女性兵士シーナと砦の愉快な兵士たち

和泉月狐

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女性兵士シーナと砦の愉快な兵士たち

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 「シーナさん!結婚してください!」

 「お断りします」

 「理由はっ、理由を教えて下さい!」 

 「ぶっちゃけ性病を感染されたくないからです」

 「ぐふぅっ!!」

 ここ3週間ほど、女性兵士シーナの朝は日替わりプロポーズから始まる。 

 シーナに限らずとも、毎年新人兵士が配属されるこの季節になると、砦中のそこ彼処で出会い頭の衝突事故、ならぬ求婚事故が散見されるようになる。

 砦に勤務する女性兵士の数は、男性兵士の1割強。それに対し砦の内側に拓かれた街へと一歩足を踏み入れれば、娼婦を生業にしている女性がそれなりの数存在している。それこそ売る程いるのだが、当然ながら慈善事業では無いため、そこには安からぬ金銭取引が発生する。

 財布にも性欲にも余裕のあるベテラン兵士ならともかく、入団したばかりの若い新兵ほど、年齢相応に滾る性欲を発散出来るほど懐に余裕がない。

 そこで彼等は海綿体の詰まった脳みそを振り絞って考えるのだ。

 《以下新兵の脳内思考》
 街の娼婦はピンキリだが安全で見目良い女ほど高い
   ↓ 
 街の素人女は無料でほぼ安全だが、自分の都合だけでは解消できない上、色々と手間暇がかかる
   ↓
 砦の女性兵士なら安全・無料でいつでも何処でもヤリたい時にヤれる! (←思い込み)
   ↓
 多少年増でも無料で安全なら良い!
   ↓
 しかし!女性兵士は同意関係にない限り、絶対お触り禁止!コレ鉄の掟!
   ↓
 取り敢えず求婚!同意を取り付けたら桃色の日々でウハウハ!
   ↓ 
 結婚・妊娠を匂わされたら異動申請してオサラバだ!
   ↓
 チーン!俺天才!! (←バカ)

 毎年配属される新兵の大半が上記のような海綿体頭の男で、女性兵士は異動、又は退職者が出次第、翌年等数が配属されるシステムの為、この砦では毎年恒例のプロポーズ(バカ)イベントとして周知されていた。
 配属10年目のシーナも御多分に漏れず。相手を傷付けない断り文句もとうにバリエーションは尽きており、最近は的確に急所を抉るお断りで、華麗に敵を瞬殺することに使命すら感じている次第であった。
 とはいえ新兵の顔見せ的な1ヶ月が過ぎれば日々の殺人的な訓練に精も魂も尽き果て、誰もが毎晩死体のように眠るようになる。精々魔獣討伐に参加した後、興奮した心と身体を慰める為に発散場所を求める位のものだ。
 そこを乗り超えられた新兵たちは顔つき身体つきも変わり、落ち着きが余裕となって現れ、逆に素人・玄人問わず女性の方から擦り寄ってくるようにすらなる。今現在、砦の主力となっている中堅兵士たちのように。

 現在シーナが勤務しているのは王都から東北へ、馬車で1ヶ月程離れた距離にある兵団の砦だ。砦の外側、3km先には一面鬱蒼とした魔の森が広がっている。
 かつて森から溢れ出した魔獣が国内に向かって侵入した事が何度かあり、度重なる襲撃を受けたこの近辺の町は壊滅的な被害を被った。流石に事態を重く見た当時の国王がそれ等の侵入を防ぐ為、この無骨で頑強な砦は築かれた。それが約200年前。

 実は砦建造計画が打ち出された際、一部の貴族や兵士から魔の森を一斉に焼き払うという些か乱暴な案も出たそうだ。だが、周辺の環境被害を考えるとあまりにもマイナス面が大きい事、また瘴気の発生源が森林内の何処にあるのか不明な事もあって、伐採も焼却も非現実的で非効率過ぎる、と時の大魔道士様が鼻で嘲笑って却下したらしい。

 「取り敢えず、砦の防御は僕の最高に綺麗で機能的で非の打ち所のない完璧な魔法陣で固めておいてあげるよ。まぁ森から溢れた魔獣退治に関しては、視界に入るだけでも暑苦しくて鬱陶しい脳筋どもをギュウギュウに箱詰めにして、砦に送り付けておけばいいでしょ。あいつ等なら煮るなり焼くなりして何とかするんじゃない?フフン」

 と言うナルチシズム極まりない魔導士の一言の元、建造以来、魔物討伐最前線であるこの砦には王国屈指の腕自慢たち・・・つまり脳筋集団が着々と集まり、どんどん増殖し、これでもかと幅を利かせるようになっていた訳なのだが、ここにきて見過ごせない、重大な弊害がとうとう露見した。

 と言うより、いよいよ無視できないレベルに達したと言うべきか・・・城内の文部から砦に向けて出された必要書類の提出依頼に対し、砦からの返答はーーー

 「書類?報告書?予算案?それどんな魔物だ?」

 「飛行型か?地中型か?」

 「斬るか?」

 「刺すか?」

 「殴るか?」

 「喰えるか?」

 「美味いか?」

 ーーーといった有様で、全く人類として話が通じない。

 国に属する兵士は全て国家公務員であり、その給料や予算は国が税金から出さねばならない。にも関わらず、必要な書類が殆ど城に届かないとはこれ如何に。
 たまに珍しく書類が戻ってきたかと思えば・・・

 『新しい武器が欲しいから予算いっぱいくれ』だの
 『1,000人位の兵士が仕事したから1,000人分の給料くれ』だの
 『ぼくがかんがえたさいきょうのとりで・その4』だの・・・

 宰相府のエリート役人たちはクソ忙しいなか落書きじみた書類に翻弄され、

 「武器なんか無くても中型魔獣くらい素手で討伐できるだろっ!」とか
 「何故100人定員の兵舎に兵士が1,000人も居るんだ!?」とか
 「子供かっ!!」
 「その1からその3までどこにある!?閣下の未決書類の中に紛れていたら血の雨が降るぞっ!探せーっっ!」

 と鬼気迫る表情に青筋立てて怒鳴りまくる羽目になる。
 ーーーそして彼等本来の仕事がどんどん滞り、挙げ句宰相閣下の特大級雷が執務室に落ちるという悪循環。

 部下と砦兵士のいたちごっこに業を煮やした宰相が、少しでもまともな書類を手に入れ、仕事を円滑に進めるべく問題の砦に派遣した文官たちはもれなくーーー
 「うわーん!もぉこんな山賊砦やだぁ!おウチ帰るー!」
 と本気でわんわん泣いて城に帰ってきた。その後、断固登城拒否か仕事放棄か行方不明。

 当然それで話が終わる筈もなく。子飼いの文官たちを尽く使い物にならなくなるまで肉体的にも精神的にも潰され、ブチ切れた宰相閣下は城内の魔道士総出で三日三晩徹夜させ、砦直通の転移門を突貫で城の中庭に創らせた。
 そして斃れた魔導士たちの屍を文字通り乗り越え、武装した城内兵士47人を引き連れて意気揚々と山賊砦に討ち入り・・・いや乗り込んだ。

 内政の頭である宰相が、砦兵士に比べれば貧弱とはいえ屈強な肉壁たちを従えて、直接砦へと殴り込みに来た。
 これには流石の脳筋たちも簡単に追い払う事など出来ず。仕方なしに砦を預かる団長・副団長は舌打ちを隠す事なく、貼り付けた最高の笑顔と鍛え上げた鋼の筋肉をもって、盛大に彼等を歓迎した。

 漢達は夜を徹して語り合った。会議室からは怒号と破壊音と野太い悲鳴が絶えることなく響き渡り、医務室のベッドとその周辺の床が折り重なった兵士の屍で満杯になった夜明け頃、漸く最終案としてお触り禁止の女性兵士を数名、専属事務官として砦に配属させる事でお互い妥協した。と言うか、させた。

 当代の宰相閣下は稀に見る武闘派だった。

 そんなこんなで10年前、平民出身でありながら、王国兵士の採用試験に優秀な成績で合格したシーナは、初っ端からこの辺境砦に女性兵士初号チームの一員として配属が決まったのだ。

 宰相閣下肝煎りの、山賊砦係の希望の星として。

 そして唐突に話は戻る。


 



 「さて、今日の朝食は何だろな。う~ん、コンソメスープの良い匂い」

 後方に蹲り、泣き咽ぶ新兵を一顧だにせず立ち去るシーナは今日も安定の平常運転だった。

 「ーーーィィィイギィヤアァァァァァッッッ!!!」

 角を曲がれば食堂の入口、という手前。黒板を爪で引っ掻いたような、非常に不愉快な悲鳴がシーナの耳に突き刺さった。次いで前方にある医務室・・・の隣にあるリネン室のドアが勢いよく開き、猛スピードで先輩の男性兵士が廊下を突っ込んで来る。

 「お・・・っと」 

 即座に一歩避けた肩先を掠り、男は必死の形相で、何故かフルチンのまま大浴場に向かって駆け抜けて行った。

 全力疾走する後ろ姿の、Tシャツ越しでも分かるガッチリとした肩幅、逆三角形のシルエットに引き締まった臀部、筋肉が浮き彫りになった長い脚部と・・・その隙間からヒョコヒョコ覗く男の息子さんをシーナは黙って見送る。
 そしていちぶの隙も無く着こなした制服の、先程すれ違った肩部分の埃を払うように軽く叩くと一つ頷き、今朝もまたいつも通り問題なし、といった表情で食堂へと入って行くのであった。

 一方、とうの経った安い娼婦に性病を感染され、心と体と懐に深いダメージを受けた挙げ句、まだかさぶたすら出来ていない傷口を、塩まみれの鋭利な刃で無理矢理こじ開けられた若い新兵はというと・・・
 あわよくばクール系年上美人のセフレゲット!という甘い考えを木っ端微塵に打ち砕かれ、両手両膝をついた姿勢のまま、まだ人通りの少ない廊下で深く項垂れていた。が、曲がり角の向こうから迫りくる切羽詰まった足音にふと気付き、不審に思って顔だけを上げた瞬間、下半身丸出しの変態男に真正面から轢き逃げされる、という人生最大の不幸に見舞われていた。 






 「おはようシーナ」 

 「おはようございます。ガンツさん」

 シーナが料理長自慢のオニオングラタンスープに舌鼓を打ちながら、脳内で本日の業務を組み立てていると、向いの席に砦では6年先輩のベテラン兵士が朝食トレイを置いて座った。

 「お前は相変わらず少食だな」

 シーナのトレイには拳サイズのバターロールが3つ、サラダボウル、スープカップ、ソーセージ、ゆで卵、ヨーグルト、オレンジジュースが乗っている。
 女子にしては朝から結構なボリュームだと思われるが、ガンツの持参したトレイを見れば、彼女のそれは病人食並みなのかもしれない。

 「ガンツさんは今日も山盛りですね」

 1枚のトレイにはでかい丼サイズのスープ椀と、倍サイズのバターロールが溢れ落ちそうな程。もう1枚にはサラダボールに山盛りのゆで卵、皿からはみ出す程の大きさの骨付き肉、そしてちょっと肩身の狭そうな野菜サラダが乗っていた。
 見るだけでゲップが出そうな光景にも慣れたもので、シーナは顔色一つ変えることなく淡々と自分の食事を頬張り続ける。

 「今日は総当たりの日だからな」

 「あぁ、そうでしたね」

 本当に咀嚼しているのかと聞きたくなる早さでガンツの口に食物が運ばれ、一瞬で消えてゆく。

 「一人でも多くの新人たちに、生き残る為の術を教えるのが俺の役目だ」

 「それは御愁傷様です」

 「? 死なせない為の訓練だが?」

 「ええ、出来るだけ死人を出さないで下さいね」

 「ーーーあぁ、気を付けよう」

 ガンツという男は齢14歳から始まった兵役20年の内、大半をこの砦で過ごしている強者であり、国中の盾持ち兵の中でも五指に入る程の猛者でもある。
 普段から口数は多くないが、コミュニケーションが取れない程無口な訳でなく、強面だが笑うと片エクボが出来るチャーミングさも兼ね備えている。なかなか面倒見が良い面もあり、後輩たちからも公私共によく慕われているようだ。
 絶対実力(脳筋)主義のこの砦において小隊長を長く任されている事から、腕力だけでなく彼の人格もまた皆に兄貴と認められている証拠だろう。

 ただし、盾を構えると男の雰囲気は豹変する。魔物討伐の最前線で敵の威圧と攻撃を全身で受け止め、受け流し、時には超至近距離で必殺の反撃を繰り出す役目を担っている男の本気は、ヤバイなんてものではない。

 こんな話がある。2~3年前に、短期間だけ城から中堅兵士が異動で配属された事があった。その男は魔獣討伐の際、気が逸ったのか、ガンツの構える大盾の前に一歩踏み出てしまった。
 気付いた誰かの「あ」と言う声が耳に届くより先に、ガンツの放った殺気と闘気を背後から全身に当てられ、男は振り返る間もなく膝から崩れ落ち、白目を剥いて失禁しながら気絶したそうだ。

 実際ガンツ程の強者なら、もし万が一盾前に味方が立ったなら、咄嗟に気を抑える事など容易である。何なら片手で目前の襟首を掴んで最後尾に放り投げる事すら出来た筈だ。
 しかしあの時はそれをせず、むしろ態と隙きを作って男を盾前に立たせたフシがある。ついでに失神した男を、3度踏み付けていたと言う笑い話さえまことしやかに流れていたりもする。

 ーーー実は男がシーナにしつこくモーションを掛けていた事を知ったガンツが、ほんの少し本気で脅しただけだと言う事を、砦に2年以上勤務する兵士は皆知っていた。

 ちなみに件の男は砦着任時、貴族用の馬車で堂々と来客口に乗り付け、まず外観にケチを付けた。その後内部を案内する事務官に汚いだの臭いだの散々砦の悪口を言い、自分が団長となった暁には兵士の入れ替えと女性兵士の増員、プラス設備の高級化と充実を計る、とほざいていた。
 実戦前にも剣の扱いや流派がどうのと随分な大口を叩いていたらしいが、初戦で見事な醜態を晒し、使い途のない役立たずである事を自身で証明してから手練の事務官たちに「しまっちゃおうねー」と箱詰めされ、あっさり城へと返品された。

 余談だが、返品伝票には返品理由と共に男の大言壮語も事務官によって漏らさずビッチリ記入された為、文部経由で伝票を受け取った宰相閣下が大層愉快気に笑っておられたらしい。

 後日、穴だらけになった城内の兵士訓練場の地面を、城の兵士たちが総出で徹夜して直すという珍事も発生したが、些細な事だった。






 閑話休題。話を食堂に戻そう。

 向かい合って食事をする2人の隣、現れた色男がガンツに向けて唐突な質問を投げ掛けた。

 「ガンツ、お前グレゴリーに何渡したんだ」

 「おはようございます、サティさん」

 「おう、おはようシーナ。今朝も美人だな」

 「ありがとうございます」

 ガンツと似たような大盛りトレイを両手に颯爽と現れたのは、今この砦で最も美人と言われている男。副隊長のサティだ。

 常に微笑みを絶やさない人物で、日常生活は元より、新人兵士たちが血反吐を吐くような厳しい訓練中も、討伐時に大型魔獣の角に引っ掛けられた兵士がキャーと宙を舞っている時も、剣ごと腕を咥えられた兵士が魔獣にブンブン振り回されている時も、常に笑顔を振り撒いている。
 むしろ、あははは!と大声で笑いながら剣を振り回し、魔法を乱打する大変危険な存在である。

