魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第五十七話 『まじない』と『のろい』は同じ漢字

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───自動車について───
自動車とは内部にエンジンを組みこんだ自動走行ができる魔道具である。最高時速は60㎞にもなるが街中では20㎞までしか出せず、街の外では道が整備されていないために速度が出せないという仕様になっている。現在は自動車の数は多くなく速度も出せないため、自身の富を誇示するために所有するものが大半である。──────Maoupediaより抜粋



☆  ☆  ☆  ☆ 



 自動車に揺られること十数分、遠くに大きな塀が見えてきました。お屋敷を囲んでいる塀だと思いますが遠くまで伸びていて先が見えません。お金落ちと聞いてはいましたが、これほど大きなお屋敷だとは思いませんでした。


「見てください!大きい塀がありますよ!」
「ほんとだ!先が見えないくらい大きい!」
「お前ら落ち着け、バックドロップするぞ」


 ホウリさんの殺意を感じたので一応は黙ります。しかし、内心はワクワクが止まりません。
 僕とノエルちゃんが色々なところに視線を向けていると自動車はそのまま門の前で止ました。すると、門は勝手に開き自動車は塀の中へと入っていきます。


「勝手に開いた!凄い!」
「どういう仕組みになっているんでしょうか」
「あー、もういいや。自動車の中では好きに騒いどけ。ただし、屋敷に着いたら騒ぐなよ」
「分かってますよ」
「大丈夫、ノエル頑張るよ!」
「いまいち信用できないんだよな……」


 なぜかホウリさんには信用されていないみたいですね。だったら僕たちが我慢強い所を見せてホウリさんへの信頼を勝ち取りましょう。そう思いノエルちゃんへと視線を向けると、ノエルちゃんは表情を引き締めて胸の前で拳を作りました。どうやら思いは同じようです。
 僕らが決意を固めていると自動車は森の中へと入っていきました。


「塀の中に森か。自動車でもないと移動が大変そうじゃな」
「屋敷の周りに森があるのは防犯上の理由が主です。屋敷への道は限られた人間しか知りませんのでコソ泥は屋敷に到達する前に餓死するでしょう。運悪く屋敷にたどり着いた者もいるみたいですが」
「そうなんじゃな。……運悪く?運良くの間違いではないか?」


 確かに迷いやすい森を抜けられたのなら運が良いはずです。なぜ運が悪いのでしょうか。


「答えは簡単です。屋敷で捕まった場合、森で餓死するよりも悲惨な目に合うからです」
「……具体的にはどうなるんですか?」
「実際に捕まってみたら分かります。試しに屋敷で盗みを働いてみてはいかがですか?」
「ははは、グレプさんも冗談を言うんですね。……冗談ですよね?」


 僕の言葉に返事をせず、グレプさんは運転を続けます。……冗談ですよね?
 僕が不安に駆られていると、唐突にノエルちゃんが話し始めました。


「ねーねー、ミエルお姉ちゃんのお爺ちゃんって何しているの?」


 ノエルちゃんの質問に答えたのはホウリさんでした。


「ミエルのお爺ちゃん、クラン家は世界最大の貿易会社『クランベリー』を運営している」
「貿易会社って何しているの?」
「各街や魔国に物を運ぶ仕事が主だ。世界の物品の8割はクランベリーが運んでいる。クランベリーは貿易の他にも武器や魔道具の開発や販売もしている」
「かなり手広くやっているんですね」


 そういえば、グランガンの武器屋でクランベリー製の弓を見たことがあります。品質はかなり良かったですがお値段もそれなりにしていましたね。パン屋のバイトで生計を立てていたので手が出なかったことを思い出します。


「わしもクランベリー製の化粧品を見たのう」
「最近では家も作ってる。キャッチコピーの『生物以外を作成する』で分かるように作ってない物を探す方が難しいくらいだ」
「凄すぎて何も言えぬわ」
「私は店でクランベリー製の商品を見るたびに不思議な気分になるがな」


