5 / 28
4:ジョレアン公爵
しおりを挟む
「ディア! クロードに対して少々冷酷すぎるのではないか」
不躾に私室に入ってきたのはそれを唯一許される存在である国王アルフレッドである。
クラウディアは刺繍を行っていた手をとめて国王に挨拶をする。
「何に対してでしょうか? 以前、叱責したことかしら? それともガヴァネスを解雇したことかしら?」
「どちらもだ。なぜクロードに対してだけそうも厳しいのだ」
アルフレッドの言葉を聞いて笑った。
「彼は王太子なのですよ。厳しく躾て何がいけないのでしょう。貴方が甘やかす分を補っていると思ってください」
それが理由の半分だ。
もう半分は複雑になったクラウディアの気持ちに起因する。クロードとアルフレッドに対する愛憎だ。
母親として誉められた態度でないことはわかっていても、どうすることもできないのだ。
「それにガヴァネスの件は報告書を読んでください」
クラウディアは控えていた侍女に指示し、紙をアルフレッドに渡した。
そこにはクロードのガヴァネスであった者のカリキュラムと予算署がある。
誰が見ても遅れている教育課程に、不必要な支出がある。
自己の予算案をこれでよしとしていた王太子には呆れて者も言えない気持ちだ。
「これは明らかな専横ではないか! なぜもっとはやく知らせなかった」
「これは王太子の養育をナニーに一任した私の落ち度です。王太子の予算も、本人に任せるべきではありませんでした」
クラウディアは、第一子に養育に全く関与しなかった。
それはクラウディアが外国人であり、国の風習に合わせるためにも義母に任せていたことも起因しているのかもしれない。
「そなたの事情もわかっているつもりだ。これ以上責めることはできない」
アルフレッドは疲れた様子でソファに腰かけた。
「おそらくガヴァネスの甘言に惑わされたのだろう。あまりクロードを責めてやるな」
「そのようでは困るのです。ゲレ子爵の養女の件もそうです。陛下が首都に招くよう助言なさったとききました」
その話かとアルフレッドは顔をしかめた。
ゲレ子爵領を行き来して公務をおろそかにするぐらいなら、首都に招いたらどうだと確かに言った。
おそらくシャルモン伯爵からリゼットを経由して聞いたのだろう。
「まだ婚約期間とはいえ、王太子の相手はジョレアン公爵の愛娘ですよ」
「君が危惧していることはわかっているが、ジョレアン公爵令嬢との婚約は破棄しようと考えている」
「そうですか」
あまりにもあっさりとした返答にアルフレッドは呆気にとられた。
「何故だと問い詰めないのか?」
「貴方のすることを理解できる気がしませんもの」
あっけらかんと言う様に、アルフレッドの方が理解できないと言いたい気持ちになった。
「ジョレアン公爵がノルディストとの繋がりが示唆されている」
「数代前にノルディストの王族と婚姻をむすんでいるのですからなんら不思議でもありませんわ」
「もう百年も前の話だ。それにジョレアン公爵領はノルディスト国との海峡に臨む肥沃な土地であり、要所だ」
そんな土地が、敵国の手に落ちれば簡単に攻め入られてしまうだろう。
その土地を有している公爵が敵国に寝返るなり、機密を漏らすなり、手引きをするなりしてみればたまったものではないだろう。
「公爵を廃し、ジョレアンを再び王家へと戻す良い機会だろう」
たしかにジョレアン公爵の行動は目にあまるものがある。危険なものは芽のうちに摘んでおくことが望ましい。
「陛下のご随意になさってください」
クラウディアの言葉は一見冷たく感じるが、彼女も為政者だ。アルフレッドの意見に同意したからそう言うのであって、もし不都合があるならば忠言を呈しているだろう。
話が終わるとクラウディアは侍女から何かを耳打ちされ立ち上がった。
「ディア、どこへ行く」
「謁見の申請がありましたの。ここには陛下がいらっしゃいますので場所を移そうかと」
「朕の前で会うことが憚れる人物であるのか」
アルフレッドは鋭い視線をクラウディアに向けた。
そこにある感情が何なのかわからないが、下手に刺激しない方が懸命だろうと足をとめた。
「ティオゾ伯爵をここに」
その言葉にアルフレッドはあからさまに顔をしかめた。
不躾に私室に入ってきたのはそれを唯一許される存在である国王アルフレッドである。
クラウディアは刺繍を行っていた手をとめて国王に挨拶をする。
「何に対してでしょうか? 以前、叱責したことかしら? それともガヴァネスを解雇したことかしら?」
「どちらもだ。なぜクロードに対してだけそうも厳しいのだ」
アルフレッドの言葉を聞いて笑った。
「彼は王太子なのですよ。厳しく躾て何がいけないのでしょう。貴方が甘やかす分を補っていると思ってください」
それが理由の半分だ。
