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第百話 俺もやったんだからさ
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「うーん?」
「起きたか?」
ソファーに寝かせていたメリゼが起き上がる。
「ここは?」
「この量の書類を見て分からんのか。執務室じゃ」
わしは書類をめくる手を止めてメリゼの方へ向く。何が起こったのか理解したメリゼは無表情で話し始める。
「私は負けたのですか」
「そうじゃな、ホウリの蹴りをまともに食らって気絶しておったんじゃ」
「傷は魔王様が治してくれたのですか?」
「そうじゃぞ」
綺麗に治っている手を見るメリゼに答える。ノエルに治してもらってもよかったんじゃが、なんとなくわしが治さないといけない気がしたんじゃよな。
すっかりと治った手を見つめていたメリゼは手を握りしめる。
「すみません、負けてしまいました」
「別に良い。準備をしたホウリに勝てるの奴は片手で数える程度しかおらん」
「……魔王様、お話したい事があります」
「なんじゃ?」
「大臣を辞めさせていただきたいのです」
唐突な辞職宣言。じゃが、不思議と驚きは無かった。
「理由を聞かせて貰おうか?」
「ホウリ様に負けて、私の役目は終わったのだと思いました。彼がいれば私はいらないでしょう」
「そうじゃな、ホウリがおれば大抵の仕事はこなすじゃろう」
わしの言葉にメリゼは俯く。そんなメリゼにわしは言葉を続ける。
「ところで、わしの仕事が思ったよりも少ないんじゃが何か知らぬか?」
「何の事でしょうか?」
「半年間ほったらかしていた割に溜まっていなくてのう。誰かが減らしてくれたのじゃと思ったんじゃが、気のせいじゃったか?」
「それは……」
言葉を詰まらせるメリゼにわしは微笑む。
「お主が頑張ったんじゃろ?他の者も言っておったぞ、『メリゼが寝る魔も惜しんで頑張ってる』とな」
「……お恥ずかしい限りです」
メリゼが珍しく目を背ける。隠し通せると思ったのかのう?
「わしが旅に出て半年、お主はよく頑張ってくれた。国の為に働けるお主はこの国に必要な人材じゃ」
「もったいないお言葉でございます」
メリゼがわしの前に膝をついて頭を下げる。
「顔を上げよ。まだ話は終わっておらぬぞ」
「はっ」
メリゼが姿勢を正したまま顔を上げる。かたっ苦しいが、メリゼらしいのう。
「そういえば、お主に初めてあった時も同じような感じじゃったのう。笑った顔なんて見たこと無いわい」
「笑う必要がないので」
「ほう?必要があれば笑うんじゃな?」
「……魔王様?」
嫌な予感を感じ取ったのかメリゼが眉を顰める。わしはニコリと笑って口を開く。
「今度、場内の様子を新聞に掲載することになったんじゃ。わしらの写真も撮るんじゃが、丁度いいから今撮ろう」
「そんな事をしている暇はあるのですか?」
「あるわけないじゃろ。じゃからさっさと撮るぞ」
メリゼの反対を押し切ってカメラを机に置く。
諦めの表情になったメリゼの隣に並び、笑いながらカメラに向かってピースをする。
じゃが、写真を撮るというのにメリゼはいつもの物調面のままじゃった。
「どうした?写真を撮るんじゃから笑わんかい」
「公式の写真であるならば表情を引き締めた方がいいのでは?」
「親しみやすさのほうが重要じゃ。ほれ、笑わんかい」
「しかし……」
「笑うんじゃ、これは命令じゃぞ?」
命令と言われて反論出来なくなったメリゼは口元を少しだけ緩めた。
「なんじゃそれ?」
「私なりの笑顔です」
「何かを企んでいる犯罪者の顔じゃ。もっと嬉しそうにせんかい」
「こうですか?」
「もっと目じりを下げよ」
「こうでしょうか?」
「鼻を膨らませて」
「こ、こうでしょうか?」
「目線を思いっきり上に!」
「……私で遊んでませんか?」
「バレたか」
非難の目で見てくるメリゼを見て大笑いする。
「ここまで従順にやってくれるとは思ってなかったわい」
「遊んでないで早く撮りますよ」
「分かっとるわい、じゃが笑顔で撮るんじゃぞ」
「分かりました」
諦めの表情でメリゼは顔に笑顔を作る。
「歯を見せるともっと良くなるぞ」
「なるほど」
「準備はよいな、はいチーズ」
わしは遠隔でシャッターのスイッチを起動する。フラッシュが焚かれてわしとメリゼのツーショットがカメラから出てくる。
出てきたばかりの写真をとって写りを確認する。
「ふむ、中々良いのではないか?やれば出来るではないか」
「私にも見せてください」
渡された写真を凝視するメリゼ。
「私の最初の写真が魔王様とのツーショットになるとは」
「写真初めてなのか?」
「はい。写真は嫌いなので」
「そうじゃったのか。無理を言ったか?」
「いつもの事ですので気にしておりません」
「なんじゃい、わしがいつも無理難題をいっておるみたいじゃないか」
「その通りです」
心外じゃ。こんなにも優しい魔王は他にいないというのに。
メリゼから写真を奪い取り、椅子に座って眺める。その様子を見たメリゼはいつもの無表情で話始める。
「それで、本題はまだなのですか?」
「本題?お主を元気付けるのが本題じゃぞ?」
「何十年、魔王様に仕えていると思っているのですか?魔王様が言いにくい事を言おうとしているの位わかります」
「そんなに分かりやすいかのう?」
わしの言葉にメリゼは大きく頷く。バレているのならば早く言ってしまった方が楽かもしれぬな。
いざ言おうと口を開くが、言おうとした瞬間に言葉が詰まる。長年尽くしてきてくれたこやつには言い辛いのう。いや、長年共にしたメリゼじゃからこそ、言っておかねばならんじゃろう。
わしは意を決して話を続ける。
「メリゼ、落ち着いて聞いてくれ」
「私がそう簡単に驚く訳ありません」
メガネを正して紅茶を入れ始めるメリゼ。まあ、こやつならば驚く事はないか。
「実はのう」
「はい」
「魔王を辞めようと思う」
(ドンガラガッシャーン!)
メリゼは持っていたティーセットを落とし、目を見開いてわしを凝視する。
「……もう一度言っていただけますか?」
「魔王を辞めようと思う」
「魔王様が魔王で無くなったら、私は魔王様をなんとお呼びすれば良いのですか?」
「そこかい」
メリゼは自分が落としたティーセットの破片を拾う。じゃが、その手は細かく震えておる。少なからず動揺しておるみたいじゃな。
「理由をお伺い出来ますか?」
「理由は簡単、寿命じゃ」
「魔王様、死ぬのですか?」
いつも通り無表情で話すメリゼ。じゃが、言葉が細かく震えておる。
「そうじゃな、もって数年じゃろう」
「……どうにもならないのですか?」
「500年も生きておるんじゃ。流石のわしにも寿命には勝てんよ」
「……私は嫌です」
珍しく聞き分けが悪いメリゼ。聡い奴じゃからどうにもならない事も理解しておるじゃろう。心が付いてきておらんのじゃろう。
「気持ちは分かるが、しょうがない事じゃ。分かってくれぬか?」
