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第零章  リビングドール

少女と人形

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 亡くなった少女の名は、テスタ、という。



 テスタは今から5年前――10歳のころに、村にやってきた。

 両親を亡くし、村の親戚に引き取られたからだ。

 村のはずれにある親戚の家は、お屋敷と呼べるくらいに大きく、豪華で。
 整えられた庭園も備わっている良家だった。 

 だが。
 外れにあるということは、やってくる隣人もほぼ無く。
 郵便屋と、仕事で招かれた客人くらいしか出入りが無かった。

 親戚は、地域との交流が希薄だったのだ。

 
 恐らく、村のだれもが。
 ひとり増えた村人の存在を知らなかった。
 
 だから、少女はいつも一人だった。 

 テスタはいつも、ひとりで自室にいた。 

 
 そんな生活は、テスタが14歳の頃、もうすぐ15歳になろうという時まで。
 変わらず続いていた。


 ◆◆◆◆ 


 小鳥のさえずりに目を覚ます。
 そんないつものとある朝も。
 
 テスタは、全身に軽い痛みを覚えながら。
 身を起こす。

  
 身じろぎするたびに、軋みをあげる質素で年季の入ったベッドは堅く。
 薄っぺらい敷物と、毛布のみの寝具では、安らかな眠りは夢のまた夢だった。

 寝不足気味の眼は、虚ろで。
 部屋に一つだけある窓からテスタが見る景色はいつもと変わらない。
  
 丘という高台にある屋敷。
 その屋根裏部屋のような一室に押し込められている少女は。
 高価な窓のガラス越しに、いつものように、眼下に広がる森を見つめていた。
 
 
 意識が幾分か鮮明になり。
 眠気も和らいだころ。


 テスタは身体の向きを変えて、ベッドに腰かける。
 そうして、首の後ろに手をまわして、ネックレスを外す。
 ネックレスには、綺麗な装飾のカギが付いていて。
 テスタはそれでサイドテーブルに置かれた豪奢な作りの木箱の錠前を外し。

 蓋を、開けた。


 中には、ふわふわの高級な布の上に。
 
 一体の『人形』が寝かされていた。

 球体関節の人形は、ワインの瓶くらいの背の高さで。
 白磁の美しい肌の色と。
 微笑みを称えた整った顔立ち。
 くるくるに巻かれた艶のある黄金色の髪の。
 可愛らしい、少女の形をしていた。

 そして今は、貴族の令嬢のような衣装を着せられている。


 その人形のすべてが、テスタの亡くなった実母の手作りで。 

 形見であり。

 テスタの宝物だった。

 
 テスタが、箱から人形を手に取ると。

 閉じられていた人形の瞼が開き――、
 ――目を覚ます。


 人形に取り付けられた青い色のグラスアイに、朝日が差せば。
 煌めくその虹彩が、まだ幼げな少女の顔を映し込む。

 テスタは、唯一の友達である、人形――セニアに話しかける。
 
「セニア、昨日はよく眠れた?」

 

 しかし人形は応えを返さない。
 当然だ。
 いくら精巧で、美しく作られていても。
 生命が宿っているわけじゃない。

「良いよね、セニアは。私よりも、ふかふかのベッドで。羨ましいわ」

 それでも少女は話しかけた。
 他に話す相手がいなかったからだ。

 そうしてテスタは、日課にしている、人形の髪の手入れを始める。



 そんな途中。


 ガンガン、と不躾なノックの音がして。
 ガサツな感じのメイドの声がする。

「お、お嬢様・・・・・・? 起きてらっしゃいますか? 朝食はいつもの場所に置きましたので」


 扉も開けず。
 『雇い主の娘』の顔も見ず。
 返事も聞かぬうちに。

 それだけ言うと、「それでは失礼します」と口早に、メイドはそそくさと立ち去った。
 
 でもそれはいつもの事だったのだ。

 テスタは何も気にしなかった。








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