もう半分は複雑になったクラウディアの気持ちに起因する。クロードとアルフレッドに対する愛憎だ。
母親として誉められた態度でないことはわかっていても、どうすることもできないのだ。
「それにガヴァネスの件は報告書を読んでください」
クラウディアは控えていた侍女に指示し、紙をアルフレッドに渡した。
そこにはクロードのガヴァネスであった者のカリキュラムと予算署がある。
誰が見ても遅れている教育課程に、不必要な支出がある。
自己の予算案をこれでよしとしていた王太子には呆れて者も言えない気持ちだ。
「これは明らかな専横ではないか! なぜもっとはやく知らせなかった」
「これは王太子の養育をナニーに一任した私の落ち度です。王太子の予算も、本人に任せるべきではありませんでした」
クラウディアは、第一子に養育に全く関与しなかった。
それはクラウディアが外国人であり、国の風習に合わせるためにも義母に任せていたことも起因しているのかもしれない。
「そなたの事情もわかっているつもりだ。これ以上責めることはできない」
アルフレッドは疲れた様子でソファに腰かけた。
「おそらくガヴァネスの甘言に惑わされたのだろう。あまりクロードを責めてやるな」
「そのようでは困るのです。ゲレ子爵の養女の件もそうです。陛下が首都に招くよう助言なさったとききました」
その話かとアルフレッドは顔をしかめた。
ゲレ子爵領を行き来して公務をおろそかにするぐらいなら、首都に招いたらどうだと確かに言った。
おそらくシャルモン伯爵からリゼットを経由して聞いたのだろう。
「まだ婚約期間とはいえ、王太子の相手はジョレアン公爵の愛娘ですよ」
「君が危惧していることはわかっているが、ジョレアン公爵令嬢との婚約は破棄しようと考えている」
「そうですか」
あまりにもあっさりとした返答にアルフレッドは呆気にとられた。
「何故だと問い詰めないのか?」
「貴方のすることを理解できる気がしませんもの」
あっけらかんと言う様に、アルフレッドの方が理解できないと言いたい気持ちになった。
「ジョレアン公爵がノルディストとの繋がりが示唆されている」
「数代前にノルディストの王族と婚姻をむすんでいるのですからなんら不思議でもありませんわ」
「もう百年も前の話だ。それにジョレアン公爵領はノルディスト国との海峡に臨む肥沃な土地であり、要所だ」
そんな土地が、敵国の手に落ちれば簡単に攻め入られてしまうだろう。
その土地を有している公爵が敵国に寝返るなり、機密を漏らすなり、手引きをするなりしてみればたまったものではないだろう。
「公爵を廃し、ジョレアンを再び王家へと戻す良い機会だろう」
たしかにジョレアン公爵の行動は目にあまるものがある。危険なものは芽のうちに摘んでおくことが望ましい。
「陛下のご随意になさってください」
クラウディアの言葉は一見冷たく感じるが、彼女も為政者だ。アルフレッドの意見に同意したからそう言うのであって、もし不都合があるならば忠言を呈しているだろう。
話が終わるとクラウディアは侍女から何かを耳打ちされ立ち上がった。
「ディア、どこへ行く」
「謁見の申請がありましたの。ここには陛下がいらっしゃいますので場所を移そうかと」
「朕の前で会うことが憚れる人物であるのか」
アルフレッドは鋭い視線をクラウディアに向けた。
そこにある感情が何なのかわからないが、下手に刺激しない方が懸命だろうと足をとめた。
「ティオゾ伯爵をここに」
その言葉にアルフレッドはあからさまに顔をしかめた。
583
あなたにおすすめの小説
これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~
黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」
自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。
全然関係ない第三者がおこなっていく復讐?
そこまでざまぁ要素は強くないです。
最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。
婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。
パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」
王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。
周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる