世界をとめて

makikasuga

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哀しみリプレイ

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 蓮司に引き取られた当初の柳は、子供も大人も信用せず、差し伸べる手は振り払い、向かってくる相手には抵抗し反撃していた。
 殴られても蹴られても、血を流しても痛いなんて言わない。いつしか喧嘩相手は年上の中学生から高校生へと変わっていき、蓮司は柳の身の危険を真剣に考えるようになっていた。そしてついに、恐れていた事態が起きてしまう。
 柳が怪我をして病院に運ばれた。知らせを聞いて駆けつければ、頭に包帯を巻いた柳がベッドに寝ていた。
「コウ、大丈夫か!?」
 柳はこくりと頷いた。いつもなら来なくていいと蓮司に食ってかかるのに、今日はやけにおとなしかった。
「頭を打ったって聞いた。痛いか?」
「別に、痛くなんか、ない……」
 ぽつり、ぽつりと言葉を放ち始めると、柳の目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
「無理すんな、痛いんだろ。待ってろ、誰か呼んできてやっから」
「痛くなんか、ねえ、怖かった、だけ……」
 泣き顔を見られないようにと、柳は両腕で顔を覆った。左手にはあちこちに絆創膏、右腕には包帯が巻かれ、痛々しい。
 目撃者の話によれば、二十代前半の若い男が突如因縁をつけ、柳の頭を地面に叩きつけたという話だった。倒れた柳に向かって、何度も蹴りを入れ、周りが止めるのも聞かず、やってきた警察官にも暴力をふるい、そのまま連行されていった。後にこの男は心神喪失状態にあると認められ、不起訴になっている。
「よく我慢したな、コウ」
 蓮司はベッドに腰掛け、泣きじゃくる柳をそっと抱きしめてやった。
「世の中には悪い奴がいる。捕まえても反省しない奴とか、反省すらわからない奴とか、とにかく色んな奴がいる。おまえはそうなるなよ」
 蓮司の声はいつになく真剣だった。
「……意味、わかんねえよ」
「わからなくていいから、これだけは覚えておいてくれ。コウ、怪物にはなるな。人間でいろ」
 さっきの男が普通ではないことは、幼い柳なりに理解していた。
「もし、怪物に殺されそうになったら?」
「そん時は俺が助けてやる。何があってもだ」
 この一件によって、柳は蓮司を信頼し、心を開くようになった。怪物にはなるなという蓮司の言葉を、頭の片隅に仕舞い込んだままで。
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