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第一章 終わりの始まり
始まった悲劇
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昔名前を当てられなかった頃を思い出していた。
その頃は、ただ「君」だったり、その日来ていた服の色で呼ばれたりしていた。
時には呼ばれなかった日すらあった。
毎日、毎日いい食べ物を食べられたわけではなかった。
ちょっとカビのかかったパンとかを自分たちで見つけて食べていたりした。
中には何も食べれなかった日があったり、そんな日が続くこともあった。
それを考えると今は結構マシな生活だった。
とある場所で出会った同い年の子のお姉ちゃんに拾われた。
その前は孤児院いたのだが、その時は僕は変に名前をつけられて呼ばれるのが嫌だったので、服の色で呼んでもらっていた。
僕の今の名前を名付けてくれたのはそのお姉ちゃんだった。
でも、「名前って、自分にしかない特別なものなんだよ」と教えてくれた。
それで名前を僕は持とうと決心した。
愛川律とそのお姉ちゃんは名付けてくれた。
そんなことを思い出していた。
でも、考え出したら当時の記憶の主張が激しくて仕方がない。
ハエが飛ぶ中、親からのいうことを聞けなかったら罰として傷をつけられる。
殴られたり、投げられたり、水の溜まったバケツに顔を思いっきりつけられたり……。
そんなことをされる中家族がとある日を境にして崩れて行った。
一人、一人と兄弟が家から出て行っていた。
今僕は他のみんなががどうしているかはわからない。
親はとうの昔に死んでしまっているととある人に言われている。だが、私につけられた傷は残ったままだった。
特に心の奥底に抉るようににつけられた傷は……。
そんなことを考えていると二階から声が聞こえた。
「ねえ、律。ルーズリーフどこにあるか知らない?」この声の主はお義姉ちゃんだった。
義姉の東雲遥だ。
「ここにあるよ」と私は大きな声でお義姉ちゃんを呼ぶ。
「ごめん、ごめん。律に貸してたの忘れてた。ありがとう」そう言って、僕はお義姉ちゃんに撫でられる。
お義姉ちゃんの手はいつになく暖かい。
この家族は私のことをちゃんとみてくれているし、嬉しかった。
嫌だと思うけどと言われて、苗字は元の家族のものだった。
本当は嬉しかった。離れ離れになってしまった兄弟を感じられているかもしれないからだ。
僕は今日は学校をズル休みしている。
僕が孤児だと昨日バレてしまったからいじめが増えてきているのだ。
ここのお母さんが学校に体調が悪いと言ってくれている。
正直学校に行くことが怠い。
学校に行こうかなと考えると頭が痛くなる。
そんな中お義姉ちゃんが昼ごはんを食べてからずっとダラダラしている僕に提案してくれた。
「ねえ律、遠出してみない。気晴らしがてら」
「わかった、じゃあ行こう」
そう言って、かなり遠出することにした。
お義姉ちゃんの運転は楽しいから好きだ。
息抜きは大事だと前に東雲咲に言われたことがある。
「ねえ、どこ向かっているの」と僕は楽しそうにお義姉ちゃんに聞く。
「内緒」と楽しそうに答えた。
こういう時って、お義姉ちゃんって私よりも楽しむ。
そういうのがずるいなあと思いながら私は窓を開けて楽しむ。
次々と入ってくる空気が美味しくて、口を開けながら窓の外を眺める。
景色に見覚えのある道をお義姉ちゃんは通っている。
わざとかなと思いながら、僕はお義姉ちゃんの選んだ道に文句を言わなかった。
いちいちケチをつけて、車から放り出されるのが嫌だったからだ。
そうやって、たどり着いたのはいつか来た草原だった。
ここは体が浄化されるのを感じる。
気持ちいいな。昔何もかも逃げ出してしまった時に、咲やみんなと来たのを思い出した。
はあ。やっぱり楽しいな。ここは僕はもうあんなことになりやしない。
狂気に満ちた僕の顔面が想起される。
急に呼吸が速くなる。それとともに心臓音も早くなったように感じた。
ドクドク、ドクドクと脈打つ音が頭にまで響いた気がした。
その、瞬間お姉ちゃんは僕の方を振り返った。
僕は今の苦しさを悟られぬように無理やり笑顔を作った。
でも、内心はバレてないだろうかとドキドキしていた。
その時に、私はお義姉ちゃんに呼ばれた。
「じゃあ、帰ろうか」そう言われたのは惜しい。お義姉ちゃんもちょっと含みのある言い方だった。
もう少し居たかったな。もう少しこの風を感じていたかったな。
僕はそう思いながらお義姉ちゃんが待っている車に乗り込んだ。
こんな幸せな家庭に移る前はずっと死にたいと思っていた。
でも、この家庭に移ってからはそんなこと思ったこともなかった。
もし、最初からこんな家庭に生まれていたらって毎日ずっと、ずうっと思っている。
そんなことを思いながら私はため息をついた。
お義姉ちゃんが私のため息を聞いて、何か感じたのか聞いてきた。
「どうしたの」
「いや、なんでも」僕は話題から逃げるように答えた。
「今何か考えてたでしょう」
「何も考えてないよ」
「嘘つけ。絶対咲のこと考えてたじゃん」
「違うよ」
「違うくないよ。私の顔は誤魔化せないもん」
そう言われて僕は黙り込んでしまった。咲のことを考えていたのは本当だから仕方がない。
「そうだよ」と僕は間をおいて答えた。
「やっぱりね。あれ以来ちょっと黙りがちだけど大丈夫?」
「うん」そう答えたものの僕は気持ちは落ち着いてなかった。
高校に入って、孤児ということがバレずに生活していけたんだけど、あの孤児院で起きたことがニュースになって、僕の名前が出たからみんなに囃し立てられてしまった。
それがしんどかった。僕はただ静かにいたかったのに。昔みたいになりたくなかったのに……。
次の日学校に行こうとは思った。僕を待ってくれている人が少なからずともいるから。
学校に着くと待ってくれている人笑顔で教室で待ってくれていた。
「久しぶりだね、律」
「うん、久しぶりだね。愛莉」と松崎愛莉に声をかける。
「やっと顔出してくれたよね」と柳月斗が僕の席の机の上に座っていた。
「ちょっとどいてくれない?そこは僕の席なんだけど」というと、
「いやいや、この頃全くきてなかったやつがよくいうぜ。本当にお前を待ってたんだからな」
やっぱり嬉しい。僕はこの三人でいれたら嬉しいんだけどな。
そんなことを思っていると
「へぇー。今日は来たんだ。孤児くん」そう鳳誠の声が聞こえてきた。