 と、砦に勤続2年以上の兵士は皆熟知している。

 そんな危険で美人な副隊長から聞かれた内容に、手を止め考える素振りを見せたガンツだが、すぐに「あぁ」と何かを思い出したようだ。

 「トラトラバームを渡したが?」

 「あぁ・・・あれか・・・フフ」

 シーナは千切ったパンを口に運びながら、廊下をフルチンで走って行った先輩兵士を思い出して首を傾げた。

 「グレゴリーさんがどうかしたんですか?先程、もの凄い勢いで走って行かれましたが」

 「擦り傷ができたらしい。涙目で傷薬を持っていないか聞かれたから、土産で貰ったトラトラバームをくれてやった」

 ガンツの応えを聞いたサティが、犬歯で肉を引きちぎりながら面白そうに再度問う。

 「どこに擦り傷が出来たかは?」

 「いや?」

 「ウラ筋だよ」

 「「・・・」」

 裏筋。それは男性器の裏側にある筋。包皮小帯と言って、陰茎の亀頭の裏側と包皮との間を橋渡し状につないでいる筋状の組織である。この小帯は大きい人と小さい人がいる。幼少時は誰でも亀頭に皮がかぶっていて、第二次性徴で亀頭が露出するにしたがい、小帯も成長する。ようするにふつうは小帯がのびるのだが、包皮口が広がらず皮がかぶったままの人は亀頭が出ないので、小帯ものびない。だから人によっては切れる場合がある。

 「やっこさん、昨日の休みに外に出る金がないからって、一日中部屋に引き篭もってシコシコやってたらしい」

 「「・・・」」

 「で、ヤり過ぎてウラ筋が切れたんだと。医務室に行ったら昨日から明後日までの三日間、担当医がアンヌ先生だったんで、怖くて薬が貰えなくて。で兄貴分(ガンツ)に頼ったんだよ」

 「そうか、悪いことをしたな」

 「さぞかし効いたんだろうな、風呂で号泣しながらチ○ポ洗ってたぞ。クク・・・」

 軽く眉間に皺を寄せながらも食べるスピードを落とすことなく、淡々と朝食を片付けていく2人・・・と超笑顔の1人。

 「・・・フルチンで廊下を全力疾走するのと、アンヌ先生に怪我した箇所を申告した上で沁みない傷薬を貰うのとでは、どちらが恥ずかしいでしょうね?」

 「羞恥心の問題だけなら前者だろうな」

 悪気無く、女性として単純な疑問を口にしたシーナに、間髪おかずサティの応えが返る。

 「? 別の問題が?」

 「恐怖心だろう」

 首を傾げたシーナに、これまた即座にガンツの言葉が返ってきた。

 「? では砦中の笑い者にされるのと、アンヌ先生に治療して貰うのとでは、どちらが恐ろしいですか?」

 「「アンヌ先生」」

 常に笑顔を振り巻くサティが真顔になり、この世に怖いものなど存在しないと態度で示すガンツの顔色が少々悪くなる。

 「アンヌ先生はドSだからな」

 「箇所を申告した上でよく沁みる薬を処方されるだろう」

 「泣いても洗い流させてくれないだろうしな」 

 「むしろ喜々として隅々まで観察されるだろう」

 男達の実感籠もった言葉にシーナは悟った。

 「・・・お二人とも、何か経験が?」

 「「・・・」」

 沈黙をもって是となす。誠にわかり易い。

 「アンヌ先生が、騎士団の総当たり訓練の予定を態々調べてから勤務医のシフト組んでるっていうのは、慈悲と善意と好意からではなかったのですね」

 「100%好意だろうね、間違いなく。砦を護る兵士に対して、ではないだろうけど。ハハハ」

 「あぁ。自分の趣味と実益を兼ねて、と言うところだろう」

 「・・・左様デスカ」

 砦勤務医のアンヌ先生は、小柄で童顔の割に括れたお腰とボリュームのあるお胸とお尻をお持ちの女性だ。砦に赴任して来た新人兵士(♂)は例外なく、まず真っ先に彼女に骨抜きにされる。
 お近付きになりたいが為に、彼女の担当日に態と怪我をして医務室に行くのだ。が、一度彼女の世話になった者の大多数は、土気色した顔で震えながら「もう二度とあそこには行きたくない・・・」と口を揃えて言う。

