5分後に絶望する幻想物語

ズマ@怪異語り

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「ラン・アンド・廃ランド」

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 ぼくは現在、最悪の状況にある。
 最悪の状況のなかを、死に物狂いで駆けている。
 なぜなら、追われているから。
 なぜなら、命が懸かっているから。
 なぜなら、ぼくを追っているのは、バケモノだから。
「あともうちょい!」
 ぼくは走る。走る。走る。
 止まれば命はない。止まらずに走れば、ぼくは助かる。たぶん。
 このまま走り続ければ、やがてぼくは仲間たちのもとへ辿り着き、そして、バケモノのほうが死ぬこととなるはず。ぼくは今、生と死の瀬戸際を走っているのだ。
 そうそう、前述したぼくが嫌いな項目にひとつ追加したい。
 追いかけること、追われること、そして。
 追わせること。

     *
 
 そもそもなぜこんなことになったのか、少しだけさかのぼる。
 始まりのその日は、ぼくらの卒業旅行の日でもあった。
 ぼくらはバスに乗って、とある有名なテーマパークに向かっていた。みんな浮かれていて、バスの中は大騒ぎ。
 けれど、到着したそこは、とんでもない場所だった。
 お菓子の甘い香りなんか漂っておらず、血を思わせるような嫌な鉄の臭いに満ちていた。愉快な音楽なんか流れておらず、陰鬱《いんうつ》で、調子の狂った音がやかましく鳴り響いていた。
 それは、どう見ても廃墟だった。
 僕らはただただ困惑した。バスの運転手さんにどういうことか聞いても、彼はまるで催眠術にかかったようにぼんやりしているだけで、何も答えなかった。ぼくらは誰もかれも、なんでそんなところへ来てしまったのか、まったく理解できなかった。
 そんな中で、
「はーーーい、みぃいいいな、さあああああん!」
 遊園地じゅうのスピーカーから、とてつもなく大きな金切り声が響き渡った。
「よおおおうこそ、デビルランドへぇええええ!」
 そうして、混乱するぼくらをよそに、そいつは馬鹿げた〈デスゲーム〉とやらについての説明を始めたのだった。
 そいつは自分のことを〈ゲームマスター〉、ぼくらのことを〈参加者〉と呼んだ。
「ふざけるな!」
 と、威勢よく叫んだのは誰だったか、今となっては思い出せない。
「……というわけでえええ、みなさんを襲うあたくしたちのペッッットが、こちらでええええええす!」
 ゲームマスターがそう言うと、そこらじゅうのアトラクションの陰《かげ》から、さまざまな異形のバケモノたちが姿を見せた。
 生徒たちはみな、半狂乱となった。
「ご安心をおおおおう!」
 ゲームマスターは楽しそうに叫んだ。
「みなさんにはぁぁああ、特別な能力を授けますからああああ! それはあたくしたちのペッッッットにも勝るるるるるう、〈悪魔の肉体の一部〉でええええす!」
 ゲームマスターがそう言うや否や、ぼくらの肉体の一部が、悪魔の肉体とやらに変貌した。ある者は片腕が巨大な槍《やり》となり、ある者は肩甲骨から翼が生え、ある者は特殊な瞳を開眼した。
 そして、ぼくらはその〈悪魔の肉体の一部〉を駆使し、バケモノたちと殺し合うことになった。
 とどのつまり、「与えれた悪魔の能力をうまく使って生き残れ」なんていう、下卑《げび》たデスゲームである。なんのためにそんなことをするのか、さっぱり不明。
 で、あっという間に、みんな死んだ。
 生徒も、教師も、親友たちも、みんなみんな死んだ。
 ──だいたいが不公平なのだ。バケモノは全身があますことなくバケモノなのに、ぼくらは肉体の一部だけがバケモノ。しかも人によっては、〈悪魔の額(ひたい)〉だとか、〈悪魔のうなじ〉だとか、そんな馬鹿らしい限定的なものなのだ。
 かくいうぼくも、戦闘においては大して使い物にならない能力、〈悪魔の膝(ひざ)〉だった。
 ……だけど、生き残った。走って走って走って、生き残った。〈悪魔の膝〉は、逃げ回るのにはうってつけの能力だった。できれば〈悪魔の脚〉くらい欲しかったけれど……ついにぼくはここまできたのだ。ぼくら生き残りたちは、バケモノを掃討する間際まで生きのびたのだ。
 ただし、ぼくらもまた全滅する間際ではある。最後に残った人間は四人。そして、バケモノは強力なのが一体だけ残っている。
 その最後の一体が、今、ぼくの背後に迫っているのだ。
 いや──追わせているのだ。僕らの用意した罠のもとへ誘い込むため。

