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〈戦い・4〉
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「義経様…。」
亮は突然現れた女の姿を、まじまじと見つめる。
「まさか…。しず?しずなのか?」
あかりは静かに頷く。
「やっと君に会えた!何度転生したことか!!」
亮はあかりに抱き付く。
あかりはその手をそっと回し、胸の中に顔を埋めた。
「…本当です。私もあなたをずっと探していました。ずっと…。」
体を離し、上目で亮を見つめるあかり。
その瞳には恨めしさの色が浮かぶ。
「なのに。あなたは酷い人。」
そう言って視線を流す、その先には真衣の遺体。
亮は、あぁ。と納得をする。
「しず。ここでは命がけだよ?敵と遭遇すれば、そりゃ殺られる前に殺るしかないだろ?」
「違います。あなたは彼女を抱き締めた。私を抱き締めたように…。別の女をその腕に寄せたのです。」
(参ったなぁ。見られていたのか。それにしても相変わらず嫉妬深いなぁ、しずは。愛されてる証拠だけど、これは相当怒ってるぞ。)
どうしたら彼女の機嫌を直せるだろうか。
「あれはさ、僕なりの弔いなんだよ。彼女への敬意を払ったまでさ。」
あかりの表情は依然、変わらない。
「義経様は最後、私を捨てました。また捨てるのですね。そして結局は別の人を隣に置く。本当に酷い人。…そして、愛しい人。」
「君を捨てるなんてとんでもない。あの時だって捨てたわけじゃない。」
「私は。私を愛してくれる人じゃないなら、いらない。私はこんなに愛してるというのに。その愛はいつだって丸々ひとつとして返ってこない。あなたなら、今度こそ私だけを愛してくれると信じていたのに。」
あかりの被害妄想は止まらない。
彼女は自分を悲劇のヒロインに仕立て上げる事を、まるで呼吸をするように自然とやってのける。
「あなたを愛しています。深く、誰よりも…。」
亮の背中に汗が伝うのを感じた。
言いようのない不安感に飲み込まれる。
そして、あかりが口を開く。
「義経様を、許せない。」
あかりは袴の腰から扇子を取り出す。
パンッ!と小気味良い音を立て、それを開くと、美しい吉野の桜の模様が見えた。
あかりのスキル…『しずや、しず…』
能力…男の命を奪う死の舞。発動条件は、扇子を使ったその舞を最後まで見届けること。拘束作用は特にないが、魅了作用があり、よほどの強い精神を持たなければ目を離すことができない。
この魅了の力は愛情の振り幅で強弱するため、対象者への想いが強ければ強いほど効果が引き上げられる。
なお、女には完全無効である。
「あなたがあの女を殺したところまでは良かった。私が傷付いているのは、彼女を抱き締めたこと。それが悲しくて、悲しくて。」
あかりは扇子をしゃらんと振る。
「可哀想な私。」
大きく舞始めようと腕を広げた瞬間。
どこからともなく現れた男があかりを羽交い締めする。
あかりはふっと笑う。
「弁慶様。まだいたのね。戦いが終わってから消えたと思っていました。」
視界に映るのは笛を吹く亮。
そっと唇を離し、悲痛の表情を浮かべる。
「残念だよ、しず。君は何度も転生していく中で変わってしまったんだね。僕が愛し、僕を愛した君はどこへ行ってしまったんだい?」
ぎりぎりと締め上げる腕の痛みを隠すように、あかりは答える。
「いいえ。変わってなかんかいません。私は今でもあなたを愛しています。だから…、殺したい。」
あかりは腕の力を抜き、肩を緩める。
反発を失った弁慶の力は瞬間的に隙をうむ。
あかりは下に体を落とすと、素早く弁慶の脛を蹴り飛ばす。
召喚の無効化。弁慶は消える。
「弁慶様の弱点はお変わりないようですね。」
立ち上がり装束の砂を払うあかり。
