2 / 6
「ラン・アンド・廃ランド」
しおりを挟むぼくは現在、最悪の状況にある。
最悪の状況のなかを、死に物狂いで駆けている。
なぜなら、追われているから。
なぜなら、命が懸かっているから。
なぜなら、ぼくを追っているのは、バケモノだから。
「あともうちょい!」
ぼくは走る。走る。走る。
止まれば命はない。止まらずに走れば、ぼくは助かる。たぶん。
このまま走り続ければ、やがてぼくは仲間たちのもとへ辿り着き、そして、バケモノのほうが死ぬこととなるはず。ぼくは今、生と死の瀬戸際を走っているのだ。
そうそう、前述したぼくが嫌いな項目にひとつ追加したい。
追いかけること、追われること、そして。
追わせること。
*
そもそもなぜこんなことになったのか、少しだけさかのぼる。
始まりのその日は、ぼくらの卒業旅行の日でもあった。
ぼくらはバスに乗って、とある有名なテーマパークに向かっていた。みんな浮かれていて、バスの中は大騒ぎ。
けれど、到着したそこは、とんでもない場所だった。
お菓子の甘い香りなんか漂っておらず、血を思わせるような嫌な鉄の臭いに満ちていた。愉快な音楽なんか流れておらず、陰鬱《いんうつ》で、調子の狂った音がやかましく鳴り響いていた。
それは、どう見ても廃墟だった。
僕らはただただ困惑した。バスの運転手さんにどういうことか聞いても、彼はまるで催眠術にかかったようにぼんやりしているだけで、何も答えなかった。ぼくらは誰もかれも、なんでそんなところへ来てしまったのか、まったく理解できなかった。
そんな中で、
「はーーーい、みぃいいいな、さあああああん!」
遊園地じゅうのスピーカーから、とてつもなく大きな金切り声が響き渡った。
「よおおおうこそ、デビルランドへぇええええ!」
そうして、混乱するぼくらをよそに、そいつは馬鹿げた〈デスゲーム〉とやらについての説明を始めたのだった。
そいつは自分のことを〈ゲームマスター〉、ぼくらのことを〈参加者〉と呼んだ。
「ふざけるな!」
と、威勢よく叫んだのは誰だったか、今となっては思い出せない。
「……というわけでえええ、みなさんを襲うあたくしたちのペッッットが、こちらでええええええす!」
ゲームマスターがそう言うと、そこらじゅうのアトラクションの陰《かげ》から、さまざまな異形のバケモノたちが姿を見せた。
生徒たちはみな、半狂乱となった。
「ご安心をおおおおう!」
ゲームマスターは楽しそうに叫んだ。
「みなさんにはぁぁああ、特別な能力を授けますからああああ! それはあたくしたちのペッッッットにも勝るるるるるう、〈悪魔の肉体の一部〉でええええす!」
ゲームマスターがそう言うや否や、ぼくらの肉体の一部が、悪魔の肉体とやらに変貌した。ある者は片腕が巨大な槍《やり》となり、ある者は肩甲骨から翼が生え、ある者は特殊な瞳を開眼した。
そして、ぼくらはその〈悪魔の肉体の一部〉を駆使し、バケモノたちと殺し合うことになった。
とどのつまり、「与えれた悪魔の能力をうまく使って生き残れ」なんていう、下卑《げび》たデスゲームである。なんのためにそんなことをするのか、さっぱり不明。
で、あっという間に、みんな死んだ。
生徒も、教師も、親友たちも、みんなみんな死んだ。
──だいたいが不公平なのだ。バケモノは全身があますことなくバケモノなのに、ぼくらは肉体の一部だけがバケモノ。しかも人によっては、〈悪魔の額(ひたい)〉だとか、〈悪魔のうなじ〉だとか、そんな馬鹿らしい限定的なものなのだ。
かくいうぼくも、戦闘においては大して使い物にならない能力、〈悪魔の膝(ひざ)〉だった。
……だけど、生き残った。走って走って走って、生き残った。〈悪魔の膝〉は、逃げ回るのにはうってつけの能力だった。できれば〈悪魔の脚〉くらい欲しかったけれど……ついにぼくはここまできたのだ。ぼくら生き残りたちは、バケモノを掃討する間際まで生きのびたのだ。
ただし、ぼくらもまた全滅する間際ではある。最後に残った人間は四人。そして、バケモノは強力なのが一体だけ残っている。
その最後の一体が、今、ぼくの背後に迫っているのだ。
いや──追わせているのだ。僕らの用意した罠のもとへ誘い込むため。
*
「もう少し……もう少しだ……!」
ぼくが向かっている先に、生き残った全員が待機している。
生き残りの四人はそれぞれ、
ぼく……黒谷和光《くろたに わこう》……能力〈悪魔の膝〉
刺鉄賢太《さしがね けんた》……能力〈悪魔の鉤爪《かぎづめ》〉
小脇蚕《こわき かいこ》……能力〈悪魔の耳〉
そして、唯一の女生徒・葉ヶ由《はがゆ》つむり……能力〈悪魔の心臓〉
生き残ったぼくらは、最弱のチームだった。
ぼくは膝が異形化し、悪魔的脚力を手にした。もしかしたら百メートル走の日本代表くらい早く走れるかもしれない。しかし前述した通り、戦闘には大して役立たない。
小脇くんの能力も、サポートとしては優秀だが、やはり単独で戦闘するには役に立たない。聴力が増しただけだから。
葉ヶ由さんの能力〈悪魔の心臓〉にいたっては、どうやら、極限状態においても緊張しなくなるという、そんな些細な能力らしかった。
で、いわずもがな、賢太くんの能力〈悪魔の鉤爪〉が、ぼくらのなかで最も戦闘向き。右手首から先が、まるで爪長恐竜のように異形化しているのだ。
しかし、ぼくらが生き残った理由は、賢太くんの能力のおかげとはいえない。
そもそもぼくらは、バケモノたちと真正面から戦っていないのだ。
逃げ、隠れ、逃げ、隠れ……最後にはバケモノを罠にハメる。そうやってここまで生きのび、最後の一体というところまできたのだ。
そしてこいつもあと少しで、ぼくらの用意した死の棺桶──ガソリンを溜めた落とし穴へと、まんまと突っ込むことになるだろう。
「見えた……あと……少し!」
ぼくは走る。走る。走る。
みんなが待機している場所が、すぐそこに迫っている。
石畳《いしだたみ》を剥がすところから、何日もかけて作った落とし穴。やっとのことで手に入れた、大量のガソリン。
ぼくはいよいよ高揚していた。なにせ最後の一体。ぼくらはもうすぐ帰ることができるのだ。〈ゲームマスター〉はぼくらに約束した。このゲームに生き残った者は、ぼくらのことを解放すると。
「あと少し……あと少し!」
落とし穴は、もう、すぐ目の前。
「和光ー! いけー!」
木陰から賢太くんの雄叫びが聞こえた。うっすらと小脇くんの声も聞こえる。いけ、いけ、いけ黒谷くん! そう言っているのが聞こえる。
ぼくは走る。走る。走る。
背後から凄まじい勢いでバケモノが追ってくる。
ぼくは走る。走る。走る。
「黒谷くん!」
葉ヶ由さんの声だ。
「黒谷くん! がんばれ! あとちょっとだよ!」
目の前にゴールテープが見えるようだった。
やっと。やっとだ。
これまでに一体、何人の死を見た? 四十二名中、一体、何十人の死を見た?
それがついに、ぼくらはここまできた。やったのだ。やってやったのだ。
ぼくらは、ついに勝利するのだ──
と、まあ、
そんな簡単にいくわけがない。
そうなのだ。世の中こんなにうまくはいかない。
ぼくは、最後まで走り抜け、バケモノを落とし穴に落とすことができた。
そして火を放ち、瞬く間に、バケモノは炎に包まれた。
勝利を確信した。
が、バケモノは、死ななかった。
「うそ……だ……」
化け物は炎をまとって落とし穴から這い上がってきた。しかも、魑魅魍魎《ちみもうりょう》のごとく、何千という数に分裂して。
「逃げろおおお!」
賢太くんが叫んだ。葉ヶ由さんは悲鳴をあげ、小脇くんは泣きわめいた。
僕は走った。ふたたび走った。
バケモノは小さくなった分、素早くなっていた。
「うわあああ!」
小脇くんがバケモノに捕まった。
「蚕ぉぉぉ!」
賢太くんが引き返した。助ける気だ。いや、もう助からないのは明白──小脇くんはすでに全身を魑魅魍魎たちに食いつかれ、炎に包まれている。
「ダメだ賢太くん、逃げて!」
ぼくは必死になって叫んだ。が、賢太くんは逃げなかった。彼はもう逃げるのをやめたのだ。戦うことに決めたのだ。賢太くんは鉤爪を振るって化け物たちと戦い始めた。
ぼくもついに立ち止まってしまった。戦うべきか、否か。
「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう……!」
ぼくは死にたくなかった。戦いたくなかった。本当、とことん臆病だと思う。でも、どうしようもないのだ。ぼくという人間は、弱いのだ。
「黒谷くん、逃げよう!」
葉ヶ由さんはぼくの手を握った。
「葉ヶ由さん……!」
ぼくは手を握り返し、涙ながらに走り出した。
ぼくと葉ヶ由さんは逃げた。逃げた。逃げた。
走って走って走って、逃げた逃げた逃げた。
やがて、ぼくは疲れてしまった。心も体も何もかも。