    *

「もう少し……もう少しだ……!」
 ぼくが向かっている先に、生き残った全員が待機している。
 生き残りの四人はそれぞれ、
 ぼく……黒谷和光《くろたに わこう》……能力〈悪魔の膝〉
 刺鉄賢太《さしがね けんた》……能力〈悪魔の鉤爪《かぎづめ》〉
 小脇蚕《こわき かいこ》……能力〈悪魔の耳〉
 そして、唯一の女生徒・葉ヶ由《はがゆ》つむり……能力〈悪魔の心臓〉
 生き残ったぼくらは、最弱のチームだった。
 ぼくは膝が異形化し、悪魔的脚力を手にした。もしかしたら百メートル走の日本代表くらい早く走れるかもしれない。しかし前述した通り、戦闘には大して役立たない。
 小脇くんの能力も、サポートとしては優秀だが、やはり単独で戦闘するには役に立たない。聴力が増しただけだから。
 葉ヶ由さんの能力〈悪魔の心臓〉にいたっては、どうやら、極限状態においても緊張しなくなるという、そんな些細な能力らしかった。
 で、いわずもがな、賢太くんの能力〈悪魔の鉤爪〉が、ぼくらのなかで最も戦闘向き。右手首から先が、まるで爪長恐竜のように異形化しているのだ。
 しかし、ぼくらが生き残った理由は、賢太くんの能力のおかげとはいえない。
 そもそもぼくらは、バケモノたちと真正面から戦っていないのだ。
 逃げ、隠れ、逃げ、隠れ……最後にはバケモノを罠にハメる。そうやってここまで生きのび、最後の一体というところまできたのだ。
 そしてこいつもあと少しで、ぼくらの用意した死の棺桶──ガソリンを溜めた落とし穴へと、まんまと突っ込むことになるだろう。
「見えた……あと……少し!」
 ぼくは走る。走る。走る。
 みんなが待機している場所が、すぐそこに迫っている。
 石畳《いしだたみ》を剥がすところから、何日もかけて作った落とし穴。やっとのことで手に入れた、大量のガソリン。
 ぼくはいよいよ高揚していた。なにせ最後の一体。ぼくらはもうすぐ帰ることができるのだ。〈ゲームマスター〉はぼくらに約束した。このゲームに生き残った者は、ぼくらのことを解放すると。
「あと少し……あと少し!」
 落とし穴は、もう、すぐ目の前。
「和光ー! いけー!」
 木陰から賢太くんの雄叫びが聞こえた。うっすらと小脇くんの声も聞こえる。いけ、いけ、いけ黒谷くん! そう言っているのが聞こえる。
 ぼくは走る。走る。走る。
 背後から凄まじい勢いでバケモノが追ってくる。
 ぼくは走る。走る。走る。
「黒谷くん!」
 葉ヶ由さんの声だ。
「黒谷くん! がんばれ! あとちょっとだよ!」
 目の前にゴールテープが見えるようだった。
 やっと。やっとだ。
 これまでに一体、何人の死を見た? 四十二名中、一体、何十人の死を見た? 
 それがついに、ぼくらはここまできた。やったのだ。やってやったのだ。
 ぼくらは、ついに勝利するのだ──

 と、まあ、
 そんな簡単にいくわけがない。
 そうなのだ。世の中こんなにうまくはいかない。
 ぼくは、最後まで走り抜け、バケモノを落とし穴に落とすことができた。
 そして火を放ち、瞬く間に、バケモノは炎に包まれた。
 勝利を確信した。
 が、バケモノは、死ななかった。