彼はいつも僕をいろんな方法で虐めてきた。
孤児だとバレる前も、バレた後も。
昔親にされたことと比べるとあまり辛くなかったから平気だった。
その声に二人は反発する。
「おい、その言葉撤回しろよ。律は好きで孤児になったんじゃない。」
「ふざけないでよ。あんた律の何も知らないでそんなこと言わないでよ」
その言葉を聞いて誠が言う。
「へえ、でもよ孤児って大変らしいよな。周りに変に友情とか振り撒かれると迷惑なんだよね。そういうのはそっちでよろしくやってよ」
僕は突然吐き気がした。昔同じようなことを言われた気がする。
前の学校で同じようなことを言ったやつと誠が頭の中で重なった気がした。
その時は、咲が言い返してくれていたけど……。
そう考えると頭の中から何もかもなくなってしまった感じがした。
それからその二人の言葉で「そうか」と言って、鞄を持って誠はどこかへ行ってしまって、今日は誠は学校を欠席してしまった。
さっきから今日の朝の誠くんの発言が変に引っかかっていた。
僕がいない間に亡き者にするかのように花を刺した花瓶を僕の机の上に置いたり、これでもかと言うほどの悪口を机の上に書いてあったらしい。
嫌われ方が尋常じゃないことはわかった。
僕はたまに考えている。何者なのかと言うことを考え始めた。
このことを考えると頭が痛くなる。昔、親から暴力を受けた時のように。
「うぅっ……」そんな声をあげて、僕は頭を押さえながら、倒れてしまった。
「おい、大丈夫か」桐谷藤也先生が声をかけてきた。
先生は学校の中で一番僕に対してマシな対応をとってくれている。一応マシな……。
なぜそういうことを思うかというと、僕が孤児だとこの学校中にバレてしまった時に、今まで話しかけてくれたのにそれ以来話してくれなかった先生が何人もいた。
先生としてそれはどうなのだろうかと考えていた時期もあった。でも、孤児だったのは、そうなんだから何にも反応できなかった。
そのまま僕は保健室に桐谷先生が運んでくれた。
やっぱりダメだな、僕は。昔の記憶にすら耐えられる体じゃないんだ。
そんなにダメな体を持っているなら、僕は……。
「死んじゃいたい」
そう呟いた。
その言葉が僕の頭の中で反響していた。
そのせいか頭がぐわぐわする。
それにしても、今保健室に先生がいなかったからよかった。
この独り言を聞かれたら、大変だとは思っているから。
何せこの学校の先生はみな僕が孤児だと知っているから。
目隠しして生活したいくらいに目に写るものはしんどく感じた。
疑心暗鬼になってしまうくらいに何もかも信じられない時期があった。
でも、今の家族や愛莉や月斗が僕を大事にしてくれるから嬉しかった。
生きていられるなって思えた。
あれから僕は早退してしまった。
僕はもう頭はぜんぜん痛くない。でも、あのまま学校にいられるかどうかと言われれば、それはいられないだろう。
あんな空間には一秒たりともいたくはない。1秒でもいてしまえば、頭がまた痛くなってしまって、今度はさっきより酷い頭痛に襲われてしまうと思ったから。
帰るために準備をしていると、愛莉や月斗が心配してくれた。
心配してくれる人がいるのはいいことだけど、今は早く家に帰りたかった。
二人には申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら帰路を辿った。
帰っている最中に無邪気に遊ぶこどもとそれを笑顔で眺めているそのこどものお父さんがいた。
遠のきで何を喋っているかはわからなかってけど、楽しく喋っていることはわかった。
それが羨ましかった。羨ましくて、羨ましい。
そう思って思うだけで、心の中がドロドロとなったように感じた。
そして、僕は暗い顔で帰宅した。
「ただいま」といつもより元気なく言うと、この家のお母さんの東雲由良が僕のテンションとは真反対のテンションで「おかえり、律」と言った。
かなりハイなテンションだったので若干、顔を顰めた。
そのしかめっ面にお母さんは「なんでそんな顔するのよ」と言って、笑いながら僕の頬を引っ張った。
やっぱりお母さんは優しい方がいいな、最初からこんなお母さんがよかったなといつも東雲ママを目の前にすると思う。
「ひょっほ、ほはあはんはへへほー(ちょっと、お母さんやめてよー)」そういうとお母さんは引っ張るのをやめて、リビングに戻った。
僕も着替えてから、リビングに降りた。
そうすると突然、
「そういえば、前々から思ってたんだけどね、律ってスタイルいいし、咲の服着てみない」
女子服はちょっと着てみたいとは思っていたけど、なんか咲の服を着るのは抵抗があった。
咲が死んでしまったことを認めてしまうことになると思うから。
「なんか嫌だな」そう思っていたのが、いつの間にか声となって漏れていた。
「そう、サイズ確認して買ってこようか」そう言われて、そうしてもらうことにした。
なぜか僕は小柄だから着てみたいと思っていた。
前に愛莉から言われたことがあった。
「律って女子服似合うんじゃない?」
それから軽く興味を持っていたのだ。
お母さんは僕の大きさをこまめに測って、メモって服を買いに行った。
僕は家で待っていることにした。
流石に買いに行くのはやめておいた。
この頃はレディースの服を男子が買うのは別に大丈夫だけど、やっぱり僕が買いに行っている姿なんて想像できないし、恥ずかしいからやめておいた。
お母さんを待っている間にお義姉ちゃんが帰ってきた。
「ただいま。って、律先に帰ってたんだ」軽く驚いて僕の元に走ってきた。
「おかえり、お義姉ちゃん」僕は笑顔でそう言った。
お義姉ちゃんはいきなりむぎゅーっと僕を抱きしめた。
お義姉ちゃんはいつもところ憚らず僕を抱きしめてくれる。
嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。
昔は咲もこんなだったのかなと思うと何か心が変な感じになった。
それから色々話していたら、お母さんが帰ってきた。
「あっただいま。律、遥」とお母さんは目をピカーっと光らせて、僕の近くに寄ってきた。
僕の服を無理やり脱がして、買ってきた女子服を着させた。
そんな無理やり着せられると思わなかったからちょっと驚いていた。
着替えた後、お義姉ちゃんが私をみて、また抱きしめた。
「もう一人妹ができたみたい。ねえ律めっちゃ可愛い」
こんな着せられかただったけど、着れてただ嬉しかった。
レディースのズボンだったり、スカートだったり、ワンピースだったり……。
