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好きであればあるほどに、憎しみは深く
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イリシアは自室の扉の鍵を掛けた。いやに大きな音がして、誰かに聞かれてないかヒヤリとする。
もし誰かに鍵を閉めたことを気付かれて、変に思われないかしら。
いつもは閉まることのない鍵を掛けた、なんて。
いや、どうでも良いことだわ、と思い直す。
あの、あの紙は所謂ラブレターって代物だった。
貴女のことが忘れられないとか、手を離すべきでなかった、とか。温もりが忘れられないとも、あった。
それはもう、完璧な…………。
『愛している』
あの単語が目に焼き付いて離れない。
宛名は何処かで聞き覚えがある。けど頭がぐるぐるして、思考回路がまともじゃないのか、誰かまで思い出せない。
そのままふらふらとベッドに横たわると、本がベッドをずり落ちて地面に落ちた。
あれ?私達って恋愛結婚じゃなかったっけ?
図書館から出た時に、声掛けてきたの向こうからよね?
あの手紙には結婚なんかしたくなかった、なんてことも書いてあったよ?
じゃあ何で結婚したのよ。
やる事やっといて、結婚したくなかったなんてありえる?
結婚する気なかったんなら、なんで結婚前に私の処女やったのよ。
あんなに楽しく恋人時代過ごしといて『結婚したくなかった』って、責任取る気無いけど下半身は元気だからやりたかっただけ?
「結婚したくなかったんなら、とっとと別れを告げなさいよ……!人を馬鹿にして!!」
枕を強く掴むと、ベッドに強く打ち付ける。
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!!」
涙が止まらない。
「ああっ!ばかー!!ばかぁーーー!!」
わああっと泣いてベットに突っ伏す。
もっと早く別れてくれてたら、別の人とでも見合いでもなんでもして結婚してたわ。
私だって、私だって…。
お腹に手を当てる。
まだ彼には言ってなかったが、ここには子どもがいる。
検査薬でうっすら反応が出ていた。
何年も出来なくて、やっと出来たと思ったら素っ気なくなって。
こんなに好きなのは私だけで、子どもまで出来ちゃって、でももう望まれてなくて。
こんな状況で言えるわけない。
どうしたらいいのよ。
もう、何も考えたくない。
涙は止まらず、ただ、眠りに身を任せるのだった……。
控えめなノックに目を覚ます。
あれから寝てしまっていたみたいだ。
返事をすると、ノブを回す音がして、鍵を掛けていたことを思い出す。気怠い体を起こして、ドアへと向かい、鍵を開けると執事のエドモンドがそこに居た。
「旦那様は、今日遅くなるので夕食を先に済ませておくようにとの伝言です」
いつもなら、わたしのメイドが伝言に来るのに。
ぼんやりとしながら、生返事をする。
返事をしたのに、エドモンドはそのままそこに留まっている。
いつもなら、伝言を伝えたらすぐに居なくなるのに。
不思議に思い、見上げると心配そうな瞳でこちらを見ているのに気付いた。
ああ――、彼は。エドモンドは、わたしが見た手紙を、知っているのだ。
「――奥様」
笑いが込み上げてくる。それは愉快ではなく、自虐的なものだった。
「おかしいでしょ、今まで、愛されてるって、勘違いしていた、なんて」
ぽろり、と涙が溢れた。
ぽろぽろと涙が止まらなくなって、丁度目の前に出てきた布で涙を拭う。
「えっ、えっ、えっ、えっ」
情けないから、声を出さないように、泣き止みたいから我慢するように堪えようとして、変な声がでる。
布はきちんとアイロンのかけられた大判のハンカチだった。
エドモンドが差し出したハンカチにたっぷりと涙を染み込ませて、最終的に鼻までかんだ。
私が落ち着くまで、何をするでもなく、エドモンドはそばにいてくれた。
――――――
いつの間にか寝落ちしていて、ベットの上で普通に寝ていた。エドモンドが運んでくれたのであろうか。
きしり、とベットが音を鳴らせて、ルドヴィカが帰ってきたことを知る。
彼は私に背を向けて、広いベットの中で離れて横たわった。
その背中を睨みつけ、頭の中は憎しみでいっぱいになっている。
ばーかばーかとか、なんで早く言わないのか、とか責め立てることばかり考えていた。
私のことを愛していないなら、お腹の子のことも愛してくれないのかしら。
だんだんと悲しくなって、私のことよりその女の方が好きなの?と音もなく涙を流した。
すんすん、と鼻が鳴るとルドヴィカが起き上がり、こちらに近付いてくる。
「シア?」
優しそうな声で私の心配をしている風で、心の中は例の女のことが好きなんでしょう?もう知らない、嫌い!
