【完結】絶望のユートピア

MIA

文字の大きさ
上 下
3 / 29
ー午前9時 タイムリミットはあと12時間ー

知子の場合・1

しおりを挟む
(ほら。見なさい。)

村原知子〈ムラハラ トモコ〉は、テレビを見ながら苦く笑った。

知子こそ時代を駆け抜けた有名占い師。その本人である。現在は68歳となり、今となっては占い業も卒業。わずかに残った財産と年金で、慎ましく毎日を過ごしていた。

知子がテレビに取り上げられた時は65歳であった。そこからの2年ほどは、毎日が多忙を極め、だいぶ無理をしながら働き詰めた。
あれほど自分を酷使して使ってきた。というのに、メディアとは。世の中とは、手のひら返しの早い事だ。

ただ、知子には自分がテレビから必要とされなくなる日が来ることがわかっていた。
そして、その理由も。
それでも自分は言わなければならなかった。
そう。この滅亡の予言を…。

知子が不思議な力に気付いたのは、中学生の頃だった。初めは夢、という形で身近な人間の不幸や事故などを見てきた。それは現実となり、知子を大いに戸惑わせていたが、やがて実感へと変わる。
これは『予知夢』というものだ、と。

しかし、知子は冷静であった。
このことは周りには知られてはならないものだ。そう本能的に察した。
だから友人、家族、とにかく自分との関係の中で、知子は誰にも打ち明ける事もなく秘めていたのである。

最初こそは夢としてランダムに出現していた『予知』は、知子が20歳にもなると、明確に『視る力』へと進化していた。
知子はこの力をコントロールして、他人の未来を覗き見る。という自分だけの特別な行為に溺れていた。
ほんの少しの後ろめたさ、それが快感への刺激となっていたのだ。
だが、この力はあまりにも的確で巨大であった。
知子は次第に自分の力に不安を感じ、怯えるようになった。

コントロールが上手くいく時が常ではあったが自分が不調だったり情緒不安定の時に、流れ込んでくる他人の未来は苦痛とすら感じた。
結婚を考えた年もあったが、もはや制御不能となった力が、知子を思い留まらせた。

そうして知子は独身のまま、地獄の様な更年期を耐え、60歳にして転機が訪れる。
親しくなった男性が、自分の未来を覗いてくれないか?と打診されたのがきっかけだった。
知子は自分の能力を人に話した事を後悔したが、なぜだか彼には話したい。そう思ってしまったのだ。
そして、この予言が当たるやいなや。男性はこの力を人の為に使ってみてはどうか?と提案してきた。

言われるままに、知子はひっそりと占い業を始め。あれよあれよとテレビに担ぎ上げられるまでに至る。

忙しくなると男性とは疎遠になってしまったが、知子が67歳の時に知ってしまった一年後の未来。
自分は今こそ動くべき、とメディアを通して必死に訴えた。
最初こそテレビも面白おかしく取り上げていたが、知子がこの未来を変えるべく発案した道具がいただけなかった。

『スーパーバウンドボール』

一見すると、ただのバランスボールだ。
ただし知子の能力が最大限で発揮された、対刺激有効の正真正銘の対策物質である。
しかし、これを制作するにあって、かかる費用は知子の全財産を持ってしても不可能であった。
そのため、融資金を呼び掛けたところ世の中の見る目が一変。
金欲しさに詐欺行為に及んだ、強欲ババアのレッテルが貼られテレビから姿を消した。

それ以来、知子はこの能力を使うことをやめた。もっと早くそうしていれば…。人並みの幸せというやつを、手に入れていたかもしれないが。
華やかな栄光に目が眩んだのも事実。
そしてその道を選んだのも、紛れもなく自分自身であった。

ただ、未来を視るのをやめてからの人生は楽しかった。何が起こるかわからない。
この期待と不安は、日々のスパイスにして新鮮な感覚になり知子をワクワクさせた。

ある日、あの親しかった男性が自分に資金投資をさせてくれ。と訪れてきた。
自分はもう力を使っていない事を告げると、男性はとても喜んだ。
それなら、尚更作ってみようと。
作ったものはフリーマーケットにでも出してしまえば良いと。

程なくして物事はトントン拍子に進み、晴れて『スーパーバウンドボール』もとい、ただの一見バランスボールが完成。
男性はそれを、いとも簡単にフリマに出してしまった。
何千万とかけて作られたものは、たった千円となり世に放たれたのである。

滅亡へのカウントダウンはもう始まっている。
現在の時刻は午後12時。
あと9時間。

(そういえば…。あのボール、いつの間にか売れていたわね。一体どんな人が買ったのかしら?
あぁ、それから彼女はどうなったのかしら?もう占いはしていないと言った時に、酷く落ち込んでいた彼女。
まぁ、良いか。人生どうなるのか。あの人の言うように、全ては神のみぞ知る。ね…。)
しおりを挟む

処理中です...