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第二百四十二話 「両方」やらなくっちゃあならないってのが「幹部」のつらいところだな
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『お待たせ致しました。ただいまより劇「ヒートホープ」を開演いたします。音が鳴る魔道具をお持ちの方は電源を切って───』
劇の前のアナウンスが聞こえ、わしの肩にプレッシャーが伸し掛かる。普通に初公演だけであればこんなに緊張せんかったんじゃがな。目の前の劇の幕を睨みながら、わしは心の中で愚痴をこぼす。
今回は防衛戦。わしが犯人をぶっ飛ばせばよい、という簡単な話ではない。
襲撃を他の観客に知られてしまっては、劇が中断されてしまう。つまり、襲撃があったとしても、派手な動きは出来ん。演劇をしつつ、目立たんように犯人を発見、拘束する必要がある。
ホウリ曰く、犯人が必ず来る訳ではないらしいが、それでも警戒するに越したことはない。
爆弾などの不審なものは無かったらしいし、観客席にだけ気を配ればよいのは唯一の救いか。
「ふぅぅぅぅぅ……」
肩にかかっている重さを外に出すように、大きく息を吐く。
まもなく劇の幕が上がる。やるしかない。
『それではお楽しみください』
ブザー音と共に幕が上がり始める。緊張感に駆られながら、わしは必死に頭を働かせる。
まずはわしの一人語りからじゃ。他の出演者と息を合わせる必要が無い以上、存分に犯人探しに集中出来るじゃろう。
余裕がある序盤に怪しい奴に目星をつけて警戒しておく。この作戦でいこう。
幕が上がり、遂に観客席が視界に入る。さて、怪しい奴はおるかのう?
クランチ監督が監督をしているだけあって、観客席は満席じゃ。普通なら嬉しく思おう所じゃろうが、犯人を捜すうえでは難易度が上がっておる。
仕方なく、客席の端から端まで視線を移動させ、観客を一人ずつ見ていく。
今のところ、あまり怪しそうな奴はおらぬな。
そう思いつつ、完全に幕が上がるまで観客の様子を伺う。すると、ノエル、ロワ、ミエルが3人仲良く座っていた。
わしの視線に気づいたノエルが小さく手を振ってくる。本番中で手を振り返せんのを歯嚙みしながら、心の中で手を振り返す。
帰ったらいっぱい感想を聞くとするか。その為には、この劇を成功させんとな。
そう思っておると、上で幕が上がりきった音がする。劇の開始じゃ。
「私はこの街に囚われている!生まれた時から、この世界のルールに縛られている!それは───」
何百回と発したセリフが、自然と口の中から出てくる。稽古に付き合ってくれたホウリとヌカレには感謝じゃな。
セリフを言いながら、わしは観客の様子を探る。今は何かをしてきそうな者はおらん。とはいえ、警戒を怠る訳にはいかん。
再び怪しい観客探しに戻る。じゃが、そもそも怪しい奴など、見ただけで分かるのか?
事件を起こそうという奴というのは、普通の格好をすると聞いたことがある。そんな者を、見ただけで怪しいと思えるのは厳しいのではないか?
もっと分かりやすく、あの客のように真っ白い仮面を被っておるくらいでないと……ん?
なんで演劇を見るのに仮面を被ってる奴がおるのじゃ!?
「私はッ……こんなところで終わらない!」
動揺が声に出てしまい、一瞬だけセリフが詰まる。しかし、街に対する反骨心を叫ぶ場面だったため、なんとか誤魔化すことに成功する。少しオーバーな演技になってしまったが、誰も違和感を覚えていないようじゃ。
胸を撫でおろしながらも、仮面の奴で頭がいっぱいになる。
奴が犯人か?しかし、何かしようとする奴が目立つ格好をするか?いや、その思考を逆手にとっている可能性が?
