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第4章:不協和音
4・茉莉花ちゃんの話
しおりを挟む「小花!」
茉莉花ちゃんを捜して校舎を出ると、厚くんに声をかけられた。厚くんは、
「小花、茉莉花姫を頼む! 今は、俺じゃ駄目だ! 体育館裏に居るから、行ってやってくれ!」
と続けると、私に頭を下げた。
「うちの茉莉花姫はさ、確かに渚が言っていたみたいに、世間知らずの甘ったれのお嬢様だよ。でも悪い子じゃないんだ」
「うん、知ってる。茉莉花ちゃんは悪い子じゃない。とっても良い子だよ!」
さっき、茉莉花ちゃんは私を助けようとして、ケンカは止めてって言ってくれたんだ。
まさかあんな事になるとは夢にも思っていなかったとは思うけれど、あんな雰囲気の中で発言するのには、勇気が必要だったと思う。
「茉莉花ちゃんの事は、私に任せて!」
私は厚くんにそう言うと、体育館裏に向かった。
茉莉花ちゃんは、体育館裏の階段の所で、膝を抱えて蹲り、泣いていた。
そっと近づいて、
「茉莉花ちゃん、大丈夫?」
と声をかけると、彼女は俯いたまま首を横に振り、「大丈夫なはずないでしょう」と言う。
そりゃそうだよね。大丈夫なはずないよね。
私は、茉莉花ちゃんの隣に腰を下ろし、茉莉花ちゃんの震える背中をそっと撫でた。
「わたくし、もう、人が信じられませんわ……」
茉莉花ちゃんは膝を抱えて俯いたまま、そう言った。
「小花、わたくしね、今までお友達がおりませんでしたの」
茉莉花ちゃんはぽつりぽつりと、自分の事を話してくれた。
茉莉花ちゃんはずっと周央学園に通っていたけれど、同じ年の子供たちはみんな分家で、いつも茉莉花ちゃんを遠巻きに見ているだけで、気軽に話す事なんてできなかったのだという。
「でも、高等部になってからは違います。千隼様が声を上げて、みんな仲良く、楽しく、と言ってくださいました。あの言葉の裏には、四家だとか、分家だとか、そういうものは関係なく、みんなで仲良く楽しくやっていこうという意味があるのだと、わたくしは思いました。お姉様は千隼様の考えを、甘い、とおっしゃっていましたが、私は千隼様に憧れました。なんて素晴らしい考え方なのだろう、私もみんなと仲良くできるかもしれない、友達ができるかもしれないって、そう思いましたの」
茉莉花ちゃんのお姉さんの世代は、親の世代のせいで、みんな仲が悪いと言っていた。
今朝、茉莉花ちゃんのお姉さんや、北御門将成さんを見た限りでは、そんなに仲が悪いという印象は受けなかったけれど、本当は違うのかもしれない。
本家と分家の間には、ものすごく高い壁があるように思えたし、確かにそういった環境では友達を作るっていうのは、とても難しそうだ。
「そして小花……高等部からは、あなたが入学してきました……。あなたは千隼様と同じように明るくて、当たり前のように、みんなで仲良くしたいって言ってくれました。その中にわたくしも入っていけて……わたくし、つい先程まで、本当に楽しかったのです……だけどっ……」
「茉莉花ちゃん……」
「だけど、本家と分家とでは、友達になれるはずがなかったのですわ……。真紀さんも、渚さんも、武くんも、厚だって、みんなわたくしの事が本当は嫌いなのですわ!」
「そんな事ないよ! 少なくとも、厚くんは茉莉花ちゃんを大事に想ってるよ!」
「それは、わたくしが、南の本家の者だからですわ! 厚は水面の分家である南条家の者ですからっ……」
「そうだとしても、厚くんが茉莉花ちゃんを大切に想ってる事には違いないよ! さっきだって、厚くんは茉莉花ちゃんの事を、ものすごく心配していたんだよ! それに私は、茉莉花ちゃんの事が大好きだよ!」
私がそう言うと、茉莉花ちゃんは顔を上げ、目を見開いて私を見つめる。
私はブレザーのポケットからハンカチを取り出すと、茉莉花ちゃんの涙を拭いてあげた。
「あ、あの……」
「何?」
「小花は……わたくしの事を、嫌いではありませんの?」
「嫌いじゃないよ! 大好きだよ! 今、そう言ったでしょ!」
「小花っ……」
「それに、茉莉花ちゃんの気持ち、私、なんとなくわかるもん! 本家の子が分家の子によく思われていないっていうのなら、私だって同じだもん! 私なんて、四家の事とか全然知らないまま、この周央学園にきたんだよ? さっき、渚ちゃんや真紀ちゃんにわかってないって言われたけど、そんな事を言われても、ここに来たばっかりなんだから、そんなのわかるわけないでしょって感じだし!」
思い出したら、ちょっと腹が立ってきた。
知らないから、わからないから、みんなに迷惑をかけないように、みんなに追いつけるように、頑張ろうって思っていただけなのに。
「小花も、苦労しますわね」
「うん、そうだよ。だから、私は茉莉花ちゃんの気持ちが、わかる。茉莉花ちゃんだって、私の気持ち、わかってくれるよね」
私がそう言うと、はい、と茉莉花ちゃんは頷いてくれた。
「小花、改めて、お伺いした事があるのですが」
「何?」
おそるおそる、という感じで、茉莉花ちゃんが聞いてきた。
何を言われるのだろうと思いながら、顔を覗き込むと、茉莉花ちゃんは少し唇を尖らせ、私を上目遣いで見つめながら、言った。
「小花は、わたくしと、お友達になってくれますか?」
茉莉花ちゃんの言葉に、私は吹き出してしまった。
大好きだってちゃんと言ったのに、何を改めて聞くのだろうって。
だけど、きっと友達を作るという事に対して、茉莉花ちゃんは自信がなかったんだろうな。
だから今の私が彼女に言うべき事は、一つだった。
「もちろんだよ! これからも、よろしくね!」
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