婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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運命の出会い

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 コルトと合流したロラン王子たちが向かったのは、屋根つきの渡り廊下で王城とつながる小さめの塔でした。
 謁見の間はこの国を統括するチトセ女王のためのものだったので、ミヤ姫の客人として扱われた彼らは居住用の建物で対面することになったのです。
 離宮でばかりすごしていたロラン王子にしてみれば仰々しい部屋に連れていかれるよりはるかに気楽でしたが、これから意中の相手に会うのだと思うとなかなか落ちつきません。
「旅の者たちを連れてまいりました」
 ライゴの呼びかけに、戸がひかれます。
 私的な場所であっても王家の表座敷は、今朝方ロラン王子たちがくつろいだチヨ宅の奥座敷より洗練されたしつらえでした。床の間におかれた香炉も、名のある品に違いありません。
 侍女にすすめられ、アルマンとコルトがミヤ姫の前にしますが、ロラン王子は入口に茫然と立ちすくんだまま。まぢかで見るミヤ姫にすっかり目を奪われています。
「おい、頭が高いぞ」
 部屋に引きいれ無理に座らせようとしたライゴを、ミヤ姫が制します。
「いいのです。話はうかがいました。私のせいであらぬ疑いをかけられてしまったとのこと、どうぞお許しください」
 澄んだ鈴音みたような声で手をつきこうべをたれた彼女に、ロラン王子は殴られたような衝撃。我にかえって膝を折ります。
「気にしないでよ。俺たちって怪しげだから」
 明るく言ってのけたロラン王子に、ミヤ姫から微笑がもれます。
 けれども、それもつかのま。公衆の面前であられもなく涙したのを、彼女はひどく気に病んでいました。
「本当にご迷惑をおかけしました。私がとり乱してしまったばかりに」
「しかたないよ、あんなことされたら」
「ですが、ただでさえ物騒なことで不安に思ったたみもいたでしょう……」
 潤むまなこにロラン王子が慰めの言葉をかけようとしたとき、部屋の外から「身元引受人が到着しました」と声がかかりました。
 侍女が戸を開くなり、よそいき姿のチヨが遠慮なく入りこみます。
「なにをしてんだい、あんたらは」
 開口一番、あきれ顔で吐息。ミヤ姫には挨拶もありません。
 そばに立つライゴが、その非礼とがめるのかと思いきや、
「お前のとこの客だそうだな。話はすんだ。つれて帰ってくれ」
「ちょっと、誤解されるようなこと言わないで! 俺たちはチヨちゃんの友達で、ただ普通に泊まらせてもらってるだけで……」
 お嫁さん候補に、妓楼の客と思われてはたまりません。即刻ロラン王子は釈明しましたが、ライゴとチヨは自分たちだけで話を進めます。
「代金をとらずに働かせたらいい。人手不足だろ」
「そんなこと言ったって、任せられるのは雑用くらいのもんだよ」
「いないよりマシだ。モモの負担も軽くなる」
「うちとしては、安いなりでも宿泊費をとったほうが儲けになるんだがね」
「金に困ってるわけじゃないんだ、ケチケチするな」
「ちょっと聞いて! ちゃんと聞いて!」と割ってはいるロラン王子に、二人は迷惑顔。
「聞いてるよ。うるさいね」
「だとしても報告書では妓楼の客扱いになるが、かまわないか」
 ライゴの問いにロラン王子が青ざめます。
「なに言ってんの、かまうにきまってんでしょ!」
「だったら働け。そしたら従業員ってことにできる」
「なんで俺が!」
「それなら、やっぱり客だな」
「やだよ! ていうか、きみに関係ないじゃん! なんの権限があって、みくも屋のことに口だすのさ!」
「なくもない。俺とチヨは、いとこ同士だ」
「は? え? いと……こ?」
 役にたたない主と入れかわり、アルマンが会話に参加します。
「わかりました、働きましょう。旅の身ですから節約できるにこしたことはありません。ロラン様にも、いい社会勉強になるでしょうし」
 そんなのムリ! と断固拒否するつもりだったロラン王子ですが、ライゴとの縁で顔見知りらしいミヤ姫に「チヨさんのところなら安心ですね」と眩しい笑顔で言われては到底断れません。
「……じゃあ、そうする」
 かくして大国の王子は、まったくのなりゆきにより、遠く離れた異国の地で妓楼の使用人として働くことになったのでした。

「ほんと、とんでもない一日だったよ」
 ロラン王子が不平をこぼし、モモ手製の夕食をとります。仕事は明日からというチヨの好意で、彼らは客人としての最後の夜をすごしていました。
「で、なんでライゴもいるのさ」
 むかいで舌鼓をうつ仇敵を威嚇。しかし相手は、どこ吹く風です。
「飯を食いにきた」
「そういうお店に行けばいいじゃん」
「自分の家で食ってなにが悪い」
「ここはチヨちゃんちでしょ」
「いや、俺の実家だ。跡取りになる予定だったが近衛兵になったんで、あいつがかわりに楼主をやっている」
「……だから、そういうのは先に言っといてよ」
 ミヤ姫とチトセ女王が両親を亡くされたのは、まだ二人が幼いころでした。
 王位を継承したチトセ女王は、初めこそ『お飾り女王』などと言われていましたが、聡明な努力家だけあって現在は立派につとめをはたしています。
 従来の身分制度にとらわれず、出自などに関係なく実力や才覚のあるものを積極的に登用。また、そうすることで自身も力をつけてきました。
 ライゴも拾いあげられたうちの一人。チトセ女王の裁量で、直属の近衛兵となったのです。
「ふぅん、チトセ女王って案外柔軟なんだね。俺、わりと好きだな、そういう考え方」
 ロラン王子が素直に感じ入ります。前情報で融通のきかない小姑という印象だっただけに、株は急上昇です。
「それに、チヨちゃんが楼主で正解じゃない? ライゴがなってたら、お客さん来なそうだもん。おっかなくて」
 皮肉じみた発言は率直な感想と、ちょっとした軽口と、昼間拘束された恨みがまじったもの。ですが、言われたほうは一瞥もくれず。
「だから俺も、心おきなく任せられる」
 すげない態度にロラン王子が気おくれします。
「お、怒んなくてもいいでしょ、冗談なんだし。……そりゃ、いじわるなこと言ったのは悪かったけど」
 実際のところ、ライゴは憤慨したわけでなく、まったく相手にしていないだけでした。
 楼主のせがれの大出世に、心ない罵詈雑言をあびせられたことは数知れず。
 なので、悪意の少ない揶揄なぞは痛くもかゆくもなく。それどころか、すぐに申し訳なさそうにしてきたロラン王子の態度に興味がわき、ちろりと視線をよこします。
「なにその目。言いたいことあるならハッキリ言ってよ」
「明日からしっかり働けよ」
「ひえっ、さっそく主人づら! 俺は雇い主チヨちゃんの言うことしか聞きませんからねっ!」

 食事をすませ裏口から出たライゴが、気配に足をとめます。
「うちが保証人じゃ不満かい」
 庭木のかげ、宵闇にまぎれて声をかけてきたのはチヨでした。
 ライゴが常からの厳しい表情を、ふっと緩ませます。親しい間柄にだけ見せる彼の本性です。
「お前が懇意にするくらいだ、間違いないだろう。ただ……」
 見あげた空には朧月。けれどもライゴの瞳に沈むのは、かすむ光ではなく静かな強い炎です。
「どれほどの者かは自分で見定める。それだけだ」
 どこからか笑い声を乗せて、生暖かな春風がすぎてゆきます。
 二人のそばの木も呼応するかのように、ざわざわと梢を揺らしておりました。
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