世界をとめて

makikasuga

文字の大きさ
28 / 69
死神は告知する

しおりを挟む
「あんたいったい、何を隠してるのよ」
 応えるはずがないとわかっていたけれど、呟かずにはいられなかった。レイ曰わく、あれが柳の強いトラウマであるのなら、そこから導き出される結論はこうだ。
 柳はおそらく家族と思しき人々を奪われ、その相手を殺したい程憎んでいる。
 柳が警察官だったという話は嘘じゃなさそうだ。それなら尚更、捕まえるというべきではないのか。それに加えて、柳の先輩だというレイの存在が異様すぎる。フルネームで柳を呼んだのに「知らない」と言い切ったかと思えば、レイ自身がフルネームを名乗ると、態度を急変させた。まるでレイに弱みを握られているかのように。
「変なとこ、見せちまったな」
 ぼんやりと考え込んでいた麻百合は、か細い声で我に返る。いつのまにか、柳は右腕で両目を覆っていた。
「起きてたの、大丈夫?」
「ああ」
 言葉とは裏腹に、目を覆っている柳の右腕はガタガタと震えていた。
「全然大丈夫じゃないよ。待ってて、高橋さん、呼んでくるから」
「呼ばなくて、いい」
「でも、すごく苦しそうなのに」
「いい、これぐらい、平気だから」
 柳は唇を噛みしめ、必死に堪えている。こんな弱々しい姿を見せられたら、麻百合は心配になるばかりだ。
 正直まだ怖い。先程レイが言ったみたいに、触れたらまた殴りかかってくるのかもしれない。だが、このままにはしておけない。
 覚悟を決めて、麻百合は恐る恐る手を伸ばした。距離が近づく程に、柳の苦しみが露わになる。手だけじゃない。噛みしめた唇は血の気を失い、全身が震えている。流れ落ちる汗は止まらず、相当な不快感を伴っているはずなのに拭うこともしない。
「もう、帰れ」
 震える右腕に触れようとして、麻百合は気づいた。首筋に伝い落ちるのは汗だが、頬を伝うのは汗ではない、涙だ。柳が目を覆い隠すのは泣き顔を見られたくないからだった。
「帰って、くれよ……」
 衝撃的な光景だった。男の人がこんな風に泣くのを見たのは初めてだったから。
 そっとしておくべきだろう、柳自身もそれを望んでいる。だがそれが彼の本心だろうか。ガタガタと体を震わせながら、溢れ出る雫を抑えることが出来ずにいる。こんな泣き方をする人を、ひとりにしていいわけがない。
 麻百合は震える柳の右手にそっと触れた。まるで血が通っていないかのように冷たかった。すぐさま両手で握りしめる。自分の体温が伝わるように、そうすることで少しでも楽になるように、と。
「……触んな」
「だって、こんなに手が冷たいのに」
「どうでも、いい」 
「誰にも言わない。勿論花梨にも。だから、今は甘えて」
 麻百合は知っている、ひとりで泣くことの辛さを。誰にも届かず、誰にもわかってもらえず、ただ泣きじゃくる行為の虚しさを。
 泣いて消化出来る苦しみではないのだ。泣けば泣くほど、その苦しみは増大し、自らを追い込んでいく。
「帰れって、言ってんだろ」
 全て言い終わらないうちに、麻百合は強い力で引っ張られ、気がつけば、上半身を起こした柳に抱きしめられていた。
 言葉と行動が正反対だが、おそらくこれが柳の本音だ。涙の感触がはっきりとわかる。悲しみや痛み、苦しみが詰まったような、切ない感情がひしひしと伝わってくる。
「花梨の代わりだと思っていいから」
「うる、さい」
「さっきも言ったように、誰にも言わな……!?」
 言葉をせき止めるように、麻百合の唇は塞がれた。震える柳の唇はやはり冷たくて、しょっぱい味がした。
 ほんの数秒だったのか、あるいはもっと長い時間だったのか、よく覚えていない。だが唇が離れたとき、名残り惜しさを感じたことは事実だった。
「だから、帰れって、言った……の、に……」
 全て言い終わらないうちに、柳は麻百合にもたれかかってきた。
「ちょっと、待って、重い、重いってば!?」
 くっついてきた柳を必死の思いで剥がしてみれば、彼は眠っていた。涙の跡はそのままだが、呼吸は正常に戻っていた。再びベッドに寝かせ、側にあったタオルで涙を拭ってやる。それでも柳は目を覚ますことなく、安らかな寝息を立てていた。どうやら落ち着いたらしい。ほっとした途端、先程の行為を思い出して、麻百合は恥ずかしくなった。
 柳が麻百合の唇に触れたのは、会話をせき止めたかったから。今までの言動や行動からして、柳なら何の気なしにやりそうだとわかる。

 なんで、キスなんかするのよ。

 だが、柳の唇の感触は熱を帯び、麻百合の中に残ってしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

処理中です...