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〈戦い・5〉
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その組み合わせは最悪であった。
咲の前に現れたのは、純白のワンピースをまとった天使そのもの。
先程の戦いで、初めて自分のスキルに恐れの意識を覚えてしまった咲。
神々しく美しいその女は、長い髪をたなびかせ、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
汚れが落ちていく。
まるでそんな気持ちになる。
咲が見ているものは、本物の天使だ。
頭上には天使の輪、背中には大きな翼が左右に広がる。
そしてその横にいるのは、ラッパを手に持った女。
前髪が長く、顔を覆っている。
天使と同じように白いワンピースを着ているが、全体的に暗く、ぼんやりとした印象だ。
(この女が召喚したのか?だとしたら…、まさか。マリア様?)
桜のスキル…『受胎告知』
能力…媒介であるラッパを吹き鳴らし、天使ガブリエルを召喚する。ガブリエルも同様のラッパを持ち、それを吹くと、音が聞こえたものの腹をどんどん膨張させる。一度膨れ始めると破裂するまで膨らみ続ける。
一度の召喚で一吹きすると、その後は一定時間が立たないと再召喚できない。
桜は辺りを見回す。
何ともおぞましい光景。
「これは、あなたがやったの?」
咲は、あの惨劇を思い出し、またしても黒いもやが心を覆う。
「…はい。」
桜は顔を歪める。
何と残酷なことを。
人であったであろう、この残骸を見ただけで、どれほどに残忍な事が行われていたかと想像できる。
しかし、どうだろう。
桜には咲の態度がうやうやしく見える。
すると視線に入るフランス国旗。
(ああ。この女。ジャンヌダルクか。)
桜は納得がいく。
彼女は確か、神の指示により戦ったと証言してこの世を去った。
それならば。
(こいつは、私には手を出せない。)
思わず口元に笑みが浮かぶ。
「何と酷い事を…。神の意を組み、国のために戦った英雄ともあろう者が。」
咲は俯くと唇を噛み締めた。
揺らぐ信念。
揺らぐ正義。
畳み掛ける桜。
「私はマリア。イエスキリストの母である。その名の下に、お前の罪を清めよう。」
思わず上げた顔から除くその目には、救いを求める小さな光。
桜はその光を黒い影で飲み込む。
「死を持って償うが良い。」
咲は咄嗟に旗を持つ手に力が入る。
…が。
手が動かない。
本能が拒絶をしている。
(あの仕打ちを、マリア様に?天使様が見ている前で?…できない。できるわけがない!)
咲はふっと力を抜くと旗をその場に落とす。
そして目を瞑り、立て膝をついた。
戦わない選択を選んだのだ。
ガブリエルのラッパの音が高らかに鳴り響く。
咲は両手を組み、頭を垂れる。
その姿は奇しくも、かつてのマリアがガブリエルにより受胎告知を受けた時の光景と同じであった。
(美しい。そして、懐かしい…。)
桜は我が子が自身の腹に宿った時の気持ちを思い出す。
可愛い、可愛い息子。
一体、どこで何をしているのか。
光に包まれながら、咲の体には異変が起きていた。
お腹の中を圧迫している何かは、速度を落とすことなく一定のスピードで更に大きく膨らんでいく。
咲は徐々に近付く死に怯えはなかった。
それどころか、歓喜ですらあった。
(私は…罪人だ。これで全ての罪が、汚れが落とされる。神の手により、召せるのであれば。これ以上の幸福があるものか。)
咲は迷ってしまった。
自分の正義は果たして本当にそうであったのかを。
理央との戦いは、彼女から彼女らしさ。コアである信念を壊してしまったのだ。
それよりも心を占めるのは、神の力で浄化できることの喜び。
神は、やはり存在しているではないか。
海岸に響き渡る破裂音。
咲が聞こえた最後のその音は、まるで祝福の鐘のように思えた。
(呆気ない。)
桜は一人、小さく笑う。
そしてぼそりと囁く。
「私は神の子の母。何をしても許される。それが例え、神を慕う者の命を奪った…。としても…。」
宙に浮いたその言葉は、ほんの少しの哀愁をまとい。
その笑い顔は、どこか悲しげでもあった。
勝者…赤石桜
咲の前に現れたのは、純白のワンピースをまとった天使そのもの。
先程の戦いで、初めて自分のスキルに恐れの意識を覚えてしまった咲。
神々しく美しいその女は、長い髪をたなびかせ、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
汚れが落ちていく。
まるでそんな気持ちになる。
咲が見ているものは、本物の天使だ。
頭上には天使の輪、背中には大きな翼が左右に広がる。
そしてその横にいるのは、ラッパを手に持った女。
前髪が長く、顔を覆っている。
天使と同じように白いワンピースを着ているが、全体的に暗く、ぼんやりとした印象だ。
(この女が召喚したのか?だとしたら…、まさか。マリア様?)
