【完結】言葉屋

MIA

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友情に悩んだら・1

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光輝〈コウキ〉は初めて見かけるお店の暖簾に首を傾げた。

(こんな所にこんな店あったか?)

『言葉お売りします 言葉屋』

記憶を手繰ってみるが、どうにも思い出せない。
何度となくこの路地裏は通っているはずなのに。

(最近出来たのかもしれない。まぁ、俺には関係ないな。)

光輝は店を脇目に足早に通り過ぎようとした。
が、なぜか無性に気になってしまう。

今日ケンカした友達の顔が頭をよぎった。
この店の胡散臭い暖簾に心が惹かれるのも、きっとそれが原因だ。

(…入ってみるか。)

光輝は踵を返し、店へと向かう。
そうしてその中へと足を踏み入れたのだ。


店の中は思ったりも明るかった。
中央に大きな椅子が二つ。間にローテーブルが挟まれている。
これだけの作り。

「いらっしゃいませ。」

声をかけてきたのは店主であろう、五十歳くらいの男性。
丸い眼鏡をかけて、甚平を着た、どこにでもいそうな普通の…おじさん。

「あの…。言葉を売るって…。」

「はい。一言百円。買ってみます?」

一言百円とは、なかなか安い。というか、安すぎはしないか。
光輝は少し不安を覚える。
しかし、どうせ百円。それならば。

「お願いします。」

店主は眼鏡の奥で目を細めた。

「じゃあ、そこの椅子に座って。あなたの今の悩み。聞かせて下さい。」

(なんだ。ただの悩み相談か。こんなの、もし悩みが無かったらどうするんだ?)

光輝の考えを見透かすように店主が話す。

「この店が見えた。って事は、今何か強い迷いに囚われていますね?」

(ん?)

「言葉の力は『言霊』といって、本来昔から強い力を秘めているとされています。故に私は言葉を決して軽んじない。外に出た言葉は己の責任。もちろん聞く方も覚悟がいる。この店はその覚悟のない人や、敢えて言葉など必要のない人には視界に入らないのです。」

なるほど。では、この店は昔からあったと。
今の今まで自分には必要のないものだったから素通りしていただけなのか。

だとしたら、今日のケンカ。
思った以上にダメージを受けているということだ。

気付けば椅子に腰掛けて何かを期待していた。

「さぁ。何がありましたか?」

店主の言葉に今日の事が蘇る。

斗真〈トウマ〉。ずっと親友だと思ってたのに。
あいつは俺のことをずっと見下していただけなのか。

「きっかけは大学受験に、俺が落ちたことです。」

光輝はポツポツと話し出す。

「親友と一緒に受けたんだけど、そいつは受かりました。そこから何となく腫れ物に触るように接してくる感じがして、今日。ついに俺が切れちゃったんです。」

店主は特に相槌を挟むこともなく聞いている。

「我慢できなかった。お前ならあんな大学よりも、もっと良いとこ行った方が良い。って。別のところの方がきっと合ってるはずだよ。とか。俺は…あいつと一緒に行きたかったのに。そう思ってたのは俺だけだったんだって。そうやって進路を決めつけてくるのにも耐えられなかった。」

「だから、つい。お前なんか友達でもなんでもねぇ。偉そうに口出してくんな。って。そしたらそいつも、誰の為に言ってんだよ。俺がどれだけ気を使ってやってるかなんか知らねぇくせに。って…。」

光輝は一息つくと、確信に触れる。

「俺たちは本当は友達じゃなかったのか。そう思ったら、何か急にあいつと友達でいることに自信がなくなってきちゃって。」

話してみると幾分か、気持ちは軽くなった。
しかし、モヤがかかった心は依然として晴れない。
すると店主が口をひらいた。

「あなたに贈る言葉です。」


=その人の人生、一緒に背負えますか?=


(…。え?)

光輝は意味がわからなかった。なんでそんな大きな話になるんだ。
店主は言葉の説明をし始める。

「友達っていうのは距離が大事ですよね。自分次第で簡単に手放す事だってできてしまう。
大事なのは、相手がどう思うかじゃない。あなたが相手をどう思うか、なんですよ。」

(俺が斗真をどう思うか。)

「そりゃ言い争えば腹はたつ。だけど上辺だけを見ないでもっと深いところでみた時に。あなたにとって彼はどんな存在でしょうね。もしこの先に大きな波が彼を苦しめ、あなたの人生すらも左右されてしまう事があったとして。その時に側にいたいと思いますか?」

店主は真っ直ぐに見つめたまま続ける。

「思うのなら、揺らぐことなく。あなたの人生に必要な人ですよ。目先の感情で傷付けあっても仕方ない。大切なのは、心の奥にある気持ちです。迷ったら、私から買った言葉を自分に問いかけて下さい。」

なるほど。そう考えてみると、確かに自分の今の気持ちは本当に表面的なものだ。
斗真が苦しんでるときに自分は、彼を見捨てるのか。

答えは簡単だった。
きっと側にいる。

何も出来なくても、隣にいてやりたい。そう思う。

(迷う必要なんてなかった。俺は、あいつが何と言おうが。友達だ。)



「お買い上げ、ありがとうございます。」

店主に見送られ、店を出るときにはモヤは消えていた。

言葉を買う。
この特殊なやり取りをすることで、言葉は商品となり自分の手元に残る。
自分はきっと、この先も、この言葉を忘れることはない。

迷ったら、揺らいだら、その度に問いかけよう。

=その人の人生、一緒に背負えますか?=

答えは、イエスだ。
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