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妙な貴族【1】

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 翔はふと、喉が乾いているのを感じた。“乾き”という感覚があることにも少し驚きながら、キャスに伝えると、「じゃあ、商店に行こう!」と割とテンション高めで答えてくれた。“愚かなるマジョリティ”の街から出て、明らかに表情が柔和になっている。

 あの街の人々の表情は、基本イライラしているようで、殺伐としていた。あれでは、気持ち良くなる方がおかしいだろう。あの街の人々にとっては、それが日常のようだったが。

 貴族の街の商店は、品揃えが豊富なコンビニに似ていた。違うのは全くの無人だということ。キャスによると、品出しも会計もすべてシステム化されているらしい。

「これ、どうやって購入するの?」
 1リットルのペットボトル風の容器に入った水を手にして、翔は聞く。材質はプラスチックっぽいのだが、妙に手に馴染み、触り心地が良い上に、滑りにくい。

「そのまま持って出たら、決済されるよ。私たちの村で買ったらこの価格の3分の1だけど、やっぱり貴族街は高いわね」と顔をしかめて、キャスは答えた。

 てか、お金ってどうなってるんだ?大丈夫なのか?と思いながら、店を出る。すると、軽いアラート音が耳の奥から聞こえ、視界の左端に数字が出てきた。同時に「マイナス10クレジット。残り99万9990クレジット」と表示されている。
 
 この世界に投資したのが100万円。水一本で10クレジットということは、円換算で10円。だいたい、現実社会の10分の1以下程度だ。キャスによると、それでも高いらしい。
 
 ということは、だいたい1000万円以上の資産を持ってことか──と、翔が心の中で計算していると、翔の格好を奇妙そうに見ていた貴族の一人が、まあまあいきなり、「外からの人かい。やっぱり、妙な服装をしているねえ。何をしているんだい?」と声をかけてきた。
 
 よもすれば失礼にも当たるような急激な距離の詰め方ではあるが、嫌な気がしないのは、その貴族が醸し出すおどけたような雰囲気と、この一瞬の間《ま》においても、こちら側に対する敬意を感じられたからだろう。翔自身、好奇心を立脚点にして話を聞く仕事である、新聞記者だったからというのもある。慣れているのだ。

「ああ、声をかけた私の方から名乗るべきだな。私の名前は……
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