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外伝 こんや、12じ、だれかがしぬ
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「ホウリさんホウリさん」
「なんだ?」
「バレンタインのお返しって何を送ればいいんですか?」
ロワの言葉に俺は書きかけの魔法巻物を置く。
さて、この回答は短絡的にしてはいけない。ロワがこんな事を聞いてくるって事は、十中八九ミエルへのお返しだろう。普通であれば特別な物を送るようにアドバイスすればいいだろう。
だが、聞かれ方は「バレンタインへのお返しは何が良いか」。ここで特別なものを送るようにアドバイスした場合、チョコを貰った全員に同じものを送る可能性がある。そんなことになったらミエルが泣いてしまうだろうな。
ならば俺の答えるべきは……。
「その質問は結構難しいな」
「そうなんですか?」
「全員に同じものを送る訳にもいかないだろ?」
「じゃあ、貰った物と見合った物を送ればいいんですかね?」
「それも少し違うな」
「そうなんですか?」
俺の言葉にロワが首を捻る。
「例えば、金持ちがくれた高級チョコと、ノエルが少ない小遣いで作った手作りチョコがあるとする。その場合、金持ちに高級品、ノエルには安物を渡すのか?」
「そう言われると違う気がしますね?」
「だろ?こう言う時はロワ自身が送りたい物を送ればいいんだよ」
「そうなんですね」
「一つだけアドバイスするとすれば、普段世話になってる奴にはそれなりの物を送った方がいいぞ」
「そうですね。ありがとうございます」
ロワが笑顔で頭を下げる。これでミエルが損をすることはないだろう。
「そういえば、ホウリさんはチョコ貰ったんですか?」
「全部で583個貰ったな」
「文字通り桁が違いますね」
俺が甘党なのは王都の全員が知っている。チョコが俺の元に集まるのも必然だろう。
「多すぎて食い切るのに半月はかかったな」
「十分早いですよ。皆さんにお返しするんですか?」
「簡単にだけどな」
最低限、嫌いな物は渡さないつもりだが、あまり凝ったものも渡さないつもりだ。583個も用意するのは大変だしな。
「フランさんとノエルちゃんからは貰いました?」
「ザッハトルテを貰った。かなり美味かったぞ」
「あれ?そういえば、僕は貰ってないような?」
「代わりにミエルからチョコを貰ったんだから気にするな」
「それもそうですね?」
なぜか疑問形のロワ。死にかけたんだから当たり前か。
思ってみれば、ロワはミエルの料理で3回も死にかけたんだよな。よくトラウマにならなかったものだ。
「そうだ。良かったら一緒にお返しを買いに行くか?」
「良いんですか?」
「勿論だ」
ロワに任せるととんでもない物を買ってくるかもしれないからな。一緒に行って監視しないとな。
「ロワは贈り物は何にするつもりだ?」
「飴とかマシュマロとかのお菓子にしようと思ってます」
「そうだな。あまり奇をてらう必要はないだろう」
俺も大量にお菓子を買い込む予定だし、ついでにロワのも買っておいていいだろう。
「お菓子屋さんなんて、子供の時に行った以来ですね」
「俺は1日1回は行くけどな」
「ホウリさんらしいですね」
そう話しながら家を出る。時間はまだ昼間、人の通りも多い通りを俺たちは進む。
「そういえば、お菓子以外の贈り物って何があります?」
「アクセサリーとか服とかは良いんじゃないか?知識があるんだったら化粧品とかでも良いんじゃないか?」
「なるほど。指輪とか良さそうですね」
「指輪はやめとけ」
「え?」
この発言を聞いて、本当に付いてきてよかったと思う。
そんなこんなで、お菓子屋に着く。看板には店の名前である『BAKE』という文字の横にペロペロキャンディーとチョコの絵が描かれている。お菓子屋と分かりやすくていい看板だ。
入口を開けると、聞きなれたベルの音が俺たちを迎えた。お菓子の甘い香りが鼻孔をくすぐる。なんだか安心するな。
「わあ、お菓子が沢山ですね」
山のように棚に積まれたお菓子を見てロワが感嘆の声を上げる。
この店の品ぞろえは王都の中で一番だ。お菓子に興味が無くても圧倒されるのは仕方ない。俺はロワに買い物籠を渡す。
「自分が食いたい物があれば奢ってやるよ」
「お菓子くらい自分で買えますよ」
「頼もしいな」
高給取りの騎士団に入っているから当然か。
お菓子屋の中では子供たちが小遣いを握りしめて、お菓子を選んでいる。その顔はワクワクとしており、とても楽しそうだ。
ロワもそれに気付いたのか、子供たちをみて顔をほころばせる。
「僕は甘い物は苦手なんですけど、こういうはいいですね。」
「だな。俺もこういう時期があった事を思い出すぜ」
「ホウリさんが普通の子供だった時?なんだか想像できないですね?」
「旅に出る前は普通の子供だった。可笑しくなったのは旅に出てからだ」
全部親父のせいだ。色々と恨んでやる。恨んだところでどうにも出来ないけどな。
「この店なら大抵のお菓子は揃うはずだ。色々と探してみようぜ」
「そうですね。あ、このお菓子面白そうですね」
ロワが飴の袋を手に取る。飴のパッケージにはチェリの実とレモの実の絵が描かれていた。
だが、中の飴は全てピンク色をしていてどれがどの味かは分からない。
「甘い飴と酸っぱい飴が分からないように混ざっているみたいですよ。皆で食べれば楽しそうです」
「皆で食べるんじゃなくてミエルへのお返しだろうが。エンターテインメント性じゃなくて、ミエルが喜びそうな物を選べ」
「ああ、そうでしたね」
「忘れるな」
こいつは本当に……。
「そういえば、ホワイトデーのお返しって意味がありましたよね?」
「クッキーは友達でいよう、飴は好き、みたいな奴だな」
「それですそれです。そういう意味ではグミとかマシュマロはどうです?可愛らしくて良いんじゃないですか?」
ロワが笑顔でグミとマシュマロの袋を見せて来る。どっちも熊や猫を模っていて可愛らしい。
「どっちも嫌いって意味だな。そんなにミエルが嫌いなのか?」
「そんな事ないですよ!?知らなかっただけです!」
ロワが必死に手を振って否定してくる。
的確にマイナスの贈り物を選んできやがる。偶然だよな?
