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第九話 『闇の領域』

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 蝶の翅。
 その中でも、アオスジアゲハと呼ばれる蝶の文様を象る翼で。
 中空に浮かぶのは、まさしくアゲハ蝶の甲殻人種。

 しかしその外骨格はかなり薄く。
 おっきな南半球は素肌をさらし。
 おへそをさらし。
 太腿も眩しいくらいに露出している。

 そんなドエロお姉さん系の闇の住人は。 

 周囲に多数の魔物を率い。
 統率する指揮官として戦場に君臨する将を任されたプレイヤーだ。

 そのキャラクター名も、『アゲハ』という。


 地上を一瞥する甲殻人種アゲハは、「あら?」と呟いた。

 その方角にアゲハは顔を向け、注意を向ける。

 アゲハの『感覚』の先。

 真っ直ぐアゲハの元に向かってくる、二名の気配。

 頭から生える長い触覚が、捉えた情報をもとに。

 アゲハはその二人に正対するよう、身体の向きを変える。

 直属の昆虫兵達を待機させ、二人を迎え撃つ構えだ。

 雪原に吹きすさぶ、雪と強風の中。

 やがて昆虫種の良くない視力が、その者たちの姿を捉える。

「ドワーフとホムンクルス?」

  少し思案し。

「……なるほどね。まぁ、この戦力差なら、そう出るのも当然かな」


 軍勢をかき分け、分断し。

 殲滅しながら近づいてきたのは。

 白銀に煌めく甲冑と、マントと、ウサミミを身に着けた守護の戦士。

 そして、漆黒の魔女。


 アンデッド兵も昆虫兵も、容易く蹴散らす様子に。
 少なくとも総SP70K以上と予想し。

 アゲハは自分の昆虫兵を後ろに下がらせると。

 自ら、高度を下げ、地上付近に降り。
 低空でホバリングする形で、その二人を出迎えた。



 ドワーフによる開口一番。

「あんたね! この群れの指揮官してるのは!」


 そして、その後ろで。

 肩で息をし、膝に手を置き、スタミナが枯渇して死にそうなエモーションになっている魔法使い。
 その魔法使いが、スタミナポーションの栓を抜くと、小瓶をくびくびと一気に飲み干す。

 そこで、アゲハはまた『あら?』と思った。

 特に嗅覚や味覚の感知を発揮するアゲハチョウの触覚が。
 わずかに漂う甘味を感じたからで。

 ホムンクルスが投げ捨てた小瓶に残る金色の輝く水滴から察するに。
 どうやら、別のアイテムのようだった。
 すぐに状態が良くなった魔法使いから察するに、効果が高いアイテムらしいが。
 アゲハには看破スキルが無いため詳細は解らない――。

 投棄されたことで所有権限を失い、タイムアウトにより少しずつ存在を希薄にしていく小瓶。
 そのアゲハの視線の先にドワーフの姿は無く。 
  
 半ば無視され、背後の魔法使いにばかり気を取られるアゲハに。

 ドワーフはさらにいう。

「そう……無視なのね。私と言葉を交わす気はない、ってこと?」
  
「え?」
 ただ気もそぞろだっただけのアゲハは、何の話だという表情で。
 だけど気を取り直して、『悪』を演じはじめる。

 わざとらしく口元に掌を当て、嘲るかのように。
 ふふ、と意地悪く笑い。

「――あぁ、ごめんなさい。ドワーフは小さいから目に入らなかったの」
 
「なっ!?」

「ああでも話は聞いていましたよ? ……私がこの場の将かというお話でしょう? そしてあなた達は、私の邪魔をしに来たのですよね? ……この多勢に無勢。劣勢を覆すには、将の首を取るのが早い。そう考えて?」

 
 低空で浮遊する背が高めのアゲハ。
 見上げるドワーフは、アゲハの物言いに憤り、息巻く。

「ええ、そうよ!」と。

 その背後で。
 
 黒のジェスターキャップに、漆黒のローブの魔法使い――マナは魔導書を手に、戦闘態勢を取りながら。
 一度もブラッドフォート領のアンデッド退治の件に絡んでこなかった魔法使いはフェルマータから聞いた話しか知らず。
 だから、確かめるかのような口調で問う。

「……あなたたちは、これまで攻めてきていたアンデッドとは違うのでしょ? ――」
 マナは空中や、地上に配備されている昆虫兵たちをチラリと見渡し。

「――種族も、練度も全く違う。そんな異物が急に混じるということは……つまり、あなたたちはアンデット軍に同盟を持ち掛けた別のギルド……」

 そのマナの予想に。
 アゲハは頷く。

「その通り。……あまりに攻め方が下手くそだったから、うちのマスターちゃんが見るに見かねたみたいなのです」

 見るに見かねて?

