世界をとめて

makikasuga

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誘拐犯はオスイチ男

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 人生なんてどうでもいいと思っていた、この男に出会うまでは。

 深夜二時。大多数の人々が眠りについていると思われる時間。この部屋の主である金田麻百合かねだまゆりもそのひとりだった。   
「あんた、金田麻百合だろ?」
 これは夢だろうか。マンションの玄関はオートロック、部屋もしっかり施錠している。
 だが目を開けると、灯りがつけられ、見知らぬ男が麻百合の顔を覗き込んでいる。
 その男はヤンキーかと言わんばかりの金髪で、深夜だというのに濃いサングラスをして目元を隠していた。そのため、正確なところはわからないが、オッサンには見えないことからしておそらく二十代だろう。身長は高く、細身ではあるが筋肉質な体型で、外見だけみれば、そこそこのイケメンといった感じではある。
「ホントに双子かよ。カリンとは似ても似つかねえなあ」
 麻百合の顔を覗き込み、しみじみと呟くヤンキー男。
「け、警察呼びますよっ!?」
「警察? そんなもん役に立つもんか。カリンがおまえを呼んでる。俺と一緒に来い」
「カリンなんて人、知りません!」
「何にも知らねえんだな。カリンはおまえの妹だよ」
 麻百合の両親は既に亡く、天涯孤独の身の上である。妹なんて話は聞いたことがない。
「人違いです。出て行ってください!」
「そういうわけにはいかねえんだよ」 
 ヤンキー男は不敵な笑みを浮かべて、ベッドに寝転がったままの麻百合の腕をつかみ、強引に起き上がらせた。
「俺はカリンの奴隷だから」
 放った言葉とは裏腹に、ヤンキー男は自信に満ち溢れていた。
「今日の昼間、クリスタルキングにいただろ」
 クリスタルキング。その名を聞いて、麻百合は動揺した。
「激アツの7テン外して呆然としてたよな。まあ、アレで当たらなきゃ、何しても当たんねえよ」
「えっと、何の話でしょう?」
 白々しいと思いながらも、麻百合は笑ってごまかした。クリスタルキングとは、駅前にある大型パチンコ店の名前である。
「あんたの左隣もハマってたけど、いきなり連チャン始まったし、右隣もオスイチで当ててたもんな。向いてねえんじゃねえ、とゆーか、あんた、運悪すぎ」
 確かに麻百合は昼間パチンコ屋にいた。ヤンキー男が言ったような状況に遭遇し、呆然としていた。要するに一部始終を見られていたということである。
「パチンコやって何が悪いの? 私のお金をどう使おうが、私の自由でしょう」
 内緒にしていた。友人にも話したことはない。ただ、毎日がどうしようもなく辛くて、何かに逃げたかっただけ。
「別にやめろなんて言ってねえけど」
「お金なんかなくなればいい! 何もいらない、このまま死んじゃえばいい!」
 麻百合は自棄になって両手で頭を抱えた。

 人混みで孤独を味わうより、ひとりの部屋で小さくうずくまるより、機械に翻弄される方がいい。ひとりだけど、ひとりじゃないから。

「聞こえなかったのか、やめろなんて言ってねえよ」
 ふいに両手を掴まれ、麻百合は嫌でも頭を上げることになった。
 ヤンキー男は左手で麻百合の両手を掴んだまま、右手でサングラスを外す。その顔を見て、思わず声を上げそうになった。パチンコ屋にいた右隣のオスイチ男だったから。
「ただ、死ねばいいとかは言うな。カリンの前では絶対だぞ」
 切れ長の瞳はなぜか哀しげに見えた。昼間は嬉しそうに煙草を吸っていたというのに。
「だから、カリンなんて人、知らないって……ひゃあっ!?」
「知らなくても、これから知ることになるから。ほら、行くぞ」
 ヤンキー男はひょいと麻百合を抱えた。荷物を肩に乗せるような、そんな気軽さで。
「ちょっと離して!? それにこんな格好で」
 麻百合の格好はTシャツに短パン。何度も洗濯してヨレヨレになっているが、その具合が就寝時には最適でパジャマ代わりだった。寝るときはブラジャーはつけないが、辛うじてショーツは履いている。
「今は身一つでいい。必要なら後で取りに来ればいいから」

 これは誘拐、そうだ、そうに違いない!

 そう思ってすぐ、麻百合は重大な事に気がついた。身代金を払ってくれるアテがないことに。
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