そう、叫んでいれば楽になれたのかもしれない。
でも、優しく頭を撫でられるのが心地よくて、声が出せなくなるイリシア。
顔を見るのが気まずいから寝たフリをして、目を閉じた。そうして、イリシアは本当に寝てしまうのだった。
――――――――――
負けず嫌いのイリシアは、自分から見たなどというつもりはない。何事もなかったかのように毎日をただ過ごしていた。
心の中で、ルーカから『別れてほしい』と言われたら、すんなり別れてあげよう。と決意だけ固める事にした。
お腹の中に居る子どものことはまだ、ルーカに言うことができてない。愛してもいない女の子どもなんて要らないでしょう……。ぽろりと涙が落ちた。
――――――――
イリシアは食欲も無くなってきて、体調も少しおかしかった。顔色は青白く、庭の片隅でこっそりと涙しているところを見かけるようになった。
その様子をみて、執事であるエドモンドはとても心配していた。しかし、自分の担当ではないと頭を振ると奥様付きのメイドに指示を出して、肌寒いからブランケットを、紅茶を、奥様が好きなクッキーを、と気遣いをしていた。
「たまには、街に出てみてはいかがですか?」
そう気晴らしに主人であるルドヴィカに勧めてみた。エドモンド的には奥様と、という主語が隠されていたのだが。
「そうだな、では今日は少し出てくるぞ」
ウキウキと嬉しそうにルドヴィカは馬車に乗って出掛けていった。
ひとりで。
エドモンドはしまったな、と後悔した。もっと直接的に言わなくては伝わらないのかと、失望もした。
また後日勧めるときは、きちんと観劇などのチケットを用意して……と考えていた。ふと、2階の執務室の窓から庭に煌めく薄紫が見えた。
奥様があそこにいるのか。
そう思って、体に衝撃が走る。
泣いている。
あれから幾日経過したか。
まだ、泣いているのか。
気がつくとエドモンドは走っていた。
「奥……、イリシア様!」
名前を呼ばれ、顔を上げると、そこには息を切らしたエドモンドが居た。
目を擦って、慌てて泣いていた痕跡を隠す。
エドモンドをよくみたら、メガネはズレてるし、息切れてるし、汗かいてるし。
くずっと泣きながらもイリシアは、そんなエドモンドに笑いが込み上げてきた。
「エドモンド、せっかくいつもかっこいいのに、くしゃくしゃ」
くすくすと泣き笑いするイリシアに、自分が滑稽な格好になってよかった、と安心するエドモンドだった。
メガネを直し、服の乱れを正す。
そして跪くと、恭しく手をイリシアへと差し出した。
「どうか、私めに、イリシア様をエスコートする光栄をいただけないでしょうか」
涙を浮かべていた目がこぼれそうなくらい開かれた。
イリシアは原因を知られているエドモンドの気遣いに感謝した。
そっと、差し出された手に手を重ねる。
上目遣いにエドモンドを見上げるとイタズラっ子のような表情でイリシアは答えた。
「喜んでお受けいたしますわ」
そうして2人は馬車に乗り街へと繰り出すのだった……。
それが更に彼女を追い詰めることになるとも知らずに。
もし誰かに鍵を閉めたことを気付かれて、変に思われないかしら。
いつもは閉まることのない鍵を掛けた、なんて。
いや、どうでも良いことだわ、と思い直す。
あの、あの紙は所謂ラブレターって代物だった。
貴女のことが忘れられないとか、手を離すべきでなかった、とか。温もりが忘れられないとも、あった。
それはもう、完璧な…………。
『愛している』
あの単語が目に焼き付いて離れない。
宛名は何処かで聞き覚えがある。けど頭がぐるぐるして、思考回路がまともじゃないのか、誰かまで思い出せない。
そのままふらふらとベッドに横たわると、本がベッドをずり落ちて地面に落ちた。
あれ?私達って恋愛結婚じゃなかったっけ?