いろんなものをお母さんが買ってきてくれていた。
いろいろ着て、楽しんでいたら家のチャイムが鳴った。
愛莉と月斗が今日の書類を渡しにきてくれていた。
よし、女子服で出て、驚かせてみようと思った。
なので、このままの格好で出ることにしてみた。
「ねえ、二人とも」
僕のこの姿をみて、最初二人はポカンとしていたけど、声で僕だとわかったみたいだった。
二人はものすごい勢いで聞いてきた。
「はあ、どうした。その姿」と月斗がかなり驚いている。
「めっちゃ可愛いんだけど。ねえ前世美少女だったの?」僕が可愛かったのか愛莉は僕をぎゅーっと抱きしめる。
今来ているのは白色のワンピースだ。
僕は二人を家の中に招き入れて、三人で僕の部屋でおしゃべりしていた。
僕は途中でワンピースをひらひらしながらターンをしてみせた。
僕は三人で話していると本当にレディースの服を着るのが好きになった。
それから休みの日はたまに女子服を着ることにした。
その服を着て、お義姉ちゃんと一緒に買い物に行ったりした。
最初の頃は、この格好で出かけるのはちょっと躊躇いがあったが、回数を重ねることで楽しくなっていた。
そこで僕とお義姉ちゃんが街を歩いていると、突然声をかけられた。
「嘘でしょ、生きてたの。愛川衣奈」
愛川と言うと僕の苗字だ。
なぜこの女の人が愛川のことを知っているのか気になったら、僕より先にお義姉ちゃんが先に質問をしていた。
「あなたは誰なんですか」
「私はこう言うものです」そう言って、お義姉ちゃんに名刺を差し出していた。
私はその名刺に書いてある名前を聞いたことがあった。
昔全力で逃げた時に、助けてくれて僕たちに名乗ってくれた人だった。
「あの時の、朝比奈芽依さんですか」と僕は聞いた。
そのままぼくたち三人は芽喫茶店でおしゃべりすることにした。
とりあえず、芽依さんに僕の名前を教えた。僕が会った時は名前を知らなくて名乗れなかったから。
「ええと、律くんは女装が好きなの」
「はい、そうです」
「生きていたのってどう言うこと?」僕はまず、それについて気になったから聞いた。
芽依さんは明らかに生きていたのと言った。
その発言はもう死んでしまっているんじゃないかと思わせるような言葉だった。
「実はね何年か前に交通事故で亡くなったんだよね」
「え…?」私は言葉を失った。
確か兄弟は僕含め五人はいた。
後、四人になってしまった。
一瞬で頭の中が悲しみに支配され、涙が出てきそうになった。
他の兄弟も心配になって聞いてみた。
「ねえ、他の子は」僕は勢いに任せて言ってしまった。
「まだ大丈夫」
そう芽依さんは言い切った。
僕は微かにそのことをちょっと信じることができなかった。
その話をお義姉ちゃんは黙って聞いていた。
お義姉ちゃんは少し悲しそうな顔をしていた。
今日は帰って、夜ご飯も食べずに寝ることにした。
お腹も空いていなかったし、明日は学校じゃなかったからお風呂にも入らずに寝てしまった。
僕はしんどかった。夜空に届きそうで届かなそうな僕の弱くて、か細い腕。
一人のお姉ちゃんは死んでしまった。
僕はもう誰かを失うことが怖かった。勝手に死んでいってほしくなかった。
咲のことを思い出した。僕のことを一生懸命学校で守ってくれた挙句に僕のことをいじめてたやつを誤って、殺してしまった。
それから逃げるように咲は学校をやめ、僕は学校をやめずに咲についていった。その時に他に僕を守ってくれた友達もみんな一緒に逃げたんだ。
結末は咲が警察と揉めた挙句に拳銃を奪った。
僕は咲からそれを奪って、この元凶であった自分を殺そうと思った。
撃とうとしたら咲が僕が自殺することに気づき、僕から拳銃を取ろうと揉めた挙句に僕が咲を撃ってしまった。
今度は僕が死のうと思って、自分に撃とうとしたら玉が入ってなくて、あたふたしていると警察に捕まってしまった。
それでも今の家族は僕をおいてくれている。遥お姉ちゃんに至っては大事な妹を殺されたにも関わらず、僕を『弟』として接してくれている。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
あいつらの血が僕の体内を巡っているから殺してしまったんじゃないかと思ったことがある。
そんなことを考えても結局は僕が元凶なんだ。
この高校生生活で僕は自分の人生を終えようと思った。
今日は人生最後の春の祭りだった。今年は高校一年生だけど、来年から準備に入ろうと思っているから。
この地域では一つの季節で必ず一回は祭りをやることになっている。
今日は下駄を買って、浴衣姿で愛莉と月斗と一緒にその会場にきたら、そこで愛理の親友って人が来ていた。
同じ地域だけど、高校は違うところになっちゃったけど、夏から一緒の高校になれるらしい人と言っていた。
「あの、こんにちは。私、愛川雫です」
ちょっと女の子の声を練習しててそれで話そうと思って一通り自己紹介を聞くと素の声が出てしまった。
「愛川ですか」息が詰まった。
今こうして生き別れと言っても過言ではないお姉ちゃんと会うことができた。
「僕、愛川律です」そう言うと雫さんは僕に抱きついた。
「よかった、生きててよかった」僕は今日は慣れない下駄だからこけそうになったけど、雫お姉ちゃんが僕の手を掴んでくれた。
「ふう、大丈夫?」と僕の手を引いている。
見た感じ愛理ちゃんは黙ってたっぽい。サプライズとか言うやつか。
月斗も何が起きているかわかってない感じだった。
「じゃあ、何か食べようか」と愛莉や雫が僕の手をひっぱって屋台に連れて行く。
「おい、おい。ちょっと待てよーー」そう言って忘れられていたと思っている月斗は追いかけてくる。
焼きそばに、たこ焼きに、りんごあめに、綿飴に。
全部を一個ずつ買ってみんなでわけっこして食べた。
でも、食べ盛りな月斗は自分で一個丸々食べていた。
それから春の花火を観れると言うことで僕たちは遠くの土手の方にレジャーシートを引いて座っていた。
久しぶりに花火を見ることができる。
でも、花火は気持ちが爆発しているみたいで何か騒めきを胸の奥底に感じる。
ジーンとしたものをそこで感じる。感じたくないのに、感じてしまう。
その花火を観ているときは他の兄弟のことも考えていた。
死んでいなかったらいいなそんなことしか考えられなかった。
僕はなんであんな境遇で生まれたのだろうといつも思いもがけないところで考えてしまう。
今だってそうだ。
本当は考えずに、久しぶりに会った本当のお姉ちゃんと話していたい。
