうでな。父上も麿も如何かった、あと少し、あと1日だけ言うて待ってたらこの日が来てしもうた。愚かよな」

  扇子で顔を隠す、その裏から僅かながら晴継の嗚咽が聞こえて来た。

 そうか、だから私か。

 近衛の息女となれば嫁の打診も多数来ただろう、そんな中で名門今川の後継でも無いような男を選ぶなど正気の沙汰では無い。

 初めから夕はそのように私のところは嫁に来たのだ。

 「勘違いしてくれるなよ輝宗殿、輝宗殿を選んだのは麿たちでは無い。夕本人だ」

 「夕が?」

 目をぱちくりさせた、夕が私を?近衛では無くか?

 「夕が京の人々や商人から輝宗殿の噂を集めたようだの。当然噂は耳に入って来る、そんな中で父上に嫁の打診が入った。

 夕は父上を説得し輝宗殿のところへ行ったのじゃ。

 「そのようなことがあったとは、初耳でございます」

 「だろうの、あれはあぁ見えて恥ずかしがりなのだ・・・・輝宗殿」

 パチリ、そんな音がした。前を向くと、晴継と目があった。

 「此度のこと、責は全て近衛こちらにある。悪いことは言わんから、後妻を取ってくれ」

 「お気持ちだけ頂いておきます、ですが後継は既に産まれ申した。元々我々は今川の分家でございます、このぐらいの細い血で十分にございます」

 後妻、要するに再婚だな。

 だが、私はそのようなことはしない。龍臣丸の他に、後妻ができてみろ。あわや家督争いが起きる可能性があるぞ?

 リスクが大き過ぎる、恐らく後妻となるならば三河の国人領主の娘などになるだろうがそんな奴らの娘が身の程を弁えるとは思えない。

 「ほんまに・・輝宗殿は優しいなぁ」

 「妻の死にも立ち会え無かった愚かな男です」

  これは傷の舐め合いだ、妹の幸せの為に我々を半ば騙した近衛と、そんな下らないことが気にならないぐらい夕を想う私の。

 それに優しいのは目の前の男も同じだろう、この男は最後まで夕の幸せを願っていた。そんな人間が優しくない筈も無い。

 20歳までしか生き残れないと言われた女を、幸せにする為に奮戦したのだ。十分だろう。

  「殿下」

 「何かえ?」

 「良ければ、夕の墓参り某も同席してよろしいでしょうか」

 
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