 聞けば聞くほど凄さが身に染みてきます。急にお屋敷に行くのが怖くなってきました。


「い、意外に凄いんですね」
「怖気づいたか?」 
「そ、そんなことないで(ぐぅー)」


 不安でいっぱいの心とは対照的に僕のお腹が自動車内に響きました。そういえば、お昼を食べていなかったですね。


「お屋敷でご飯は出るんでしょうか?」
「時間的に出るだろう。だが、沢山はでないと思うぞ」
「そうですか」


 量は少ないみたいです。しかし、高級な料理が出てくるのなら味は良いのでしょう。普段味わえない料理、楽しみになってきました。


「どんな高級料理が出てくるんでしょうね」
「期待している所悪いが、味は分からないと思うぞ?」
「どういう事です?」
「行けば嫌でも分かる」


 ミエルさんの言ってることはよく分かりませんが行けば分かるみたいなので考えないでおきましょう。


「皆さま、そろそろ屋敷に到着いたします。ご準備をお願いいたします」


 準備と言われても何も持ってきてないので準備するものはないです。強いて言うならば心の準備くらいでしょうか。
 僕が覚悟の準備をしていると自動車が止まりました。運転席からグレプさんが降りて僕たちが乗っている席の扉を開けてくれます。


「お疲れさまでした。気を付けてお降りください」
「おお……」


 グレプさんが開けてくれた扉から自動車の外に降りるとエンゼさんのお屋敷が目の前に広がっていました。2階建てのお屋敷が左右に広がっていて、圧倒されてしまいます。僕が見た中で一番大きい建物は学校だったんですが、学校の10倍以上は大きそうです。そして、入口までの道には数十人のメイドや執事の方が並んでいて僕たちを出迎えています。並んでいる皆さんは僕たちが自動車から降りたことを確認すると、一斉に頭を下げました。


「「「「おかえりなさいませ、ミエルお嬢様」」」」
「出迎えありがとう」


 そういうとミエルさんは優雅な足取りで屋敷の入口へと足を進めました。僕らもミエルさんの後に続きます。皆さんが頭を下げている中を進んでいるととても緊張して、歩き方がいつもよりもぎこちなくなっていることが分かります。
 屋敷の入口にたどり着くとメイドと執事の方が大きな扉を開けてくれます。屋敷の中は豪華なシャンデリア、高そうな壺や絵画などといった調度品がエントランスに飾られており、かなり裕福であることが伺えます。正直、ジルの屋敷の比じゃないくらいの大きく煌びやかなお屋敷です。
 僕がお屋敷の中に絵を奪われていると、エンゼさんが奥からやってくるのが見えました。ミエルさんの家で見た時よりも恰好が豪華になっていてオーラが強くなっている気がします。僕は反射的に背筋を伸ばしてエンゼさんを見ます。
 僕らの前に来たエンゼさんは嬉しそうに口を開きます。


「よく来たなミエル」
「エンゼおじいちゃん、今日はお招きいただきありがとうございます」
「そんなに他人行儀にならなくてもいい。私にはもっと自然に話してほしいな」
「他の方も見ておりますので、この話し方でお話させて下さい」
「……そうか」


 エンゼさんは少し寂しそうな表情になりましたが、すぐに元の表情に戻ります。


「仲間の皆もよく来たな、歓迎しよう」
「お招きいただきありがとうございます。私はキムラ・ホウリと申します」


 ホウリさんは笑顔でエンゼさんにお辞儀をします。僕ホウリさんにならってお辞儀をします。


「ろ、ロワ・タタンです」
「フラン・アロスじゃ」
「ノエル・アロスです」
「よろしく頼む。立ち話もなんだ、食事でもしながら話をしよう」


 そう言うとエンゼさんは踵を返して屋敷の奥へと向かいます。僕らもエンゼさんの後に続いて屋敷の奥へと向かいます。
 屋敷の廊下を歩いていると所々でメイドや執事の方が掃除をしていたり何かを運んでいたりしている姿がありました。数分間廊下を歩いていましたが、どこを歩いていても別の人がせわしなく働いています。これだけ人がいたらお屋敷の中で迷っても安心ですが、一体どれだけの人が働いているのでしょうか。
 圧倒されながら廊下を歩いていると、他の部屋の扉とは一回り大きい部屋が見えてきました。エンゼさんが扉の前に立つと、扉が自動で開き部屋の中へと入っていきます。
 緊張しながら部屋の中に入ると長い四角のテーブルがありました。テーブルには食器が並べられているので、おそらく食堂なのでしょう。


