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いつもの朝
しおりを挟む人間は嫌いだ。自分よりも秀でていると認識した瞬間にそれまで仲良く、努力していた中であっても簡単に裏切るからだ。それは逆であってもしかりだ。どんなに信じていても嫉妬や妬みは付き纏う物だ。だからここにいるというのに……。
それでもこの子が私を信じて頼ってくれるならば、そばにいたいと思った。なんて我儘なんだろうか……。
「ケイト、ケイト、朝だよ」
「……えっ」
同居人の言葉に私は我にかえると、辺りを見回した。こげ茶の瞳をくりくりさせて、顔を覗き込んだのはこの屋敷に一緒に住んでいるカイルだ。
「……あ、あー……やってしまった……」
昨夜は定期的に難しい依頼をしてくれる友人のアイテムを作っていて徹夜をしてしまったようだ。久しぶりに来た仕事なものだから、ダラダラしてやらないよりは先にしてしまえと思い、頼まれた攻撃補助アイテムの作製をしていたら寝るどころか朝になっていた。
「珍しいね。ケイトが徹夜なんて」
「お得意さんからの依頼でね。毎度かなりの魔力を消費する物を依頼してくれるものだから、早めにやってしまおうと思ったの」
うーんと伸びを1つすると、丁度コーヒーを入れてきてくれたカイルからそれを受け取った。
「朝食は?」
「いらない」
「そっか、じゃあ今日は朝ご飯作らなくていいかな?」
呟く言葉にカイルの手を見たあとに腕を掴んだ。
「なんで二人して徹夜してるんだよ」
「僕はほら勉強だしぃー」
口笛を吹いて誤魔化すカイルに、私は首根っこを掴んでぐりぐりゲンコツを食らわす。
「痛い痛い痛いー!やめてぇー!」
12歳のカイルは5年前、この屋敷に迷い込んできた。ボロボロの身なりで、森の中の野犬に襲われたようで所々血が出ていたのを覚えている。両親は居らず仕方なく屋敷に、置くことにしたのだが3年程前に私の工房に間違って入ってしまってから錬金術に、のめり込むようになってしまったのだ。
「ケイトに近づくためには昼間だけじゃ足りないからっ!」
「私とカイルじゃ年季が違いすぎる」
コーヒーをずずっと飲み干すと私は自分のベッドに向かおうとする。魔力を使い過ぎて何もする気が起きない。
「ねぇ、ケイト!起きたら今日こそ僕に魔法を教えてくれるよね?」
キラキラ輝かせる目はいつものことだ。毎日見ているというのにこの目にはどうも弱くて、私は思考を停止する。
「ちょっとー!今日もそれー?!なんだよー!教えてよー!」
魔法使いという概念は能力を使えない者からしたら憧れる物だと思うが、彼は魔法自体を習得したとして特に使う機会もないのに何故覚えたがるのか……。生活に使える錬金術程度で十分なんじゃなかろうかと思うのだが、どうやらカイルは【錬金術が使えるなら魔法も!】などという短絡的思考な為、しつこく私に習得を願い出てくるが却下している。
「錬金術も魔法もなんて贅沢すぎる」
「……」
頬を膨らませて私を少し涙目で睨みつけるとカイルは私の腕を掴んで教えてとせがんでくる。
「そんな可哀想でしょ僕……!みたいな顔しても駄目なものは駄目」
「ケイトのケチ!!」
カイルは部屋の扉を乱暴に開けて出ていった。かけていく足音に溜め息をついてドアを締めてからベッドに潜り込む。
「……」
憧れや興味で何かを始めるのには、いいきっかけになるがそれは危険なものでないならという条件付きだ。魔法という概念や恐ろしさ、覚悟をきちんと理解した上での事ならばきっと教えていたかもしれない。だが、彼はまだ12歳で子供だ。魔法使いの家系なわけではなく両親に愛情を込められ、愛されて育ったカイルにはそんな説明をしても本当の意味で理解できるのか、それが心配なのだ。ならきちんと説明をした上でと思うがあの子の事だ、そんな事より早く教えてくれと言いかねない。カイルは確かに錬金術においては筋がいい。吸収は早く、工房に置いてある錬金術書も読みあさったうえに初級から中級の物まで既に作れるような技術を持っている。それに、アイテムに僅かに込める魔力に関しても優秀と言えるだろう。こちらを教えるにあたってかなり濁していたのは、私個人の過保護な部分があるからだと思う。姉とも母親とも言い難い非常に微妙な年齢の私ではあるが、どうもあの子を守ってやらねばと思う思考だけはなんとかしなければなと思っている。
とはいえ、錬金術もきちんと基本的な話をした上で始めているわけだから教えてもいい気も……という甘い部分がまた出てしまうのも困りものだ。それでも……私がカイルに魔法を教えたがらないのは強すぎる力を持てばきっともっと強くなろうと思うから。人里離れたこの屋敷で生活している彼に、そんな力が必要だろうか。私が魔法を教える事で、彼に望まない【行為】をさせてしまうのではないだろうかと、そんな思いから私は拒んでいた。かく言う私も少女の頃に魔法を覚えた。より強くなる事を求めた事で、人から狙われこんな森の奥の屋敷に住んでいるくらいだ。私はあんなに錬金術を覚える事や本を読みあさりながらキラキラしたカイルの心を殺したくはなかった。
「……我儘」
分かっている。選択を選び取るのはカイル自身だ。彼の純粋なままのそれを望んだとしても、それはきっと彼からしたら大きなお世話となるのだろう。それでも、多くの人間に裏切られ脅され、殺されそうになってきた私のような生活だけはしてほしくなかった。カイルには才能がある。屋敷から出て山の麓の街でその腕を奮えば生活には困らない位の実力を有しているからだ。そこまで思考して……考える事をやめた。徹夜で少しばかり頭の回転が鈍り始めたから。身体が、そして脳も休息を求めていた。
「……駄目だ、ただでさえ徹夜してるんだから……そろそろ寝よう」
そうして、布団に包まりながら私は眠りについた……。
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