……考えても仕方ない。今は少しでも情報が欲しい。犯人が多人数だとすれば、小声でやり取りをしている可能性がある。スキルで聞き耳を立てて、奴が何者か突き止めてやる。
わしは特定の地点の音声が聞き取れるスキル「シュウルソウン」を使う。すると、少しの雑音の後に、低い男の声がわしの耳に届く。
『ザザザ……はぁはぁ、ファガートたん、出番まだかな?ぐふふ、終わったらいつものように、家まで監視してあげるからね』
違った。奴はただのフォガートのストーカーじゃった。よく見ると、あの仮面はフォガートの代表作である『アリエルの仮面』の主人公の格好か。ならば、納得じゃな。
……なんでわしはストーカーを見つけて、安心しておるんじゃろうか?……とりあえず、奴は劇が終わったら、ぶん殴って憲兵に突き出すか。
わしはスキルを使って仮面を眠らせる。
『まだかなぁ、まだかなぁ……ぐぅ』
よし、寝たな。わしは仮面から視線を外し、他に怪しい奴がいるか確認する。
今の仮面で犯人を見た目で判断できる可能性も出て来た。しっかりと見ていこう。
じゃが、あれだけ分かりやすい者は、そうはおらん筈じゃ。仮面の隣にいるような、全身黒タイツのような奴でもない限り……
「なんで!?」
あまりの衝撃に思っていた言葉が口から出る。
しまった、台本に書かれてない事を言ってしまった。なんとか不自然にならない様に修正しないと。
「……なんで私がこんな街にいないといけないんだ!私は中央の街で大きなことをするんだ!」
アドリブでセリフを修正し、違和感がないように繋いでいく。
危ない危ない。思わず思っていたことが口に出てしまったわい。
というか、なんで全身黒タイツなんじゃ。推理漫画で出てくる犯人にインスパイアでも受けたのか。
顔まで黒タイツを着て目だけ穴を開けているのも、怪しさに拍車をかけている。なんで周りの人間は誰も何も言わないんじゃ。
というか、あんな奴を見逃していた理由が分からん。仮面の方がインパクトが強く、見逃しておったか?それとも、黒すぎて目立たなかったからか?
あんな奴が犯人だとは考えにくいが、万が一の可能性もある。じゃが、奴に時間を使うよりも、もっと怪しい奴を探す方が……、こやつ以上に怪しい奴があるのか?
仮面の時よりも考えが纏まらん。とりあえず、さっきと同じように何か喋って無いかを聞いてみる。
『ザザザ……この世界は醜い。だからこそ美しく滅びねばならないのだ。どのように滅ぼすべきか。やはり神の力を用いて、一気に滅却する方が美しいだろうか。それとも、世界の端からMPを消滅させて、少しずつ滅ぼしていき、人間どもを後悔させていって……』
またハズレみたいじゃな。ただの、世界を滅ぼそうとするヤバい奴じゃった。
放っておいたら世界が危うくなるかもしれぬ程度じゃな。……考えようによっては、ナモンよりも危ない存在ではないか?というか、なんでそんな奴が演劇を見にきておるんじゃ。
……とりあえず眠らせておくか。
『くふふふ、世界が悲鳴を上げるさまを想像すると心が躍る……ぐぅ』
さっきと同じようにスキルで黒タイツを眠らせる。あとは劇の後にしばいて憲兵に突き出すだけじゃな。
胸を撫でおろすと同時に、言い知れない不安がわしの胸を支配する。
こういう奴ら、他にはおらんよな?