葉ヶ由さんも、もう歩くことすらままならないようだった。
「ごめん……葉ヶ由さん……ぼくは君を守れるだけの力がない……終わりだ……もう……」
「黒谷くん……」
ぼくらはふたり、倒れ込んだ。
その周りを、炎をまとった化け物たちが囲む。
──と、そのときだった。
「困りますねえええ、全滅というのは!」
ゲームマスターの声だった。
「せっかくここまでやってきたんですからああ、お二人にはチャンスをあげましょおおおう」
バケモノたちはよだれをたらしながらその場にとどまり、獲物に食いつけるその瞬間を待ちどおしそうにしていた。
「チャンスって……何なんだよお前……おちょくるのも……たいがいにしてくれ……」
ぼくは弱々しくうめいた。
「なに、なんなの、チャンスって!」
葉ヶ由さんが叫ぶ。
「お願い、教えて!」
すると、下品に笑って、ゲームマスターはこう言った。
「生き残ることができるのは、どちらか一人。選んでくださいませ。どちらが生き、どちらが死ぬかを。そして、その手で終止符《しゅうしふ》を打ってあげるのです。生きて帰る者が、もう一方の命を刈り取るのです。ククク……!」
ぼくは愕然《がくぜん》とした。
こいつらはどこまでもぼくらのことを馬鹿にして楽しんでいる。
葉ヶ由さん、死んでくれ。なんて言えるわけがない。葉ヶ由さん、ぼくの分まで生きてくれ。そう言うほかないだろう。
考えているうちに、ぼくはガタガタと震え出した。
言えない。自分が死ぬなんて言いだせない。ぼくにはそんな度胸はない。
「黒谷くん……」
おもむろに、葉ヶ由さんが切り出した。
「私が死ぬから……黒谷くんは、生きて……」
葉ヶ由さんは涙声で、そう言ったのだった。
「葉ヶ由さん……そんな……!」
ぼくは自分が情けなくて、それこそ死にたくなった。
「だめだ……そんなのだめだ……だめだよ……葉ヶ由さん!」
が、やはり言えなかった。ぼくが死ぬよなんて言えなかった。
「じゃあ……」
と、葉ヶ由さんは両手をぼくの頬に触れて、ぼくをまっすぐに見つめた。
葉ヶ由さんは涙を流しながら、しかし、いじらしく微笑んだ。
「一緒に……死ぬ……?」
時が止まった。
ぼくらはしばらく、静止した時のなかで見つめ合った。
やがて、ぼくがその針を刻んだ。
「うん……そうしよう……」
だって、もう、疲れたから。
何もかも疲れたから。
「一緒に死のう」
ぼくはハッキリと、そう言った。
なんだか不思議な勇気が湧いてきた。それは生きる勇気でも死ぬ勇気でもなく、誰かを愛する勇気だった。
ふと、葉ヶ由さんはぼくを見つめたまま、その顔をゆっくりとぼくの顔へ寄せた。ぼくは葉ヶ由さんの儚《はかな》げな表情を見つめ、うるんだ瞳を見つめ、それから、くすんでしまった唇を見つめた。
そうして、自ら闇のとばりを下ろし、ぼくらは唇を重ねた。
どのくらい唇を合わせていたのかぼくにはわからない。ぼくは無限の空間のなかを永遠に走りまわるような思いだった。そこには今までにない、心地よい風が吹いていた。そして、葉ヶ由さんの舌先とぼくの舌先が触れたその瞬間、無限のなかに小宇宙が生まれ、ぼくの肉体のすべては融解《ゆうかい》し、おなじく融解した葉ヶ由さんと神秘的に溶け合った。
「黒谷くん……」
葉ヶ由さんの囁き声が、宇宙全体にしっとりと沁み渡った。
「黒谷くん……ごめんね……」
次第に、ぼくは息苦しくなってきた。呼吸はしているはずだった。が、おかしい。どうにも、うまく酸素を取り込めない。さらには、動悸《どうき》が異常じみてきて、鼓動のたび全身を不快な電気が駆けた。
「黒谷くん……ごめんね……」
なぜ、謝るのか? ぼくは理解する術《すべ》を失っていた。頭がまわらない。
「黒谷くん……本当のことを言うとね……」
葉ヶ由さんが、唇を離した。
葉ヶ由さんは、相変わらず微笑んでいた。
「わたしの能力は……〈悪魔の唾液腺(だえきせん)〉なの……」
その微笑みは美しかった。とにもかくにも、何にせよ、美しかった。
それは、散りゆく花の儚さでありながら、同時に、蕾《つぼみ》の喜びだと思った。
ながめているうち、ぼくはどんどん熱く、切なく、あるいは冷たく、嬉しくなり……
そうしてぼくは、あまりにも息苦しい恋によって、窒息してしまった。
おめでとう、葉ヶ由さん。
君こそは、悪魔として生きるにふさわしい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる