Fの真実

makikasuga

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終焉~Fの遺言~

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『だったら、償え』
 そのとき、どこからか藤堂の声が降ってきた。
『あんたが不幸にした人間の分まで、生きて償えよ』
 草薙が恐る恐る顔を上げた。
『あんたがハナムラと手を組んだのは、復讐のためだけじゃなかったんだろ。あんたなりの正義を貫くためじゃなかったのかよ』
 自分なりの正義を貫く。藤堂が発した言葉は、直人の心を貫き、根底にあった迷いをも吹き飛ばしてくれた。
「草薙さん、俺を逮捕してください!」
 直人はレイ達がいる世界が悪だとは思えなくなっていた。彼らが人を殺していても、それを断罪することが出来なくなっていた。
「俺は殺人罪を何度も見逃しています。こんな人間が警察官でいていいわけがない」
「桜井君を引きずり込んだのは私だ。逮捕されるのは私の方だよ」
「だったら、俺達は同罪ってことなりますよね」
 直人の脳裏に、花村の言葉が蘇る。 
 
(君の中にある言葉が全てだ)

 これを聞いて、草薙がどう思うかはわからない。けれど、たった今生まれたばかりの、この言葉を伝えたかった。

「俺達の償いは、自分が信じる正義を貫き通すことだと思います!」

 直人は知っている、絶望の果てにある一筋の光を。そのサインを発しているのは死神ハナムラであるということを。
 
「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」
 これは、和臣と対峙する直前、花村が放った言葉である。
「これ、世界人権宣言の第一条ですよね? あのとき、花村さんは世界を変えると言いました。その意味が今わかりました。花村さんは、花村さんなりの正義を貫き通すつもりでいる。悪の道に落ちても、彼の中に正義はあるんです!」  
 
 救える命があるのなら、どんな手を使ってでも救いたい。世間に断罪されても、理解されなくてもいい。それが直人の信じる正義だから。

「花村はそうかもしれないが、私は違うよ。私利私欲のために警察官になり、そんな人間が警視庁のトップに──」
『でも、俺を助けてくれたよ』
 今度はカナリアの声が割り込んできた。
『警察なんか大嫌いだったけど、ナオやあんた達は違った。俺を信じてくれたし、謝ってくれた』
 カナリアの言葉で決壊した。草薙は直人の前で涙を流した。
『あんたらみたいな人間が反対側にいてくれたら、俺達も少しは報われるってことかな』
 更にシラサカの声も聞こえてきた。
『まだ正義の味方ゴッコがしたいのかよ、懲りねえ奴』
 そう言って、大きく息をつくレイ。
『えー、レイ君もノリノリだったじゃん』
『うるせえよ。草薙、おまえが引き起こした後始末で、こっちは毎日クタクタだ。報酬はいつも以上に上乗せさせてもらうから、覚悟しとけよな!』
 ブツリという音がして、室内は静かになった。
「レイの奴、プライバシーって言葉を知らないのかよ」
 勝手に割り込んで、言いたい放題言って、勝手にいなくなる。毎度のこととはいえ、直人は呆れた。
「彼らがいたから、花村は悪に飲み込まれずに済んだのだろうな」
 涙を拭った草薙は穏やかに笑った。直人は姿勢を正し、頭を下げてこう言った。
「草薙総監、お願いします。これからも、あなたの部下でいさせてください!」
 しばしの沈黙の後、草薙がふっと息を漏らした。
「レイ君からの請求書は、私にしか処理出来ない案件だからね」
 顔を上げれば、涙が消えた草薙の目に光が宿っていた。直人が知っているあの強い光が戻った。
「ハナムラとの違法捜査は、特殊事件捜査二係の管轄ですから!」
 レイ達との違法捜査が終われば処分されるはずだったのに、直人は生かされた。その後も、命の危機に晒されたというのに、直人はまだ生きている。つまり、まだ死ぬわけにはいかないということだ。
「これから先、私は出来る償いを精一杯やることにするよ。君達を護るためにも」
 失った命は戻らないし、犯した罪も消えてなくならない。嘆いたところで何も変わらない。それでも生きていれば、少しずつでも前を向けば、何かが変わるかもしれない。
「なんとかなりますって。俺達には死神がついていますからね」
 このまま何も変わらなければ、悪の道へと墜ちてしまえば、すぐ側にいる死神が鎌を振り下ろしてくれる。
「地獄の果てまでお供しますよ」
 特殊事件捜査二係が誕生すると決まったとき、直人は思った。正義と悪が交わる先に何があるのかを見てみたいと。あのとき、レイは救いようのない地獄しかないと言ったけれど、そうではなかった。
「その先にはきっと、一筋の光があるはずですから」
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