Fの真実

makikasuga

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真相~Fの言霊~

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 ハナムラグループの自社ビルは、十五階のフロアが花村のオフィスになっていた。広さはいうまでもないことだが、室内に飾られた絵画や美術品もかなりの金額のものだろう。天気が良いこともあって、普段は大きな窓を覆っているブラインドも上げられ、青空と共に都心のビル群が見渡せた。花村に誘われ、直人は応接ソファーに腰掛ける。彼はデスクに置かれた受話器を取ると、コーヒーを二つ注文した。
「気を遣っていただいてすみません」
「私が許可した以上、君は客だ。遠慮しなくていい」
 まもなく別の女性がコーヒーを持って現れた。一つを応接テーブルに、もう一つを花村のデスクに置くと一礼して去っていった。
「では本題に入ろうか。私に確認したいことがあると聞いているが、草薙に関することかな?」
 コーヒーを片手に花村は話を切り出した。はいと返事をして、直人は姿勢を正した。
「草薙さんに届いていた脅迫状が、花村さんのところにも届いていたのでないかと思ったもので」
「ひとまず正解としておこうか」
 花村はデスクの引き出しを開けて立ち上がり、直人が座る応接テーブルの向かいに腰掛けた。そして一枚の紙を差し出す。草薙が持っていたものと同じ文章の脅迫状だった。
「これをどこで!?」
「私宛の郵便に入っていた。送り主は草薙になっていた。どういうつもりだと奴に問い質したが、そんなものは知らないと言われた」
 草薙が花村に送るわけなど有り得ない。これを送ったのは、彼らが親しい関係であることを知らない人物ということになる。
「心当たりはありますか?」
「あるよ、表も裏もね」
 花村は苦笑した。狙われていることを自覚しているのに、やけに自信たっぷりである。
「あなたが狙われていることを、レイ達は知っているのですか?」
「彼らに話すと大事になるからまだ話していない。草薙が君に話さなかったようにね」
 草薙を刺したのは捜査一課の藤井慶であるようだし、彼らの過去からして口を閉ざすのは理解出来る。だが花村はどうだろう。花村にはレイは勿論、シラサカやマキ達がいる。彼らの手にかかれば、犯人を見つけ出すことも始末することも造作もない。

(もし、ボスが持ってたら、僕達がスクランブルかけるなーって思った)

 スクランブルとは、マキいわく後始末が大変になる事態らしいが、ハナムラには情報操作のプロであるレイがいる。彼にかかれば、全てを闇に葬ることなど容易い。

 なぜ花村さんはレイ達に黙っていた? それなのに、なぜ俺には打ち明けたんだ?

 直人が警察官だからといって、真実を話す必要はない。花村は真逆の立場にいる自分を嫌悪して当然だから。
「他に聞きたいことは?」
 考え込んでいた直人は、花村の問いかけで我に返った。謎が解けないまま帰されては意味がないと、直人は苦し紛れに言葉を紡ぎ出した。
「事件の話とは別なんですが、この間、礼を述べるのなら対価を払ってほしいとおっしゃっていましたよね。あれはどういう意味だったのでしょうか?」
 この質問を待っていたと言わんばかりに、花村はニヤリと笑った。
「私の元へくるということだよ、桜井直人君」
 花村が直人の名前を呼んだのは、これが初めてだった。
「ですが、俺は──」
「警察の上層部は、金と権力を手にすることにしのぎを削る連中ばかりだ。警察に正義はない。そのことは君もよくわかっているはずだ」
 直人の言葉を遮って、花村は言った。花村は直人を組織に引き入れることを諦めていなかった。マキが言ったように、レイかシラサカと一緒に来るべきだったと直人は後悔した。
「君は、ルールに違反しても人を助けたいと強く思っているのだろう。我々と共に来たまえ。私なら、君がやりたいことの手助けが出来る」
 花村の言葉は悪魔の囁きだった。彼は、直人が抱えていた思いを敢えて言葉にし、心を強く揺さぶった。
「勿論、君に人を殺せなんていわない。それらはシラサカやマキの仕事だからね」
 いや、違う。これは悪魔の囁きなんかじゃない。死神に大鎌を振り下ろされてしまっただけのこと。逃げることなんて出来やしないのだ。
「だったら、俺は何をすれば──」
 そのとき、花村のデスクに置かれた電話が鳴った。その音で直人は我に返った。
「時間切れか。あと少しのところだったが、仕方あるまい」
 花村は肩をすくめて笑い、立ち上がる。彼が視界から消えた途端、暑くもないのにどっと汗が噴き出した。
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