【完結】名もなき侍

MIA

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奇行

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六郎が現代に来て一週間という時が流れていた。
相変わらず、元の時代に戻る手がかりは掴めていない。

六郎は勉強が楽しかった。
言葉遣いは変わらないが、ひらがなは覚えたし、カタカナと漢字も少しづつ取りかかり始めている。
わからないものは辞典で積極的に調べ、驚くほどのスピードで言葉を吸収していく。

今では一人で近所の散歩が出来るようになっていた。たまに会話もしているらしい。
近所での評判は『侍かぶれの良い兄ちゃん』。

明は六郎に、過去から来たことを人に言わないよう、教えている。あくまで自分の『親戚』だ。

六郎はうまくやっていた。…はずなのに。

やらかした。
とてつもなく、派手なことを。
事件はその日の放課後の帰り道で遭遇する事となる。

家の周りに人が集まっていた。
警察らしき者も見られる。
明たちは何となく、嫌な予感がする。あの人だかり、六郎が絡んでいる…。と。
巴衣が一つの不安を口にした。

「ね…ねぇ。あいつ、まさか人斬っちゃったとかじゃない…よね?」

「やだ。まさか。流石に無いわよね、明。」

明の頭に浮かぶのはあの日の稽古姿。
あいつにしてみれば、稽古も鍛錬もしたいに決まっている。
かと言って、人を斬るなんて事はないだろうが。近いことは有り得る。例えばそう…、喧嘩とか。
売られた喧嘩は買うぞ、あいつは。

「あ…明?黙ってないでよぉ。」

「とりあえず近くまで行ってみよう。」

側まで行くと騒ぎの原因は、やはり六郎だった。
しかし誰も近づかない。
それもそのはず。六郎はとんでもないものを連れていた。

イノシシ。

そう、まさかの猪。
どこで拾ったのかボロボロのロープで、リードの様に繋がれて横にいる。

え?何これ。

三人の思考は、もはやショートしていた。
六郎は困り果てた顔をしていたが、明たちを見るやいなや途端に表情が明るくなる。

「あきら殿ーっ!」

「こ、こらっ!静かに。猪が興奮するだろう。」

すると近くにいた警官が一人こちらに向かってくる。

「君、あの子の友達か何か?」

「あ、俺はあいつの親戚です。今一緒に住んでて。」

「あのね。彼。猪、捕まえてきちゃったの。人の庭を荒らしてる所を捕獲してくれたのは有り難いんだけどね。渡せないって…。説得して貰っても良いかな?」

あいつはバカなのか?
イノシシ捕まえちゃった。では済まない。
そもそもどうやって捕まえた。どうやってロープに繋いだんだ。

明は大きく頭を振ると、頼む。と姫乃に一言。
姫乃は六郎に向かって一言。

「六郎!猪をその人に渡しなさい。」

「御意!!」

今まで散々ごねていた少年が猪をあっさりと引き渡す。
警察は何が何なんだかわからぬままに猪を連れて撤収していった。
残った野次馬たちの目が、あぁ。また痛い。
説教は後にして、ひとまずこの場から離れよう。
そして、この日から六郎の評判は『自称・侍の変な兄ちゃん』へと進化した。

家に入るなり明の雷が落ちる。

「お前は何やってるんだ!!!」

「あい、済まぬ。拙者、犬の『さんぽ』なるものをしてみたくてのう。探したが野犬がおらなんだ。して、畑にて猪を見つけた故。縄で縛って『さんぽ』をしていたのでござる。まさかあの様な騒ぎになるとは思いもよらず。」

しょんぼりする六郎。これは多分、結構なダメージを受けている。
明はため息をつきながらも同情はする。
元の時代にも戻れず、出来ることが制限されている毎日はさぞ窮屈だろう。
それでも文句も不満も言わないのがこの男。
猪くらい。と言ってやりたいところだが、それはそれ。これはこれ。
危険な事はさせるわけにはいかない。
姫乃がバトンを受け取る。

「六郎。どうして野犬が居なかったかわかる?今の時代では、動物を飼うのに責任を持つことが義務付けられているの。飼うと決めたら最後まで飼う。あなたに命を看取る事が出来る?」

「うむ。出来ぬよのう。」

それは六郎が帰ることが前提。出来ない。その言葉は、彼がここに留まる事が無い。という意味。

「うん。じゃあ出来ないものは出来ないのよ。それから野生の猪を連れ回しては絶対駄目。誰も怪我しなかったから良かったけど、あなたはとても危険な事をしていたの。」

六郎はどんどん小さくなっていく。このまま消滅してしまわないか?

「真に反省しておりまする。」

声ちっちゃっ!!これはよほど懲りたな。
すると明がパンッと両手を叩く。

「よし!じゃあこの話は終わりだ。実は六郎に面白い話があるんだよ。剣道って知ってるか?」

話が突然変わるのと同時、六郎の気分も変わる。
さっきまでの、しゅんです。は、どうした。
本当に前だけを見ている男である。

「この間辞典で見ましたぞ?何やら剣術のようでごさったな。それがいかがした?」

「稽古、したいよな?」

明がニヤリと笑う。
六郎の目が輝き出した。
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