「焦り?この感情はそんな物じゃない。これはワクワクだ!」
演じているクレレはワクワクしておるが、わし自身は胃がキリキリしておる。
落ち着くんじゃ。あんな変なやつらが、何人もいる訳が無い。いたとしても、わしの初公演で、犯人が紛れ込んでいるという、この劇にいる可能性なんてほぼ無いじゃろう。
それこそ、天文学的確率という奴じゃ。ないない。
自分で自分の考えを否定し、精神の安定を図る。すると、さっきまでの胃の痛みが和らいでいく。
そうじゃよな。そんな天文学的な確率があってたまるか。黒タイツの傍にいるような、赤色のモヒカンで手にカギ爪を付けているような奴がおらん限り……
わしは頭を抱えそうになるのを必死にこらえて、演技を続ける。
なんで怪しい奴の見本市が劇場で起こっておるんじゃ。この劇場は呪われておると言われた方が納得できるわい。
いや待て、あんな成りでも普通の客かもしれんぞ?カギ爪を舐めながら目を見開いて笑っておるが、良い奴かもしれん。あのカギ爪も実は飴で、食べながら演劇を見ているだけかもしれん。
そう思うと、良い奴に見えて来たのう。念のため聞き耳を立てるが、これは杞憂に終わって……
『ザザザ……へっへっへ、今からここが血祭に上がると思うと楽しみだぜ。突発的に入ってみたが、人多くて楽しめそうじゃ……ぐぅ』
知ってた。あんな奴が良い奴であってたまるか。
しかし、考えてみると、モヒカンは武器を持っておったし、ナモンの協力者の可能性もあったのう。ここに来たのは突発的みたいじゃし、関係はなさそうじゃが。
「そんな、この街が嫌いな私に運命の出会いが待っているとは、思ってもいなかった」
考えを勧めながら、無事に一人語りを終え、舞台袖に引っ込む。
次の出番は1分後。それ以降は別の者と呼吸を合わせつつ、劇を進めていく必要がある。
この一人語りの間に全ての観客を確認するつもりじゃったが、宛てが外れてしまった。ここからは観客へ注意を向けるのが難しくなるじゃろう。
「ふぅ、あまり力になれんかったか」
「そんなことないさ」
わしの呟きに、声を掛けて来る者がおった。声のする方を見てみると、フォガートの役である「キッシュ」の格好をしたホウリがいた。化粧をしていて雰囲気はフォガートに寄せているが、よく見ればホウリの面影が残っておる。
「見ておったか。済まぬ、全ての観客を確認することは出来なかった」
「他の危険分子を排除してくれただろ?それだけで十分だ」
当たり前のように、わしがやった事も把握しておるな。話す手間が省けて助かるわい。
「で、俺も怪しい奴を探してみた」
「結果は?」
「ナモンが客席にいた」
瞬間、わしの体にほぐれかけていた緊張感が蘇る。
「間違いないのか?」
「ああ。間違いない」
「奴め……早く無力化して憲兵に引き渡してやるわい」
「待て、捕まえるのはまだだ」
舞台裏から顔を出そうとしたわしをホウリが止める。わしは思わずホウリを睨みつける。
「なぜ止める?」
「ナモンが仲間を連れている可能性がある。捕まえるのはそいつらを見つけだしてからだ」
「今捕まえて、あとから協力者を捕まえても同じじゃろ?」
「ナモンと協力者が単独で行動しているとは考えられない。おそらく、定期的に連絡を取っている筈だ」
「なぜそう言い切れる?」
「今回の事件がやけに計画的だからだ。フォガートを病院送りにした事件も、事故に見せかける為に綿密に計画されていた。そんな奴が次は劇を襲おうとしている」
「不測の事態のために、協力者と連絡を取り合っても可笑しくないか」
連絡が取れなくなった場合、協力者は息をひそめるじゃろう。そうなると、他の劇で行動を起こす可能性もある。そこまで行くと、わしでも抑えきれん。
「協力者が劇場内にいる今、全員を炙り出す必要がある訳じゃな?」
「そういう事だ」
「じゃが、そんな事できるのか?」
「何言ってんだ?」
ホウリは右手でわしを、左手で自分を指さす。
「武力最強の魔王と、頭脳最強の勇者がいるんだぜ?なんでも出来るに決まってるだろ?」
「それもそうか」
わしだけでは厳しいかもしれん。じゃが、ホウリと一緒なら出来ぬ事はない。
「ならば付き合ってやる。指示をよこせ」
「頼もしいな。さあ、相手のやりたい事を全て叩き潰すぞ?」
「良いのう。わし好みじゃ」
ホウリがニヤリと笑い、手を差し出してくる。わしは同じくニヤリと笑ってその手を取る。
さて、反撃開始といこうか。
劇の前のアナウンスが聞こえ、わしの肩にプレッシャーが伸し掛かる。普通に初公演だけであればこんなに緊張せんかったんじゃがな。目の前の劇の幕を睨みながら、わしは心の中で愚痴をこぼす。
今回は防衛戦。わしが犯人をぶっ飛ばせばよい、という簡単な話ではない。
襲撃を他の観客に知られてしまっては、劇が中断されてしまう。つまり、襲撃があったとしても、派手な動きは出来ん。演劇をしつつ、目立たんように犯人を発見、拘束する必要がある。
ホウリ曰く、犯人が必ず来る訳ではないらしいが、それでも警戒するに越したことはない。
爆弾などの不審なものは無かったらしいし、観客席にだけ気を配ればよいのは唯一の救いか。
「ふぅぅぅぅぅ……」
肩にかかっている重さを外に出すように、大きく息を吐く。
まもなく劇の幕が上がる。やるしかない。
『それではお楽しみください』
ブザー音と共に幕が上がり始める。緊張感に駆られながら、わしは必死に頭を働かせる。
まずはわしの一人語りからじゃ。他の出演者と息を合わせる必要が無い以上、存分に犯人探しに集中出来るじゃろう。
余裕がある序盤に怪しい奴に目星をつけて警戒しておく。この作戦でいこう。
幕が上がり、遂に観客席が視界に入る。さて、怪しい奴はおるかのう?
クランチ監督が監督をしているだけあって、観客席は満席じゃ。普通なら嬉しく思おう所じゃろうが、犯人を捜すうえでは難易度が上がっておる。
仕方なく、客席の端から端まで視線を移動させ、観客を一人ずつ見ていく。
今のところ、あまり怪しそうな奴はおらぬな。
そう思いつつ、完全に幕が上がるまで観客の様子を伺う。すると、ノエル、ロワ、ミエルが3人仲良く座っていた。
わしの視線に気づいたノエルが小さく手を振ってくる。本番中で手を振り返せんのを歯嚙みしながら、心の中で手を振り返す。
帰ったらいっぱい感想を聞くとするか。その為には、この劇を成功させんとな。
そう思っておると、上で幕が上がりきった音がする。劇の開始じゃ。
「私はこの街に囚われている!生まれた時から、この世界のルールに縛られている!それは───」
何百回と発したセリフが、自然と口の中から出てくる。稽古に付き合ってくれたホウリとヌカレには感謝じゃな。
セリフを言いながら、わしは観客の様子を探る。今は何かをしてきそうな者はおらん。とはいえ、警戒を怠る訳にはいかん。
再び怪しい観客探しに戻る。じゃが、そもそも怪しい奴など、見ただけで分かるのか?
事件を起こそうという奴というのは、普通の格好をすると聞いたことがある。そんな者を、見ただけで怪しいと思えるのは厳しいのではないか?
もっと分かりやすく、あの客のように真っ白い仮面を被っておるくらいでないと……ん?
なんで演劇を見るのに仮面を被ってる奴がおるのじゃ!?
「私はッ……こんなところで終わらない!」
動揺が声に出てしまい、一瞬だけセリフが詰まる。しかし、街に対する反骨心を叫ぶ場面だったため、なんとか誤魔化すことに成功する。少しオーバーな演技になってしまったが、誰も違和感を覚えていないようじゃ。
胸を撫でおろしながらも、仮面の奴で頭がいっぱいになる。
奴が犯人か?しかし、何かしようとする奴が目立つ格好をするか?いや、その思考を逆手にとっている可能性が?
……考えても仕方ない。今は少しでも情報が欲しい。犯人が多人数だとすれば、小声でやり取りをしている可能性がある。スキルで聞き耳を立てて、奴が何者か突き止めてやる。
わしは特定の地点の音声が聞き取れるスキル「シュウルソウン」を使う。すると、少しの雑音の後に、低い男の声がわしの耳に届く。
『ザザザ……はぁはぁ、ファガートたん、出番まだかな?ぐふふ、終わったらいつものように、家まで監視してあげるからね』
違った。奴はただのフォガートのストーカーじゃった。よく見ると、あの仮面はフォガートの代表作である『アリエルの仮面』の主人公の格好か。ならば、納得じゃな。
……なんでわしはストーカーを見つけて、安心しておるんじゃろうか?……とりあえず、奴は劇が終わったら、ぶん殴って憲兵に突き出すか。
わしはスキルを使って仮面を眠らせる。
『まだかなぁ、まだかなぁ……ぐぅ』
よし、寝たな。わしは仮面から視線を外し、他に怪しい奴がいるか確認する。
今の仮面で犯人を見た目で判断できる可能性も出て来た。しっかりと見ていこう。
じゃが、あれだけ分かりやすい者は、そうはおらん筈じゃ。仮面の隣にいるような、全身黒タイツのような奴でもない限り……
「なんで!?」
あまりの衝撃に思っていた言葉が口から出る。
しまった、台本に書かれてない事を言ってしまった。なんとか不自然にならない様に修正しないと。
「……なんで私がこんな街にいないといけないんだ!私は中央の街で大きなことをするんだ!」
アドリブでセリフを修正し、違和感がないように繋いでいく。
危ない危ない。思わず思っていたことが口に出てしまったわい。
というか、なんで全身黒タイツなんじゃ。推理漫画で出てくる犯人にインスパイアでも受けたのか。
顔まで黒タイツを着て目だけ穴を開けているのも、怪しさに拍車をかけている。なんで周りの人間は誰も何も言わないんじゃ。
というか、あんな奴を見逃していた理由が分からん。仮面の方がインパクトが強く、見逃しておったか?それとも、黒すぎて目立たなかったからか?
あんな奴が犯人だとは考えにくいが、万が一の可能性もある。じゃが、奴に時間を使うよりも、もっと怪しい奴を探す方が……、こやつ以上に怪しい奴があるのか?
仮面の時よりも考えが纏まらん。とりあえず、さっきと同じように何か喋って無いかを聞いてみる。
『ザザザ……この世界は醜い。だからこそ美しく滅びねばならないのだ。どのように滅ぼすべきか。やはり神の力を用いて、一気に滅却する方が美しいだろうか。それとも、世界の端からMPを消滅させて、少しずつ滅ぼしていき、人間どもを後悔させていって……』
またハズレみたいじゃな。ただの、世界を滅ぼそうとするヤバい奴じゃった。
放っておいたら世界が危うくなるかもしれぬ程度じゃな。……考えようによっては、ナモンよりも危ない存在ではないか?というか、なんでそんな奴が演劇を見にきておるんじゃ。
……とりあえず眠らせておくか。
『くふふふ、世界が悲鳴を上げるさまを想像すると心が躍る……ぐぅ』
さっきと同じようにスキルで黒タイツを眠らせる。あとは劇の後にしばいて憲兵に突き出すだけじゃな。
胸を撫でおろすと同時に、言い知れない不安がわしの胸を支配する。
こういう奴ら、他にはおらんよな?
「焦り?この感情はそんな物じゃない。これはワクワクだ!」
演じているクレレはワクワクしておるが、わし自身は胃がキリキリしておる。
落ち着くんじゃ。あんな変なやつらが、何人もいる訳が無い。いたとしても、わしの初公演で、犯人が紛れ込んでいるという、この劇にいる可能性なんてほぼ無いじゃろう。
それこそ、天文学的確率という奴じゃ。ないない。
自分で自分の考えを否定し、精神の安定を図る。すると、さっきまでの胃の痛みが和らいでいく。
そうじゃよな。そんな天文学的な確率があってたまるか。黒タイツの傍にいるような、赤色のモヒカンで手にカギ爪を付けているような奴がおらん限り……
わしは頭を抱えそうになるのを必死にこらえて、演技を続ける。
なんで怪しい奴の見本市が劇場で起こっておるんじゃ。この劇場は呪われておると言われた方が納得できるわい。
いや待て、あんな成りでも普通の客かもしれんぞ?カギ爪を舐めながら目を見開いて笑っておるが、良い奴かもしれん。あのカギ爪も実は飴で、食べながら演劇を見ているだけかもしれん。
そう思うと、良い奴に見えて来たのう。念のため聞き耳を立てるが、これは杞憂に終わって……
『ザザザ……へっへっへ、今からここが血祭に上がると思うと楽しみだぜ。突発的に入ってみたが、人多くて楽しめそうじゃ……ぐぅ』
知ってた。あんな奴が良い奴であってたまるか。
しかし、考えてみると、モヒカンは武器を持っておったし、ナモンの協力者の可能性もあったのう。ここに来たのは突発的みたいじゃし、関係はなさそうじゃが。
「そんな、この街が嫌いな私に運命の出会いが待っているとは、思ってもいなかった」
考えを勧めながら、無事に一人語りを終え、舞台袖に引っ込む。
次の出番は1分後。それ以降は別の者と呼吸を合わせつつ、劇を進めていく必要がある。
この一人語りの間に全ての観客を確認するつもりじゃったが、宛てが外れてしまった。ここからは観客へ注意を向けるのが難しくなるじゃろう。
「ふぅ、あまり力になれんかったか」
「そんなことないさ」
わしの呟きに、声を掛けて来る者がおった。声のする方を見てみると、フォガートの役である「キッシュ」の格好をしたホウリがいた。化粧をしていて雰囲気はフォガートに寄せているが、よく見ればホウリの面影が残っておる。
「見ておったか。済まぬ、全ての観客を確認することは出来なかった」
「他の危険分子を排除してくれただろ?それだけで十分だ」
当たり前のように、わしがやった事も把握しておるな。話す手間が省けて助かるわい。
「で、俺も怪しい奴を探してみた」
「結果は?」
「ナモンが客席にいた」
瞬間、わしの体にほぐれかけていた緊張感が蘇る。
「間違いないのか?」
「ああ。間違いない」
「奴め……早く無力化して憲兵に引き渡してやるわい」
「待て、捕まえるのはまだだ」
舞台裏から顔を出そうとしたわしをホウリが止める。わしは思わずホウリを睨みつける。
「なぜ止める?」
「ナモンが仲間を連れている可能性がある。捕まえるのはそいつらを見つけだしてからだ」
「今捕まえて、あとから協力者を捕まえても同じじゃろ?」
「ナモンと協力者が単独で行動しているとは考えられない。おそらく、定期的に連絡を取っている筈だ」
「なぜそう言い切れる?」
「今回の事件がやけに計画的だからだ。フォガートを病院送りにした事件も、事故に見せかける為に綿密に計画されていた。そんな奴が次は劇を襲おうとしている」
「不測の事態のために、協力者と連絡を取り合っても可笑しくないか」
連絡が取れなくなった場合、協力者は息をひそめるじゃろう。そうなると、他の劇で行動を起こす可能性もある。そこまで行くと、わしでも抑えきれん。
「協力者が劇場内にいる今、全員を炙り出す必要がある訳じゃな?」
「そういう事だ」
「じゃが、そんな事できるのか?」
「何言ってんだ?」
ホウリは右手でわしを、左手で自分を指さす。
「武力最強の魔王と、頭脳最強の勇者がいるんだぜ?なんでも出来るに決まってるだろ?」
「それもそうか」
わしだけでは厳しいかもしれん。じゃが、ホウリと一緒なら出来ぬ事はない。
「ならば付き合ってやる。指示をよこせ」
「頼もしいな。さあ、相手のやりたい事を全て叩き潰すぞ?」
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