「こちらへどうぞ」


 僕がどうしていいか分からずに固まっていると、執事の方が席まで案内してくれました。ホウリさん達も別のメイドや執事の方に席まで案内されています。


「ありがとうございます」
「何かございましたら、こちらのベルでお呼びください」


 執事の方が座りやすいように椅子を引いてベルをテーブルに置いて部屋から出ていきます。僕は席に座って机の上の水を一口飲み乾ききった口の中に水分が戻します。ふぅ、少し落ち着きました。
 席に着いたエンゼさんは僕たちに視線を向けると真顔で口を開きます。


「先に食事にしよう」


 そう言うとエンゼさんは手を数回叩きます。すると、メイドさんが料理が乗ったワゴンを運んできました。メイドさんは僕の隣にワゴンを付けると、手際よく料理を並べます。


「季節野菜のテリーヌでございます」
「ありがとうございます」


 前菜は色とりどりな層になっているテリーヌでした。テリーヌの脇にはオレンジ色のソースが添えてあります。とても美味しそうな料理ですね。さっそくいただき……ってしまった!コース料理の食べ方なんて分からない!
 テリーヌはスプーンで食べるんでしょうか?それともナイフとフォークで?どうしたらいいんでしょうか。
 僕が迷っているとエンゼさんが不思議そうに話しかけてきます。


「食べないのかねロワ君?」
「い、いただきます」


 僕は意を決してスプーンを手に取ります。すると、


『テリーヌはナイフとフォークで食べろ。使うのは外側からだから気を付けろよ』


 声を聞いた僕は咄嗟にナイフとフォークを手に取りテリーヌを切り分けて口に運びます。エンゼさんの方へ視線を向けると僕を見ておらず料理に集中していました。どうやら正解のようです。
 僕が胸をなでおろしていると再び頭の中に声が響きます。


『食器の音は極力抑えろ。万が一、料理を零した場合はそのままにしておけ』
『ホウリさんありがとうございます!』
『気にするな、お前はこういう場所に慣れていないだろうから俺が指示する。なるべく言う通りにしてくれ』
『分かりました』


 僕はホウリさんの指示の通り料理を食べ進めます。顔はなるべく普通の顔を装っていますが、内心では失敗しないかドキドキしています。正直、料理の味なんて分かりません。……なるほど、自動車でミエルさんが言っていたのはこういう事でしたか。確かにどんなに美味しい料理でもこの状況では楽しめませんね。
 

「若鳥とウアイ茸の炭火焼きでございます」
「ありがとうございます」


 メインディッシュを食べながら皆さんの様子を確かめます。ミエルさんやホウリさんは慣れた様子で料理を楽しんでいますね。フランさんも魔国の王ですのでスムーズに食事できています。ノエルちゃんは流石に食べ方は分からないですよね。
 そう思ってミエルちゃんの方へ視線を向けると意外にも迷いなくフォークとナイフを動かしていました。料理を口に運ぶと余程美味しいのか笑顔になります。


『ホウリさんホウリさん』
『なんだ?』
『ノエルちゃんにもアドバイスしてます?』
『ノエルにはしてないな』
『という事は、ノエルちゃんはマナーを知ってたんですか?』
『神殿に軟禁されていた時に教えられたらしい。恐らく、どこかの貴族の子供に仕立て上げるための準備だったんだろう』


 成程、そういう事なら納得です。ノエルちゃんは手慣れている様子ですが、この歳でここまでのマナーを身に着けるには相当な苦労があったのでしょう。……うん?


