歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました

上日月

文字の大きさ
23 / 63

それでも、続く②

「……もし、もし?」

そんな不思議がる声に答えるように返ってきたのは、昨夜の私をジタバタとさせた、頭から離れないその人の声だった。

「……鈴子……ごめん」

拓真は今、一人ではない。

そして、その声は私を勇気づけてくれたときとはまるで違う、極限まで弱り切ったか細い声。

電話の向こうに広がる状況が、聞かなくてもなんとなくわかった。

(ああ……そういうことか……)

拓真の言葉を最後に、無言の時間が刻々と刻まれていく。

…………どうしよう。もう、これ以上、重い荷物は背負せちゃ、ダメだ。

大切な人が必死になって積み上げてきたものを、絶対に壊したくはない。

そんな終わりが来てしまったら、拓真と過ごしたすべての時間が、忌まわしいものになってしまう。

ずっと前からそう誓っていたはずなのに、閉じた瞼と吐き出す息は、弱々しく震えてしまう。

(………大丈夫、大丈夫だから)

彼が、私たちが、積み上げてきた時間は、きっと私さえ気丈に振る舞えば、あっけなく壊れることはない。

全部言わなくて良い。上辺だけのもので良い。

ただ、いつもみたいに前向きな言葉と、明るさだけ見せれば、それですべて上手くいくんだから。

それでもまだ、震える瞼は私の邪魔をするように閉じたままだ。断固として動かない口角、揺れ動く心が明け透けの呼吸音。

全身を使って拒否する自分に、無理矢理にも言うことを聞かせた。

「………もーう、バカだなあ。拓真が教えてくれたんだよ?好きにごめんとかないんだ、って」

「でも、約束」

「守ろうよ、二人で。後悔しなければ良いんだから。ただ、これまで通り生きていくの。何も終わりにはさせない。ね?」

慣れているはずなのに、今は、まるで自分の首を締めるみたいに、その言葉一つ一つが、はっきりと私の心を突き刺さしてくる。

その痛みに耐えるように、指が食い込みそうなほどの力で、受話器を必死に握りしめていた。

「……」
(なんで、何も言ってくれないの……)

私は今までそうしてきたみたいに、力の限り明るく振る舞ったつもりだった。でも、今日の拓真は笑いもしないし、それ以上の言葉もくれない。

もう私の空元気は、底を尽きていた。これ以上話したら、必死に作り上げた強がりも、簡単に崩れてしまう。

「朝の支度しようとしててさ、拓真から急に電話来るからびっくりしちゃったよー!じゃあ、切るからねー!」

「……うん、じゃあね」

私は心が崩壊してしまう前に、強く押し当てていた受話器を、耳から離した。

離れた場所から微かに聞こえた、最後の言葉。拓真も一緒になって、嘘をついてくれた。

(……止まっちゃ、いけないのに)

頭では分かっているのに、私は立ち止まるみたいに、受話器を持ったまま動けなくなる。

何か必死に括り付けていた糸が、ぷつりと解けるように、やるせない感情がブワッと溢れ出した。

だんだんと視界がぼやけて、自然と目から涙が溢れ落ちてくる。

唇を噛み締めながら、私はいつもみたいに、誰の視界にも入らない店の端っこで、静かに泣いた。

そして、ひとしきり後ろ向きな感情を流し切ると、変わらない朝が続くように店の厨房で泣き腫らした顔を洗い、何ごともなかったように小濱家へと戻る。

「母さん、間違い電話だった~」
「あら、いやね~」

私は声に出さない泣き方を知っている。泣くことが悪いことだとは決して思わない。

ただ私の役目は、来てくれたお客さんに幸せな気持ちになってもらうことだから。そこには私の感情なんて関係ないし、どんなに悲しくても辛くても、嘘でも明るさを絶やさなかった。

そしてお客さんの笑顔を見るたびに、まるでその笑顔すら自分のものみたいに思えてきて、いつしか心から笑えるようになってくる。

嘘の明るさが、気づかないうちに、本当の明るさになっている。

でも、今回の痛みはどれだけの笑顔にも治せない、あまりにも厄介なものだった。

感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

一般人のふりをする御曹司が、私にだけ妙に懐いてきます

星乃和花
恋愛
地味で目立たないOL・相沢澪には、人に言えない趣味がある。 それは、御曹司・財閥・富豪が登場するコメディ小説を読むこと。 特に大好物なのは、ヘリ移動、やたら広い家、常識のズレた金持ち仕草――そしてライオンなど大型動物との暮らしである。 そんな澪の前に現れたのは、自称“世間知らずの一般人”こと高瀬恒一。 だがこの人、どう見ても一般人ではない。 緊急時はヘリで移動し、やたら距離感が近く、しかも大きな猫まで飼っている。 周囲が引くなか、なぜか澪だけは「まあ、そういうこともあるか」と受け止めてしまい――そのせいで高瀬に“理解者”認定され、どんどん懐かれることに!? 規格外な彼と、隠れ御曹司オタクOLの、爆笑多めでちょっと甘いラブコメディです。 (火金21:00更新ー本編9話+後日談)

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」