「……次の魔王は誰がやるんですか?魔王様以上の魔王だなんて!」
「お主が次の魔王をやるんじゃ」
わしの言葉にメリゼが口を大きく開けて固まる。数秒後、しきりに瞬きをしながら口を開く。
「私が次の魔王ですか?」
「そうじゃ、お主なら強いし仕事も出来る。誰も文句はないじゃろ」
「私より強い者はおりますから、文句を言う者は出てくるのでは?」
「何のために500年も頑張ってきたと思うんじゃ。力こそ正義の魔族社会を変える為じゃぞ」
「そんな事を考えていたのですか」
わしが最初に魔王になった時に目指したのは「力のみが正義」の社会を変える為じゃ。人国と戦争をしている時であればそれでいいかもしれんが、人国と手を結ぶのであれば力だけではダメじゃ。
「じゃから、わしは少しずつ頭脳面での優遇もしてきた。お主もその一人じゃ」
「お褒めいただき光栄です」
「じゃから、お主が魔王を引き継ぐんじゃ」
「それは考えさせてください」
「……まあ、すぐにという訳でもないしゆっくり考えよ」
「はい」
流石に急すぎたか。しかたない、もう少し待つとするか。
「寿命の事はパーティーの皆さまには?」
「言っておらん。流石に言いにくくてのう」
せっかくノエルの事が終わったのに、わしの寿命の事を言って気分を下げたくない。言うとしてももう少し後じゃろうな。
「ホウリ様にもですか?」
「そうじゃな。じゃが、ホウリは察していると思うがのう。そうじゃ、お主にはわしの正体を伝えていなかったのう?」
「聞いても教えていただけませんでしたからね」
「悪かったのう」
勇者候補が表れるまでは気軽に話すことが出来なかったからのう。仕方ないとはいえ、申し訳ないと思う。
「それじゃ、正体と一緒に旅の話もするか。まずはわしの正体じゃが……」
───10分後───
「……という事じゃな」
「言いたい事は色々とありますが、色々と無茶しましたね」
「それはホウリに言え。わしはあいつの指示に従っただけじゃ」
「魔王様も大概だと思いますよ?」
心外じゃ。
「そんな訳で、わしはホウリと殺しあう事になる」
「……魔王様、私は魔王様の味方を」
「するでないぞ?」
言葉を遮りメリゼを睨みつける。わしに気圧されたメリゼはたじろぐが、すぐに表情を正す。
「私はいつでも魔王様の味方です」
「わしは一人で十分じゃ。誰かが味方に付けばわしを負かすことなど出来ん。むしろ、ホウリに力を貸して欲しいくらいじゃ」
「しかし……」
「くどいぞ!」
わしは殺気を込めてメリゼを睨みつける。
「聞き分けが悪いようじゃとお主でも容赦せんぞ?」
「……申し訳ございませんでした」
メリゼが頭を下げる。その体は恐怖で細かく震えていた。これ以上怖がらせるのも悪いのう。
わしは殺気を引っ込めてメリゼに笑いかける。
「分かればいいんじゃ。すまぬな、大人げなく怒ってしまったわい」
「いえ、差し出がましい事を言ってしまいました」
頭を軽く下げるメリゼの頬に冷たい汗が流れる。やり過ぎた気がしないでもないのう。
メリゼは頭を上げて震える唇を開けた。
「……魔王様、一つよろしいですか?」
「なんじゃ?スリーサイズでも知りたいのか?」
「そんな道端に落ちている雑草くらいにどうでもいい事を聞きたい訳ではありません」
「殴ってよいか?」
「申し訳ありません。それで、一つよろしいですか?」
申し訳なさのかけらもない謝罪をして話を仕切り直すメリゼ。いつもの調子に戻ってきたかのう?
