歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました

上日月

文字の大きさ
9 / 62

近くて、遠い③

差し込む光だけで十分だった教室にも、蛍光灯の光が必要になるほど、窓の外にはすっかり暗闇が広がっている。

(……ははは。まさか、こんなに大変だとは……最後の最後までこうして終わっていくみたいだね、私の青春は……)

三年間という期間は、これが私の居場所なのだと思い込むには、十分な時間だった。でも、その魔法もあと少しで解ける。

私の居場所は、優等生たちのサポート係から、下町の「たい焼き屋」に戻る。

別にどちらも嫌だったわけではない。

かと言って、それもこれも今までやってきたことが、本当に自分の心が勝手に動き出すくらいの時間だったかといわれたら……

うーん。自分にもまだよく分からない。

すると、もう校舎に残る生徒は誰もいないはずなのに、ガラガラと教室のドアを開ける音が聞こえ、動き続けていた私の手はピタリと止まった。

「おはようございます」

「……おはよう、って…ははっ……」

その声は、やっぱり自分の耳で聞いても、子供ならではの無邪気さはすっかりと消え、声変わりをとっくに終えた落ち着いたものだった。

でも、何事にも真っ直ぐな性格は、当時から全然変わらない。

振り向かなくても誰のものか分かる、その声にホッとして、私の手はまた動き出す。

「なんだ、鈴子か……」
「なんだ……って、何よ」
「いや?気遣って損したな、って?」

(ちゃんと昔みたいに話せてるじゃん!あ~良かった~)

「まーた、大変そうなこと引き受けてるねえ……」
「好きでやってるんだから、良いんだよ~」

その行為にどんな意味があるか分からないけれど、拓真はホワイトボードに張り出された掲示物や壁時計などを、じっくりと観察している。

(それにしても、背伸びたな~今なら180くらいあるんじゃないの?)

教室を大体一周すると、五分なら大丈夫か……と呟いて、前の子の椅子を、私の机に向かって引き出す。

その椅子の背もたれを抱きながら、私の前に広げられた折り紙の山を覗き込むように、顎を乗せ始めた。

「……何見てんの?」

「ん?頑張ってんな~って…」

(何を言ってるんだか……そっちの方がよっぽど色んなもの抱えてるくせに……)

「拓真は?戻らないで良いの?」

「……俺だって、一応ここの学生だからね……最後に一つくらい青春らしいことしたいんだよ……」

(青春……かぁ……確かにブレザーを着た拓真を見たのは、これが初めてだな……)

任された作業を終わらせようと、手元に視線を落としながら聞こえてくる拓真の声は、あの頃と全然違うのに、どこか懐かしくて心地良かった。

「鈴子は、卒業したらどうすんの?」
「どうするって。ほら、たい焼きがあるから」

「もう、こっちの世界、戻ってくる気ないの?」
「まあ、そうなるね~」

でも、しばらくすると目の前には拓真もいるはずなのに、また一人でいたときみたいに、時計の針の進む音が強く聞こえてくる。

(えーっと、昔は何、話してたっけ。嘘……待って。私、拓真のこと、ぶった斬ってなかった?……なんか余計なことまで思い出しちゃったんですけど!いや、一旦、それは見なかったことにして……劇団のこと?ううん。ダメ、ダメ。あの階段での一件?そんなの、もっとダメだって!)

「鈴子は、うちのこと、聞かないんだな」

「……ん?別に……聞いたって分かってあげられるわけじゃないし」

(あからさまに声のトーンが落ちた。なんだか、急に空気が張り詰めるような……どう考えても、無理に踏み込むべきじゃない。あの件は本当に忘れた方が良いみたい)

「……やっぱり、好きだなあ」

「何が?」

「…………鈴子が」

「ちょっ、シー!」
(いや、いや、いや!何言ってくれてんの?)

一番言ってはいけない冗談にビビりすぎて、なぜか巻き込まれた私の方が、拓真に向かって静かにしろと言わんばかりに人差し指を立てる。

しゃべり声すら、何か罪を犯した人間のように、潜めいたものになってしまう。

「ここ、恋愛禁止!冗談でもそんな……」

「……冗、談?」

でも、拓真の声には、迷いなんて一つもなかった。緩み切った姿勢はいつの間にか正されていて、まっすぐな目でずっと私を見てくる。

(やばい、どうしよう。拓真が、変だ……)

「俺は、そんな軽々しく、好きとか言わないよ。鈴子だって、分かってるでしょ」

「……ちょっと!一旦ストップ!」
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

一般人のふりをする御曹司が、私にだけ妙に懐いてきます

星乃和花
恋愛
地味で目立たないOL・相沢澪には、人に言えない趣味がある。 それは、御曹司・財閥・富豪が登場するコメディ小説を読むこと。 特に大好物なのは、ヘリ移動、やたら広い家、常識のズレた金持ち仕草――そしてライオンなど大型動物との暮らしである。 そんな澪の前に現れたのは、自称“世間知らずの一般人”こと高瀬恒一。 だがこの人、どう見ても一般人ではない。 緊急時はヘリで移動し、やたら距離感が近く、しかも大きな猫まで飼っている。 周囲が引くなか、なぜか澪だけは「まあ、そういうこともあるか」と受け止めてしまい――そのせいで高瀬に“理解者”認定され、どんどん懐かれることに!? 規格外な彼と、隠れ御曹司オタクOLの、爆笑多めでちょっと甘いラブコメディです。 (火金21:00更新ー本編9話+後日談)

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

巨乳のメイドは庭師に夢中

さねうずる
恋愛
ピンクブロンドの派手な髪と大きすぎる胸であらぬ誤解を受けることの多いピンクマリリン。メイドとして真面目に働いているつもりなのにいつもクビになってしまう。初恋もまだだった彼女がやっとの思いで雇ってもらえたお屋敷にいたのは、大きくて無口な庭師のエバンスさん。彼のことが気になる彼女は、、、、