「うーん、そういう事も考えると難しいですね。ミエルさんってそういう意味って気にするでしょうか?」
「絶対に気にする。間違いない」
マシュマロなんて渡そうものなら、部屋に籠って一晩中泣きそうだ。
ロワは悩んだ結果、目についたお菓子を山のように買い物籠に詰めてレジまで持っていく。
「随分といっぱい買うんだな?」
「とりあえず買ってみて、後で吟味することにしました。これだけあればミエルさんに会うものもあるでしょう」
「なるほどな」
今すぐに決められないから家に帰って決めるのか。金に物を言わせた良い手だ。
感心しながら、俺たちはレジに山のようにお菓子が入った買い物籠を3つ置く。
ロワは自分が置いた籠と俺が置いた籠を見比べる。
「いつのまにそんなに取ってたんですか?」
俺の置いた籠のお菓子は、どちらもロワの籠のお菓子よりも二回りほど大きい山を作っている。
「ロワが悩んでいる間にな。3日はここに来れないからいっぱい買っとかないとな」
「これで3日分!?」
「普通の奴なら1カ月分だろうが、俺は頭を良く使うからな。これくらいは必要なんだよ」
「1カ月?1年の間違えでは?」
軽く雑談しながら、レジの会計を待つ。
しばらくして会計が終わり、それぞれの金額が提示される。
「籠1つの方が2万G、籠2つの方が5万Gです」
「……お菓子ってこんなにするんですね?」
「お前が選んだお菓子が高いだけだ」
現金で支払いを済ませて、買ったお菓子をアイテムボックスに仕舞う。
「ありがとうございました」
店員が深々と頭を下げる。そして、俺の目をっ真っすぐと見てきた。その目は俺に対して何かを訴えかけていると感じる。
「ホウリさん?」
「店員、店の奥に案内してくれ」
「わかりました」
「え?え?」
唯一分かっていないロワを連れて店の奥まで行く。
一番奥の扉を店員が開けると、中には店長が椅子に座って待っていた。口には煙草を咥えており、力なく空気中に吐き出している。
店長は俺達に気が付くと、煙草を灰皿に雑に押し付けて火を消した。
「よっ、今日も時間通りだな」
「かなり深刻そうだな。何があった?」
店長は気丈にふるまっているが、かなり疲れて見える。俺は店長の対面に座り、ロワは俺の後ろに立つ。
店長は何も言わずに一枚の紙を取り出した。紙には下手な字で『みせをしめないと火をつける』と書かれている。
「これって脅迫状ですか?」
後ろで見ていたロワが店長に聞く。店長は力なく頷いて煙草を取り出した。
「こういう脅迫状が1週間前から毎日届くようになった。幸いにも被害は出てないが、毎日心労でクタクタだよ」
「憲兵には?」
「相談したが、即座に解決とはいかないみたいでな」
火を付けようとライターを擦るが、火が付く気配は無い。疲れすぎて握力が落ちてるみたいだ。
俺は脅迫状を懐に仕舞って立ち上がる。
「事情は分かった。後は俺に任せろ」
「犯人が分かったのか?」
「ああ」
「え!?この紙一枚で分かったんですか!?」
「この紙一枚あれば十分だよ」
「誰が犯人なんだ?」
「訳あって教えられない。ただし、俺に任せれば脅迫状が届くことは無くなる。どうする?」
「俺は店に危害が無ければいい。お前に任せる」
「ありがとよ」
それだけ言うと、俺はロワを連れて店の裏口から出ていく。
人目に付かないように路地から大通りに抜け、俺はロワと話しながら歩く。
「あれ?どこに行くんですか?」
「犯人の所だよ。直接会った方が早いだろ?」
「え!?直接会って大丈夫なんですか!?危ないんじゃないですか!?僕たち殺されちゃうかも……」
「俺とお前がいて、勝てない相手なんてフランくらいのものだ。分かったら寝ぼけたこと言ってねえで行くぞ」
「あ!待ってくださいよ!」
足早に行く俺の後を急いでついてくるロワ。
大通りや裏路地をいくつも抜け、とある店の前で立ち止まる。気で出来た長屋のような平屋で、入り口には暖簾に『獅子亭』と書かれている。
「ここは?」
「老舗の和菓子屋だ。味は保証する」
「そこの心配はしてません。なんでここに来たかを聞いているんです」
「犯人に会いに来たって言っただろ?」
「ホウリさんが和菓子食べたいだけじゃないんですか?」
「それもある」
「否定してくださいよ!?」
ロワのツッコミを無視して俺は戸を開ける。
「いらっしゃいませ。……あ、ホウリさん」
中から和服に身を包んだ美人の女性が現れた。女性は俺を見ると口に手を当てて驚いた。
「よお、クスノキ。近くに来たから寄ったぜ。席開いてるか?」
「開いてますよ。お好きな席にどうぞ」
ロワを連れて獅子亭の中に入る。店の中は木を基調とした和風の雰囲気だ。テーブルや座敷など多くの席が用意されているが、中に客は一人もいない。繁盛していないのは明らかだな。
店の奥の人目が付きにくい席を選んで座る。
「ここに凶悪犯が?」
ロワが怪しい位に周りを見渡しながら席に座る。
俺は呆れながらメニュー表をロワに手渡す。
「警戒しすぎだ。落ち着いてメニューでも見てろ」
「はーい」
ロワがメニューを開き目を通していく。
「うーん、名前だけではどんな和菓子か分かんないですね。ホウリさんが選んでくれません?」
「じゃあ、この店で一番甘いお汁粉にするか」
「やっぱり自分で選びます」
「どういう和菓子かは俺が教えてやるよ」
実物が写った写真を見せながら、俺はロワに和菓子の説明をする。合法的に和菓子の説明が出来るなんて最高か?
長い時間をかけてじっくりと和菓子について教え、クスノキを呼んで注文を取ってもらう。
「ご注文をどうぞ」
「僕は羊羹セットをお願いします」
「俺は全商品を1つずつ頼む」
「え!?全商品を!?かなりの数がありますよ!?」
「知ってるよ。客も少ないんだろ?少しは売り上げに貢献させてくれよ」
「そう?じゃあ、持ってくるわね。飲み物はお茶でいい?」
「ああ」
伝票に「羊羹1、全部1」と書いてクスノキは厨房へと引っ込んでいく。全部って伝票に書くのはこの一回キリなんだろうな
「それにしても、良い雰囲気のお店なのにお客さんがいないですね?美味しくないんでしょうか?」
「そういうのは思ってても言わない方が良いぞ。あと、俺のお墨付きを疑う気か?」
「いえ、そういう訳では無いんですけど」
気になるのか、店の中を頻りにっ見渡すロワ。このまま見ていても面白いんだが、クスノキに変な目で見られるだろうし、理由を教えてやるか。
「理由は立地だよ」
「立地?」
「周りに民家とか学校とかの人が集まる所が無いだろ?だから人も来にくい。それどころか、この店があるって知ってる奴が少ないんじゃないか?」
「このお店って出来てどのくらい経つんですか?」
「1年くらいだな。だが、客が来ないのが続いて経営が悪化すると潰れるだろうな」
「そうなんですか。なんだか寂しいですね」
ロワは再び店内を見渡す。さっきとは違って観察しようという表情ではなく、この光景を目に焼き付けておこうという表情をしている。来たばかりの店だというのに、雰囲気に流されやすい奴だ。
「ホウリさんは手を貸さないんですか?」
「店側から要請がない限りは、俺は手を出さない」
「そうですか」
「お待たせしました。羊羹セットとその他です」
話していると、クスノキが和菓子をお盆に乗せてやってきた。
ロワの前に羊羹と緑茶、俺の前に羊羹やどら焼き、大福、お汁粉が置かれる。
「残りの注文は後で持ってきますね」
「分かった。そうだ、お茶をもう一杯持ってきてくれないか?」
「かしこまりました。私と主人は手が離せないので、息子に持ってこさせますね」
「頼んだ」
クスノキが奥に引っ込んだのを確認して、俺たちは和菓子に手を付ける。
「この羊羹、美味しいですね。甘さが上品で食べやすいです。お茶とも良く会いますね」
「だろ?俺の舌に狂いはない」
「流石ですね。そういえば、この店には息子さんがいるんですか?」
「シリトルという7歳の息子がいる」
「へぇー、そんな小さい時からお店のお手伝いなんて偉いですね」
「そういうのは本人に言ってやれ」
俺は顎でロワの後ろを示す。ロワが振り向くと、そこにはお盆でお茶を運んでくる男の子がいた。
男の子は慎重にお茶を持ってくると、こぼさない様にテーブルに置いた。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとよ、シリトル」
俺はシリトルの頭を雑に撫でる。シリトルは仏頂面でなされるがままになる。
「どうした?いつもみたいに嫌がらないのか?」
「お客様には失礼の無いようにってママが言ってた」
「ママの言いつけ守れて偉いな」
「そうだよ。シリトル君の年でお手伝いするなんて立派だよ」
ロワも褒めるとシリトルは仏頂面のまま顔を赤らめる。なんだかんだ言っても嬉しいみたいだな。
「そういえば、お前に見せたい物があるんだ」
「見せたい物?」
「これだ」
そう言って、俺は懐からお菓子屋で貰った脅迫状を取り出す。すると、シリトルの顔が目に見えて青ざめる。やっぱりそうか。
「これを書いたのはお前だな?」
「……僕じゃない」
「憲兵が動いてるぞ?ここで正直に話さないと、ママにも迷惑が掛かるんじゃないか?」
「…………」
シリトルが手を強く握りこんで唇を噛む。
俺は隣の席に羊羹とお茶を置いて椅子を軽く叩く。
「とりあえず座れ」
シリトルは言われた通りに俺の隣の席に座る。だが、うつむいたままで何も話そうとはしない。
「辛いだろうが話さないと先に進まないぞ?」
「……ごめんなさい」
シリトルがぼそりと呟く。やっと認めたか。
俺は脅迫状を懐に仕舞い、目を大きく開けているロワへと向きなおる。
「なんでシリトルがやったのが分かったか、気になるか?」
「え?あ、はい」
急展開に頭が追いついていないのか、ロワが間の抜けた返事を返してくる。
「前にシリトルの勉強を見たことがあってな。その時に見た字が今回の脅迫状と同じ字だったんだ」
「そうでしたか。でも、なんでこんな事をしたんですか?」
「それはシリトルに直接言ってもらった方がいいだろう。ここからはクスノキも聞いた方が良いだろうしな」
俺は再びロワの後ろを顎で示す。ロワが振り向くと、そこには次の和菓子を運んできたクスノキがいた。
クスノキは目を丸くして動けずにいる。持っているお盆も動揺で細かく震えている。
クスノキも母親に聞かれているとは思っていなかったのか、目がクスノキに釘付けになっている。
「ホウリさん、今のお話は?」
「くわしいことシリトルに聞いてくれ。俺からは何も言わん」
クスノキはお盆ごと和菓子を置くと、ロワの隣に座った。
息苦しい沈黙が続いた後、シリトルは少しずつ話し始めた。
「だって、お店にお客さんが来ないのは、あのお菓子屋さんのせいなんでしょ?だから、あの店が無くなればママも喜ぶかなって……」
「シリトル……」
シリトルの言葉にクスノキが言葉を詰まらせる。
ここから先は親子だけで話した方が良いだろう。あまり長くいるのも良くないし、話を早々に終わらせよう。
「そういう訳で、シリトルはとある店に脅迫状を出していた。後の細かい事情についてはクスノキとシリトルと話してくれ。だが、今後は脅迫状を出さないんだったら憲兵の調査は打ち切らせよう」
「分かりました。ありがとうござます」
クスノキが深々と頭を下げる。
「顔を上げてくれ。まだ、俺の話は終わっていない」
「話?まだなにかあるんですか?」
「この店の経営についてだ。俺がバク食いした程度じゃ、店が潰れそうなのは変わらないんだろ?」
「そうですけど、それこそ私達でどうにかするべき事です。ホウリさんのお手を煩わせるわけにはいきません」
「そう言うなよ。俺だってお気に入りの店が無くなるのは悲しいんだぜ?アドバイスするから、アイデアがあるなら教えてくれないか?」
「それなら……」
クスノキが厨房に戻り桐で出来た箱を持ってくる。
「実はホワイトデーに合わせてこんな物を……なんで、和菓子が全部無くなってるんですか?」
「不思議な事を言うな?食べたからに決まってるだろ?」
「私が席を外して1分くらいしか経ってない気がするんですけど?量も10人前くらいあった気がするんだけど?」
「細かい事を気にするんだな」
食い終わった器を机の端に寄せて、クスノキが持ってきた桐の箱を開ける。
「うわぁ、とても綺麗ですね」
「中々だな」
中には仕切りで8つに分かれており、それぞれに花を模った練り切りが入っていた。練り切りはコスモスや真っ赤なバラと言った花になっており、細工も細かくて見ていても楽しい。
「食べていいですか?」
「良いですよ」
「それじゃ遠慮なく」
ロワが桔梗の練り切りを摘まんで口に運ぶ。
「うーん、美味しいですね」
「これをホワイトデーの贈り物として売り出す訳か」
「どうでしょうか?」
「いい案だ。だが、どれだけ商品が良くても宣伝が足りなければ意味が無い」
「宣伝ですか。でもどうしたら?」
「俺に任せてくれ」
立地が悪い所を逆手にとって、隠れ家みたいな感じで売り出せば、そこそこの客が来るはずだ。このクオリティであれば味を知ってもらえさえすれば、固定客がつくはずだ。大ヒットはしないだろうが、店が潰れることは無くなるだろう。
そこまで思考をまわした時、とある考えが頭に浮かぶ。
「そうだロワ、ホワイトデーにはこれを送れば良いんじゃないか?」
「良いですね。インパクトもあって味もいいですし、ピッタリですね。そうと決まれば1つ下さい」
「ありがとうございます。今持ってきますね」
「僕も手伝う」
「ありがと」
クスノキが笑顔でうなずき、シリトルと共に再び厨房に引っ込んだ。
クスノキが練り切りを持ってくるのを待っている間、ロワは既にある練り切りを興味深そうに見ている。
「そういえば、この花って何か意味があるんですか?」
「どうしてそう思ったんだ?」
「これってホワイトデーの贈り物なんですよね?だったら、花にも何か意味があるんじゃないかって思いまして」
「女性に人気の花ってだけだろ」
「そうですか」
納得したのか、ロワはそれ以上は何も言ってこなかった。
まさか、愛に関係がある花言葉の花ばかりだとは思ってもいないみたいだ。ミエルはほぼ確実に知ってるだろうし、贈ったときが楽しみだ。
心の中でほくそ笑みながら、俺はお茶を啜るのだった。
「なんだ?」
「バレンタインのお返しって何を送ればいいんですか?」
ロワの言葉に俺は書きかけの魔法巻物を置く。
さて、この回答は短絡的にしてはいけない。ロワがこんな事を聞いてくるって事は、十中八九ミエルへのお返しだろう。普通であれば特別な物を送るようにアドバイスすればいいだろう。
だが、聞かれ方は「バレンタインへのお返しは何が良いか」。ここで特別なものを送るようにアドバイスした場合、チョコを貰った全員に同じものを送る可能性がある。そんなことになったらミエルが泣いてしまうだろうな。
ならば俺の答えるべきは……。
「その質問は結構難しいな」
「そうなんですか?」
「全員に同じものを送る訳にもいかないだろ?」
「じゃあ、貰った物と見合った物を送ればいいんですかね?」
「それも少し違うな」
「そうなんですか?」
俺の言葉にロワが首を捻る。
「例えば、金持ちがくれた高級チョコと、ノエルが少ない小遣いで作った手作りチョコがあるとする。その場合、金持ちに高級品、ノエルには安物を渡すのか?」
