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第七話 『コロッセウム』

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 ローリエは思う。

 確か、風の魔法使いということになったのは成り行きだった。
 風の魔法使いなのね? そう言われた言葉に乗って、そうだ、と言ったと記憶している。

 勇気が無くて。

 違う、と言えなかったからだ。
 
 だから。

 これは、成り行き。

 そのはずで――。 

 
 否。

 違う。

 
 ――これは、成り行きなんかじゃない。
 成り行きなんかじゃないよね。


 本当は。
 成り行きじゃないのだ。

 違うと、言えなかったヤツのせいだ。
 違うと言わなかったから、その嘘を続けることになった。

 嘘だと、言う勇気が無かった。
 ずっと黙っていた。
 誤魔化し続けていた。

  

 だって。

 せっかく入れたパーティに、失望されること。
 出て行けと言われること。

 それが最も怖いことだから。

 人気のないスキルばかり取っていて。
 馬鹿にされるのも怖くて。

 使い物にならない、と言われるのも怖くて。

 
 ウソがばれることも怖かった。

 でもバレた。
 きっと失望されただろう。

 なぜこうなったのか。
  
 だれがこんな結果を生んだのか――。

 そう、また全部、自分のせい。

 また、何も変わっていない。
 やっぱり、何一つ変わっていない。

 進歩の無さに嫌気がさす。

 もうどうしようもない。

 ローリエは思う。

 もう終わりだと。 
 

 でも――。


「ねえ、ロリちゃん……」

 フェルマータの声。
 いつの間にか俯いていたローリエは。
 その顔を上げる。
 フェルマータの顔を見る。
 そこに。

「待って、フェル」

「うん、何?」

「フェル、今、ロリにエリクシルの委託をお願いする気でしょ?」

「そうだけど……ダメ?」

 ダメ、とマナは首を横に振る。

「そんなことをすれば、ちょっとした事件になるかもしれない。そこはもうすこし慎重に考えないと」

「……事件? さっき先生は、レアの委託があれば良いのにって言ったのに?」

「確かに私は、そうであればいい、と言ったけど。でも、実物を見て考えが変わったわ。良く考えてみてフェル。皆が喉から手が出るほど欲しい素材を、この『猫ミミ』だけで販売する。そんなことをしたら、大勢が押し掛けるかもしれないわ。首都の大通りに人があふれるかもしれないし、お店の中も大勢で埋まるかもしれない。そうなったら、周囲から苦情が出る可能性もあるし、やってくる客の目的がエリクシルばかりになって、まともにカフェの営業ができないかもしれないわ……」

「それは困るな、このお店は、カフェがメインだからね」

 マナの言葉に続き、猫ミミの店主が言う。
 そして、店主にダメと言われたら、この話はおしまいだ。

「じゃあどうするの先生? 話はふりだし?」

 そうね。
 とマナはローリエを見る。

 暫く考えてから徐に。

「ねえ、ロリ。ロリが作れるもの、他に何かある?」

「え?」

 追い出されるのかと。
 もっと失望されるのかと。
 そう思っていたローリエは、普通に話が続けられていることに驚きつつ。

「パ、【万能霊草パナケア】以外に、ですか?」

「そう。もう少しレア度が低くて実用的なモノはない?」

 ローリエは考える。
 木属性系ならば、香水、毒薬、薬草、果実、花。
 土属性系ならば、宝石、結晶、肥料、彫刻、小瓶。

 その中でレア度が低く実用的……。
 そして、闘技場でアピールできるモノ。

「――【混合香薬瓶ミックスハーブミスト・ボトル】……とか?」

「なんですかそれ?」

 ユナの問いに、ローリエは答える。
「えっと………」

 しかし、説明できるほどの言葉数が出て来なくて。 
 月額1000円以上の課金で利用可能な、直接倉庫から品物を取り出す方法で。
 ローリエは、倉庫から実物を取り出して、ユナに見せた。
 
 それは、ひし形のガラスのような結晶の中に、液体が籠められたようなアイテムで。

 フェルマータの『赤の眼鏡』やジルシスの看破スキルで見ると――。

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 ●カテゴリ:消耗品(芳香)
  戦闘時可能(破壊1秒)
  アンデッド無効
  有効人数 半径10メートル内すべて(効果100%)
  散布専用。
  加工限定入手

 ●効果

  【瞬間効果】
  HP回復 30%+70ポイント
  (2%×作成者該当SLV+1%×作成者『木』LV+作成者信仰度FAITH
  
  MP回復 30%+70ポイント
  (2%×作成者該当SLV+1%×作成者『土』LV+作成者信仰度FAITH
  
  ST回復 30%+70ポイント
  (2%×作成者該当SLV+1%×作成者『木』LV+作成者信仰度FAITH

  【持続効果】(20秒継続)  

   毎秒、瞬間効果値の5% 


 ●解説
  結晶を破壊することで、中に封じ込められた液体が芳香となって周囲を満たす。
  この芳香は、範囲内の全てのキャラクターに効果を及ぼす。
  瞬間的にHP、MP、TPを同時に回復し、残り香によって毎秒の持続効果をもたらす。
  嗅覚の影響を受け、嗅覚の良し悪しで効果は「×0%~×200%」まで変動する。
  
  【霊晶石マナクリスタル】  (MP回復量+使用速度)
  【薬草生成グロウ・ハーブ】 (HP回復量)
  【花の芳香フレグランス】  (効果範囲)
  【果実蝋フルーツドロップス】(ST回復量)
  
  以上の4種の複合効果アイテムであり、元の作成スキルの習熟度による影響を受ける。
 
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 眼鏡姿のフェルマータは、目を凝らす。
「なにこれ。こんなアイテム見たこと無いわ……」


「しかも範囲……だね。瞬間的な効果はポーションよりちょっと少ないけど」
 そんな店主ハンスの言葉に、ウィスタリアが答える。
 
「持続回復ついてるから……合計したら超えるよ?」

「ああ、そうか……」

「ほぉ、これはべんりそうやなぁ……って、アンデッドあたしには効果ないやんか!」


「この感じだと、もっと低級のアイテムなら、いろいろ作れそうね、ロリ?」

「え……はい、まぁ……――?」
  
 ローリエは、マナとフェルマータの様子をうかがう。
 
 これは、今すぐ辞めろと、そういう流れではないのかもしれない。
 それよりも……。

「あ、あの……」

「なに、ロリちゃん?」

「もしかして、私、まだお役に立てそうですか……?」

 それを聞いて。
 二人は顔を見合わせ。
 フェルマータと、マナは、何を言ってるんだという顔をする。

 そうしてマナは、ふと、ため息混じりの苦笑を浮かべた。

「これから、このお店の看板商品を作ってもらおうと思っているのに、何バカなことを言っているの?」

「え?」

「むしろ、要でしょ。ロリちゃんは!」

 か、かなめ……?

 ローリエは、その言葉の意味がその時はよく理解できなかった。  
 
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