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第37恐怖「座りなよ」
しおりを挟むこれ、うちに来たお客さんから聞いた話なんですがね……
そう語り始めたのは、地方のとあるバーのマスターだ。
ある日、田舎に暮らす付き合いたてのカップルが、初デートで遠出をすることとなった。新幹線などを使わず普通列車で、何時間もかけて遊園地に行くという。
最初は一両しかないような電車に乗って、悠々自適だった。人は少なく、座席の空きは多い。長旅だったので二人は色々な話をすることができた。互いにまだ知らないことが多く、おしゃべり好きの二人は会話が尽きない。
途中で、魂についての話題となった。魂とは一体どのようなものか。彼氏のほうは物質主義的なところがあり、霊を見たことは一度もないし信じていないという。一方で、彼女は霊感が強いとのことだった。
彼氏は、霊の存在や霊感をそのまま丸ごと信じてはいないものの、話題として関心をもっていたため、好奇心のおもむくまま彼女に話を聞いた。霊感のある人の感覚はとても興味深く、あれこれと体験談を聞き出した。
「今、この車両に、霊はいないの?」
そんな質問を投げかけたりもした。
「今はいないよ」
と彼女は言った。
それから話題は度々うつろった。電車を乗り継ぎ、いつの間にやら田舎を抜け、都市部に入っていく。人がどんどん増えていく。
ある車両に乗り込んだ時、ちょうど二席並んで空いていたため、彼氏は当たり前にそこに座った。
「空いててよかったね。まだしばらくかかるし」
彼氏がそう言ったが、彼女はというと、座席の前に立ち尽くして、何やらそわそわしている。
「座りなよ」
彼氏が促すも、彼女は吊り革を掴んで、「ううん、大丈夫」とぎこちなく微笑む。そして彼氏が何か言う前に、彼女は話題を変えて話し始めた。
何かこだわりでもあるのだろうか……それとも立っていたい気分なのか……
最初、彼氏は深く考えなかった。
ところが、次第に彼女の様子がおかしくなっていき、呑気でいられなくなった。どうも、具合が悪そうなのだ。不自然に汗ばみ、目の焦点はぼやけている感じだ。
「座った方がいいんじゃない?」
そうもちかける。
しかし彼女は、「絶対、嫌」とキツく言い放った。あまりにツンケンした言い方で、彼氏ではなく、別の誰かに言ったような感じだ。
そのあとすぐ、電車がとある駅に止まった。
すると彼女は彼氏の腕をつかみ、「一回降りたい」と涙目で言う。
あわてて二人は降車し、彼女はホームのベンチに座った。
「どうした? 体調悪い?」
彼氏が心配になって聞く。
彼女は、「うん、ちょっと休めば大丈夫だと思う」と呼吸を落ち着けながら言った。
次に電車がやってきたときには、彼女はずいぶん回復した様子だった。車両に乗り込み、そのまま目的地へ向かう。
問題なく、遊園地にたどり着くことができた。
その頃にはすっかり彼女は元気を取り戻し、二人はデートを楽しむことができた。
帰る頃になっても何も問題なく、彼氏はすっかり行きの電車でのことを忘れていた。
が、しかし。
再び、混雑する電車の中で二席の空きがあった。前のことがあったため、なんとなく「座る?」と彼女に聞いた。
彼女は何の変哲もない様子で「うん」と、先に座席へ落ち着く。
やはり、何か特別なこだわりがあるわけでもないらしい。本当に体調が悪かっただけのだ。でも、体調が悪い時になぜ立っていたのだろうか。その後、ホームのベンチでは座っていたし、立っていたほうが楽だということはないだろう。
彼氏はそのとき、なんとなしにあることが思い浮かんだ。軽口のつもりで、彼女にその言葉を投げかける。
「今、この車両に、霊はいないの?」
ぴたりと彼女の動きが静止した。それからぎこちなく笑って、
「今はいないよ」
と言った。
彼氏は、まるで電車そのものが凍りついたかのような空気を感じた。
今はいないけど……
あのとき自分の隣の座席に何かいたのでは……
それも、かなりおぞましいものが。
結局、好奇心旺盛の彼氏も、そこに何がいたのかは怖くて聞き出せなかったという。
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