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第六話 『鮮血の古城にて』

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 下顎を大きく開き。
 声なき声が上げる咆哮は。
 竜の威厳と、不死なる異形さで戦場の戦意を失わせる。
 
 それは、ゲーム的に言えば、範囲内の敵の先制攻撃をためらわせるという効果で。

 怯んだ前方の魔物に向けて、竜は飛ぶ。そのボロ布のような翼で。
 そうして。
 閉じ込められっぱなしだった不機嫌さを叩きつけるかのように、振るわれた鍵爪が、魔物に突き刺さった。
  


「ヒューベリオン!!」

 傍若無人なドラゴンに向けて、ユナが叫ぶ。
 
 重装甲の騎乗用甲冑と馬具一式を身に着けた、竜の骸は。
 何の統制もなく。
 ユナの声も聞かず。

 ただ感情のままに暴れ出す。
 そんなヒューベリオンは、まだ主との信頼関係が皆無だ。
 鎖を解かれた狂犬に他ならない。

 しかも、端的に言えばレベル1だ。
 さしもの竜族と言えども、突き立てた爪はレベル70の敵の有効打にはなりえない。

 しかしながら。受けた反撃で即死しないのは、流石だった。
 初期で250を超えるHPは、キャラクターではありえない。
 そして、アンデッド種族特有の再生力もある。
 耐久面だけなら、VITを振っていない、SP67Kのマナよりも既に高いのだ。
 その上、高速で飛び回るため、飛行できない近接型の魔物に対して、アドバンテージを得ている。

 まぁ。
 今直面しているのは。
 だから何だというレベルの大問題なのだが。

 というのも。
 さぁ、狩るぞ。
 と意気込むパーティメンバーを放って飛び出したヒューベリオンは、全く言うことを聞かないのだ。
 これは、騎乗スキルではどうにもできない。
 ペットの感情と、飼い主との信頼関係。
 この二つを良好に保てなければ、連携プレイなど夢のまた夢となる。


「どうしましょう」

 ユナは攻略サイトの情報で、ペットのことをある程度把握していても。
 現状、事前知識程度にしか働いていない。
 全く有効打になりえない攻撃を、ヒットアンドウェイで繰り返すドラゴンゾンビを見つめ。
 ユナは途方に暮れる。

「……閉じ込めっぱなしでしたからね、機嫌が悪いのでしょうか」

「私が『聖櫃なる鎖セイクリッドチェーン』で縛ろうか?」

「そんなことしたら、ますます信頼は得られないわよ」

 ローリエ、フェルマータ マナも、ペットには詳しくないため、対処に困っていた。

 暫くして。
 ヒューベリオンを観察していたマナが言う。

「でも、良く見るとベリオンは上手く戦ってるわ。ちゃんと隙を作ってから殴りかかるし、余計なダメージを負わないように、距離も測ってる。まだステータスが足りていなくて敵を倒すのは無理だけど、そう簡単には死なないんじゃないかしら」

「つまり?」
 とフェルマータ。

「放っておいても大丈夫、ってこと」

「なぁるほど」

「一人は寂しいですからね、そのうちユナさんの所に戻って来るかもですし」
 ローリエはしみじみと言った。
 放っておかれるのも意外と寂しいものだ。たぶん、ドラゴンもそうだろう。
 ふと振り返った時。
 誰もが皆、自分が居ないかのように振舞う。
 そんな、ただの空気みたいな扱い。