「そう言われると違う気がしますね?」
「だろ?こう言う時はロワ自身が送りたい物を送ればいいんだよ」
「そうなんですね」
「一つだけアドバイスするとすれば、普段世話になってる奴にはそれなりの物を送った方がいいぞ」
「そうですね。ありがとうございます」
ロワが笑顔で頭を下げる。これでミエルが損をすることはないだろう。
「そういえば、ホウリさんはチョコ貰ったんですか?」
「全部で583個貰ったな」
「文字通り桁が違いますね」
俺が甘党なのは王都の全員が知っている。チョコが俺の元に集まるのも必然だろう。
「多すぎて食い切るのに半月はかかったな」
「十分早いですよ。皆さんにお返しするんですか?」
「簡単にだけどな」
最低限、嫌いな物は渡さないつもりだが、あまり凝ったものも渡さないつもりだ。583個も用意するのは大変だしな。
「フランさんとノエルちゃんからは貰いました?」
「ザッハトルテを貰った。かなり美味かったぞ」
「あれ?そういえば、僕は貰ってないような?」
「代わりにミエルからチョコを貰ったんだから気にするな」
「それもそうですね?」
なぜか疑問形のロワ。死にかけたんだから当たり前か。
思ってみれば、ロワはミエルの料理で3回も死にかけたんだよな。よくトラウマにならなかったものだ。
「そうだ。良かったら一緒にお返しを買いに行くか?」
「良いんですか?」
「勿論だ」
ロワに任せるととんでもない物を買ってくるかもしれないからな。一緒に行って監視しないとな。
「ロワは贈り物は何にするつもりだ?」
「飴とかマシュマロとかのお菓子にしようと思ってます」
「そうだな。あまり奇をてらう必要はないだろう」
俺も大量にお菓子を買い込む予定だし、ついでにロワのも買っておいていいだろう。
「お菓子屋さんなんて、子供の時に行った以来ですね」
「俺は1日1回は行くけどな」
「ホウリさんらしいですね」
そう話しながら家を出る。時間はまだ昼間、人の通りも多い通りを俺たちは進む。
「そういえば、お菓子以外の贈り物って何があります?」
「アクセサリーとか服とかは良いんじゃないか?知識があるんだったら化粧品とかでも良いんじゃないか?」
「なるほど。指輪とか良さそうですね」
「指輪はやめとけ」
「え?」
この発言を聞いて、本当に付いてきてよかったと思う。
そんなこんなで、お菓子屋に着く。看板には店の名前である『BAKE』という文字の横にペロペロキャンディーとチョコの絵が描かれている。お菓子屋と分かりやすくていい看板だ。
入口を開けると、聞きなれたベルの音が俺たちを迎えた。お菓子の甘い香りが鼻孔をくすぐる。なんだか安心するな。
「わあ、お菓子が沢山ですね」
山のように棚に積まれたお菓子を見てロワが感嘆の声を上げる。
この店の品ぞろえは王都の中で一番だ。お菓子に興味が無くても圧倒されるのは仕方ない。俺はロワに買い物籠を渡す。
「自分が食いたい物があれば奢ってやるよ」
「お菓子くらい自分で買えますよ」
「頼もしいな」
高給取りの騎士団に入っているから当然か。
お菓子屋の中では子供たちが小遣いを握りしめて、お菓子を選んでいる。その顔はワクワクとしており、とても楽しそうだ。
ロワもそれに気付いたのか、子供たちをみて顔をほころばせる。
「僕は甘い物は苦手なんですけど、こういうはいいですね。」
「だな。俺もこういう時期があった事を思い出すぜ」
「ホウリさんが普通の子供だった時?なんだか想像できないですね?」
「旅に出る前は普通の子供だった。可笑しくなったのは旅に出てからだ」
全部親父のせいだ。色々と恨んでやる。恨んだところでどうにも出来ないけどな。
「この店なら大抵のお菓子は揃うはずだ。色々と探してみようぜ」
「そうですね。あ、このお菓子面白そうですね」
ロワが飴の袋を手に取る。飴のパッケージにはチェリの実とレモの実の絵が描かれていた。
だが、中の飴は全てピンク色をしていてどれがどの味かは分からない。
「甘い飴と酸っぱい飴が分からないように混ざっているみたいですよ。皆で食べれば楽しそうです」
「皆で食べるんじゃなくてミエルへのお返しだろうが。エンターテインメント性じゃなくて、ミエルが喜びそうな物を選べ」
「ああ、そうでしたね」
「忘れるな」
こいつは本当に……。
「そういえば、ホワイトデーのお返しって意味がありましたよね?」
「クッキーは友達でいよう、飴は好き、みたいな奴だな」
「それですそれです。そういう意味ではグミとかマシュマロはどうです?可愛らしくて良いんじゃないですか?」
ロワが笑顔でグミとマシュマロの袋を見せて来る。どっちも熊や猫を模っていて可愛らしい。
「どっちも嫌いって意味だな。そんなにミエルが嫌いなのか?」
「そんな事ないですよ!?知らなかっただけです!」
ロワが必死に手を振って否定してくる。
的確にマイナスの贈り物を選んできやがる。偶然だよな?
