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第13恐怖「そしてまた」
しおりを挟むこれは、私の人生で唯一の心霊体験だ。いや、それよりも神秘体験というべきかもしれない。私にはまだ整理がついていない。
大晦日の夜のことだ。
幼馴染のFが東京から帰省し、実家暮らしだった私のもとへ遊びにきた。家でしばらくのんびりしたあと、どこか出かけようということになった。
だが、田舎だったため、夜もやっている店は少ない。居酒屋も、都内では年末年始こそ稼ぎ時かもしれないが、こちらは二十時には閉まってしまう。
唯一遅くまでやっているのが、全国にチェーン展開している大型のカラオケ店だった。それにしたって、車で一時間はかかる場所にある。
どうしようかと悩んだ末、たまには酒を飲まずに遊ぼうじゃないかという話になり、結局、そこへ向かうことにした。
行きは私の運転だった。
カラオケ店までの長い道のりのなかで、それぞれの暮らしぶりについて話をした。あるいは昔話をして盛り上がった。
店に到着したのは、二十一時頃だったろうか。そこから二時間ほど騒ぎに騒いで楽しんだ。
さて、あと一時間ほどで年が明けるというときになって、ここでカウントダウンをするわけにはいかないだろうということになった。
Fは神社に行きたいと言った。それも、私たちの昔からの遊び場である、地元の神社だ。そこでカウントダウンをして、そのまま初詣と洒落込もうというのだった。そりゃあいいと私は承諾した。
しかし、今からそこへ向かったらちょうど一時間。ギリギリ間に合うかどうかというところである。
私たちは急いで会計を済ませ、車に乗り込むと、年越しまでやっているラジオをつけた。
途中までは来た道を戻るだけで楽だった。国道だの県道だの大きな道路だ。しかし地元の町に入れば、途端に、田んぼ道だの木立を突っ切る道だの、狭くなる。車が一台しか通れないようなところもあって、あまりスピードを出せなかった。私は少々焦った。
そんな折、入り組んだ木立の中を走っていると、前から人が歩いてくるのが見えた。何人か並んでいるようだ。
近づくにつれて、違和感をおぼえた。
歩いてくる人々の体が、ぼんやりと淡い光をまとっているように見える。そもそも、街灯もないこんな道で、その姿をしっかり確認できるというのはおかしいし、神社のほうへ向かっているならわかるが、反対をゆくのはどういうわけか。
不穏な思いに反応するかのように、ラジオの音が乱れ始めた。
私たちは顔を見合わせた。言葉は交わさなかった。
とろとろ走っているうち、人々がすぐ目の前まできた。五、六人はいる。
その姿は明らかに異様といえた。人々はみな同じ顔、同じ姿をしていたのだ。男とも女とも言い難く、何やらニヤニヤとうすら笑いを浮かべている。
人々が通り過ぎてすぐ、私はアクセルを踏み込んだ。
助手席で今の今まで黙っていたFは「なんだよあれ」と後ろを振り返った。それから「おい、もういなくなってるぞ」と言った。
確かに、その姿は消えていた。いなくなったのか、見えなくなったのか、よくわからなかった。
なんにせよ、何事もなく離れてくれてよかった。私は安堵した。ラジオもすっかり調子を取り戻している。
ところが、しばらく車を走らせて、異変が終わっていないことに気づいた。
Fもそれに勘付いている様子だった。
道が、あまりにも長すぎるのだ。普段使わない道だが、森の中というほどでもないこの道から抜け出せないのは異常事態に思える。
不意に、正面に明かりが見えた。と、思いきや、またあの連中だった。五、六人のぼんやり光る人々が歩いてくる。そして、再びラジオが乱れた。
私はあまりの恐怖と混乱のすえ、アクセルを強く踏み込んでいた。
猛スピードで光る人々とすれ違う。そのままアクセルを踏み続ける。
「おい」と、Fが私に声をかける。だが、Fはそれ以上なにも言わない。
とにかく、私はこの道を一刻も早く抜けたかった。それはFも同じだろう。が、やはり道は終わらない。さっきから同じ風景が過ぎ去っていくばかりだ。
そして、三たび、彼らが視界にあらわれた。
わたしは車を停めた。もうだめだ。何がなんだかわからない。
前からはやつらが歩いてくる。
私たちはなすすべなく、彼らが通り過ぎるのを待った。どうすればいいのだろう。どうすれば、この地獄のような道から抜け出せるのか。
そのときだった。
音が乱れながらも、ラジオのパーソナリティが、カウントダウンを始めた。私からしたら、恐怖のカウントダウンだった。一つ数が減るたびに、正面から奴らが近づいてくる。全く同じ姿で、ニヤニヤとうすら笑いを浮かべて。
何が起きようとしているのか、私には待つことしかできない。
五、四、三、二、一
一瞬、強い光が視界を覆った。
視界を取り戻したとき、奴らはすっかり消えていた。
私は無言でゆっくり車を走らせた。ラジオは新年の挨拶などを行っており、いつもの調子を取り戻している。
その後すぐに、その道からは抜け出せた。だが、まだ安心できなかった。
ようやく落ち着けたのは、目的地付近にやってきて、賑わう人々を目にしてからだ。
私たち二人はさきほどの体験について話をしながら参拝し、そして、お焚き上げを行っている火にあたりながら、やはり例のぼんやり光る人々の話をした。
火にあたっていると、薄汚れたおじさんが私たちに近づいてきて、声をかけてきた。
「君たち、大変だったね」
鳥肌がたった。私たちが顔を見合わせていると、おじさんは一言、「厄払いしてきな」と言い、去っていった。
詳しく話を聞きたかったが、おじさんはあっという間に人混みに紛れて見えなくなった。
もちろん、すぐにそのアドバイスに従った。
それ以来、とくに変な経験はしていない。
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