「うそ……だ……」
 化け物は炎をまとって落とし穴から這い上がってきた。しかも、魑魅魍魎《ちみもうりょう》のごとく、何千という数に分裂して。
「逃げろおおお!」
 賢太くんが叫んだ。葉ヶ由さんは悲鳴をあげ、小脇くんは泣きわめいた。
 僕は走った。ふたたび走った。
 バケモノは小さくなった分、素早くなっていた。
「うわあああ!」
 小脇くんがバケモノに捕まった。
「蚕ぉぉぉ!」
 賢太くんが引き返した。助ける気だ。いや、もう助からないのは明白──小脇くんはすでに全身を魑魅魍魎たちに食いつかれ、炎に包まれている。
「ダメだ賢太くん、逃げて!」
 ぼくは必死になって叫んだ。が、賢太くんは逃げなかった。彼はもう逃げるのをやめたのだ。戦うことに決めたのだ。賢太くんは鉤爪を振るって化け物たちと戦い始めた。
 ぼくもついに立ち止まってしまった。戦うべきか、否か。
「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう……!」
 ぼくは死にたくなかった。戦いたくなかった。本当、とことん臆病だと思う。でも、どうしようもないのだ。ぼくという人間は、弱いのだ。
「黒谷くん、逃げよう!」
 葉ヶ由さんはぼくの手を握った。
「葉ヶ由さん……!」
 ぼくは手を握り返し、涙ながらに走り出した。
 ぼくと葉ヶ由さんは逃げた。逃げた。逃げた。
 走って走って走って、逃げた逃げた逃げた。
 やがて、ぼくは疲れてしまった。心も体も何もかも。
 葉ヶ由さんも、もう歩くことすらままならないようだった。
「ごめん……葉ヶ由さん……ぼくは君を守れるだけの力がない……終わりだ……もう……」
「黒谷くん……」
 ぼくらはふたり、倒れ込んだ。
 その周りを、炎をまとった化け物たちが囲む。
 ──と、そのときだった。
「困りますねえええ、全滅というのは!」
 ゲームマスターの声だった。
「せっかくここまでやってきたんですからああ、お二人にはチャンスをあげましょおおおう」
 バケモノたちはよだれをたらしながらその場にとどまり、獲物に食いつけるその瞬間を待ちどおしそうにしていた。
「チャンスって……何なんだよお前……おちょくるのも……たいがいにしてくれ……」
 ぼくは弱々しくうめいた。
「なに、なんなの、チャンスって!」
 葉ヶ由さんが叫ぶ。
「お願い、教えて!」
 すると、下品に笑って、ゲームマスターはこう言った。
「生き残ることができるのは、どちらか一人。選んでくださいませ。どちらが生き、どちらが死ぬかを。そして、その手で終止符《しゅうしふ》を打ってあげるのです。生きて帰る者が、もう一方の命を刈り取るのです。ククク……!」
 ぼくは愕然《がくぜん》とした。
 こいつらはどこまでもぼくらのことを馬鹿にして楽しんでいる。
 葉ヶ由さん、死んでくれ。なんて言えるわけがない。葉ヶ由さん、ぼくの分まで生きてくれ。そう言うほかないだろう。
 考えているうちに、ぼくはガタガタと震え出した。
 言えない。自分が死ぬなんて言いだせない。ぼくにはそんな度胸はない。
「黒谷くん……」
 おもむろに、葉ヶ由さんが切り出した。
「私が死ぬから……黒谷くんは、生きて……」
 葉ヶ由さんは涙声で、そう言ったのだった。
「葉ヶ由さん……そんな……!」
 ぼくは自分が情けなくて、それこそ死にたくなった。
「だめだ……そんなのだめだ……だめだよ……葉ヶ由さん!」
 が、やはり言えなかった。ぼくが死ぬよなんて言えなかった。
「じゃあ……」
 と、葉ヶ由さんは両手をぼくの頬に触れて、ぼくをまっすぐに見つめた。
 葉ヶ由さんは涙を流しながら、しかし、いじらしく微笑んだ。
「一緒に……死ぬ……?」
 時が止まった。
 ぼくらはしばらく、静止した時のなかで見つめ合った。
 やがて、ぼくがその針を刻んだ。
「うん……そうしよう……」
 だって、もう、疲れたから。
 何もかも疲れたから。
「一緒に死のう」
 ぼくはハッキリと、そう言った。
 なんだか不思議な勇気が湧いてきた。それは生きる勇気でも死ぬ勇気でもなく、誰かを愛する勇気だった。
 ふと、葉ヶ由さんはぼくを見つめたまま、その顔をゆっくりとぼくの顔へ寄せた。ぼくは葉ヶ由さんの儚《はかな》げな表情を見つめ、うるんだ瞳を見つめ、それから、くすんでしまった唇を見つめた。
 そうして、自ら闇のとばりを下ろし、ぼくらは唇を重ねた。

 どのくらい唇を合わせていたのかぼくにはわからない。ぼくは無限の空間のなかを永遠に走りまわるような思いだった。そこには今までにない、心地よい風が吹いていた。そして、葉ヶ由さんの舌先とぼくの舌先が触れたその瞬間、無限のなかに小宇宙が生まれ、ぼくの肉体のすべては融解《ゆうかい》し、おなじく融解した葉ヶ由さんと神秘的に溶け合った。
「黒谷くん……」
 葉ヶ由さんの囁き声が、宇宙全体にしっとりと沁み渡った。
「黒谷くん……ごめんね……」
 次第に、ぼくは息苦しくなってきた。呼吸はしているはずだった。が、おかしい。どうにも、うまく酸素を取り込めない。さらには、動悸《どうき》が異常じみてきて、鼓動のたび全身を不快な電気が駆けた。
「黒谷くん……ごめんね……」
 なぜ、謝るのか? ぼくは理解する術《すべ》を失っていた。頭がまわらない。
「黒谷くん……本当のことを言うとね……」
 葉ヶ由さんが、唇を離した。
 葉ヶ由さんは、相変わらず微笑んでいた。
「わたしの能力は……〈悪魔の唾液腺(だえきせん)〉なの……」
 その微笑みは美しかった。とにもかくにも、何にせよ、美しかった。
 それは、散りゆく花の儚さでありながら、同時に、蕾《つぼみ》の喜びだと思った。
 ながめているうち、ぼくはどんどん熱く、切なく、あるいは冷たく、嬉しくなり……
 そうしてぼくは、あまりにも息苦しい恋によって、窒息してしまった。
  
 おめでとう、葉ヶ由さん。
 君こそは、悪魔として生きるにふさわしい。
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