図書館から出た時に、声掛けてきたの向こうからよね?
あの手紙には結婚なんかしたくなかった、なんてことも書いてあったよ?
じゃあ何で結婚したのよ。
やる事やっといて、結婚したくなかったなんてありえる?
結婚する気なかったんなら、なんで結婚前に私の処女やったのよ。
あんなに楽しく恋人時代過ごしといて『結婚したくなかった』って、責任取る気無いけど下半身は元気だからやりたかっただけ?
「結婚したくなかったんなら、とっとと別れを告げなさいよ……!人を馬鹿にして!!」
枕を強く掴むと、ベッドに強く打ち付ける。
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!!」
涙が止まらない。
「ああっ!ばかー!!ばかぁーーー!!」
わああっと泣いてベットに突っ伏す。
もっと早く別れてくれてたら、別の人とでも見合いでもなんでもして結婚してたわ。
私だって、私だって…。
お腹に手を当てる。
まだ彼には言ってなかったが、ここには子どもがいる。
検査薬でうっすら反応が出ていた。
何年も出来なくて、やっと出来たと思ったら素っ気なくなって。
こんなに好きなのは私だけで、子どもまで出来ちゃって、でももう望まれてなくて。
こんな状況で言えるわけない。
どうしたらいいのよ。
もう、何も考えたくない。
涙は止まらず、ただ、眠りに身を任せるのだった……。
控えめなノックに目を覚ます。
あれから寝てしまっていたみたいだ。
返事をすると、ノブを回す音がして、鍵を掛けていたことを思い出す。気怠い体を起こして、ドアへと向かい、鍵を開けると執事のエドモンドがそこに居た。
「旦那様は、今日遅くなるので夕食を先に済ませておくようにとの伝言です」
いつもなら、わたしのメイドが伝言に来るのに。
ぼんやりとしながら、生返事をする。
返事をしたのに、エドモンドはそのままそこに留まっている。
いつもなら、伝言を伝えたらすぐに居なくなるのに。
不思議に思い、見上げると心配そうな瞳でこちらを見ているのに気付いた。
ああ――、彼は。エドモンドは、わたしが見た手紙を、知っているのだ。
「――奥様」
笑いが込み上げてくる。それは愉快ではなく、自虐的なものだった。
「おかしいでしょ、今まで、愛されてるって、勘違いしていた、なんて」
ぽろり、と涙が溢れた。
ぽろぽろと涙が止まらなくなって、丁度目の前に出てきた布で涙を拭う。
「えっ、えっ、えっ、えっ」
情けないから、声を出さないように、泣き止みたいから我慢するように堪えようとして、変な声がでる。
布はきちんとアイロンのかけられた大判のハンカチだった。
エドモンドが差し出したハンカチにたっぷりと涙を染み込ませて、最終的に鼻までかんだ。
私が落ち着くまで、何をするでもなく、エドモンドはそばにいてくれた。
――――――
いつの間にか寝落ちしていて、ベットの上で普通に寝ていた。エドモンドが運んでくれたのであろうか。
きしり、とベットが音を鳴らせて、ルドヴィカが帰ってきたことを知る。
彼は私に背を向けて、広いベットの中で離れて横たわった。
その背中を睨みつけ、頭の中は憎しみでいっぱいになっている。
ばーかばーかとか、なんで早く言わないのか、とか責め立てることばかり考えていた。
私のことを愛していないなら、お腹の子のことも愛してくれないのかしら。
だんだんと悲しくなって、私のことよりその女の方が好きなの?と音もなく涙を流した。
すんすん、と鼻が鳴るとルドヴィカが起き上がり、こちらに近付いてくる。
「シア?」
優しそうな声で私の心配をしている風で、心の中は例の女のことが好きなんでしょう?もう知らない、嫌い!