 ローリエは慣れっこだが。
 ヒューベリオンには慣れてほしくない。
 
 そう思いながら。

 ローリエは、戦闘準備する皆に混じる。

 というわけで、いったんヒューベリオンは放置し。
 ユナを含めて4人で、狩を開始することになった。

「ユナちゃん、持ってるアクティブスキルは、『装備武器防御ウェポン・ディフェンス』だけ?」

「いえ、『薙ぎ払いモーダウン』という範囲スキルを取りました。LV1ですけど」

「オッケー」

 ヒューベリオンが暴れている一画とは別の方向。

 その魔物の群れをターゲットに。
 フェルマータが、皆に言う。

「私が、あの群れに突っ込んで注意を惹くから、先生はボム、ロリちゃんはサイクロン、ユナちゃんは今のでやってみて。順番は、サイクロン、ボム、さっきのね!」

 皆がそれぞれ、了解したのを確認すると。

 フェルマータが、防御スキルを幾つか使ってから、敵の群れに吶喊していく。
 そんなウサミミドワーフの身を包む魔銀全身甲冑ミスリルフルプレートは伊達ではなく。
 とても堅牢だ。 
 元の最大HPが1500近くある上、自前の自動回復もある。
 さらに今は、ローリエの強化で、追加の自動回復も乗っているし、防御力も上がっている。
 最大HPは、強化で2200に届いている。

 だからフロア内の25%に及ぶ数の魔物から猛攻を受けても。
 数々の防御スキルを帯びた、フェルマータのHPは微動だにしない。

「――虚無そらにたゆといし見えざる羽根よ、想起、高みのすべてを示せ――、破壊の奔流よ、無慈悲にして冷徹な神罰となって荒れ狂わん――『風の大災害サイクロン』!!」
 そこに巻き起こるのは、ローリエが紡ぐ風の暴力だ。
 遺跡の奥深くには風の現象核オリジンが少なく、日傘の風結晶からの抽出がメインとなり。
 いつもよりも遅い速度で完成したが、魔法とは、自然現象の再現。
 たとえ屋内であろうとも、無関係にその大災害は再現される。

 強風に巻き上げられ、切り刻まれ、天井と地面に叩きつけられる、魔物の群れ。
 
 それで負傷した魔物を、マナの【炸裂魔弾マジックボム】が吹き飛ばし。
 風耐性などで生き残っていた瀕死の魔物を、ユナの【薙ぎ払いモーダウン】がとどめを刺す。 

 特に、ユナの一撃は、低レベルながらも高い筋力と、新調したハルバード攻撃力の高さで馬鹿にできないダメージを出す。


 そうやって、まとめて敵を倒すことで、効率的にSPを稼ぐことができ。
 それを3週間ほど続けることで。
 ユナは25000まで、ヒューベリオンは20000までSPを稼ぐことが出来た。

 ヒューベリオンのしつけは、まだまだだが。
 強くなったことで、その爪も尾撃も、敵にかすり傷程度なら追わせられるようになったし。
 ユナに至っては、既にパーティで一番の物理攻撃力値に躍り出た。
 
 ついでにフェルマータも1000、マナも2000ほどSPを稼いでいて、フェルマータは76K、マナは69Kとなり、種族特徴が強化されましたというアナウンスがパーティに流れていた。

 そしていつものごとく。
 ユナのタイムリミットでその日の狩りは解散する。
 
 それがここ3週間ほどの流れだったが。
 
 今日は、マナの一言で狩りは終了を告げた。

「悪いけど、今日はこんなもんでいいかしら」

「オッケー、そろそろ切りあげましょうか」 

「あ、はいッ」

「私もそろそろ、時間だったので丁度良かったです。今日も、皆さんありがとうございました」

 よし、撤収。
 
 の前に、フェルマータがローリエに言う。

「そういえば、ロリちゃんは、索敵範囲が広いのね。それに、敵を見つけるのも早いわ」

「え?」

「今日も何度か後方に来たやつを魔法でさばいていたでしょ? いつも先生より後ろに陣取ってるのは、そういう時のため?」

「え、あ、いえ……その……、まぁ、そうです……」

 ローリエは、無意識的にずっとパーティの殿を担当していた。
 だから、一番柔いマナに強襲しようとする魔物を、いち早く察知して撃退していた。
 
「ありがとう、助かったわ。PKの時といい、ロリちゃんは頼りになるわね」

「――!!!!」

 その一瞬。
 ローリエは、落雷を受けたかのように脳裏が真っ白になった。
 それから、どうやって街に戻ったのか記憶がない程だ。


 そのとき、フェルマータが言った言葉。

 頼 り に な る わ ね。 

 ローリエは、その日、その一言だけでご飯3杯は余裕だった。 

 なぜなら、パーティプレイできていたって、ことだからだ。


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