「なんじゃ?」
「魔王様は……死にたいのですか?」
メリゼの言葉にわしが書類を捲る手が止まる。
「なぜそう思った?」
「いえ、なんだか自分を殺して欲しいような言い方でしたので」
「そうじゃなー」
メリゼの言葉にわしは少し考える。今まで魔国の為に働き、最近は皆の為に動いておる。そして、最後はホウリとの殺し合いを望んでいる。
考え方によっては自殺願望があると言われても仕方ないじゃろうな。じゃが、なんか違う気がする。わしが死にたいというよりも……
「……わしを倒せるほど、皆が強くなる事を望んでおるのかものう」
「どういう事ですか?」
「わしと倒すには人族だけや魔族だけではダメじゃ。両種族がわしを倒すまでに協力するようになるのがわしの望みじゃ」
世界を変えられる程の事をすれば、わしの生きている意味も出てくるじゃろう。
「そして、その望みの中心となるのがホウリじゃ。そういう事じゃから、お主も可能な限りホウリに協力してほしい。無理にとは言えんがのう」
「魔王様……」
わしの言葉にメリゼが言葉を失う。そして、軽く礼をした後、扉の元へと歩く。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「魔王様の後を継ぐのです。色々と準備が必要でしょう?」
「そうか」
そう言うとメリゼは扉を開けて執務室から出ていった。
「さてと、わしがいる間にどれ位の事が出来るかのう?」
書類の整理に戻ろうとすると、扉がノックされて開けられてホウリが表れた。
「ホウリか。どうした?」
「明日以降の行動について相談したくてな」
いくつかの書類を抱えたホウリがソファーに座る。
さっきメリゼに話した事をホウリに確認してみるか。
「なあ、ホウリ」
「なんだ?」
「わしの秘密をどこまで知っている?」
「どうした急に?」
ホウリがゆっくりとわしの方へと向く。
かなり曖昧な言い方じゃが、ホウリならわしの言いたいことが分かるじゃろう。
「で?どうなんじゃ?」
「そうだな、まずはお前の寿命が数年とかでいいか?」
「やはり知っとったか。まだあるか?」
「後は……」
ホウリは少し言おかうと迷ったが、そのまま話始めた。
「お前が魔族でも人族でもないって事か?」
「……そこまで知っとったか」
「まあな、後は夜にこっそり菓子を食っている事とか、定期的にギャンブルで大負けして帰って来るとかしかないが?」
「雑談はここまでじゃ。さっさと明日以降の打ち合わせをするぞ」
ホウリとの雑談を打ち切ってわしはホウリとの打ち合わせを進めた。
「起きたか?」
ソファーに寝かせていたメリゼが起き上がる。
「ここは?」
「この量の書類を見て分からんのか。執務室じゃ」
わしは書類をめくる手を止めてメリゼの方へ向く。何が起こったのか理解したメリゼは無表情で話し始める。
「私は負けたのですか」
「そうじゃな、ホウリの蹴りをまともに食らって気絶しておったんじゃ」
「傷は魔王様が治してくれたのですか?」
「そうじゃぞ」
綺麗に治っている手を見るメリゼに答える。ノエルに治してもらってもよかったんじゃが、なんとなくわしが治さないといけない気がしたんじゃよな。
すっかりと治った手を見つめていたメリゼは手を握りしめる。
「すみません、負けてしまいました」
「別に良い。準備をしたホウリに勝てるの奴は片手で数える程度しかおらん」
「……魔王様、お話したい事があります」
「なんじゃ?」
「大臣を辞めさせていただきたいのです」
唐突な辞職宣言。じゃが、不思議と驚きは無かった。
「理由を聞かせて貰おうか?」
「ホウリ様に負けて、私の役目は終わったのだと思いました。彼がいれば私はいらないでしょう」
「そうじゃな、ホウリがおれば大抵の仕事はこなすじゃろう」
わしの言葉にメリゼは俯く。そんなメリゼにわしは言葉を続ける。
「ところで、わしの仕事が思ったよりも少ないんじゃが何か知らぬか?」
「何の事でしょうか?」
「半年間ほったらかしていた割に溜まっていなくてのう。誰かが減らしてくれたのじゃと思ったんじゃが、気のせいじゃったか?」
「それは……」
言葉を詰まらせるメリゼにわしは微笑む。
「お主が頑張ったんじゃろ?他の者も言っておったぞ、『メリゼが寝る魔も惜しんで頑張ってる』とな」
「……お恥ずかしい限りです」
メリゼが珍しく目を背ける。隠し通せると思ったのかのう?
「わしが旅に出て半年、お主はよく頑張ってくれた。国の為に働けるお主はこの国に必要な人材じゃ」
「もったいないお言葉でございます」
メリゼがわしの前に膝をついて頭を下げる。
「顔を上げよ。まだ話は終わっておらぬぞ」
「はっ」
メリゼが姿勢を正したまま顔を上げる。かたっ苦しいが、メリゼらしいのう。
「そういえば、お主に初めてあった時も同じような感じじゃったのう。笑った顔なんて見たこと無いわい」
「笑う必要がないので」
「ほう?必要があれば笑うんじゃな?」
「……魔王様?」
嫌な予感を感じ取ったのかメリゼが眉を顰める。わしはニコリと笑って口を開く。
「今度、場内の様子を新聞に掲載することになったんじゃ。わしらの写真も撮るんじゃが、丁度いいから今撮ろう」
「そんな事をしている暇はあるのですか?」
「あるわけないじゃろ。じゃからさっさと撮るぞ」
メリゼの反対を押し切ってカメラを机に置く。
諦めの表情になったメリゼの隣に並び、笑いながらカメラに向かってピースをする。
じゃが、写真を撮るというのにメリゼはいつもの物調面のままじゃった。
「どうした?写真を撮るんじゃから笑わんかい」
「公式の写真であるならば表情を引き締めた方がいいのでは?」
「親しみやすさのほうが重要じゃ。ほれ、笑わんかい」
「しかし……」
「笑うんじゃ、これは命令じゃぞ?」
命令と言われて反論出来なくなったメリゼは口元を少しだけ緩めた。
「なんじゃそれ?」
「私なりの笑顔です」
「何かを企んでいる犯罪者の顔じゃ。もっと嬉しそうにせんかい」
「こうですか?」
「もっと目じりを下げよ」
「こうでしょうか?」
「鼻を膨らませて」
「こ、こうでしょうか?」
「目線を思いっきり上に!」
「……私で遊んでませんか?」
「バレたか」
非難の目で見てくるメリゼを見て大笑いする。
「ここまで従順にやってくれるとは思ってなかったわい」
「遊んでないで早く撮りますよ」
「分かっとるわい、じゃが笑顔で撮るんじゃぞ」
「分かりました」
諦めの表情でメリゼは顔に笑顔を作る。
「歯を見せるともっと良くなるぞ」
「なるほど」
「準備はよいな、はいチーズ」
わしは遠隔でシャッターのスイッチを起動する。フラッシュが焚かれてわしとメリゼのツーショットがカメラから出てくる。
出てきたばかりの写真をとって写りを確認する。
「ふむ、中々良いのではないか?やれば出来るではないか」
「私にも見せてください」
渡された写真を凝視するメリゼ。
「私の最初の写真が魔王様とのツーショットになるとは」
「写真初めてなのか?」
「はい。写真は嫌いなので」
「そうじゃったのか。無理を言ったか?」
「いつもの事ですので気にしておりません」
「なんじゃい、わしがいつも無理難題をいっておるみたいじゃないか」
「その通りです」
心外じゃ。こんなにも優しい魔王は他にいないというのに。
メリゼから写真を奪い取り、椅子に座って眺める。その様子を見たメリゼはいつもの無表情で話始める。
「それで、本題はまだなのですか?」
「本題?お主を元気付けるのが本題じゃぞ?」
「何十年、魔王様に仕えていると思っているのですか?魔王様が言いにくい事を言おうとしているの位わかります」
「そんなに分かりやすいかのう?」
わしの言葉にメリゼは大きく頷く。バレているのならば早く言ってしまった方が楽かもしれぬな。
いざ言おうと口を開くが、言おうとした瞬間に言葉が詰まる。長年尽くしてきてくれたこやつには言い辛いのう。いや、長年共にしたメリゼじゃからこそ、言っておかねばならんじゃろう。
わしは意を決して話を続ける。
「メリゼ、落ち着いて聞いてくれ」
「私がそう簡単に驚く訳ありません」
メガネを正して紅茶を入れ始めるメリゼ。まあ、こやつならば驚く事はないか。
「実はのう」
「はい」
「魔王を辞めようと思う」
(ドンガラガッシャーン!)
メリゼは持っていたティーセットを落とし、目を見開いてわしを凝視する。
「……もう一度言っていただけますか?」
「魔王を辞めようと思う」
「魔王様が魔王で無くなったら、私は魔王様をなんとお呼びすれば良いのですか?」
「そこかい」
メリゼは自分が落としたティーセットの破片を拾う。じゃが、その手は細かく震えておる。少なからず動揺しておるみたいじゃな。
「理由をお伺い出来ますか?」
「理由は簡単、寿命じゃ」
「魔王様、死ぬのですか?」
いつも通り無表情で話すメリゼ。じゃが、言葉が細かく震えておる。
「そうじゃな、もって数年じゃろう」
「……どうにもならないのですか?」
「500年も生きておるんじゃ。流石のわしにも寿命には勝てんよ」
「……私は嫌です」
珍しく聞き分けが悪いメリゼ。聡い奴じゃからどうにもならない事も理解しておるじゃろう。心が付いてきておらんのじゃろう。
「気持ちは分かるが、しょうがない事じゃ。分かってくれぬか?」
「……次の魔王は誰がやるんですか?魔王様以上の魔王だなんて!」
「お主が次の魔王をやるんじゃ」
わしの言葉にメリゼが口を大きく開けて固まる。数秒後、しきりに瞬きをしながら口を開く。
「私が次の魔王ですか?」
「そうじゃ、お主なら強いし仕事も出来る。誰も文句はないじゃろ」
「私より強い者はおりますから、文句を言う者は出てくるのでは?」
「何のために500年も頑張ってきたと思うんじゃ。力こそ正義の魔族社会を変える為じゃぞ」
「そんな事を考えていたのですか」
わしが最初に魔王になった時に目指したのは「力のみが正義」の社会を変える為じゃ。人国と戦争をしている時であればそれでいいかもしれんが、人国と手を結ぶのであれば力だけではダメじゃ。
「じゃから、わしは少しずつ頭脳面での優遇もしてきた。お主もその一人じゃ」
「お褒めいただき光栄です」
「じゃから、お主が魔王を引き継ぐんじゃ」
「それは考えさせてください」
「……まあ、すぐにという訳でもないしゆっくり考えよ」
「はい」
流石に急すぎたか。しかたない、もう少し待つとするか。
「寿命の事はパーティーの皆さまには?」
「言っておらん。流石に言いにくくてのう」
せっかくノエルの事が終わったのに、わしの寿命の事を言って気分を下げたくない。言うとしてももう少し後じゃろうな。
「ホウリ様にもですか?」
「そうじゃな。じゃが、ホウリは察していると思うがのう。そうじゃ、お主にはわしの正体を伝えていなかったのう?」
「聞いても教えていただけませんでしたからね」
「悪かったのう」
勇者候補が表れるまでは気軽に話すことが出来なかったからのう。仕方ないとはいえ、申し訳ないと思う。
「それじゃ、正体と一緒に旅の話もするか。まずはわしの正体じゃが……」
───10分後───
「……という事じゃな」
「言いたい事は色々とありますが、色々と無茶しましたね」
「それはホウリに言え。わしはあいつの指示に従っただけじゃ」
「魔王様も大概だと思いますよ?」
心外じゃ。
「そんな訳で、わしはホウリと殺しあう事になる」
「……魔王様、私は魔王様の味方を」
「するでないぞ?」
言葉を遮りメリゼを睨みつける。わしに気圧されたメリゼはたじろぐが、すぐに表情を正す。
「私はいつでも魔王様の味方です」
「わしは一人で十分じゃ。誰かが味方に付けばわしを負かすことなど出来ん。むしろ、ホウリに力を貸して欲しいくらいじゃ」
「しかし……」
「くどいぞ!」
わしは殺気を込めてメリゼを睨みつける。
「聞き分けが悪いようじゃとお主でも容赦せんぞ?」
「……申し訳ございませんでした」
メリゼが頭を下げる。その体は恐怖で細かく震えていた。これ以上怖がらせるのも悪いのう。
わしは殺気を引っ込めてメリゼに笑いかける。
「分かればいいんじゃ。すまぬな、大人げなく怒ってしまったわい」
「いえ、差し出がましい事を言ってしまいました」
頭を軽く下げるメリゼの頬に冷たい汗が流れる。やり過ぎた気がしないでもないのう。
メリゼは頭を上げて震える唇を開けた。
「……魔王様、一つよろしいですか?」
「なんじゃ?スリーサイズでも知りたいのか?」
「そんな道端に落ちている雑草くらいにどうでもいい事を聞きたい訳ではありません」
「殴ってよいか?」
「申し訳ありません。それで、一つよろしいですか?」
申し訳なさのかけらもない謝罪をして話を仕切り直すメリゼ。いつもの調子に戻ってきたかのう?
「なんじゃ?」
「魔王様は……死にたいのですか?」
メリゼの言葉にわしが書類を捲る手が止まる。
「なぜそう思った?」
「いえ、なんだか自分を殺して欲しいような言い方でしたので」
「そうじゃなー」
メリゼの言葉にわしは少し考える。今まで魔国の為に働き、最近は皆の為に動いておる。そして、最後はホウリとの殺し合いを望んでいる。
考え方によっては自殺願望があると言われても仕方ないじゃろうな。じゃが、なんか違う気がする。わしが死にたいというよりも……
「……わしを倒せるほど、皆が強くなる事を望んでおるのかものう」
「どういう事ですか?」
「わしと倒すには人族だけや魔族だけではダメじゃ。両種族がわしを倒すまでに協力するようになるのがわしの望みじゃ」
世界を変えられる程の事をすれば、わしの生きている意味も出てくるじゃろう。
「そして、その望みの中心となるのがホウリじゃ。そういう事じゃから、お主も可能な限りホウリに協力してほしい。無理にとは言えんがのう」
「魔王様……」
わしの言葉にメリゼが言葉を失う。そして、軽く礼をした後、扉の元へと歩く。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「魔王様の後を継ぐのです。色々と準備が必要でしょう?」
「そうか」
そう言うとメリゼは扉を開けて執務室から出ていった。
「さてと、わしがいる間にどれ位の事が出来るかのう?」
書類の整理に戻ろうとすると、扉がノックされて開けられてホウリが表れた。
「ホウリか。どうした?」
「明日以降の行動について相談したくてな」
いくつかの書類を抱えたホウリがソファーに座る。
さっきメリゼに話した事をホウリに確認してみるか。
「なあ、ホウリ」
「なんだ?」
「わしの秘密をどこまで知っている?」
「どうした急に?」
ホウリがゆっくりとわしの方へと向く。
かなり曖昧な言い方じゃが、ホウリならわしの言いたいことが分かるじゃろう。
「で?どうなんじゃ?」
「そうだな、まずはお前の寿命が数年とかでいいか?」
「やはり知っとったか。まだあるか?」
「後は……」
ホウリは少し言おかうと迷ったが、そのまま話始めた。
「お前が魔族でも人族でもないって事か?」
「……そこまで知っとったか」
「まあな、後は夜にこっそり菓子を食っている事とか、定期的にギャンブルで大負けして帰って来るとかしかないが?」
「雑談はここまでじゃ。さっさと明日以降の打ち合わせをするぞ」
ホウリとの雑談を打ち切ってわしはホウリとの打ち合わせを進めた。
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逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。
小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。
逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。
割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。
※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。
※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。
※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。
※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。
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