 「「あそこは魔王城に違いない」」

 幸いシーナ自身はアンヌ先生の好み(性癖)から大きく外れているお陰で酷い目にあった事はない。が、医務室から駄々漏れに聞こえる野太い悲鳴や、時々混ざる意味不明な歓喜の声を耳にした事は何度もある。
 オレンジジュースを飲みながら、ふと以前お酒を御相伴に預かった際、アンヌ先生がウットリと溢した言葉を思い出した。

 「そう言えば、『ガタイのデカイ男をヒィヒィ鳴かすのが、たまらなく好き。想像しただけで濡れちゃうの♡』と仰っていましたね」

 「「業が深い」」

 一切の笑顔を失くし、青褪めた顔色で呟くデカイ騎士達を尻目に、すっかり朝食を平らげたシーナはナプキンで口元を拭き終え、「では、お先に失礼します」と姿勢良く立ち上がった。

 「総当たり訓練、お二人とも大きな怪我のないよう祈っております。どうかアンヌ先生のお世話になりませんように」

 そう言ってシーナは向いのガンツとサティに微笑むと、徐ろに腰を折る。軽く腰を上げて迎えるように顔を近付けたガンツの唇に自身のそれを寄せ、チュッと軽い音を立てて口付けた。
 ガンツの太い腕が後頭部に回る直前にスッと腰を戻し、瞳を笑ませ、赤い舌先を覗かせたシーナは自身の唇をゆっくりと舐める。堅い制服に包まれた内側にある、溺れそうな色と熱をよく知る男ガンツに、無言で『おあずけ』と言い渡す女の仕草を魅せたのだ。

 空の食器を乗せたトレイを手に、振り返る事なく配膳口へ向かうシーナの後ろ姿を、ガンツが骨付き肉にかぶり付きながら火傷しそうな熱い視線で見送っている事に、勿論シーナは気付いている。

 ーーーそして食堂にいる勤続2年以上の兵士も皆知っている。

 「「「あいつら、毎朝同じ部屋から出て来る癖に、何で態々時間ずらして食堂に現れるんだ!?」」」

 それは勿論、愉しいからだ。






 フルチン轢き逃げ被害にあった、運の悪い若い新兵のその後について。

 初めての総当たり訓練中、悪い笑みを浮かべた副隊長の風魔法に吹っ飛ばされ、上空で錐揉みした後地面に顔から叩き付けられる。何とか起き上がった直後、ガンツの盾をまともに鳩尾に受けて胃液を吐き散らしながら悶絶。担架で運び込まれた医務室では、舌なめずりして待ち構えていた魔女に新たな扉と非ぬトコロを無理矢理こじ開けられそうになり、全裸で土下座しながら泣いて赦しを乞う。這うようにして漸く戻った自室では、相部屋の先輩兵士から擦り傷切傷にトラトラバームを塗り込まれて絶叫。その夜は口から魂を飛ばして永眠・・・いや、安眠した。
 翌朝よろよろと辿り着いた食堂にて、シーナとガンツが公然の仲だった事実チュッを目の当たりにし、色々とどめを刺される。

 心の疵と滾る欲望を癒やすべく、ヤケ糞で出掛けた安い娼館で再び性病を感染され、それを理由に街娘にも尽く振られ続けた彼は血涙を流しながら、魔獣討伐の最前線で死に物狂いになって剣を奮った。
 この世の全てを呪うかのように。そして、この世の全てを断ち切るかのように。

 傷だらけになりながらも生き伸び、無事に砦の中堅となった兵士は、娼館よりも娯楽室でカードゲームを好むようになる。その全てを悟ったような風貌から、ラミーという愛称の立派な小隊長として若い兵士たちを長く率いる事になる。






 新たに砦赴任する事務官兵士の為に編集された、某女性兵士著作、砦日記・砦兵士一覧覚書の特記事項にはこう記されている。      

 『因みにラミーとは、毛ジラミのラミから取られたものである』と。


 



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