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第四話 『暗闇の底で』

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 射出された砲弾のような結晶が、一定距離で飛散し、無数の破片が前方広範囲を蹂躙する。
 本来は岩石だが、【宝石生成グロウ・クリスタル】を高レベルで取得しているローリエの弾丸は、宝石弾に置き換わっている。

 しかし、撃ち出された散弾のその大半は、『リビングアームズ』の大盾に防がれ、ダメージとしては期待できる代物ではない。
 ローリエが、魔法使いとしては半端な魔法攻撃力だから、というのもあるが。
 『リビングアームズ』の物理防御力が高いからと言うのもある。
 宝石の弾丸というものは、魔法で作り出した物理攻撃だ。
 特に、土、木、金、といった属性は、物理防御力で受ける『物質魔法』を多く完備している。
 【石片の散弾ストーン・ベネリ】が『打撃』判定の魔法であり、『リビングアームズ』が『打撃』に弱い魔物であることを差し引いても。

 決定打にはなりえない。

 だが。
 この地下遺跡に豊富にある、土の『現象核オリジン』利用して。
 ローリエは、土属性初級魔法の【石片の散弾ストーン・ベネリ】を、通常よりも早いスパンで、連続射出し続ける。
 それはダメージが目的ではなく。

「動くな、動くな、動くな、動くなぁ!」

 だって怖いから。
 ここはIDで。
 何のスキルを所持しているのか、予想がつかない特別製だから。
 早く仕留めて、終わりにしたい。
 
 だから。
 こうして散弾を乱射していれば、敵は動けない。
 『リビングアームズ』は大盾による防御状態を維持しなければならず。
 結果的に動きを拘束された状態になるから。

 敵の攻撃に当たれば大ダメージは必至。
 
 でもたとえ、弱点の属性でも。
 攻撃させないのであれば、問題ではなく。
 当たらなければどうということは無いわけだ。

 そんな『リビングアームズ』は今。
 大盾を、宝石の散弾で凹まされ続けながら。
 防御をとり続ける。

 その状態を維持させながら。
 
 強化の魔法によって、壁に張り付くことも、空中を走ることも、空中に立つことも可能なローリエは、強化込みで200近い敏捷性を使い、超高速で、三次元的に縦横無尽に動きながら、四方八方から宝石の散弾を打ち付ける。

 翻弄するような形で。

 少しづつ間に合わなくなる、盾の動き。
 そしてついに、後方に回り込める瞬間がやってくる。
 ローリエは、その一瞬で接近し、自分の数倍はあろうかと言う大きさの魔物に向かって、至近距離から。
 
 『木属性』の例外を、放り投げる。

 「『強酸の果実アシディック・ポッド』」

 強酸は、例外的に『火+熱』の属性をもつ木属性魔法で、特に『ごん属性』には単純な『火』属性攻撃として機能する。
 つまり、弱点属性での攻撃になるということで。
 『リビングアームズ』に直撃して、破裂した果実からあふれる『酸』が、その身体をじゅわっっと溶解させる。
 
 大きく怯む魔物は、もはや隙だらけで。
 盾による防御をしている場合ではなく。
 
 その無防備な所に。
 ローリエは残るMP分の全てを使って、弱点を突ける強酸の榴弾を、幾つも投げつけた。

 倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ、と念じながら。

 魔物は、ほぼ滅多打ち状態になって。

 浮遊していた『リビングアームズ』が、地面に倒れ込み、カラカラと喧しい音を奏でる。
 倒れた状態の『リビングアームズ』は、全身を焼かれ、煙を上げ、状態を見る限りかなりボロボロになっていた。

「どうですか!」

 スタミナも結構消費した状態で。
 ちょっと息を荒げつつも。

 ローリエは得意げだ。
 もう敵はこれで虫の息だ。

 あと一息で、倒せる、と。

 そして実際にその通りだ。


 けど。

 もう今にも死にそうな身体で。

 再び浮遊する最中、6種の武器が、輝きを放ち。
 エフェクトが、2度、奏でられた。
 ローリエはそのスキルを知っている。
 『ごん属性』の強化魔法、【会心値上昇ラックオブメタル】と。
『雷属性』の強化魔法――【帯電化エレクトロキュート】だ。 
  

「バ、バフ……!?」

 しかし驚きだ。
 知っている『リビングアームズ』と、インスタントダンジョンの特別製とでは思考ルーチンが違うらしい。
 魔法を使うなんてローリエは初めて見た。

 正直なところ、これはやばい事だ。

 弱点からのダメージは元々会心確率が大幅に上がっているのに、さらに強化されれば最悪400%に及ぶ威力を浴びる可能性があるし。今行使された雷属性の魔法は、接触時に雷撃ダメージを与える強化だ。 
 
 つまり。
 1発受ければ、金属性の物理攻撃と、雷属性の魔法攻撃を同時に浴びることになるし。
 最悪なことに、それがクリティカルする可能性も高い。
 しかも、こちらから接触しても雷のカウンタ―を受ける。
 
 この状態では、一撃も浴びることは許されず。 
 とてもではないが、榴弾の投擲距離にはいられない。   

 相手は瀕死だ。
 あとは、接近戦を持ち掛け、『蹴り』でも叩き込んでおけば倒れるだろうと思っていたが、当てが外れた。
 
 安全策を取るため、トドメを遠距離からの、重属性魔法に切り替える。
 そのためには空っぽのMPを戻さなければならない。

 そして、MPを回復する時間を作るため。
 ローリエは、慌てて距離を取りながら。
 倉庫から、『マナクリスタル』を取り出して使用する。 
 それはマナポーションよりも効果が高いMP回復アイテムで。
 結晶から、精神性のエネルギーが解放され、ローリエのMPが最大値まで回復した。

 しかし距離を置いたのは結果的に愚策になる。

 
 MP回復を終え、ローリエが魔法を準備し始めるのと同じタイミングで。
 『リビングアームズ』も何かの魔法を詠唱し始める。

 その時点で、まずい、とローリエは思った。

 だから、急いで詠唱を完成させ。
 術式を、解き放つ。
 
 けど――遅い。

 ローリエが。
 重属性魔法の【凝爆縮インプロージョン・ブラック】を、放つのと。
 『リビングアームズ』が【超電磁投射マギアレールガン】を解き放つのは同時で。

 音速の数倍で投射された金属片は、瞬く間に、ローリエに到達し、その身を抉り散らしていく。
 
「うッ――」

 その威力は想像を絶し。
 金による、物質魔法ダメージ。
 雷による、現象魔法ダメージ。
 
 その合成ダメージをクリティカルで浴びる。
 魔法を放った後の状態の所に、まさに稲妻のような弾速。
 回避することも、防御することも間に合わなかった。
 
 否、強化をかけた時から、ローリエに周囲を公転していた2枚の盾。
 【自動紅玉盾オート・ルビンガード】が、防御行動を取ったが、クリティカルによって砕け散り、それすらも貫通してきた。

「――がっ……!」

 ゲームなので体に大穴が開いたりはしない。
 でも、夥しい血液のエフェクトが零れていく。
 足元がおぼつかない。


 そして今頃になって。

 ローリエが撃ち出した真っ黒なビー玉ほどの球体が、ゆっくりと『リビングアームズ』に到達した。

 到達した球体は、一気にそのシュヴァルツシルト半径を増大し。
 一瞬の超重球に飲み込まれた魔物は、めきめきと音を立てて圧壊していった。

 
 魔物はスクラップと化して消えうせ。


 ローリエは耐えきれずに、膝から崩れ落ちる。

 どさりと。


 そして、フロアには、からんと、『リビングアームズ』から零れ落ちた、ドロップ品――。
 一本のハルバードと、倒れ伏した小さなエルフだけが、残された。


 

 
 


 
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