Fの真実

makikasuga

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始まり~Fの呪縛~

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 シラサカの部屋にやってきた直人は、ダイニングテーブルで向かい合って話すマキとカナリアを見て、唖然としていた。
「だから、Kのことは大好きだけど、そういうのじゃなくて!?」
「わかるわかる。サカさん、カッコいいもんね。ということは、やっぱり夜もアレなわけ?」
「何回同じこと言わせんだよ。Kとはそんなんじゃ──」
「そっかぁ、そうだよねえ。サカさん、モテモテ~」
「おい、話聞けっつーの!?」
 マキの側には高級シャンパンの瓶が置かれ、カナリアの話を聞くこともなく、コップに自分で注ぎ、炭酸飲料のようにがぶがぶと飲んでいる。顔色は全く変わらないが、絡み具合からして相当酔ってるらしい。
「いいんですか、ほっといて」
 直人はリビングでくつろぐレイとシラサカの側へやってきた。
「酒は飲ませるなって言ってあるから大丈夫」
「それはそうですけど。いや、そういう話じゃなくて!?」
「昔のことを夢に見るんだろうな。夜中に声を殺して泣いてることがあるんだぜ」
 直人の言葉を遮り、真剣な表情で話すシラサカ。カナリアは四年間カナダで軟禁生活を送っていた。口にはしないが、酷い虐待を受けてきたようである。
「少年の二の舞にすんなって先生からも言われてるし、これでも、細心の注意を払ってんだぜ」
「嘘つけ。からかって遊んでるだけだろうが」
 芝居がかったシラサカの言い回しに、レイは呆れていた。
「マキは本気で言ってんだぞ。桜と一緒に、シラカナがどうの、推しがどうのって、盛り上がってるんだからな」
 桜は直人の同僚である蓮見隼人の娘だ。紆余曲折あった後、なんとか蓮見の同意を得て、レイと交際している。カナリアの高校卒業記念パーティーの際に二人の関係を問われ、ハニーは俺の特別だからとシラサカが発言したことにより、彼女は誤解した。
「俺らはどう思われてもいいんだけどさ、俺はむしろナオとボスの仲を疑うわ」
「どうして俺の話になるんですか、そんなことあるわけないですよ!?」
 シラサカが直人に話を振ったため、彼は全力で否定した。
「ボスがさ、俺に刑事のボディーガードをやれって言うんだぜ。有り得ないことなんだけど」
 直人はすぐにこちらを見た。シラサカの言葉に嘘がないことを示すようにレイは頷いた。
「ボス直々のお達しだ。桜井直人をサポートしろ、傷一つつけるなってな。おまえ、ボスに何を言ったんだ?」
「何って、お礼を言っただけだよ。聞いてただろ」
「ボスがそっちにいる間は盗聴してない」
 直人と草薙だけなら全く気にしないが、そこに花村が加わると話は別である。
「それ以外はダダ漏れかよ。自分を殺そうとした相手に礼を言うなんて、おかしな人間だって言われたよ。本当に反吐が出るってさ」
 呆れたと言わんばかりに、直人は肩をすくめる。
「究極のお人好しだもんな、ナオは」
 花村の意見に同意するように、シラサカは腕組みをして、うんうんと頷く。
「結果的に助けられたんだから、お礼を言うのは間違ってないと思いますけど」
 むっとした直人が反論すれば、シラサカはこんな問いかけをした。
「前から思ってたことだけどさ、ナオは俺らが怖くないわけ?」
 質問の意味がわからないとでも言うように、直人は首を傾げた。
「こっちは商売で人殺しやってんだぜ。普通は怖がるだろ」
「怖がる暇もないくらい、色んな事がありましたから」
 今までを振り返ってのことか、直人は苦笑する。レイも同意するように頷き、こんな言葉を放った。
「そうだな。初対面で俺をバラそうとしたもんな」
 弾丸が入っていないことを知らなかったとはいえ、直人はレイに銃口を向け、引き金を弾いたのだから。
「上から目線であれだけ煽られたら、頭にくるよ」
「え、マジなわけ?」
 知らなかったシラサカは目を丸くする。
「本当、今生きてることが奇跡みたいなものだよな」
「何勝手なこと言ってんの!?」
 カナリアと遊んでいたはずのマキが、背後から直人に抱きついてきた。
「ナオは生きなきゃダメなの、ダメったらダメなんだからね!?」
「わかった、わかったから、どさくさに紛れて首を締めるな」
「僕の酒につきあう約束、忘れたわけじゃないよね。ちゃんとつきあってよ」
「忘れてないけど、明日も仕事だし。それに、部屋に草薙さんが──」
「ダーメ、これ以上延ばすのナシ!」
 マキは直人を引きずってダイニングテーブルへ連れて行く。解放されたカナリアがKに泣きついてきた。
「K、なんとかしろ、変な噂が独り歩きしてんじゃねえか!?」
「えー、ハニーと俺がラブラブなことは変わりないじゃん」
 不服を訴えるカナリアの頭を、シラサカはよしよしと撫で回す。この距離感では、誤解されても仕方ないだろう。
「そのラブラブを邪魔して悪いがな。カナリア、明日からマキと組んで仕事だ」
「ラブラブじゃねえよ! 仕事はいいけど、なんでマキと?」
「シラサカがナオにつく以上、おまえにかまう暇が無くなるだろ」
 かまわれている自覚があるのか、カナリアは何も言い返さなかった。不安を感じてのことか、表情が曇る。
「なら、ナオをここで寝泊まりさせるか。そしたら夜は一緒にいられるだろ?」
 カナリアの不安を察してのことだろう、シラサカは髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
「別に、一人が嫌ってわけじゃ──」
「わかってる。俺がハニーと一緒にいたいだけだから。問題ないよな、レイ」
 あらぬ疑いをかけられても、シラサカはカナリアと近い距離で接することをやめない。それだけ心の傷は深いということだろう。カナリアの扱いは、シラサカに任せておくことにして、レイは頷いた。
「はい、決まり。ナオ、今日から俺ん家の居候な」
 シラサカは立ち上がり、ダイニングテーブルへ向かう。
「居候って、俺引っ越したばかりですよ!?」
「ナオ、サカさん家に引っ越すの? カナカナと三角関係じゃん!」
 酒が入っているせいで、マキはやたらと大声で話した。
「だから、俺とKはそんなんじゃねえって何回言わせんだよ!?」
 マキの声に反応し、カナリアもまたダイニングテーブルへと向かう。リビングに残ったレイは、四人が楽しそうに話す様を見ながら考える。
 本人に自覚は無いのかもしれないが、直人は生に対する執着がないように思う。
 元恋人の拳銃自殺、慕っていた上司の不正。この二つの事件が、直人を変えたのは間違いない。あのまっすぐさも無鉄砲さも、生きることを諦めたからこそ、出来ることなのかもしれない。
 花村が直人を引き入れようとするのは、それを感じ取ってのことなのか。つまり、直人も亡霊である自分達と同じということなのか。
 マキにじゃれつかれている直人を見ながら、レイは言いようのない不安を感じるのだった。
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