「流石、お見通しか。君がしずならわかるよね。僕がどれほどまでに愛が深い人間かを…。しず。愛する人を一生自分のものにしたかったら、どうするべきだと思う?」
亮がもう一度笛を吹くと、再び弁慶が現れた。
亮は続ける。
「殺してしまえば良いんだよ。それが究極の愛だ。しずと僕は良く似ているよ。愛せば愛すほどに殺したいと想う。僕らはいつだって戦に邪魔をされる。もう二度と離れぬように、君をここで殺そう。」
「あぁ。嬉しい。義経様はそこまで私を想ってくれている。」
あかりの感情が昂ぶる。
彼女の死の舞が始まろうとしていた。
亮はこの舞が、あかりはこの笛の音が、お互いのスキル発動のトリガーだと予測している。
互いを知り尽くしているがゆえの警戒。
義経の笛。
静御前の舞。
その隣には弁慶の姿。
それは二人にとって酷く懐かしく、ずっと求めていた光景。
(でもね、義経様。)
あかりは手に持っていた小石をピンと弾く。
その小石は亮の笛へと当たり、手元を狂わせた。
その一瞬の差。
あかりの舞が亮を捕える。
その愛が深ければ深いほどに、体を蝕む猛毒となる。
あかりは、絶命した亮の傍らにそっと腰掛ける。
そして、髪を結っていた紐を外すと、互いの手首にきつく絡み付ける。
「私は、二度と離れぬように。ずっとあなたと一緒に死にたかったんです。あの時から、ずっと。それが私の愛の形。」
繋がれた二つの手。
この手がもう二度と離れぬように。
そして、森の影へと声をかける。
「見ていたのでしょう?さぁ、殺しなさい。私の願いはもう叶ってるの。」
不意に呼吸が止まる。
あかりのお腹に空いた穴は、静かにその命の灯火を吹き消した。
男は独りごちる。
「ふん。胸糞悪い喜劇だったが…。俺は変わり者は嫌いじゃないんでな。せめて形はのこしてやったが、気まぐれだ。運が良かったな。」
そして再び森の中へと消えて行く。
残された二つの遺体。
それはまるで眠っているかのように。
仲睦まじく、そっと寄り添いあっていた。
勝者…本田あかり
勝者…力堂保
亮は突然現れた女の姿を、まじまじと見つめる。
「まさか…。しず?しずなのか?」
あかりは静かに頷く。
「やっと君に会えた!何度転生したことか!!」
亮はあかりに抱き付く。
あかりはその手をそっと回し、胸の中に顔を埋めた。
「…本当です。私もあなたをずっと探していました。ずっと…。」
体を離し、上目で亮を見つめるあかり。
その瞳には恨めしさの色が浮かぶ。
「なのに。あなたは酷い人。」
そう言って視線を流す、その先には真衣の遺体。
亮は、あぁ。と納得をする。
「しず。ここでは命がけだよ?敵と遭遇すれば、そりゃ殺られる前に殺るしかないだろ?」
「違います。あなたは彼女を抱き締めた。私を抱き締めたように…。別の女をその腕に寄せたのです。」
(参ったなぁ。見られていたのか。それにしても相変わらず嫉妬深いなぁ、しずは。愛されてる証拠だけど、これは相当怒ってるぞ。)
どうしたら彼女の機嫌を直せるだろうか。
「あれはさ、僕なりの弔いなんだよ。彼女への敬意を払ったまでさ。」
あかりの表情は依然、変わらない。
「義経様は最後、私を捨てました。また捨てるのですね。そして結局は別の人を隣に置く。本当に酷い人。…そして、愛しい人。」
「君を捨てるなんてとんでもない。あの時だって捨てたわけじゃない。」
「私は。私を愛してくれる人じゃないなら、いらない。私はこんなに愛してるというのに。その愛はいつだって丸々ひとつとして返ってこない。あなたなら、今度こそ私だけを愛してくれると信じていたのに。」
あかりの被害妄想は止まらない。
彼女は自分を悲劇のヒロインに仕立て上げる事を、まるで呼吸をするように自然とやってのける。
「あなたを愛しています。深く、誰よりも…。」
亮の背中に汗が伝うのを感じた。
言いようのない不安感に飲み込まれる。
そして、あかりが口を開く。
「義経様を、許せない。」