今は愛川の苗字でお姉ちゃんも暮らしているらしい。
申し訳なかった。
転校して、こっちの学校に来るならやめておいた方がいいと言っておきたかった。
だって、僕のせいで双子のお姉ちゃんまで傷ついてしまうから。
僕は今更花火のように一瞬でパァッと顔を明るくできないから、今以下のような気持ちにならないように必死に顔を上げた。
そこにお姉ちゃんがこう言った。
「ねえ、寄りかかって」
僕は甘えてしまいたかったから、寄りかかった。お姉ちゃんの懐は気持ちよかった。
泣いてしまいそうだった。
「ごめんね、今まで顔合わせできなくて。本当にごめんね。」
大丈夫だよと思っていた。その裏では僕の方がごめんなさいだよとずっと、ずっと思っていた。
そして、祭りが終わってから僕は今居候させてもらっている家に顔を出してくれないかとお姉ちゃんに提案してみたけど、お姉ちゃんは頷いてくれなかった。
「またの機会にするね」そう言って、愛莉と一緒に帰っていた。
「わかった、じゃあまたね」そう言って僕は愛莉と雫の背中を見た瞬間に顔を落としてしまった。
さっきのお姉ちゃんはなぜか元気がなかった。
もしかして愛莉が今学校でどうなっているかお姉ちゃんに教えたのだろうか。
元気がなかった原因は僕は知らないが、僕の足元だけ、ポツポツと濡れていくのがわかった。
アスファルトに湿気を含む様子がわかると同時に僕の顔にも湿気が溜まっていくのがわかった。
その僕の様子に月斗が肩をぽんぽんと叩いた。
「よかったな。お姉ちゃんに会えて。本当によかったな」
月斗はやんちゃそうな外見を持っているが、意外と涙もろい性格だ。
だから、今も月斗の顔を涙がつたって溢れる様を見た。
「なんで、お前も泣いてんだよ」とツッコむようにして言って見た。
それに月斗も乗ってくれた。
「いや、泣いてないよ。けど、本当によかったな」
「うん、ありがと」
後、お兄ちゃんと弟だった。
早く二人にも会いたいな。
そう思いながら、帰宅した。
そうしたらお義姉ちゃんしか家にはいなかった。
お母さんがこの時間にどこにもいないのはおかしいと思いながらお義姉ちゃんにお母さんの行方を聞く。
「ねえ、お母さんどこ行ったの」
「えーっと、どこだったかな。でも、なんかお洒落な格好して出かけてくるって言ってどこかに言ったような気がする」
お洒落な格好?
でも、祭りには来てなかったし、どこ行ったのかなって思っていると、お義姉ちゃんはいきなり
「ねえ、ベランダで、星見ない?」そう言ってきた。
僕は突然だったから何かと思ったが、その内容が一緒に星を見ることだったから何も考えずに
「うん」と言って、お義姉ちゃんに手を握られて、一緒にベランダに行った。
でも、その前に僕は浴衣から部屋着に着替えた。
それからお義姉ちゃんが待っているベランダに行った。
元々置いてある椅子に座って、二人で星空を眺めてた。
私は唐突に言ってみた。
「ねえ、お義姉ちゃん。今日ね、本当のお姉ちゃんに会ったんだ。この夏に僕と同じ学校に来るんだって」
「……」
お義姉ちゃんはすぐには反応しなかった。ちょっとだけ間を置いて、答えた。
「よかったね」そう言ったお義姉ちゃんの眼には涙が浮かんでいた。
それからお互い黙っていた。
僕は何かソワソワしていたが、お義姉ちゃんは頬をつたう涙を無視して、星だけを見ていた。
それからお義姉ちゃんが僕に言った。
「じゃあ、『お姉ちゃん』としての役割も今日で終わりかな」って言った。
それだけは違うでしょと思った。
それだけは、それだけは一番避けたかったこと。
お義姉ちゃんはお義姉ちゃんだ。他の何者でもないんだ。
お義姉ちゃんがいたから僕はいた。
そう思いながら僕も自分で気づかずに涙を流していた。
「本当の家族が見つかっても、そのままの関係でいようね」と言っていた頃のお義姉ちゃんとはかけ離れた存在だった。
さっきのお義姉ちゃんの言ったことに僕はうんともすんとも言えていなかった。
流れ星が涙で滲んだ僕らの目の中を走った。
その瞬間に、僕は言いたかったことを三回唱えた。
僕らは今までの関係でこれからもいれますように。
僕らは今までの関係でこれからもいれますように。
僕らは今までの関係でこれからもいれますように。
いけたのだろうか。
これでお義姉ちゃんとはずっとこの関係でいれるだろうか。
僕は何も考えずに、言っていた。
「ねえ、おねえちゃん」僕は『おねえちゃん』という言葉に何の漢字も当てずに呼んだ。
それはずっと義理でいる訳にもいかない。でも、血縁関係ではないから本当の姉弟にはなれない。
それでも『義理』と言った纏わりつかれたような関係でいたくはなかった。
さっきの願い事でもそのようになるように願った。
「なあに、律」
「僕は本当の双子のお姉ちゃんが現れたとしても、遥おねえちゃんは僕のおねえちゃんだよ」
「でも……」
何かおねえちゃんは言葉を溜めた。
「昔言ってくれたじゃん。『本当の家族が見つかっても、そのままの関係でいようね』ってそのおねえちゃんはどこ行ったの。もうどこにも行かないで。おねえちゃんの、僕のおねえちゃんのままでいてよ」
言っていることはすごく幼く感じた。
幼いこととかは今はどうでもいいから引き止めたかった。
そうするとおねえちゃんが言った。
「ねえ、律。こっちにおいで」僕は呼ばれたのでおねえちゃんのもとに寄った。
そうするとぎゅっと抱きしめられた。
抱きしめられた時に、おねえちゃんの胸から暖かさを感じた。
「大丈夫だよ。私はどこにも行かないからね」
そう言って、さらに力強く抱きしめられる。
「お願いだから。本当にどこにも行かないでね」
「どこにも行かないってば」
そうおねえちゃんは言ってくれる。
でも、でも……。
何か言いたいけど、全然言葉が口に出てこなかった。
ダムのようなものに言葉が堰き止められている感じがした。
僕はそれから部屋で何かしようと思って、言ったものの泣き疲れたせいでそのままベッドではなく、床に寝てしまった。
そして起きたら僕はベッドの中で寝ていた。
おねえちゃんがベッドに運んでくれたのだろうか。
僕は大きい欠伸をしてから、重い眼を擦りながらリビングに足を動かせる。
そこには雫お姉ちゃんと遥おねえちゃんが話してた。
「おはようっ……て雫お姉ちゃん」
「あら、おはよう。愛莉ちゃんから連れてきてもらっちゃった」
あぁ。愛莉が連れてきたんだ。なんか嬉しいような嬉しくないような。
そう思いながら僕は朝いつもおねえちゃんがいれてくれているコーヒーを飲んだ。
それで目を覚ましながら僕は着替えに上がった。
僕は二人の聞こえてきた話の内容を聞かなかったふりをした。
その頃は、ただ「君」だったり、その日来ていた服の色で呼ばれたりしていた。
時には呼ばれなかった日すらあった。
毎日、毎日いい食べ物を食べられたわけではなかった。
ちょっとカビのかかったパンとかを自分たちで見つけて食べていたりした。
中には何も食べれなかった日があったり、そんな日が続くこともあった。
それを考えると今は結構マシな生活だった。
とある場所で出会った同い年の子のお姉ちゃんに拾われた。
その前は孤児院いたのだが、その時は僕は変に名前をつけられて呼ばれるのが嫌だったので、服の色で呼んでもらっていた。
僕の今の名前を名付けてくれたのはそのお姉ちゃんだった。
でも、「名前って、自分にしかない特別なものなんだよ」と教えてくれた。
それで名前を僕は持とうと決心した。
愛川律とそのお姉ちゃんは名付けてくれた。
そんなことを思い出していた。
でも、考え出したら当時の記憶の主張が激しくて仕方がない。
ハエが飛ぶ中、親からのいうことを聞けなかったら罰として傷をつけられる。
殴られたり、投げられたり、水の溜まったバケツに顔を思いっきりつけられたり……。
そんなことをされる中家族がとある日を境にして崩れて行った。
一人、一人と兄弟が家から出て行っていた。
今僕は他のみんなががどうしているかはわからない。
親はとうの昔に死んでしまっているととある人に言われている。だが、私につけられた傷は残ったままだった。
特に心の奥底に抉るようににつけられた傷は……。
そんなことを考えていると二階から声が聞こえた。
「ねえ、律。ルーズリーフどこにあるか知らない?」この声の主はお義姉ちゃんだった。
義姉の東雲遥だ。
「ここにあるよ」と私は大きな声でお義姉ちゃんを呼ぶ。
「ごめん、ごめん。律に貸してたの忘れてた。ありがとう」そう言って、僕はお義姉ちゃんに撫でられる。
お義姉ちゃんの手はいつになく暖かい。
この家族は私のことをちゃんとみてくれているし、嬉しかった。
嫌だと思うけどと言われて、苗字は元の家族のものだった。
本当は嬉しかった。離れ離れになってしまった兄弟を感じられているかもしれないからだ。
僕は今日は学校をズル休みしている。
僕が孤児だと昨日バレてしまったからいじめが増えてきているのだ。
ここのお母さんが学校に体調が悪いと言ってくれている。
正直学校に行くことが怠い。
学校に行こうかなと考えると頭が痛くなる。
そんな中お義姉ちゃんが昼ごはんを食べてからずっとダラダラしている僕に提案してくれた。
「ねえ律、遠出してみない。気晴らしがてら」
「わかった、じゃあ行こう」
そう言って、かなり遠出することにした。
お義姉ちゃんの運転は楽しいから好きだ。
息抜きは大事だと前に東雲咲に言われたことがある。
「ねえ、どこ向かっているの」と僕は楽しそうにお義姉ちゃんに聞く。
「内緒」と楽しそうに答えた。
こういう時って、お義姉ちゃんって私よりも楽しむ。
そういうのがずるいなあと思いながら私は窓を開けて楽しむ。
次々と入ってくる空気が美味しくて、口を開けながら窓の外を眺める。
景色に見覚えのある道をお義姉ちゃんは通っている。
わざとかなと思いながら、僕はお義姉ちゃんの選んだ道に文句を言わなかった。
いちいちケチをつけて、車から放り出されるのが嫌だったからだ。
そうやって、たどり着いたのはいつか来た草原だった。
ここは体が浄化されるのを感じる。
気持ちいいな。昔何もかも逃げ出してしまった時に、咲やみんなと来たのを思い出した。
はあ。やっぱり楽しいな。ここは僕はもうあんなことになりやしない。
狂気に満ちた僕の顔面が想起される。
急に呼吸が速くなる。それとともに心臓音も早くなったように感じた。
ドクドク、ドクドクと脈打つ音が頭にまで響いた気がした。
その、瞬間お姉ちゃんは僕の方を振り返った。
僕は今の苦しさを悟られぬように無理やり笑顔を作った。
でも、内心はバレてないだろうかとドキドキしていた。
その時に、私はお義姉ちゃんに呼ばれた。
「じゃあ、帰ろうか」そう言われたのは惜しい。お義姉ちゃんもちょっと含みのある言い方だった。
もう少し居たかったな。もう少しこの風を感じていたかったな。
僕はそう思いながらお義姉ちゃんが待っている車に乗り込んだ。
こんな幸せな家庭に移る前はずっと死にたいと思っていた。
でも、この家庭に移ってからはそんなこと思ったこともなかった。
もし、最初からこんな家庭に生まれていたらって毎日ずっと、ずうっと思っている。
そんなことを思いながら私はため息をついた。
お義姉ちゃんが私のため息を聞いて、何か感じたのか聞いてきた。
「どうしたの」
「いや、なんでも」僕は話題から逃げるように答えた。
「今何か考えてたでしょう」
「何も考えてないよ」
「嘘つけ。絶対咲のこと考えてたじゃん」
「違うよ」
「違うくないよ。私の顔は誤魔化せないもん」
そう言われて僕は黙り込んでしまった。咲のことを考えていたのは本当だから仕方がない。
「そうだよ」と僕は間をおいて答えた。
「やっぱりね。あれ以来ちょっと黙りがちだけど大丈夫?」
「うん」そう答えたものの僕は気持ちは落ち着いてなかった。
高校に入って、孤児ということがバレずに生活していけたんだけど、あの孤児院で起きたことがニュースになって、僕の名前が出たからみんなに囃し立てられてしまった。
それがしんどかった。僕はただ静かにいたかったのに。昔みたいになりたくなかったのに……。
次の日学校に行こうとは思った。僕を待ってくれている人が少なからずともいるから。
学校に着くと待ってくれている人笑顔で教室で待ってくれていた。
「久しぶりだね、律」
「うん、久しぶりだね。愛莉」と松崎愛莉に声をかける。
「やっと顔出してくれたよね」と柳月斗が僕の席の机の上に座っていた。
「ちょっとどいてくれない?そこは僕の席なんだけど」というと、
「いやいや、この頃全くきてなかったやつがよくいうぜ。本当にお前を待ってたんだからな」
やっぱり嬉しい。僕はこの三人でいれたら嬉しいんだけどな。
そんなことを思っていると
「へぇー。今日は来たんだ。孤児くん」そう鳳誠の声が聞こえてきた。
彼はいつも僕をいろんな方法で虐めてきた。
孤児だとバレる前も、バレた後も。
昔親にされたことと比べるとあまり辛くなかったから平気だった。
その声に二人は反発する。
「おい、その言葉撤回しろよ。律は好きで孤児になったんじゃない。」
「ふざけないでよ。あんた律の何も知らないでそんなこと言わないでよ」
その言葉を聞いて誠が言う。
「へえ、でもよ孤児って大変らしいよな。周りに変に友情とか振り撒かれると迷惑なんだよね。そういうのはそっちでよろしくやってよ」
僕は突然吐き気がした。昔同じようなことを言われた気がする。
前の学校で同じようなことを言ったやつと誠が頭の中で重なった気がした。
その時は、咲が言い返してくれていたけど……。
そう考えると頭の中から何もかもなくなってしまった感じがした。
それからその二人の言葉で「そうか」と言って、鞄を持って誠はどこかへ行ってしまって、今日は誠は学校を欠席してしまった。
さっきから今日の朝の誠くんの発言が変に引っかかっていた。
僕がいない間に亡き者にするかのように花を刺した花瓶を僕の机の上に置いたり、これでもかと言うほどの悪口を机の上に書いてあったらしい。
嫌われ方が尋常じゃないことはわかった。
僕はたまに考えている。何者なのかと言うことを考え始めた。
このことを考えると頭が痛くなる。昔、親から暴力を受けた時のように。
「うぅっ……」そんな声をあげて、僕は頭を押さえながら、倒れてしまった。
「おい、大丈夫か」桐谷藤也先生が声をかけてきた。
先生は学校の中で一番僕に対してマシな対応をとってくれている。一応マシな……。
なぜそういうことを思うかというと、僕が孤児だとこの学校中にバレてしまった時に、今まで話しかけてくれたのにそれ以来話してくれなかった先生が何人もいた。
先生としてそれはどうなのだろうかと考えていた時期もあった。でも、孤児だったのは、そうなんだから何にも反応できなかった。
そのまま僕は保健室に桐谷先生が運んでくれた。
やっぱりダメだな、僕は。昔の記憶にすら耐えられる体じゃないんだ。
そんなにダメな体を持っているなら、僕は……。
「死んじゃいたい」
そう呟いた。
その言葉が僕の頭の中で反響していた。
そのせいか頭がぐわぐわする。
それにしても、今保健室に先生がいなかったからよかった。
この独り言を聞かれたら、大変だとは思っているから。
何せこの学校の先生はみな僕が孤児だと知っているから。
目隠しして生活したいくらいに目に写るものはしんどく感じた。
疑心暗鬼になってしまうくらいに何もかも信じられない時期があった。
でも、今の家族や愛莉や月斗が僕を大事にしてくれるから嬉しかった。
生きていられるなって思えた。
あれから僕は早退してしまった。
僕はもう頭はぜんぜん痛くない。でも、あのまま学校にいられるかどうかと言われれば、それはいられないだろう。
あんな空間には一秒たりともいたくはない。1秒でもいてしまえば、頭がまた痛くなってしまって、今度はさっきより酷い頭痛に襲われてしまうと思ったから。
帰るために準備をしていると、愛莉や月斗が心配してくれた。
心配してくれる人がいるのはいいことだけど、今は早く家に帰りたかった。
二人には申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら帰路を辿った。
帰っている最中に無邪気に遊ぶこどもとそれを笑顔で眺めているそのこどものお父さんがいた。
遠のきで何を喋っているかはわからなかってけど、楽しく喋っていることはわかった。
それが羨ましかった。羨ましくて、羨ましい。
そう思って思うだけで、心の中がドロドロとなったように感じた。
そして、僕は暗い顔で帰宅した。
「ただいま」といつもより元気なく言うと、この家のお母さんの東雲由良が僕のテンションとは真反対のテンションで「おかえり、律」と言った。
かなりハイなテンションだったので若干、顔を顰めた。
そのしかめっ面にお母さんは「なんでそんな顔するのよ」と言って、笑いながら僕の頬を引っ張った。
やっぱりお母さんは優しい方がいいな、最初からこんなお母さんがよかったなといつも東雲ママを目の前にすると思う。
「ひょっほ、ほはあはんはへへほー(ちょっと、お母さんやめてよー)」そういうとお母さんは引っ張るのをやめて、リビングに戻った。
僕も着替えてから、リビングに降りた。
そうすると突然、
「そういえば、前々から思ってたんだけどね、律ってスタイルいいし、咲の服着てみない」
女子服はちょっと着てみたいとは思っていたけど、なんか咲の服を着るのは抵抗があった。
咲が死んでしまったことを認めてしまうことになると思うから。
「なんか嫌だな」そう思っていたのが、いつの間にか声となって漏れていた。
「そう、サイズ確認して買ってこようか」そう言われて、そうしてもらうことにした。
なぜか僕は小柄だから着てみたいと思っていた。
前に愛莉から言われたことがあった。
「律って女子服似合うんじゃない?」
それから軽く興味を持っていたのだ。
お母さんは僕の大きさをこまめに測って、メモって服を買いに行った。
僕は家で待っていることにした。
流石に買いに行くのはやめておいた。
この頃はレディースの服を男子が買うのは別に大丈夫だけど、やっぱり僕が買いに行っている姿なんて想像できないし、恥ずかしいからやめておいた。
お母さんを待っている間にお義姉ちゃんが帰ってきた。
「ただいま。って、律先に帰ってたんだ」軽く驚いて僕の元に走ってきた。
「おかえり、お義姉ちゃん」僕は笑顔でそう言った。
お義姉ちゃんはいきなりむぎゅーっと僕を抱きしめた。
お義姉ちゃんはいつもところ憚らず僕を抱きしめてくれる。
嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。
昔は咲もこんなだったのかなと思うと何か心が変な感じになった。
それから色々話していたら、お母さんが帰ってきた。
「あっただいま。律、遥」とお母さんは目をピカーっと光らせて、僕の近くに寄ってきた。
僕の服を無理やり脱がして、買ってきた女子服を着させた。
そんな無理やり着せられると思わなかったからちょっと驚いていた。
着替えた後、お義姉ちゃんが私をみて、また抱きしめた。
「もう一人妹ができたみたい。ねえ律めっちゃ可愛い」
こんな着せられかただったけど、着れてただ嬉しかった。
レディースのズボンだったり、スカートだったり、ワンピースだったり……。
いろんなものをお母さんが買ってきてくれていた。
いろいろ着て、楽しんでいたら家のチャイムが鳴った。
愛莉と月斗が今日の書類を渡しにきてくれていた。
よし、女子服で出て、驚かせてみようと思った。
なので、このままの格好で出ることにしてみた。
「ねえ、二人とも」
僕のこの姿をみて、最初二人はポカンとしていたけど、声で僕だとわかったみたいだった。
二人はものすごい勢いで聞いてきた。
「はあ、どうした。その姿」と月斗がかなり驚いている。
「めっちゃ可愛いんだけど。ねえ前世美少女だったの?」僕が可愛かったのか愛莉は僕をぎゅーっと抱きしめる。
今来ているのは白色のワンピースだ。
僕は二人を家の中に招き入れて、三人で僕の部屋でおしゃべりしていた。
僕は途中でワンピースをひらひらしながらターンをしてみせた。
僕は三人で話していると本当にレディースの服を着るのが好きになった。
それから休みの日はたまに女子服を着ることにした。
その服を着て、お義姉ちゃんと一緒に買い物に行ったりした。
最初の頃は、この格好で出かけるのはちょっと躊躇いがあったが、回数を重ねることで楽しくなっていた。
そこで僕とお義姉ちゃんが街を歩いていると、突然声をかけられた。
「嘘でしょ、生きてたの。愛川衣奈」
愛川と言うと僕の苗字だ。
なぜこの女の人が愛川のことを知っているのか気になったら、僕より先にお義姉ちゃんが先に質問をしていた。
「あなたは誰なんですか」
「私はこう言うものです」そう言って、お義姉ちゃんに名刺を差し出していた。
私はその名刺に書いてある名前を聞いたことがあった。
昔全力で逃げた時に、助けてくれて僕たちに名乗ってくれた人だった。
「あの時の、朝比奈芽依さんですか」と僕は聞いた。
そのままぼくたち三人は芽喫茶店でおしゃべりすることにした。
とりあえず、芽依さんに僕の名前を教えた。僕が会った時は名前を知らなくて名乗れなかったから。
「ええと、律くんは女装が好きなの」
「はい、そうです」
「生きていたのってどう言うこと?」僕はまず、それについて気になったから聞いた。
芽依さんは明らかに生きていたのと言った。
その発言はもう死んでしまっているんじゃないかと思わせるような言葉だった。
「実はね何年か前に交通事故で亡くなったんだよね」
「え…?」私は言葉を失った。
確か兄弟は僕含め五人はいた。
後、四人になってしまった。
一瞬で頭の中が悲しみに支配され、涙が出てきそうになった。
他の兄弟も心配になって聞いてみた。
「ねえ、他の子は」僕は勢いに任せて言ってしまった。
「まだ大丈夫」
そう芽依さんは言い切った。
僕は微かにそのことをちょっと信じることができなかった。
その話をお義姉ちゃんは黙って聞いていた。
お義姉ちゃんは少し悲しそうな顔をしていた。
今日は帰って、夜ご飯も食べずに寝ることにした。
お腹も空いていなかったし、明日は学校じゃなかったからお風呂にも入らずに寝てしまった。
僕はしんどかった。夜空に届きそうで届かなそうな僕の弱くて、か細い腕。
一人のお姉ちゃんは死んでしまった。
僕はもう誰かを失うことが怖かった。勝手に死んでいってほしくなかった。
咲のことを思い出した。僕のことを一生懸命学校で守ってくれた挙句に僕のことをいじめてたやつを誤って、殺してしまった。
それから逃げるように咲は学校をやめ、僕は学校をやめずに咲についていった。その時に他に僕を守ってくれた友達もみんな一緒に逃げたんだ。
結末は咲が警察と揉めた挙句に拳銃を奪った。
僕は咲からそれを奪って、この元凶であった自分を殺そうと思った。
撃とうとしたら咲が僕が自殺することに気づき、僕から拳銃を取ろうと揉めた挙句に僕が咲を撃ってしまった。
今度は僕が死のうと思って、自分に撃とうとしたら玉が入ってなくて、あたふたしていると警察に捕まってしまった。
それでも今の家族は僕をおいてくれている。遥お姉ちゃんに至っては大事な妹を殺されたにも関わらず、僕を『弟』として接してくれている。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
あいつらの血が僕の体内を巡っているから殺してしまったんじゃないかと思ったことがある。
そんなことを考えても結局は僕が元凶なんだ。
この高校生生活で僕は自分の人生を終えようと思った。
今日は人生最後の春の祭りだった。今年は高校一年生だけど、来年から準備に入ろうと思っているから。
この地域では一つの季節で必ず一回は祭りをやることになっている。
今日は下駄を買って、浴衣姿で愛莉と月斗と一緒にその会場にきたら、そこで愛理の親友って人が来ていた。
同じ地域だけど、高校は違うところになっちゃったけど、夏から一緒の高校になれるらしい人と言っていた。
「あの、こんにちは。私、愛川雫です」
ちょっと女の子の声を練習しててそれで話そうと思って一通り自己紹介を聞くと素の声が出てしまった。
「愛川ですか」息が詰まった。
今こうして生き別れと言っても過言ではないお姉ちゃんと会うことができた。
「僕、愛川律です」そう言うと雫さんは僕に抱きついた。
「よかった、生きててよかった」僕は今日は慣れない下駄だからこけそうになったけど、雫お姉ちゃんが僕の手を掴んでくれた。
「ふう、大丈夫?」と僕の手を引いている。
見た感じ愛理ちゃんは黙ってたっぽい。サプライズとか言うやつか。
月斗も何が起きているかわかってない感じだった。
「じゃあ、何か食べようか」と愛莉や雫が僕の手をひっぱって屋台に連れて行く。
「おい、おい。ちょっと待てよーー」そう言って忘れられていたと思っている月斗は追いかけてくる。
焼きそばに、たこ焼きに、りんごあめに、綿飴に。
全部を一個ずつ買ってみんなでわけっこして食べた。
でも、食べ盛りな月斗は自分で一個丸々食べていた。
それから春の花火を観れると言うことで僕たちは遠くの土手の方にレジャーシートを引いて座っていた。
久しぶりに花火を見ることができる。
でも、花火は気持ちが爆発しているみたいで何か騒めきを胸の奥底に感じる。
ジーンとしたものをそこで感じる。感じたくないのに、感じてしまう。
その花火を観ているときは他の兄弟のことも考えていた。
死んでいなかったらいいなそんなことしか考えられなかった。
僕はなんであんな境遇で生まれたのだろうといつも思いもがけないところで考えてしまう。
今だってそうだ。
本当は考えずに、久しぶりに会った本当のお姉ちゃんと話していたい。
今は愛川の苗字でお姉ちゃんも暮らしているらしい。
申し訳なかった。
転校して、こっちの学校に来るならやめておいた方がいいと言っておきたかった。
だって、僕のせいで双子のお姉ちゃんまで傷ついてしまうから。