「うーん、そういう事も考えると難しいですね。ミエルさんってそういう意味って気にするでしょうか?」
「絶対に気にする。間違いない」
マシュマロなんて渡そうものなら、部屋に籠って一晩中泣きそうだ。
ロワは悩んだ結果、目についたお菓子を山のように買い物籠に詰めてレジまで持っていく。
「随分といっぱい買うんだな?」
「とりあえず買ってみて、後で吟味することにしました。これだけあればミエルさんに会うものもあるでしょう」
「なるほどな」
今すぐに決められないから家に帰って決めるのか。金に物を言わせた良い手だ。
感心しながら、俺たちはレジに山のようにお菓子が入った買い物籠を3つ置く。
ロワは自分が置いた籠と俺が置いた籠を見比べる。
「いつのまにそんなに取ってたんですか?」
俺の置いた籠のお菓子は、どちらもロワの籠のお菓子よりも二回りほど大きい山を作っている。
「ロワが悩んでいる間にな。3日はここに来れないからいっぱい買っとかないとな」
「これで3日分!?」
「普通の奴なら1カ月分だろうが、俺は頭を良く使うからな。これくらいは必要なんだよ」
「1カ月?1年の間違えでは?」
軽く雑談しながら、レジの会計を待つ。
しばらくして会計が終わり、それぞれの金額が提示される。
「籠1つの方が2万G、籠2つの方が5万Gです」
「……お菓子ってこんなにするんですね?」
「お前が選んだお菓子が高いだけだ」
現金で支払いを済ませて、買ったお菓子をアイテムボックスに仕舞う。
「ありがとうございました」
店員が深々と頭を下げる。そして、俺の目をっ真っすぐと見てきた。その目は俺に対して何かを訴えかけていると感じる。
「ホウリさん?」
「店員、店の奥に案内してくれ」
「わかりました」
「え?え?」
唯一分かっていないロワを連れて店の奥まで行く。
一番奥の扉を店員が開けると、中には店長が椅子に座って待っていた。口には煙草を咥えており、力なく空気中に吐き出している。
店長は俺達に気が付くと、煙草を灰皿に雑に押し付けて火を消した。
「よっ、今日も時間通りだな」
「かなり深刻そうだな。何があった?」
店長は気丈にふるまっているが、かなり疲れて見える。俺は店長の対面に座り、ロワは俺の後ろに立つ。
店長は何も言わずに一枚の紙を取り出した。紙には下手な字で『みせをしめないと火をつける』と書かれている。
「これって脅迫状ですか?」
後ろで見ていたロワが店長に聞く。店長は力なく頷いて煙草を取り出した。
「こういう脅迫状が1週間前から毎日届くようになった。幸いにも被害は出てないが、毎日心労でクタクタだよ」
「憲兵には?」
「相談したが、即座に解決とはいかないみたいでな」
火を付けようとライターを擦るが、火が付く気配は無い。疲れすぎて握力が落ちてるみたいだ。
俺は脅迫状を懐に仕舞って立ち上がる。
「事情は分かった。後は俺に任せろ」
「犯人が分かったのか?」
「ああ」
「え!?この紙一枚で分かったんですか!?」
「この紙一枚あれば十分だよ」
「誰が犯人なんだ?」
「訳あって教えられない。ただし、俺に任せれば脅迫状が届くことは無くなる。どうする?」
「俺は店に危害が無ければいい。お前に任せる」
「ありがとよ」
それだけ言うと、俺はロワを連れて店の裏口から出ていく。
人目に付かないように路地から大通りに抜け、俺はロワと話しながら歩く。
「あれ?どこに行くんですか?」
「犯人の所だよ。直接会った方が早いだろ?」
「え!?直接会って大丈夫なんですか!?危ないんじゃないですか!?僕たち殺されちゃうかも……」
「俺とお前がいて、勝てない相手なんてフランくらいのものだ。分かったら寝ぼけたこと言ってねえで行くぞ」
「あ!待ってくださいよ!」
足早に行く俺の後を急いでついてくるロワ。
大通りや裏路地をいくつも抜け、とある店の前で立ち止まる。気で出来た長屋のような平屋で、入り口には暖簾に『獅子亭』と書かれている。
「ここは?」
「老舗の和菓子屋だ。味は保証する」
「そこの心配はしてません。なんでここに来たかを聞いているんです」
「犯人に会いに来たって言っただろ?」
「ホウリさんが和菓子食べたいだけじゃないんですか?」
「それもある」
「否定してくださいよ!?」
ロワのツッコミを無視して俺は戸を開ける。
「いらっしゃいませ。……あ、ホウリさん」
中から和服に身を包んだ美人の女性が現れた。女性は俺を見ると口に手を当てて驚いた。
「よお、クスノキ。近くに来たから寄ったぜ。席開いてるか?」
「開いてますよ。お好きな席にどうぞ」
ロワを連れて獅子亭の中に入る。店の中は木を基調とした和風の雰囲気だ。テーブルや座敷など多くの席が用意されているが、中に客は一人もいない。繁盛していないのは明らかだな。
店の奥の人目が付きにくい席を選んで座る。
「ここに凶悪犯が?」
ロワが怪しい位に周りを見渡しながら席に座る。
俺は呆れながらメニュー表をロワに手渡す。
「警戒しすぎだ。落ち着いてメニューでも見てろ」
「はーい」
ロワがメニューを開き目を通していく。
「うーん、名前だけではどんな和菓子か分かんないですね。ホウリさんが選んでくれません?」
「じゃあ、この店で一番甘いお汁粉にするか」
「やっぱり自分で選びます」
「どういう和菓子かは俺が教えてやるよ」
実物が写った写真を見せながら、俺はロワに和菓子の説明をする。合法的に和菓子の説明が出来るなんて最高か?