 その言葉にマナは少し首をひねる。

 その理由には多少納得できるが。
 しかし、マナはどこか引っかかった。

 いや。

 引っかかるどころか、そんなはずはないと思いなおす。
 だって、これはもう本格的なギルド間戦争だ。
 それが――。

「――その程度の理由なはずないわ。あなたたちはもう、この領地を奪うつもりでいるのよ。本当は、見るに見かねたんじゃなくて、じれったくなったんでしょう? アンデッド領がもう少しうまくやっていたら、その漁夫の利を得てでも攻め入りたい、そんなもっと別の理由があるんじゃないかしら? 人質を取るなんていう、こんな真似までして、このブラッドフォートを奪う理由が」

 アゲハは黙り込む。
 
 漆黒の魔法使いの、その予想。

 それがほぼ図星であるという事に、驚いた故。

 そして。

 アゲハは、ヴィルトールがユナをさらったことを知っている。
 ヴィルトールからの通信で連絡が有ったからだ。
 だから、闇の領域からの通路が開通したのに乗じて準備した軍勢を一気に投入した。

 本気で、ブラッドフォートの城に攻め入り。
 核となっているアーティファクトを破壊、もしくは奪取して領地を奪うために。

 そこに、フェルマータは言う。

「でも……あんたたち、うちのパーティーメンバーのこと舐めてるわ」

「……どういう意味です?」

「闇の領域に閉じ込めておくなんて、無理だってことよ」

「ヴィルトールに1回負けているような娘がですか? 一対一で負けるというのに、どうやって領地の軍勢を切り抜けるって言うんです?」

「そうね……。切り抜けるのは無理かもしれない。でも……うちの最強戦力が合流するまで、時間を稼ぐくらいならやってのけるわ。あの娘は……」

「……最強戦力……?」

 マナも言う。

「元アシュバフの剣聖も向かったようだし、あなたがこんなところで油を売っている場合じゃないのかもしれない」
 
 
 アゲハの心に、一抹の不安がよぎるが。
 だが。

「私を焦らせて、事を有利に運ぼうとして無駄です……! ……もしもそうだとしても、あちらがどうにかなる前に、領地の奪還を完遂するまでですから!」


 アゲハが舞い上がる。
 大きな蝶の翅と、触覚は、そのシルエットだけ見れば、完全に蝶のそれで。

 

「『遠隔子機召喚ビットドローン』!! 『鱗粉散布レピドプテラ』!!」


 アゲハから、『光』で作られた多数の『小型の蝶ドローン』が、数々の色彩で解き放たれる。
 そして、さらに周囲一帯を、キラキラと輝くきめ細かな鱗粉が、包み込んだ。

 これらは、風や雪にも吹き飛ばされず、干渉を受けない能力を得ていて。
 アゲハのコントロールで、鱗粉が密度を増し収束し、アゲハを守護する球状のバリアのような形をとる。


「まぁ……こっちもジルシスさんがいつまでも耐えれるわけじゃなさそうだし」

 フェルマータも、数々の自己バフを施し、盾と戦槌を構え、戦闘準備を完了させる。

「……ええ! なるべく手早くやるわよ、フェル」

「そのつもり……なんだけど、ご存じの通り、私は空中への攻撃は得意じゃないわ。だから先生……」

「解ってる!」

 そうして、マナの手から、空中のアゲハに向かって【魔光線ファンタズムレーザー】の無属性魔法が放たれる。


 しかしながら……。

「!?」

 マナの表情が凍り付く。


「無駄ですよ、魔法使い。私の鱗粉は、魔法を弾きます」


 そう。
 アゲハの散布した鱗粉に、魔法が接触した瞬間。
 ベクトルを逸らされ、その構成を散り散りにされ、減衰させられ、やがて無力化される。

 まるで、金網に押し付けたふ菓子のように。

 高密度にアゲハを守る鱗粉の防壁は、レーザーを粉々にし、一寸も通すことは無かった。

 
「これは……手早くとはいかない感じ……?」
 
 そうして、フェルマータは、槌を握り締め、長期戦を覚悟した。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 


 一方。

 アンデッドと昆虫軍を、魔工武器の散弾やまほう弾で凌いでいる着ぐるみ熊ジルシスとウィスタリアのコンビ。
 
 そんな吸血鬼と子狐が背中合わせとなり、敵を殲滅する最中。
 ウィスタリアが背後のジルシスに話しかける。

「……ところで、マスター」

「なんやウイス」 

「このまえ、ロリお姉ちゃんの『エリクシル』を代行で作った時に気づいたんですけど……」

「気づいた? なにに?」

「……失敗してできた素材を、お姉ちゃんはゴミだから要らない、みたいなこと言ってたんですけど……」

 散弾をぶっぱなしながら。
 ジルシスはウィスタリアの続きを待つ。

「……あの素材、たぶん城の宝物庫の素材と一緒だと思うんです」

 あの時は、どこで見たのか思い出せなかったが。
 ウィスタリアは思い出した。
 【食魔獣植物の種】【銀の樹枝結晶】【アンジェリカルストーン】
 これらの素材を、自分の城で、見た覚えがあると。

 それに。

「なんやて!?」

 それまでの静聴ぶりとはうってかわり、ジルシスは大声で叫んだ。

「……何かマズイのですか? マスター?」
 

「あの宝物庫にあるんは、先代のギルドマスターが引退する前に森の奥で、大量に捨ててあったいうて、消えてしまう前に拾って帰ってきたもんなんよ。……見たことない素材やからって、試しにアホみたいな値段で売りに出したら、アホみたいに売れてしもうてな……、この領地とお城はそのお金で買ったようなもんや」


「え? じゃあ……もしかしてそれを捨てたのは……」

 ローリエは、倉庫を圧迫するから要らない、と言っていたのをウィスタリアは思い出す。

「……もし。万が一。そやったら……うちらの城はあの子のもんでもある云う事や……」

 

 



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