僕は今更花火のように一瞬でパァッと顔を明るくできないから、今以下のような気持ちにならないように必死に顔を上げた。
そこにお姉ちゃんがこう言った。
「ねえ、寄りかかって」
僕は甘えてしまいたかったから、寄りかかった。お姉ちゃんの懐は気持ちよかった。
泣いてしまいそうだった。
「ごめんね、今まで顔合わせできなくて。本当にごめんね。」
大丈夫だよと思っていた。その裏では僕の方がごめんなさいだよとずっと、ずっと思っていた。
そして、祭りが終わってから僕は今居候させてもらっている家に顔を出してくれないかとお姉ちゃんに提案してみたけど、お姉ちゃんは頷いてくれなかった。
「またの機会にするね」そう言って、愛莉と一緒に帰っていた。
「わかった、じゃあまたね」そう言って僕は愛莉と雫の背中を見た瞬間に顔を落としてしまった。
さっきのお姉ちゃんはなぜか元気がなかった。
もしかして愛莉が今学校でどうなっているかお姉ちゃんに教えたのだろうか。
元気がなかった原因は僕は知らないが、僕の足元だけ、ポツポツと濡れていくのがわかった。
アスファルトに湿気を含む様子がわかると同時に僕の顔にも湿気が溜まっていくのがわかった。
その僕の様子に月斗が肩をぽんぽんと叩いた。
「よかったな。お姉ちゃんに会えて。本当によかったな」
月斗はやんちゃそうな外見を持っているが、意外と涙もろい性格だ。
だから、今も月斗の顔を涙がつたって溢れる様を見た。
「なんで、お前も泣いてんだよ」とツッコむようにして言って見た。
それに月斗も乗ってくれた。
「いや、泣いてないよ。けど、本当によかったな」
「うん、ありがと」
後、お兄ちゃんと弟だった。
早く二人にも会いたいな。
そう思いながら、帰宅した。
そうしたらお義姉ちゃんしか家にはいなかった。
お母さんがこの時間にどこにもいないのはおかしいと思いながらお義姉ちゃんにお母さんの行方を聞く。
「ねえ、お母さんどこ行ったの」
「えーっと、どこだったかな。でも、なんかお洒落な格好して出かけてくるって言ってどこかに言ったような気がする」
お洒落な格好?
でも、祭りには来てなかったし、どこ行ったのかなって思っていると、お義姉ちゃんはいきなり
「ねえ、ベランダで、星見ない?」そう言ってきた。
僕は突然だったから何かと思ったが、その内容が一緒に星を見ることだったから何も考えずに
「うん」と言って、お義姉ちゃんに手を握られて、一緒にベランダに行った。
でも、その前に僕は浴衣から部屋着に着替えた。
それからお義姉ちゃんが待っているベランダに行った。
元々置いてある椅子に座って、二人で星空を眺めてた。
私は唐突に言ってみた。
「ねえ、お義姉ちゃん。今日ね、本当のお姉ちゃんに会ったんだ。この夏に僕と同じ学校に来るんだって」
「……」
お義姉ちゃんはすぐには反応しなかった。ちょっとだけ間を置いて、答えた。
「よかったね」そう言ったお義姉ちゃんの眼には涙が浮かんでいた。
それからお互い黙っていた。
僕は何かソワソワしていたが、お義姉ちゃんは頬をつたう涙を無視して、星だけを見ていた。
それからお義姉ちゃんが僕に言った。
「じゃあ、『お姉ちゃん』としての役割も今日で終わりかな」って言った。
それだけは違うでしょと思った。
それだけは、それだけは一番避けたかったこと。
お義姉ちゃんはお義姉ちゃんだ。他の何者でもないんだ。
お義姉ちゃんがいたから僕はいた。
そう思いながら僕も自分で気づかずに涙を流していた。
「本当の家族が見つかっても、そのままの関係でいようね」と言っていた頃のお義姉ちゃんとはかけ離れた存在だった。
さっきのお義姉ちゃんの言ったことに僕はうんともすんとも言えていなかった。
流れ星が涙で滲んだ僕らの目の中を走った。
その瞬間に、僕は言いたかったことを三回唱えた。
僕らは今までの関係でこれからもいれますように。
僕らは今までの関係でこれからもいれますように。
僕らは今までの関係でこれからもいれますように。
いけたのだろうか。
これでお義姉ちゃんとはずっとこの関係でいれるだろうか。
僕は何も考えずに、言っていた。
「ねえ、おねえちゃん」僕は『おねえちゃん』という言葉に何の漢字も当てずに呼んだ。
それはずっと義理でいる訳にもいかない。でも、血縁関係ではないから本当の姉弟にはなれない。
それでも『義理』と言った纏わりつかれたような関係でいたくはなかった。
さっきの願い事でもそのようになるように願った。
「なあに、律」
「僕は本当の双子のお姉ちゃんが現れたとしても、遥おねえちゃんは僕のおねえちゃんだよ」
「でも……」
何かおねえちゃんは言葉を溜めた。
「昔言ってくれたじゃん。『本当の家族が見つかっても、そのままの関係でいようね』ってそのおねえちゃんはどこ行ったの。もうどこにも行かないで。おねえちゃんの、僕のおねえちゃんのままでいてよ」
言っていることはすごく幼く感じた。
幼いこととかは今はどうでもいいから引き止めたかった。
そうするとおねえちゃんが言った。
「ねえ、律。こっちにおいで」僕は呼ばれたのでおねえちゃんのもとに寄った。
そうするとぎゅっと抱きしめられた。
抱きしめられた時に、おねえちゃんの胸から暖かさを感じた。
「大丈夫だよ。私はどこにも行かないからね」
そう言って、さらに力強く抱きしめられる。
「お願いだから。本当にどこにも行かないでね」
「どこにも行かないってば」
そうおねえちゃんは言ってくれる。
でも、でも……。
何か言いたいけど、全然言葉が口に出てこなかった。
ダムのようなものに言葉が堰き止められている感じがした。
僕はそれから部屋で何かしようと思って、言ったものの泣き疲れたせいでそのままベッドではなく、床に寝てしまった。
そして起きたら僕はベッドの中で寝ていた。
おねえちゃんがベッドに運んでくれたのだろうか。
僕は大きい欠伸をしてから、重い眼を擦りながらリビングに足を動かせる。
そこには雫お姉ちゃんと遥おねえちゃんが話してた。
「おはようっ……て雫お姉ちゃん」
「あら、おはよう。愛莉ちゃんから連れてきてもらっちゃった」
あぁ。愛莉が連れてきたんだ。なんか嬉しいような嬉しくないような。
そう思いながら僕は朝いつもおねえちゃんがいれてくれているコーヒーを飲んだ。
それで目を覚ましながら僕は着替えに上がった。
僕は二人の聞こえてきた話の内容を聞かなかったふりをした。
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