上 下
94 / 119
第八話 『コロッセウム――開幕――』

94

しおりを挟む
 
 ――。



 暫く休むと言って。
 ジルシスは、そのままログアウトして消えていった。



 だから。

 残されたのは。
 ローリエ、フェルマータ、マナ、ユナ、ヒューベリオン、ウィスタリア。

 その5人と1匹だ。

 パーティーと、レイドボスが対峙し。
 睨みあう中。
 

「闘技イベントが終わったら、もう一度挑戦しよう、なんて冗談を言っていたけど。まさか本当になるなんてね」

「……まったくね。でもいい機会だわ。……このパーティの悲願の一つ、ここで叶えさせてもらおうかしら」

 マナとフェルマータがそんなことを口にすると。

 メルクリエは高慢に言い返す。
 
「ふん。あの黒とそこの緑クラスならともかく、それに満たない輩が何人か増えたところで、結果がおいそれと変わるとでも?」

 
 実の所。
 メルクリエは、何度か挑んだことのあるフェルマータとマナの事を、全く覚えていない。
 当然ながら、レイドボスに挑戦するプレイヤーは少なくないわけで。
 
 実際問題、相手にすらならなかったフェルマータとマナのことを覚えているはずなかった。
 
 いやそもそも。
 相手にするキャラクターの名前を覚える気など無いのだ。

 だから、黒など緑だの。

 納得のいかない呼称に、ウィスタリアとユナが突っかかる。


「黒じゃない。ジ・ル・シ・ス・です」

「あと、緑じゃなくてローリエ先輩です!」

 はっ。とメルクリエは嘲笑し。 

「そんなの……どっちだっていい。わたしが毎日、何度あんたたちの相手をしていると思ってるの。いちいち名前なんて覚えるモノか。それも幻影を倒したところで、私の相手にすらならない有象無象ばかり。……遊びにすらならない輩ばっかりで、ずっと飽き飽きしてたんだから」

 それでマナは察する。

 だから、この闘技イベントの『幻影』が討伐されたというフラグに乗じて、ここに姿を現したのだな、と。
 本当にメルクリエは、暇つぶしのためにここにやってきたのだ。
 しかも、スフェリカ全体を通して、土属性、重属性を所持しているプレイヤーは少なく、きっと挑戦する者の殆どがあっという間に蹴散らされていたに違いない。無論、その中にはフェルマータとマナも含まれる。
 
 

 良い戦いができる相手。

 そんな輩と、メルクリエは殆ど巡り合えなかったのだろう。


 そしてメルクリエは我儘なようだ。

「それに――」と、言葉を付け加え。


 ――水の現象核オリジン魔素マナを収束させる。

 
 次いで大精霊は、苛立ちをこめて言い放った。

「――あんたたちはいつもそう。大勢でやってくる。……でも、私はね。多勢に無勢ってやつは、嫌いなのよ!」

 そうして、メルクリエは感情に任せ。
超深海深度水圧ヘイダルゾーン】という水属性の大魔術式を展開した。

 しかし……。

 DEXが初期値『1ポイント』になっていては、流石の大精霊でも詠唱速度に影響が出る。

 思った早さで魔力の充填が完了しない術式に、メルクリエがさらなる苛立ちを覚えた頃。
 ローリエが詠唱妨害のために【超高度跳躍ハイジャンプアシスト】で、跳び掛かっていく。

「『黒曜石剣オブシダンソード』――『重魔力放出グラビティ・オーラ』!!」

 
「このっ……うっとうしい!」

 メルクリエが遅すぎる詠唱を中断し、詠唱を必要としない無属性の魔法戦技コーディネート、【無元拳】で、その攻撃とぶつかり合う。

 ガキリ、と魔力の残滓と火花が散って。
 
 プレイヤーが多勢に無勢になるのはしょうがない、だって相手はレイドボスだ。 

「……メルクリエさんHP多いんですから、そこはご了承願いますっ!」

「だったら、あんたが私と張り合うだけのボスになればいい……! 『世界樹グランディマナ様の加護』を貰ってるんだから!」


「へっ……!?」

 なんのことか、とローリエが思う最中。

 そこに秒間20発もの重土複合式属性徹甲魔弾が、援護射撃として届き。
 戦車砲弾のような、無属性の【魔弾エナジーボルト】が着弾する。

 その鬱陶しさに、メルクリエは声を荒げ。

「……これだから、有象無象は! 大精霊を嘗めないでよ。――魔法戦技コーディネート――『蒼河泉洪陣そうがせんこうじん』!!」

 メルクリエが地面に拳を打ち付けると。
 そこから、周囲に何本もの水柱が噴出し、立ち昇る。

 ローリエは無効、ヒューベリオンは膨大なHPでかすり傷。

 しかし。

 広範囲に渡る技は、後衛であるウィスタリア、マナ、中衛に布陣しているユナの所まで届き。
 3人のHPを大きく削り取る。

 

 さらに、メルクリエは【スケーティングダッシュ】というスキルで滑る様にそこから飛び出すと。
 3人のうち、ヒューベリオンに騎乗するユナに狙いを定めて、突撃を開始。

 水の攻撃でぬれた状態で、冷凍攻撃なんて食らっては、あっというまに『氷結』してしまう。
 そうでなくとも、ユナのHPと魔法防御力なら、HP満タンだったとしても即死の可能性が高い。
 