あかりは袴の腰から扇子を取り出す。
パンッ!と小気味良い音を立て、それを開くと、美しい吉野の桜の模様が見えた。
あかりのスキル…『しずや、しず…』
能力…男の命を奪う死の舞。発動条件は、扇子を使ったその舞を最後まで見届けること。拘束作用は特にないが、魅了作用があり、よほどの強い精神を持たなければ目を離すことができない。
この魅了の力は愛情の振り幅で強弱するため、対象者への想いが強ければ強いほど効果が引き上げられる。
なお、女には完全無効である。
「あなたがあの女を殺したところまでは良かった。私が傷付いているのは、彼女を抱き締めたこと。それが悲しくて、悲しくて。」
あかりは扇子をしゃらんと振る。
「可哀想な私。」
大きく舞始めようと腕を広げた瞬間。
どこからともなく現れた男があかりを羽交い締めする。
あかりはふっと笑う。
「弁慶様。まだいたのね。戦いが終わってから消えたと思っていました。」
視界に映るのは笛を吹く亮。
そっと唇を離し、悲痛の表情を浮かべる。
「残念だよ、しず。君は何度も転生していく中で変わってしまったんだね。僕が愛し、僕を愛した君はどこへ行ってしまったんだい?」
ぎりぎりと締め上げる腕の痛みを隠すように、あかりは答える。
「いいえ。変わってなかんかいません。私は今でもあなたを愛しています。だから…、殺したい。」
あかりは腕の力を抜き、肩を緩める。
反発を失った弁慶の力は瞬間的に隙をうむ。
あかりは下に体を落とすと、素早く弁慶の脛を蹴り飛ばす。
召喚の無効化。弁慶は消える。
「弁慶様の弱点はお変わりないようですね。」
立ち上がり装束の砂を払うあかり。
「流石、お見通しか。君がしずならわかるよね。僕がどれほどまでに愛が深い人間かを…。しず。愛する人を一生自分のものにしたかったら、どうするべきだと思う?」
亮がもう一度笛を吹くと、再び弁慶が現れた。
亮は続ける。
「殺してしまえば良いんだよ。それが究極の愛だ。しずと僕は良く似ているよ。愛せば愛すほどに殺したいと想う。僕らはいつだって戦に邪魔をされる。もう二度と離れぬように、君をここで殺そう。」
「あぁ。嬉しい。義経様はそこまで私を想ってくれている。」
あかりの感情が昂ぶる。
彼女の死の舞が始まろうとしていた。
亮はこの舞が、あかりはこの笛の音が、お互いのスキル発動のトリガーだと予測している。
互いを知り尽くしているがゆえの警戒。
義経の笛。
静御前の舞。
その隣には弁慶の姿。
それは二人にとって酷く懐かしく、ずっと求めていた光景。
(でもね、義経様。)
あかりは手に持っていた小石をピンと弾く。
その小石は亮の笛へと当たり、手元を狂わせた。
その一瞬の差。
あかりの舞が亮を捕える。
その愛が深ければ深いほどに、体を蝕む猛毒となる。
あかりは、絶命した亮の傍らにそっと腰掛ける。
そして、髪を結っていた紐を外すと、互いの手首にきつく絡み付ける。
「私は、二度と離れぬように。ずっとあなたと一緒に死にたかったんです。あの時から、ずっと。それが私の愛の形。」
繋がれた二つの手。
この手がもう二度と離れぬように。
そして、森の影へと声をかける。
「見ていたのでしょう?さぁ、殺しなさい。私の願いはもう叶ってるの。」
不意に呼吸が止まる。
あかりのお腹に空いた穴は、静かにその命の灯火を吹き消した。
男は独りごちる。
「ふん。胸糞悪い喜劇だったが…。俺は変わり者は嫌いじゃないんでな。せめて形はのこしてやったが、気まぐれだ。運が良かったな。」
そして再び森の中へと消えて行く。
残された二つの遺体。
それはまるで眠っているかのように。
仲睦まじく、そっと寄り添いあっていた。
勝者…本田あかり
勝者…力堂保
応援ありがとうございます!
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