桜のスキル…『受胎告知』
能力…媒介であるラッパを吹き鳴らし、天使ガブリエルを召喚する。ガブリエルも同様のラッパを持ち、それを吹くと、音が聞こえたものの腹をどんどん膨張させる。一度膨れ始めると破裂するまで膨らみ続ける。
一度の召喚で一吹きすると、その後は一定時間が立たないと再召喚できない。
桜は辺りを見回す。
何ともおぞましい光景。
「これは、あなたがやったの?」
咲は、あの惨劇を思い出し、またしても黒いもやが心を覆う。
「…はい。」
桜は顔を歪める。
何と残酷なことを。
人であったであろう、この残骸を見ただけで、どれほどに残忍な事が行われていたかと想像できる。
しかし、どうだろう。
桜には咲の態度がうやうやしく見える。
すると視線に入るフランス国旗。
(ああ。この女。ジャンヌダルクか。)
桜は納得がいく。
彼女は確か、神の指示により戦ったと証言してこの世を去った。
それならば。
(こいつは、私には手を出せない。)
思わず口元に笑みが浮かぶ。
「何と酷い事を…。神の意を組み、国のために戦った英雄ともあろう者が。」
咲は俯くと唇を噛み締めた。
揺らぐ信念。
揺らぐ正義。
畳み掛ける桜。
「私はマリア。イエスキリストの母である。その名の下に、お前の罪を清めよう。」
思わず上げた顔から除くその目には、救いを求める小さな光。
桜はその光を黒い影で飲み込む。
「死を持って償うが良い。」
咲は咄嗟に旗を持つ手に力が入る。
…が。
手が動かない。
本能が拒絶をしている。
(あの仕打ちを、マリア様に?天使様が見ている前で?…できない。できるわけがない!)
咲はふっと力を抜くと旗をその場に落とす。
そして目を瞑り、立て膝をついた。
戦わない選択を選んだのだ。
ガブリエルのラッパの音が高らかに鳴り響く。
咲は両手を組み、頭を垂れる。
その姿は奇しくも、かつてのマリアがガブリエルにより受胎告知を受けた時の光景と同じであった。
(美しい。そして、懐かしい…。)
桜は我が子が自身の腹に宿った時の気持ちを思い出す。
可愛い、可愛い息子。
一体、どこで何をしているのか。
光に包まれながら、咲の体には異変が起きていた。
お腹の中を圧迫している何かは、速度を落とすことなく一定のスピードで更に大きく膨らんでいく。
咲は徐々に近付く死に怯えはなかった。
それどころか、歓喜ですらあった。
(私は…罪人だ。これで全ての罪が、汚れが落とされる。神の手により、召せるのであれば。これ以上の幸福があるものか。)
咲は迷ってしまった。
自分の正義は果たして本当にそうであったのかを。
理央との戦いは、彼女から彼女らしさ。コアである信念を壊してしまったのだ。
それよりも心を占めるのは、神の力で浄化できることの喜び。
神は、やはり存在しているではないか。
海岸に響き渡る破裂音。
咲が聞こえた最後のその音は、まるで祝福の鐘のように思えた。
(呆気ない。)
桜は一人、小さく笑う。
そしてぼそりと囁く。
「私は神の子の母。何をしても許される。それが例え、神を慕う者の命を奪った…。としても…。」
宙に浮いたその言葉は、ほんの少しの哀愁をまとい。
その笑い顔は、どこか悲しげでもあった。
勝者…赤石桜
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