婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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はじまりはじまり

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 それは、とある春の日のことでした。
 のぼりたての太陽があたりをくまなく照らし、方々の梢から鳥のさえずりが聞こえる、よき一日を予感させる朝。王宮の一室では開けはなたれた窓から、まっさらな空気がとりこまれていました。
「あ、結婚しよ」
 天蓋つきのベッドでパチリとまぶたを開いたロラン王子が、普段と違ってすばやく体をおこし明瞭な声をあげます。
 おおよそ寝起きの第一声とは思えない発言に、世話係のアルマンは小さくため息。冷めたまなざしとほのかに刻まれた眉間の皺は不機嫌じみていますが、それでも友人同然のロラン王子からみれば今日は少し機嫌がいいと感じとれる面持ちです。
「どうしたんです。おかしな夢でも見ましたか」
「ていうか兄上が王位継承しちゃうのはいいとしても、国民の好感度くらいは負けたくないじゃん」
「……まあ、品格才覚どこをとっても、レオン王太子殿下は非のうちどころがない完璧な方ですからね」
 猛然、立ちあがったロラン王子が絹製のねまきを脱ぎすてました。あらわになった白い肌は傷ひとつなく輝かんばかり。日頃の鍛錬のかいもあり、それなりに引きしまっています。
「だから俺のほうがしっかりしてるって、みんなにアピールすんの。全部負けっぱなしなんて絶対に嫌だし!」
「そうですか」
 ならばもっと別の方法があるのでは、といさめるのが本来の忠臣のつとめでしょうが、言いだしたらきかない性質を理解しているアルマンは、顔を洗いおえ服に袖をとおすロラン王子を従順に手伝うだけです。
「さっそくお相手を探さないとなぁ」
「目星をつけていないのに、そんなこと言ったんですか」
「だって、さっき思いついたんだもん」
 椅子にし、ふわふわの栗色の髪を整えられながらロラン王子が気持ちよさそうに目をふせます。
「第二王子ってことでわりかし自由に女の子たちと仲良くさせてもらってきたけど、いざ結婚となるとなぁ。こんなこと言うの嫌だけど、家柄とか必要になってきそうだよね」
「それで私に候補者を見つけろと」
「話が早くて助かるよ。アルマンは俺の好みを把握してくれてるから、安心して任せられるし」
「承知いたしました」
 ことんとブラシをおく音を合図、ロラン王子のまぶたが開かれます。母親ゆずりのエメラルド色の目が鏡ごしにアルマンのこげ茶色とかちあうと、ロラン王子はニッと笑ってみせました。
「ありがと。いつもどおりのかっこいい仕上がりだね。さて、朝ごはんだ。今日はなんだろう」
「いってらっしゃいませ」
 うやうやしく送りだされ、ロラン王子が軽快な足どりで廊下を進みます。
 彼らの住まうエトワルン国は、温暖な気候や海山を擁する豊かな土地のみならずアストリカル大陸における最大国家の財力もあり、あらゆる食材に恵まれていました。
 その宮廷料理人といえば腕も超一流。元来食べることが好きなロラン王子は毎食が楽しみでしかたありません。
「とくに卵料理が絶品なんだよなぁ」
 数日前にだされた新作『オム・ラ・イス』なるもののふわとろ食感を思いだし鼻歌まじりで廊下をまがります。
 が、それはたちまちゲッという蛙の悲鳴じみた声に変化し、ロラン王子は蝋人形のように動かなくなってしまいました。
 そのはず、視線の先には天敵ともいえる実兄のレオン王太子の姿。ロラン王子としてはすぐさま踵を返したいところですが、ばちんと視線がぶつかった手前そんな非礼は許されません。やむなくを進め頭をさげます。
「オハヨウゴザイマス兄上」
「ああ」
 相槌をうつレオン王太子は、父親ゆずりの鋭い眼光に大国の嫡子らしい威厳をたたえ表情を変えません。そんなところもロラン王子の癇にさわります。
 レオン王太子は幼少時から勉学にも剣術にも優れ神童と呼ばれていたうえ臣下からの人望もあつく、誰もが次期国王にふさわしいと認める人物でした。
 最初のうちはロラン王子も、そんな兄を自慢に思っていましたが、しだいに比べられることが増え劣等感を覚えるようになると苦手をとおりこして嫌悪の対象となり、一瞬たりとておなじところにいたくないと思うようになったのです。
 そのため、たとえ一人寂しくなろうともあえて家族と食事の時間をずらしていたのですが、ともに暮らしているのですから出くわすことはいくらもあります。
「どうかしたのか」
「イイエ、ナニモ」
 ロラン王子は顔をそらし、ぎこちなく返しました。苦虫を噛みつぶしたようになるのを無理におさめると、どうしても片言喋りで白目がちになってしまうので隠すのに必死です。
 レオン王太子は几帳面に整えられた黄金色の髪の下、意志の強そうな眉を怪訝にひそめます。
「以前から思っていたがお前の喋り方、少し妙じゃないか」
「ゼンゼン。マッタク」
「どこか具合が……」
「オ腹スイタノデ、ゴハン食ベテキマス」
 逃げるようにその場を離れ、ロラン王子は食堂にむかいました。
 今に見てろよこの兄上野郎、という文句を胸に秘めて。
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