Fの真実

makikasuga

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真相~Fの言霊~

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 レイ達一行は車で花村のオフィスに向かっていた。ハンドルを握っているのは藤堂、助手席にはシラサカ。後部座席では、カナリアとレイがノートパソコンを黙々と操作していた。
「ほら、余所見しないで、安全運転してよ、刑事さん」
 シラサカは藤堂の腰の辺りに拳銃を突きつけていた。引き金に指をかけたまま、微動だにしない。
「こんなもんを突きつけられて、安全運転なんか出来るかよ」
 藤堂はチラチラとシラサカを見ては、睨みつけている。この状況でも怖がらないのはさすがと言うべきなのか。
「最低の人間のやることなんて、こんなもんだろ」
 シラサカは反抗し続ける藤堂の態度が気に入らないようだ。
「殺し屋のくせに、細かいことが気になるんだな」
「殺し屋だからこそだよ。なんなら、今すぐバラしてやろうか」
「やれるもんならやってみろ。運転手の俺が死ねば、この車がどうなることか」
「おまえを突き飛ばして、俺がハンドルを握れば問題ない」
「だったらやれよ、やってみろよ!」
「シラサカ、面倒を増やすなと何回言わせる!?」
 狭い車内でいがみ合う二人にレイは呆れていた。何も知らない藤堂が噛みつくのは仕方ないとしても、それを真に受けるシラサカは大人げない。
「えー、なんで俺だけ?」
「子供じみたことを言うな!」
 レイが一喝すれば、不服そうにしながらも、はいはいと言ってシラサカは黙った。
「組織のナンバー2のくせに、下に怒られて従うんだな」
 シラサカを蔑むように藤堂が言った。
「上とか下とか関係ない。レイを本気で怒らせたら世界は終わる」
「人を殺しすぎて頭おかしくなってんじゃねえか。総監もおまえも、こいつのこと、買い被りすぎだよ」
 藤堂はレイのことをよく思っていないようである。
「頭お花畑の刑事さんに言われたくねえな」
「なんだと!?」
「おまえら、いい加減に──」
「解析出来たよ、レイ」
 また始まりかけたシラサカと藤堂の争いを止めたのは、レイではなくカナリアの言葉だった。ノートパソコンを差し出した彼は、顔面蒼白になっていた。
「大丈夫か、ハニー」
 バックミラー越しにシラサカが声をかけると、カナリアはこくりと頷いた。
「俺もハナムラの人間だよ。これぐらいやらなきゃ」
「頭お花畑の刑事さんより、ハニーの方がしっかりしてんじゃねえの」
「さっきから変な呼び方するんじゃねえ!」
 いがみ合うシラサカと藤堂を無視し、レイはカナリアから受け取ったノートパソコンを操作する。
 藤井は草薙を殺すつもりで部屋を訪れたはず。自分に何かあったときのため、草薙の動向を記録しているだろうとレイは予想した。死んだ藤井が身につけていたスマートフォンを調べてみれば、案の定、取り出せない映像データが残っていた。それをカナリアに解析させたのである。
「確かに、気分が悪くなりそうな映像だな」
 そこには通信妨害された間にあった出来事の一部始終が記録されていた。音声はないが、映像だけで十分に理解出来る。
 布団を被って寝ていた草薙と思しき人物を、包丁で何度も刺し続ける男。深く帽子を被って目元を隠し、口元はマスクのため、どんな顔かはわからない。そこに現れたのが藤井だ。マスクの男を制止しようとして揉み合いになっている。

 藤井の命令でやったわけじゃなかったのか。

 そこに黒いスーツを着た男二人が現れ、藤井を羽交い締めにする。マスクの男は包丁を投げ捨て、サイレンサー付の拳銃を取り出し、布団の上から撃ち始めた。藤井は必死に叫び続けている。止めようとしていたのだろうが、突如マスクの男が振り返り、至近距離で藤井を撃った。致命傷となった腹部の傷は、この男によるものだったようだ。
 二人の男は藤井を離し、彼はその場に崩れ落ちる。マスクの男と黒スーツの二人は、藤井に何か話しかけているようだ。この様子からして、おそらく彼らは顔見知りだろう。だが次の瞬間、マスクの男は黒スーツ二人も撃った。その後、マガジンの弾丸を無くなるまで、撃ち続けた。
 しばらくして、サングラスに黒いマスクをした男が大きな袋を持ってやってきた。彼はマスクの男と挨拶らしきものをした後、布団を剥がし、既に朽ち果てた草薙らしき男をその袋の中へ入れた後、黒スーツ男達も同じように入れた。そして、藤井だけを置きざりにして去っていった。

 後からやってきた男は、ウチの掃除屋だな。

 顔は隠してあるが、遺体を入れる袋はレイが作った特注のものだったから。
 映像はそこで終わっていた。レイは自分のパソコンを操作しながら、通信機を耳に装着した。画面が切り替わった瞬間、言葉を放つ。
「蓮見さんと合流出来たか、マキ」
 直人の部屋を出る前、マキに事情を説明し、警視庁から蓮見を連れてくるように指示してあった。
『うん、会社に向かってるとこ。事情も一通り話し終えたところだよ』
「予備の通信機を蓮見さんに渡して、車内のモニターをセットしろ。音声は無いが殺人現場の映像を流すから、心して見るようにと言ってくれ」
『りょうかーい』
 映像を蓮見に見せたのは理由があった。予想が当たっていれば、黒スーツ達は蓮見の元同僚に当たるはず。
『おい、なんだ、これは!?』
 まもなく蓮見の苛立った声が通信機から聞こえてきた。車内の人間にも聞こえるよう、蓮見の音声をパソコンから流し、通信機無しでやり取り出来るようにした。
「この映像の中で、蓮見さんが知っている人物を教えてください」
『捜査一課の藤井と黒スーツの男二人。後者は公安の人間だ。経歴書は後で送る』
「始末されたのは、警察関係者だけってことですね」
『イカレた殺人鬼と遺体を運び出した人間は知らねえ。藤井は死んだのか?』
 はいと返事をして、レイは考える。これで藤井は最期の言葉の意味がわかった。

(……あいつ、ら、ぜっ、た、ゆるさ、ね……)

 藤井なら簡単に草薙を殺すことが出来ただろう。だがそうしなかった。草薙を恨んでいたとはいえ、思うところがあったのだろう。藤井が言った「あいつら」とは公安警察のこと。利用された挙げ句、無残に切り捨てられたということだ。
『草薙さんの行方は?』
「不明です。俺の勘ではありますが、最初に殺された人間は草薙ではないと思います」
 草薙は自分が狙われていることを自覚していた。こんな呆気なく死んだりしないだろう。
『そうだな。あの人は簡単にくたばったりしない。藤井はおまえらで片づけるのか?』
「はい。死んでまで利用されたくないと思っているはずですから」
 瀕死の藤井だけを部屋に残したのは、草薙に罪をなすりつけるため。だからこそ、藤井の死を公にしてはならないのだ。
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