そう、叫んでいれば楽になれたのかもしれない。
でも、優しく頭を撫でられるのが心地よくて、声が出せなくなるイリシア。
顔を見るのが気まずいから寝たフリをして、目を閉じた。そうして、イリシアは本当に寝てしまうのだった。
――――――――――
負けず嫌いのイリシアは、自分から見たなどというつもりはない。何事もなかったかのように毎日をただ過ごしていた。
心の中で、ルーカから『別れてほしい』と言われたら、すんなり別れてあげよう。と決意だけ固める事にした。
お腹の中に居る子どものことはまだ、ルーカに言うことができてない。愛してもいない女の子どもなんて要らないでしょう……。ぽろりと涙が落ちた。
――――――――
イリシアは食欲も無くなってきて、体調も少しおかしかった。顔色は青白く、庭の片隅でこっそりと涙しているところを見かけるようになった。
その様子をみて、執事であるエドモンドはとても心配していた。しかし、自分の担当ではないと頭を振ると奥様付きのメイドに指示を出して、肌寒いからブランケットを、紅茶を、奥様が好きなクッキーを、と気遣いをしていた。
「たまには、街に出てみてはいかがですか?」
そう気晴らしに主人であるルドヴィカに勧めてみた。エドモンド的には奥様と、という主語が隠されていたのだが。
「そうだな、では今日は少し出てくるぞ」
ウキウキと嬉しそうにルドヴィカは馬車に乗って出掛けていった。
ひとりで。
エドモンドはしまったな、と後悔した。もっと直接的に言わなくては伝わらないのかと、失望もした。
また後日勧めるときは、きちんと観劇などのチケットを用意して……と考えていた。ふと、2階の執務室の窓から庭に煌めく薄紫が見えた。
奥様があそこにいるのか。
そう思って、体に衝撃が走る。
泣いている。
あれから幾日経過したか。
まだ、泣いているのか。
気がつくとエドモンドは走っていた。
「奥……、イリシア様!」
名前を呼ばれ、顔を上げると、そこには息を切らしたエドモンドが居た。
目を擦って、慌てて泣いていた痕跡を隠す。
エドモンドをよくみたら、メガネはズレてるし、息切れてるし、汗かいてるし。
くずっと泣きながらもイリシアは、そんなエドモンドに笑いが込み上げてきた。
「エドモンド、せっかくいつもかっこいいのに、くしゃくしゃ」
くすくすと泣き笑いするイリシアに、自分が滑稽な格好になってよかった、と安心するエドモンドだった。
メガネを直し、服の乱れを正す。
そして跪くと、恭しく手をイリシアへと差し出した。
「どうか、私めに、イリシア様をエスコートする光栄をいただけないでしょうか」
涙を浮かべていた目がこぼれそうなくらい開かれた。
イリシアは原因を知られているエドモンドの気遣いに感謝した。
そっと、差し出された手に手を重ねる。
上目遣いにエドモンドを見上げるとイタズラっ子のような表情でイリシアは答えた。
「喜んでお受けいたしますわ」
そうして2人は馬車に乗り街へと繰り出すのだった……。
それが更に彼女を追い詰めることになるとも知らずに。
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