魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第百八十三話 お前だったのか

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「ただいまー、あれ?フランお姉ちゃんどうしたの?」
「ああノエルか。ちょっと考え事をしててのう」


 監督に合った後、わしは一人でカフェでずっと考えておった。じゃが、いくら考えても結論が出なかった。
 コーヒーの器をいくつ空にしても、頭の中の考えが纏まらない。そんな自分に焦りを感じながらも、考えが纏まらない。
 そんな事を繰り返していくうちに日は落ち、わしは家に帰ることにした。
 家に帰っても考えが纏まることはなく、唸っている内にノエルが帰ってきた訳じゃ。


「どうしたの?何か悩んでいるの?」
「そうじゃな。後で皆が集まったら相談するかのう」
「……分かった。無理しないでね?」
「ありがとのう」


 焦っていた心にノエルの優しさが染みていく。ノエルはいつものように屈託の無い笑顔を向けると、そのまま自分の部屋へと戻っていった。
 ノエルのおかげで心が軽くなったとはいえ、結論を出さねばならぬことに変わりはない。どうしたものか。
 やるか?しかし、あれが……


「おーい、フラン?」
「…………」
「フーラーン!」
「……ん?」


 思考を止めて前に視線を移す。すると、ホウリやロワ、ミエルがわしの顔を覗き込んでいた。ノエルも着替えを終えてリビングに戻ってきておる。


「お主ら、いつの間に帰ってきてたんじゃ?」
「今帰ってきたばかりだ。気付かなかったのか?」
「全く気付かんかった」
「かなり深刻そうな顔だったが、どうかしたか?」


 ホウリが心配そうにわしの顔を覗き込んでくる。
 都合よく全員そろっている。相談するなら今じゃな。


「実はのう……」


 わしは昼にあった出来事を話す。


「……そんな事があったのか」
「その返答で悩んでいるわけだな」
「フランさんがやりたいか、やりたくないかで良いじゃないですか?」
「フランお姉ちゃん、お遊戯したくないの?」
「そう簡単な話じゃないんだよ」


 ホウリが腕を組みながら渋い顔をする。


「オタク心は中々複雑でな。好きなものに自分が関わりたいという気持ちと、自分なんかが関わっていいのかという気持ちで板挟みになる事があるんだよ」
「それでそんなに悩んでいるのか。難儀なものだな」


 ホウリがわしの気持ちを代弁してくれる。しかし、それは全てではない。


「それもあるんじゃが、わしは大勢の視線が苦手でのう。そんなわしが舞台女優になってなれるのかのう?」
「それで迷っているのか」


 ホウリの問いにわしは頷く。
 クランチ監督の人を見る目は確かじゃ。監督がわしを選んだのであれば、わしが一番適任なんじゃろう。じゃが、わしが監督の期待通りに出来るのか、それが不安で仕方ない。


「不安そうだな?」
「それはそうじゃろ」
「自分が上手く出来るか心配か?」
「うむ……」


 急に劇に出んかと誘われて不安にならないような奴はおらんじゃろ。……ホウリ以外は。
 ……そう思うとホウリが恨めしく思えて来るのう?


「急に睨みつけてどうした?」
「……お主の力が羨ましいと思ってのう?」
「そうか。なら、フランにも力をやろうか?」
「……はぁ?」


 ホウリの言葉にわしは間の抜けた声を出してしまう。


「わしに力じゃと?」
「力って言っても演技力だがな」
「ほう?」


 確かにホウリに指導してもらえれば、演技力の向上が見込めるじゃろう。舞台上の度胸もつくじゃろう。これ以上ない方法じゃ。
 しかし、ホウリの言葉を聞いたロワの顔が引きつる。


「あの……それってホウリさんがフランさんを指導するって事ですよね?」
「そうだな」
「……フランさん、悪いことは言いません。やめておいた方がいいですよ」
「なぜじゃ?」


 わしの問いに答える代わりに細かく震えだす。
 そんなロワがわしの肩をガッチリと掴んで、顔を近づけてくる。


「ホウリさんの指導は厳しいなんてものじゃないです。何度命を落としかけたことか……」
「お主のは戦闘訓練じゃろ?ワシノは演技指導じゃぞ?」
「……僕の時は騎士団の試験勉強でした」
「なぜ試験勉強で命の危険があるんじゃ!?」


 ロワの言葉にわしの顔も引きつっていくのが分かる。
 その様子を見ていたホウリがニヤリと笑った。


「どうした?怖気づいたか?」
「……いや、わしはホウリの指導を受けるぞ」
「フランさん!?」
「わしを舐めるなよ?どんな試練だって受けてやるわい!」


 ホウリに教えを乞うことが最適解というのであれば、わしはやるべきじゃろう。


「本当にいいんですか!?下手したら死にますよ!?」
「死にはせんじゃろ」


 ロワとは違いわしは丈夫じゃ。いくらホウリが悪辣非道とはいえ、わしを死に追いやることは出来んじゃろ。


「フラン、本当にいいのか?」
「うむ」
「二言はないな?」
「くどいぞ。わしが良いと言っておる」
「そうか」


 そう言うと、ホウリの表情が柔らかくなる。もしかして、わしの覚悟を見て多少なりとも手加減してくれたり?
 ホウリは柔らかな笑顔を浮かべ口を開く。


「その覚悟、受け取った。今から特訓に入る」
「……今?」
「明日が期限なんだから当たり前だろ。ほら、庭に行くぞ」
「……せめて飯を食ってからではダメか?」
「ダメだ」


 わしの願いがホウリによって一刀両断される。
 そして気が付く、ホウリは柔らかく親しみやすい表情をしているが、目の奥にとてつもない悪意が潜んでいる。
 それは皆も感じ取っているのか、同じく顔が引きつっている。


「ほ、ホウリお兄ちゃん?顔が怖いよ?」
「お前らは気にするな。さあ行くぞ、フラン」


 ホウリの表情を見てわしはとある事を思う。
 こんなに複雑な表情、今のわしには到底出来ん。わしもあの表情が出来るようになりたい。
 じゃがそれ以上にこれからされることが恐ろしく思える。


「……さっきの言葉、取り消して良いか?」
「お前言ったよな、二言は無いって」
「いやぁ、その……」
「安心しろ、フランなら肉体的に死ぬことはない」
「そ、それなら……」
「精神的には死ぬかもだけどな」
「ホウリ!?」


 ホウリに無理やり庭に引っ張られる。このままでは何をされるか分かったものではない!


「誰でもいい!助けてくれ!」
「頑張ってくださいフランさん」
「私たちは家の中から応援しているぞ」
「おねーちゃーん、がんばえー」
「薄情者どもがぁぁぁぁ!」


 ホウリに引っ張られながら3人に向かって叫ぶ。しかし、3人は生暖かい目で見送ってくれるだけだ。
 こうして、わしは日付が変わるまでホウリの指導を受けたのじゃった。


☆   ☆   ☆   ☆


 次の日、わしはボロボロ(精神的に)でありながらも劇場に足を運んだ。
 受付に行き、わしの名前とクランチ監督に用があると伝える。


「少々お待ちください」


 受付の者が奥に引っ込んでいく。待っている間にわしは劇場の中に視線を向ける。


「この者たちが舞台上のわしを見るのか」


 その事実を改めて認識すると、心の奥から言いようの無い寒気が湧いてきた。
 魔王の仕事をしていた時、わしは表舞台に出ることはなかった。ミエルには旅をするときに都合が悪いからと答えていたが全てではない。理由の6割はそれであっているが、4割は別の所にある。
 わしは大勢の人に注目されるのが極端に苦手じゃ。魔王が街中に出れば見られることも多くなる。じゃから、わしは公に顔を出すことをしなかった。
 今までの事を思いながら、わしは観客達を見る。


「お待たせしました。奥にお進みください」


 受付の者に通され、スタッフオンリーと書かれた扉に入る。
 長い廊下を抜けると、そこは薄暗く誇り臭い空間だった。奥からは光が漏れていて、その光覗き込むようにクランチ監督が立っていた。監督は光が漏れる先を真剣に見つめている。


「クランチ監督」
「……ん?フランさんですか?」


 わしに気が付いたクランチ監督が振り向く。


「ここは何処じゃ?」
「ここは舞台裏です。観客の皆さんの様子が見られますよ、覗いてみますか?」
「うむ」


 わしは言われた通り観客席を見てみる。
 そこにはワクワクした表情の者、パンフレットを持ちながら楽しそうに話している者、といった様々な者がおった。
 皆、表情が違うが一様に期待の表情をしている。


「どうですか?」
「全員楽しそうじゃ」
「フランさんもいつもあのような表情をしているんですよ?」
「そうなのか?」


 わしもあやつらのような表情をしているのか。自分では気付かんかった。


「私はね、始まる前のお客さんの表情が2番目に好きなんです」
「分かる気がするわい……ん?2番目?1番ではないのか?」
「1番はですね……」


 クランチ監督はウインクしながら話す。


「帰る時の満足そうな顔です。私はその顔を見る為に監督をしているのです」
「そうじゃったのか」


 クランチ監督の屈託の無い笑顔を見て、わしのクランチ監督への信頼がより強くなる。この者は信用出来る、そう思った。


「そういえば、昨日のお返事を聞いていませんでしたね。どうでしょう、私と一緒に観客の皆さんを笑顔にしませんか?」


 そう言って、クランチ監督がわしに手を差し出してくる。わしはその手をジッと見つめる。わしの心は既に決まっておる。
 わしはクランチ監督の手を取る。


「よろしく頼む」
「ありがとうございます!」


 クランチ監督はわしの手を両手で包み、しきりに頭を下げる。
 あれだけホウリに扱かれたんじゃ。ここで引き下がるわけにはいかん。


「これからよろしくお願いしますね」
「うむ、よろしく頼む」
「早速ですが、この先に稽古場があります。そこに行ってください。脚本家がいますので脚本を貰って、今後の予定を聞いてください」
「分かった」


 舞台裏を進んで奥にある扉に手をかける。これを開ければ、わしは舞台女優になる。気を引き締めていこう。
 それにしても、脚本家とはどのような奴じゃろうか。怖そうな奴でなければ良いがのう。むかつく奴じゃったらどうするかのう。ぶっ飛ばしてしまわないか心配じゃわい。
 一番は親しみやすい奴が良いがどうなるかのう?


「よし、いくか」


 ここはファーストコンタクトが大事じゃ。元気よく挨拶をして印象を良くしよう。
 意を決して手に力を込めて扉を開け、大きく挨拶をしながら入る。


「おはようございます!」
「よおフラン」
(ドンガラガッシャーン!)


 部屋の中にいたホウリを見たわしは盛大にズッコケる。


「なんでお主がおるんじゃ!」
「俺がこの劇の脚本家だからな」
「なんでお主がクランチ監督の劇の脚本家にしとるんじゃ!」
「俺が監督に脚本を見せたら気に入られてな。良い主役のキャスティングが出来るまでは脚本は使わないって言ってたけどな。昨日、やっとピッタリな奴が見つかったって言われたんだが、まさかフランだったとはな」
「お主、まさか昨日の段階で気付いておったのか?」
「まあな。昨日の演技指導だって脚本の内容を知らないと出来ないだろ?」


 そういえば、昨日の指導はやけに具体的じゃったな。こやつが脚本家であれば納得じゃわい。


「はー、ホッとしたような力が抜けたような感覚じゃわい」
「ま、気心知れた奴がいればフランもやり易いだろ?俺も演技指導するからよろしくな。ほい、脚本」


 ホウリから脚本を受け取る。まあ、こやつがいるなら何とかなりそうかのう?
 こうして、その日からわしの舞台女優としての特訓が始まったのじゃった。
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