『という事は、僕以外はコース料理のマナーに慣れてるんですか?』
『そうなるな』
『……自分の無知さに悲しくなります』
『知ってる方が少数だから気にするな。気になるなら後日俺達が教えてやるよ』
『お願いします』
『私も力になろう』


 僕とホウリさんが話していると念話にミエルさんも参加してきました。


『ミエルさん、ありがとうございます。お願いしますね』
『任せてくれ。私も最初はロワみたいに緊張しすぎて味が分からなかったからな。気持ちは分かる』
『そうなんですか。意外です』


 ミエルさんは何でもそつなくこなす印象があったのですが、僕と同じころがあったんですね。なんとなく嬉しくなります。
 僕らが念話で会話しながら食事をしていると唐突にエンゼさんが口を開きました。


「ミエル、少しいいかい?」
「なんでしょうか」
「私の跡を継ぐ話だ」


 エンゼさんの言葉を聞いたミエルさんの表情は笑顔のままです。しかし、何となくうんざりしているような?気のせいでしょうか?
 ミエルさんの雰囲気が変わった事に気が付いていないのかエンゼさんは話を続けます。


「私の跡を継ぐのはミエルしかいない」
「秘書のアラザがいるではないですか」
「彼は確かに優秀だ。だが、ミエルはもっと優秀じゃないか」
「申し訳ないですが、私にはやりたい事がありますので」
「結婚の事か?だったらアラザと結婚すればいい。そうすればクラン家は安泰だ」
「無理ですわ。アラザは私の事を嫌っておりますもの」
「そんな事はないぞ」


 エンゼさんとミエルさんの話は上品ではありますが、どちらも一歩も譲らない迫力があります。バーリングさんと話していた時と同じです。


「私の跡を継げば使いきれない程の富が得られるのだぞ?」
「私が欲しいのは富ではなく愛ですの」
「愛が欲しいのならアラザがいるではないか」
「ですから──────」


 ミエルさんとエンゼさんの言い合いは終わりが見えません。さっきはマナーでストレスを感じていましたが、今は別の意味でストレスを感じています。あれだけお腹が空いていたのに食事が喉を通りません。これ以上この空間にいたら胃に穴が開きそうです。
 耐えきれなくなった僕は思わず手を上げます。


「すみません、少々お手洗いに行ってきます。料理は下げていただいて結構です」
「わかった、客人をお手洗いに案内してくれ」
「いえ、お構いなく」


 そう言うと、僕は足早に食堂から抜け出して広大な屋敷の中を歩き始めました。



☆  ☆  ☆  ☆ 



「ふう、何とか落ち着きました」


 トイレで用を足し、気分を落ち着けた僕は大きく深呼吸をしました。


「それにしてもお金持ちの家はトイレも凄いですね。僕が住んでいた部屋よりも大きかったですし、トイレットペーパーも肌触りが良かったです」


 トイレの事を考える程の余裕が出てきたことに安心し、僕は食堂に戻ろうとします。が、


「あれ?食堂ってどっちだっけ?」


 適当に歩いていたら運よくトイレを見つけたため、歩いた道筋をまったく覚えていません。たしか、最初に右に曲がって……いや左だっけ?うーん、記憶を頼りに食堂に戻るのは厳しそうです。
 どうにかならないかと辺りを見渡すと、調度品のツボを磨いているメイドさんが目に入りました。そうだ!餅は餅屋と言いますし、使用人の人に聞けば食堂まで行くことが出来るでしょう。そうと決まれば早速聞きにいきましょう。
 僕は掃除をしているメイドさんに声を掛けます。


「すみません、一ついいですか?」
「はい、なんでしょう……か?」


 掃除をしていたメイドさんは僕の顔を見るとそのまま僕の顔を見つめています。


「僕の顔に何か付いていますか?」
「……は!い、いえなんでもありません!どのような御用でしょうか?」
「食堂に行きたいんですけど、どうやって行けばいいんでしょうか?」
「食堂でしたらこの廊下をまっすぐ行って────」


