Fの真実

makikasuga

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始まり~Fの呪縛~

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「すまなかったね、桜井君。松田のことだから、強引に押し切ったんだろう」
 直人は戸惑っていた。突然住居が変わっただけでなく、居候も増えた。その相手は、直属の上司であり、警視庁のトップでもある草薙だ。
「いえ。それより、怪我の具合はどうなんですか?」
 先程までレイ達がいたリビングルームのソファーに、草薙が腰掛けていた。上着はなく、ネクタイは外され、シャツのボタンは二つ目まで外されている。
「こうして君と話すことが出来るくらい、元気だよ」
 直人を落ち着かせるためか、草薙は優しい笑みを浮かべる。こんな風に笑う彼をみたのは初めてだった。

「だったら、呼び出さないでほしい」
 草薙の隣に腰掛けていたのは、大企業ハナムラグループのトップであり、裏社会の組織ハナムラを仕切る花村謙三である。一目で高級とわかるスーツを着こなし、全身から鋭い気を発している。街で見かけるサラリーマンと違い、五十代後半だというのに全くくたびれていない。
「そういうことは、松田に言ってくれよ」
「あいつが俺の話を聞くと思うか?」
 二人が一緒にいるところを見たのは初めてだった。レイ達の話では、犬猿の仲だと聞いていたが、とてもそう見えない。
「そうだな。ありがとう、花村。仕事に戻ってくれ」
「言われなくてもそうする」
 花村は、失礼すると直人に声をかけて立ち上がった。直人も立ち上がり、頭を下げる。
「草薙が松田の患者である以上、我々は手を出すことはしない。安心したまえ」
 ハナムラの人間に襲われることはないと言いたかったのだろう。花村の気遣いを知り、既に玄関へと向かっていた彼を慌てて追いかける。
「あの、花村さん!」
 花村は傷一つない、磨き抜かれた革靴を履いていた。直人の声に反応したものの、振り向くことはせず、こんな言葉を放った。
「見送りは不要だ」
「色々とありがとうございました」
 そう言って頭を下げれば、しばし重苦しい沈黙が満ちる。恐る恐る頭を上げてみれば、厳しい顔つきの花村と目が合った。
「君から礼を言われるようなことは、何もしていない」
「そうでしょうか。俺はあなたと命の取引をしました。でも、こうして生きています。この部屋のことも、あなたから話があったからだと、レイから聞きました」
 まだ組織の人間でなかったカナリアを救うため、直人は自分の命を花村に差し出した。カナリアは事件の被害者であり、真犯人を知る重要な人物だったのに、それに気づかず、彼を苦しめ続けたから。
「自分を殺そうとした相手に礼を言うとは。おかしな人間だな、君は」
 そう言って、花村は直人に歩み寄る。
「本当に、反吐が出る」
 前にも同じ言葉を聞いた。けれど、あのときと違い、花村は表情を緩めていた。それでも笑っているとは、決して言えないけれど。
「私に礼を述べるのなら、それ相応の対価を払ってくれ」
 自分に何を求めるつもりなのかと、直人が不安に思っていると、
「それぐらいにしておけ、花村」
 右の脇腹を押さえながら、草薙が現れた。本人は元気だと言っているが、顔色が良くないのは明らかである。
「ダメですよ、安静にしてないと」
 直人は慌てて草薙の体を支える。
「邪魔が入ったな。知りたいと言うのなら、私の元を訪ねるといい。君はシラサカとレイのお気に入りだ、歓迎するよ」
 直人の返事を聞くことなく、花村は出て行った。
 レイが言うように、花村は直人を組織に引き入れようとしているのか。もしそうだとしたら、いったい何の為なのか。
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