長い時間をかけてじっくりと和菓子について教え、クスノキを呼んで注文を取ってもらう。
「ご注文をどうぞ」
「僕は羊羹セットをお願いします」
「俺は全商品を1つずつ頼む」
「え!?全商品を!?かなりの数がありますよ!?」
「知ってるよ。客も少ないんだろ?少しは売り上げに貢献させてくれよ」
「そう?じゃあ、持ってくるわね。飲み物はお茶でいい?」
「ああ」
伝票に「羊羹1、全部1」と書いてクスノキは厨房へと引っ込んでいく。全部って伝票に書くのはこの一回キリなんだろうな
「それにしても、良い雰囲気のお店なのにお客さんがいないですね?美味しくないんでしょうか?」
「そういうのは思ってても言わない方が良いぞ。あと、俺のお墨付きを疑う気か?」
「いえ、そういう訳では無いんですけど」
気になるのか、店の中を頻りにっ見渡すロワ。このまま見ていても面白いんだが、クスノキに変な目で見られるだろうし、理由を教えてやるか。
「理由は立地だよ」
「立地?」
「周りに民家とか学校とかの人が集まる所が無いだろ?だから人も来にくい。それどころか、この店があるって知ってる奴が少ないんじゃないか?」
「このお店って出来てどのくらい経つんですか?」
「1年くらいだな。だが、客が来ないのが続いて経営が悪化すると潰れるだろうな」
「そうなんですか。なんだか寂しいですね」
ロワは再び店内を見渡す。さっきとは違って観察しようという表情ではなく、この光景を目に焼き付けておこうという表情をしている。来たばかりの店だというのに、雰囲気に流されやすい奴だ。
「ホウリさんは手を貸さないんですか?」
「店側から要請がない限りは、俺は手を出さない」
「そうですか」
「お待たせしました。羊羹セットとその他です」
話していると、クスノキが和菓子をお盆に乗せてやってきた。
ロワの前に羊羹と緑茶、俺の前に羊羹やどら焼き、大福、お汁粉が置かれる。
「残りの注文は後で持ってきますね」
「分かった。そうだ、お茶をもう一杯持ってきてくれないか?」
「かしこまりました。私と主人は手が離せないので、息子に持ってこさせますね」
「頼んだ」
クスノキが奥に引っ込んだのを確認して、俺たちは和菓子に手を付ける。
「この羊羹、美味しいですね。甘さが上品で食べやすいです。お茶とも良く会いますね」
「だろ?俺の舌に狂いはない」
「流石ですね。そういえば、この店には息子さんがいるんですか?」
「シリトルという7歳の息子がいる」
「へぇー、そんな小さい時からお店のお手伝いなんて偉いですね」
「そういうのは本人に言ってやれ」
俺は顎でロワの後ろを示す。ロワが振り向くと、そこにはお盆でお茶を運んでくる男の子がいた。
男の子は慎重にお茶を持ってくると、こぼさない様にテーブルに置いた。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとよ、シリトル」
俺はシリトルの頭を雑に撫でる。シリトルは仏頂面でなされるがままになる。
「どうした?いつもみたいに嫌がらないのか?」
「お客様には失礼の無いようにってママが言ってた」
「ママの言いつけ守れて偉いな」
「そうだよ。シリトル君の年でお手伝いするなんて立派だよ」
ロワも褒めるとシリトルは仏頂面のまま顔を赤らめる。なんだかんだ言っても嬉しいみたいだな。
「そういえば、お前に見せたい物があるんだ」
「見せたい物?」
「これだ」
そう言って、俺は懐からお菓子屋で貰った脅迫状を取り出す。すると、シリトルの顔が目に見えて青ざめる。やっぱりそうか。
「これを書いたのはお前だな?」
「……僕じゃない」
「憲兵が動いてるぞ?ここで正直に話さないと、ママにも迷惑が掛かるんじゃないか?」
「…………」
シリトルが手を強く握りこんで唇を噛む。
俺は隣の席に羊羹とお茶を置いて椅子を軽く叩く。
「とりあえず座れ」
シリトルは言われた通りに俺の隣の席に座る。だが、うつむいたままで何も話そうとはしない。
「辛いだろうが話さないと先に進まないぞ?」
「……ごめんなさい」
シリトルがぼそりと呟く。やっと認めたか。
俺は脅迫状を懐に仕舞い、目を大きく開けているロワへと向きなおる。
「なんでシリトルがやったのが分かったか、気になるか?」
「え?あ、はい」
急展開に頭が追いついていないのか、ロワが間の抜けた返事を返してくる。
「前にシリトルの勉強を見たことがあってな。その時に見た字が今回の脅迫状と同じ字だったんだ」
「そうでしたか。でも、なんでこんな事をしたんですか?」
「それはシリトルに直接言ってもらった方がいいだろう。ここからはクスノキも聞いた方が良いだろうしな」
俺は再びロワの後ろを顎で示す。ロワが振り向くと、そこには次の和菓子を運んできたクスノキがいた。
クスノキは目を丸くして動けずにいる。持っているお盆も動揺で細かく震えている。
クスノキも母親に聞かれているとは思っていなかったのか、目がクスノキに釘付けになっている。
「ホウリさん、今のお話は?」
「くわしいことシリトルに聞いてくれ。俺からは何も言わん」
クスノキはお盆ごと和菓子を置くと、ロワの隣に座った。
息苦しい沈黙が続いた後、シリトルは少しずつ話し始めた。
「だって、お店にお客さんが来ないのは、あのお菓子屋さんのせいなんでしょ?だから、あの店が無くなればママも喜ぶかなって……」
「シリトル……」
シリトルの言葉にクスノキが言葉を詰まらせる。
ここから先は親子だけで話した方が良いだろう。あまり長くいるのも良くないし、話を早々に終わらせよう。
「そういう訳で、シリトルはとある店に脅迫状を出していた。後の細かい事情についてはクスノキとシリトルと話してくれ。だが、今後は脅迫状を出さないんだったら憲兵の調査は打ち切らせよう」
「分かりました。ありがとうござます」
クスノキが深々と頭を下げる。
「顔を上げてくれ。まだ、俺の話は終わっていない」
「話?まだなにかあるんですか?」
「この店の経営についてだ。俺がバク食いした程度じゃ、店が潰れそうなのは変わらないんだろ?」
「そうですけど、それこそ私達でどうにかするべき事です。ホウリさんのお手を煩わせるわけにはいきません」
「そう言うなよ。俺だってお気に入りの店が無くなるのは悲しいんだぜ?アドバイスするから、アイデアがあるなら教えてくれないか?」
「それなら……」
クスノキが厨房に戻り桐で出来た箱を持ってくる。
「実はホワイトデーに合わせてこんな物を……なんで、和菓子が全部無くなってるんですか?」
「不思議な事を言うな?食べたからに決まってるだろ?」
「私が席を外して1分くらいしか経ってない気がするんですけど?量も10人前くらいあった気がするんだけど?」
「細かい事を気にするんだな」
食い終わった器を机の端に寄せて、クスノキが持ってきた桐の箱を開ける。
「うわぁ、とても綺麗ですね」
「中々だな」
中には仕切りで8つに分かれており、それぞれに花を模った練り切りが入っていた。練り切りはコスモスや真っ赤なバラと言った花になっており、細工も細かくて見ていても楽しい。
「食べていいですか?」
「良いですよ」
「それじゃ遠慮なく」
ロワが桔梗の練り切りを摘まんで口に運ぶ。
「うーん、美味しいですね」
「これをホワイトデーの贈り物として売り出す訳か」
「どうでしょうか?」
「いい案だ。だが、どれだけ商品が良くても宣伝が足りなければ意味が無い」
「宣伝ですか。でもどうしたら?」
「俺に任せてくれ」
立地が悪い所を逆手にとって、隠れ家みたいな感じで売り出せば、そこそこの客が来るはずだ。このクオリティであれば味を知ってもらえさえすれば、固定客がつくはずだ。大ヒットはしないだろうが、店が潰れることは無くなるだろう。
そこまで思考をまわした時、とある考えが頭に浮かぶ。
「そうだロワ、ホワイトデーにはこれを送れば良いんじゃないか?」
「良いですね。インパクトもあって味もいいですし、ピッタリですね。そうと決まれば1つ下さい」
「ありがとうございます。今持ってきますね」
「僕も手伝う」
「ありがと」
クスノキが笑顔でうなずき、シリトルと共に再び厨房に引っ込んだ。
クスノキが練り切りを持ってくるのを待っている間、ロワは既にある練り切りを興味深そうに見ている。
「そういえば、この花って何か意味があるんですか?」
「どうしてそう思ったんだ?」
「これってホワイトデーの贈り物なんですよね?だったら、花にも何か意味があるんじゃないかって思いまして」
「女性に人気の花ってだけだろ」
「そうですか」
納得したのか、ロワはそれ以上は何も言ってこなかった。
まさか、愛に関係がある花言葉の花ばかりだとは思ってもいないみたいだ。ミエルはほぼ確実に知ってるだろうし、贈ったときが楽しみだ。
心の中でほくそ笑みながら、俺はお茶を啜るのだった。
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