 メイドさんから食堂の道を教わります。僕は結構遠くの方まで来てしまったみたいですね。案内が無かったら数時間はたどり着けなかったでしょう。


「ご親切にありがとうございました。では、僕はこれで」
「ちょ、ちょっと待ってください!」


 食堂に向かおうとした僕をメイドさんが呼び止めます。まだ何あるのでしょうか?
 僕が不思議に思っていると、メイドさんはメモ帳を取り出して何かを書き始めました。書き終わるとページをちぎり、僕に渡してきます。メモを見てみると、どこかの住所が書いてありました。


「これは?」
「私の家の住所です」
「へ?」


 なんで住所が書かれた紙を渡してくるのでしょうか?僕が理解しようと必死に頭を回転させているとメイドさんが矢継ぎ早に話してきます。


「夜の8時には家に帰りますので、それ以降だったらいつ来てもいいです!」
「え、あの……」
「今日一夜限りでもいいんです!だからお願いします!」


 ダメです、何の話か全くわかりま……いや、待ってください。グランガンから旅立つときにホウリさんに言われたことがあるような……、確か────



≪いいか、スイーツというのは甘ければいいというものではない。もちろん、甘さは大事ではあるが苦味や酸味、旨味といった他の味覚や触感も大事になってくる。だが、スイーツそのものだけでなく、食べるときの自分自身も大切であるという事も忘れないでほしい。食べるときの疲労感や精神状態は味覚や嗅覚に影響を及ぼすため、以前美味しいと思っていたスイーツが美味しく感じないこともある。ここが重要で難しい所ではあるが、疲れている時は酸味が強く、落ち込んでいる時は甘みが強いものと言ったように自分のコンディションを把握したうえでスイーツを食すことがスイーツに対する礼儀であり、ひいては自分自身にも──────≫


 違いました、これは2番目に話されたスイーツ講座でした。えーっと、正しくは────


≪ロワ、これから旅をする中で女性に自分の住所を教えられたときは絶対に行くな≫
≪なぜですか?≫
≪そういう女性の家に行った場合は良くて軟禁、最悪の場合殺されるからだ≫
≪そんなー、大げさじゃないですか?≫
≪普通だったらそんな心配はない。だがな、お前には女性を狂わせる呪いみたいなものがある。グランガンの街の女性を見て確信したが、お前のその力は強すぎる。今後、女性には絶対に気を付けろ。下手したら死ぬぜ?≫


 完全にホウリさんの言葉を思い出せました。つまり、この場合の対処法は……
 僕は受け取ったメモをメイドさんに押し付けます。


「すみません、これは受け取れません」
「なぜですか!」
「それは……」


 僕は言葉に詰まってしまいます。効果的なセリフは分かるのですが言っていいものか……。ですが、ここは言うしかありません。
 意を決して僕は口を開きます。


「僕にはミエルさんという恋人がいますので」


 内心でミエルさんに謝りながら僕は話します。メイドさんは一度は言葉に詰まったものの諦めきれないといった様子で弱々しく話します。


「……私は遊びでも構いません」
「すみません、僕はミエルさんを裏切れないので」
「…………」


 僕の言葉にメイドさんが言葉をなくします。これをチャンスとみた僕は踵を返します。


「そういう事なので僕はこれで!」
「あ……」


 僕が足早に廊下を進むとメイドさんは一瞬手を伸ばしかけましたが、追いかけてくることはありませんでした。その後は運よく誰とも出会わずに食堂までたどり着けました。
 僕は扉を開けて食堂に入ります。


「遅くなってしまい申し訳ないで……す?」
「ホウリ君、君の話は面白いな」
「いえいえ、エンゼさんのお話も為になって面白いですよ」
「そうですわよ、こんなに楽しい食事はいつぶりかしら」


