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第二話-12

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鍋谷老人の朝は、午前四時半から始まる。
郵便受けから新聞を出し、電気ポットに水を入れお湯を沸かす。
その間に新聞に目を通し、お湯が沸いたら緑茶を入れる。
仏壇にお供えしそれを終えて、テレビでニュースを見る。
午前六時頃朝食の用意をする。
献立は昨晩、炊飯器にセットし朝炊けたご飯、インスタント味噌汁、納豆、漬物そして、夕飯の残り物があったりなかったり。
それを食して、午前七時に店の開店準備をする。
店内の清掃を行い、在庫のチェック、補充を行いシャッターを開ける。
午前九時、店を開店する。
これが今までの鍋谷老人の日課であった。
がしかし、現在は違う。
住み込み店員の長五郎がいるからだ。
長五郎は、鍋谷老人が起きる前から起きて家の掃除、新聞の受け取りから朝食の準備、店の開店準備までを一人で熟していく。
ここに来て一週間程度でだ。
鍋谷老人は感心していた。
長五郎の勤勉さもそうだが、彼の人柄なのか遠のいていた客足が戻りつつあったからだ。
そんなことを思いつつ長五郎の用意した朝食を食べる鍋谷老人。
「どうですか?」
鍋谷老人に味の感想を求める長五郎。
「嗚呼。美味しいよ。
なんか懐かしい味がするね。」
「それはこのノートに書いてあったレシピを基に作ったんです。」
長五郎は、一冊ノートを鍋谷老人に見せる。
ノートの表題には、‘お父さん・お気に入りのレシピ`と書いてあった。
「なんだい?それは。」と鍋谷老人。
「これ、部屋を掃除していたら出てきたんです。」
「そうかい。」鍋谷老人は、素っ気ない返事をする。

その日の夕方、食材の買い物を長五郎に任せ一人店番していると二人の男女が店を訪ねてきた。
「こんにちわ。長五郎君、居ますか?」有菜が鍋谷老人に尋ねる。
「長五郎君は、今出かけているね。」
「そうですか。あの待たせてもらっても良いですか。」
「ああどうぞ。」
鍋谷老人が許可すると雫が話しかけてきた。
「爺さん。あいつ、どう?
役立っている?」
「物凄く役立ってもらっているし、彼が来てから客足も増えてきてね。」
「それは良かった。」安堵する雫。
店に近所の小学生であろう男女が入ってきた。
「お爺さん、長五郎居る?」一人の男の子が鍋谷老人に聞く。
「今、買い出しに行っていてね。
もうじき帰ってくるんじゃないかな。」
「そう。」少し寂しげそうな感じの子供達。
「私が、遊んであげようか。」気を利かす有菜。
しかし、一人の男の子から辛辣な言葉を浴びせられる。
「うっせえわ!ブス女‼」
「なっ⁉」
怒りをこらえる有菜の横で雫が、肩を揺らして笑う。
「何、笑ってんのよ!」
有菜は、エルボーを雫に食らわす。
「ふぐっ!」
手をパンパンと掃う有菜。
それを見て小学生達が顔を見合わせひっそりと退店しようとしている所に長五郎が帰ってきた。
「あれ、どうしたの皆。」子供達に聞く長五郎。
指を頭に立てて鬼のジェスチャーをして立ち去る子供達、どうしたんだろうかと思い店を見ると雫が有菜に怒られていた。
「水田さん!」
「お、おう」覇気のない返事をする雫。
「久しぶり、長五郎君。」と有菜。
「あっ、確か警察の・・・」
「うん、そう。
泉 有菜、思い出してくれた?」
「はい。
で、今日は何しに?」
「お前さんに聞きたいことがあんの。」雫は、鳩尾を抑えながら言う。
「分かりました。
あの~これ置いてからでも良いだすか?」
二人に買い物袋を見せる。
『どうぞ』と雫、有菜。

三人は近所の公園に来ていた。
「それでオラに聞きたいことって何ですか?」
「長五郎君が、逃げ出してきた場所って分かる。」
「それが土地勘なくてよくわ。
無我夢中で飛び出してきたもので。
すんません。」
「ううん、気にしないで。
この写真も見て心当たりない?」
有菜が長五郎に基地局転送装置の写真を見せる。
「いやぁ~分からないだす。
この機械がなんか関係あるんだすか。」
「詳しいことは言えないけどそうなの。」
解決への糸口がつかめなので困り果てる有菜。
「あ!長五郎だ!」
店にいた子供達とは別の子供たちが声をかけてきて近寄ってきて質問攻めが始まる。
「何してるの?」
「ねえ、このおじさんとおばさん誰?」
「お店は?」 
そんな質問攻めにも長五郎は、子供達を無下に扱うことなく丁寧に対応していく。
何故、あの駄菓子屋が再び繫盛し始めたのかよく分かった様な気がした雫と有菜であった。
『長五郎、ばいば~い‼』子供達は、帰路に就く。
手を振りなが見送る長五郎。
「長五郎君って子供の扱いが上手だね。」
「そんな事は」
「大したもんだよ。
だって、泉パイセン子供に寄り添おうとしたら悪態付かれちゃうから。
ね、泉パイセン。」と雫。
今度は、雫の顔面に裏拳をかます有菜。
「うぐっ!」
雫は気をつけの姿勢をしながら後ろに倒れる。
「あっ、思い出した!」と長五郎。
「本当?」食いつく有菜。
「実は、オラがこの星に来てすぐ会社の親睦会があって。
その時に、空間ゲートを使って浦安?にある遊園地に行ったんです。」
「あそこね。」
「それで、転送された場所が一軒家だったんです。
その家が豪邸でよく覚えていて。」
「ちょっと待ってね.」
有菜がスマホを操作し、地図アプリの写真モードで浦安にある遊園地付近を出す。
「これを見ながら教えてくれる?」
「はい。」
長五郎が、一生懸命に記憶をたどりながら場所を探す。
「ここだす!」有菜にスマホを見せる。
「ありがとう。」
有菜はそう言うと該当の建物にピンを打つ。
そして、倒れている雫を起こす。
「いつまで寝てんのよ。」
「はっ!ここはどこだ?
僕は今まで何を?」起き上がる雫。
「何、変な子芝居をしているのよ。」
「バレた?」
「バレバレ、帰るよ。」
雫と有菜は長五郎と分かれ、夕飯を食べながら捜査会議をすることになった。
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