 ウィスタリアは後衛の回復のために【混合香薬瓶ミックスハーブミスト・ボトル】を割ったばかりで、動けず。
 マナは無属性魔法の詠唱中。

 接近する最中に詠唱を終えた魔法がユナに向けられる。
 

「まずは、あんたよ! 『凍てつく突風チルブラスト』!!」

「――うっ、『装備武器……ウェポンディ……』」

 滑るようなメルクリエの突撃は圧倒的に速く、ほぼ強襲のような惨状で。
 ユナの防御が、一呼吸間に合わない。

 そしてその魔法は、冷属性下級魔法、極寒のブレス。
 ユナに当たれば、『氷結』の上、死亡して『氷像化』だ。
 つまり、落ちる。

 けど。


拡翼防御ウィングガード


 そのブレスは、ヒューベリオンの翼が、ユナを庇ったおかげで届くことは無かった。
 そして、竜種のパッシブ防御によって、ヒューベリオンは1ミリたりとも氷結しない。

 そこに、足の遅いフェルマータが駆けつける。

「良い子ね、ベリちゃん!」

 マナの言いつけを守ったヒューベリオンを褒めたたえ。


「――行くわよ、大精霊! ちょっとどいてもらおうかしら! ――合わせて、ユナちゃん!」

「はい!」

 フェルマータの戦槌スキル【ぶちかまし】と。
 ユナの両手武器スキル【薙ぎ払いモーダウン】が、同時に繰り出される。

 さらに、アドリブで、ヒューベリオンの【テイルスイング】が合わさった。


 
 
 左右からのフルスイングに。
 ドラゴンゾンビのバク宙とともに、くりだされるサマーソルトの竜尾攻撃。


 それは、合成され、物理系の共同戦技コーディネートアタックとして実行される。

 

――三人技トライコーディネート――
 
「『 迅 速 果 断 ブロウアウトブレイク』!!!!」





「くはッ!?」

 メルクリエが、ホームランボールのように吹き飛ばされ。


 さらに。

 水や冷気による障壁を展開して防御しようとするメルクリエに対し。


 ウィスタリアの【圧殺結界ジオ・プレッシャー
 マナの【魔漣洪波ミスティックガイザー
 ローリエの【大地噴出砕リソスフィアスパウト

 の合体魔法が追撃する――。


 ――三人技トライコーディネート――

「『 天  地  無  情  』!!」


「ッ、あああっ」 


 大地が割れ、噴出するエネルギーと、重力によるプレッシャー。
 その威力が、無属性魔法によって増幅され。

 宙に浮いた状態で、天から地から。
 凄まじい威力に挟まれた、青色の矮躯が、弱点属性の高威力の連続ダメージを浴び続ける。

 当然、そこにはメルクリエの何の防御も通用せず。


 やがて効力が終わり。
 ふらりと、空中で解放されたメルクリエに。


 ローリエは容赦なく【失墜する翼フォールンダウン】による追い打ちをかけた。
 
 真っ逆さまに地面に叩きつけられるメルクリエに、通常の20倍以上の落下ダメージが襲い。

 
 その様子に。
 ほんのちょっとだけ可哀そうになったフェルマータは。

「……手加減なしね、ロリちゃん――」

 そうつぶやいて見た幼いエルフの顔は、いつになく真剣だった。
 日常のローリエの頼りなさは微塵も無くて。 


 フェルマータは、見る。

 そのそれぞれの佇まいを。

 見渡すように。



 ここには今、5人と1匹のパーティメンバーが居る。

 
 ローリエと出会った時から始まった。

 屈指の強者たちだ。


 そうして、今成功させた魔法戦技にも手ごたえを感じていた。

「――いける。絶対に勝ってみせる……!」

 だから、可哀そうとか思っている場合じゃない!

「先生、畳みかけるわよ!」


「言われるまでも無いわ……。あと、先生は、や、め、な、さ、い」


 フェルマータはマナににやりと笑みを向けると。
 
 先陣きって追撃に向かうローリエを追いかけ、メルクリエに向かっていった。
 



 
 
 その後方では。



攻撃集中アタックシフト】 
 ――防御力をダウン、攻撃力をアップ。

会心力瞬間強化クリティカルスタンス
 ――短時間クリティカル率を大幅アップ

磨き上げバーニッシュ】 
 ――突属性攻撃の威力を、大幅アップ。

突進力瞬間強化ランジフォース・ブースト
 ――【突撃チャージ】の威力を大幅アップ。

騎獣能力瞬間強化エキスパートドライヴ
 ――ヒューベリオンの全ステータスをアップ。

突撃準備ゲットセット
 ――【突撃チャージ】の威力と、突進速度をアップ。


 
「……ジルシスさんが作ってくれた時間。……さっきの私の失敗。……この一撃で返上します!」

 

 ユナとヒューベリオンが、すでに、最大の一撃を準備していた。
 
 
 




 
 
しおりを挟む

処理中です...