 食堂はさっきまでの言い合いをしていた状況から打って変わって、皆さんで和やかにお話を楽しんでいる状況に変わっていました。ミエルさんの表情も柔らかいですし、終始無表情であったエンゼさんの顔にも笑みが浮かんでいます。エンゼさんは僕に気が付くと、心配そうに口を開きました


「ロワ君、随分と遅かったね。何かあったのかい?」
「いえ、少し道に迷っただけです。メイドの方に道を聞きましたので、問題なく帰ってこられました」
「そうかね、ならば良かった」


 僕の言葉に胸をなでおろしたエンゼさんは再び談笑を始めます。僕が席を外している間に何があったのでしょうか。気になりますが、ようやく一段落つくことが────


『緊急事態だ。全員すぐに屋敷から帰るぞ』


 出来ないみたいです。


『なぜじゃ?せっかく場の雰囲気が温まってきたというのに』
『原因はロワにある。全員ロワの顔を見ろ』


 僕に原因が?心当たりはないですが?
 ホウリさんの指示の通り、皆さんが僕の顔をさりげなく見てきます。


『……来た時よりかっこよくなっておる?』
『そうだ、ロワの顔がメイクに対応し始めてきやがった』
『ごめんなさい、意味が分かりません』


 顔がメイクに対応するとはどういうことでしょうか?顔が変わったりしたんでしょうか?


『対応したという事は、つまりメイクに雰囲気や表情なんかを無意識のうちに合わせる事によって、すっぴんのかっこよさに近付いているってことだ』
『えーっと……』
『簡単に言うとメイクの効果が無くなってきている』
『そういうことでしたか、なるほどなるほど。……それってマズくないですか?』
『かなりマズい。対応しきる前に何とか帰るぞ。俺が帰ると話を切り出すからフランはロワに認識阻害のスキルを掛けてくれ』
『了解じゃ』

 
 ホウリさんはそう言うと、腕に巻いている時計をチラリと見ます。


「……申し訳ないのですが、そろそろお暇しなくてはしなくてはいけません」
「む?来たばかりではないか?」
「かの有名なエンゼさんに一目お会いしたかったため、無理をして時間を空けたのですが、そろそろお時間が……」
「それならば仕方がないな」
「申し訳ございません。近いうちに再度訪問いたしますので、本日はこれで」
「分かった、ならば玄関まで送ろう」
「ありがとうございます」


 この短時間でどれだけエンゼさんと仲良くなっているんですか。初めとは比べようがないくらいに好感度が上がっているじゃないですか。


『ホウリさん、何をしたんですか?』
『色々とな。それよりも今は帰る方が先決だ。さっさと行くぞ』


 ホウリさんに言われるがまま僕らは食堂から出て、長い長い廊下を抜けてエントランスへたどり着きます。
 エントランスの扉を使用人の人達が開けると、エンゼさんが名残惜しそうに口を開きました。


「また近いうちに皆を招待しよう」
「かしこまりました。近いうちに皆でまた来ます」


 こうして僕たちは自動車に乗り込み、エンゼさんの屋敷を後にしたのでした。



☆  ☆  ☆  ☆ 


「だぁー、疲れましたー」
「おつかれじゃ」
「最後はヒヤッとしたが何とかなってよかったな」
「今回のことに関しては予想できなかった俺の落ち度だな。まさか、顔がメイクに対応してくるとは思わなかった」
「予想出来てたまるか」
「ふぅー、しばらくはメイクはこりごりです。いつもの布のほうが落ち着きます」
「それが1番良い。メイクに関しては今度試そう」
「あーあ、お屋敷の探検したかったなー」
「探検に関してはまた今度だな。少なくとも2週間はいけないだろうな」
「え?また行くんですか?」
「勿論だ。これも立派な情報収集の一つだぜ?」
「僕はもういいです。胃が痛い……」
「そう言わないでくれ。私がマナーを教えるからまた行こう」
「……分かりました。頑張ります」
「それじゃ、今日は休んで明日も頑張ろー」
「「「「おー!」」」」
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