48 / 115
第4章:不協和音
8・元気になって
しおりを挟む私と茉莉花ちゃんは、茉莉花ちゃんが真中家に来たのを、友達の家に遊びに来ただけ、と考えられるようになってからは、特に何かを話す事もなく、静かな時間を過ごしていた。
多分、互いに考えていたのは、今朝の学園での事なんだろうけど、今はその事について話し合っても、何も解決できないような気がした。
ただ、時々茉莉花ちゃんが泣きそうなっていたから、そのたびに私は茉莉花ちゃんの手をぎゅっと握って、茉莉花ちゃんは一人じゃないからという気持ちを伝えていた。
それは、私も一人じゃないと、自分に言い聞かせていた事でもある。
「小花、開けるよ」
そう言って扉を開けたのは、叔父さんだった。
叔父さんは私と茉莉花ちゃんを見ると、
「二人とも、遅くなってごめんね。お客さんがいっぱいでさ。お昼ごはんができたから食べなさい」
と言って、手招きする。
部屋の外から漂ってくるお肉の匂い、ぐう、とお腹が鳴る。
時計を見ると、もう十三時半を過ぎていた。
「生姜焼きなんだけど、茉莉花ちゃん、食べられるかなぁ?」
「生姜焼き?」
こてん、と首を傾げて、茉莉花ちゃんが呟く。
どうやらお嬢様は、生姜焼きを知らないらしい。
「あのね、豚肉を甘辛く炒めたもので、白いご飯をガッツリ食べたくなるおかずなんだけど……まぁ、食べられそうになかったら別のものを作ってあげるから、とりあえず食べてみて」
「は、はい……」
茉莉花ちゃんが素直に頷いてくれたので、私は叔父さんに続き、茉莉花ちゃんと一緒に二階のリビングへと向かった。
テーブルには三人分の生姜焼き定食が並べられていた。
「お客さんがだいぶ落ち着いてきたから、今、店の方は父さんと母さんで対応してくれてる。茜は、昌央を連れて買い物に行ったんだ。だから、僕も一緒にお昼ごはんを食べてもいいかな?」
叔父さんはコップに麦茶を注ぎながら、そう言った。
茉莉花ちゃんが緊張するんじゃないかと少し気になったけれど、彼女はしっかりした口調で大丈夫です、と言い、叔父さんにお礼を言っていた。
だいぶ慣れてくれたみたいだ。
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「はい、いただきます」
「い、いただきます」
叔父さんの声を先頭に、私と茉莉花ちゃんは手を合わせた。
それからお箸に手を付けて、目の前の生姜焼きを食べるふりをして、茉莉花ちゃんを見守る。
叔父さんも茉莉花ちゃんが気になっていたのだろう、私と同じように食べるふりをして、茉莉花ちゃんを見守っていた。
茉莉花ちゃんはお箸を持ったまま、しばらく豚の生姜焼きを見つめていたけど、一切れを摘んで口に運ぶ。それから、
「わ」
と小さく驚くと、お茶碗を手にして白いごはんを口へと運んだ。
「茉莉花ちゃん、どう? 食べられそう?」
おそるおそる聞くと、茉莉花ちゃんは目を輝かせて頷いた。
「は、はい、美味しいです! ごはんをたくさん食べたくなります!」
「うん、そうだよね!」
茉莉花ちゃんの言葉を聞いた叔父さんは、小さくガッツポーズをした。
「ごはんをたくさん食べてほしかったから、生姜焼きにしたんだ。そう言ってもらえると、僕も父さんも、とても嬉しいな」
「あ、あの、圭様がおっしゃるお父様というのは……こ、小花の、おじい様……昌幸様の事ですか?」
「け、圭様?」
様付けで呼ばれた叔父さんは、一瞬困ったような表情をしたけれど、そうだよ、と頷いた。
茉莉花ちゃんにはまだ、「小花の叔父さん、小花のおじいさん」と呼ぶのは、ハードルが高いらしい。
「僕の父さん……小花のおじいちゃんと相談をして、今のメニューを決めたんだよ。茉莉花ちゃん、元気がなさそうだったから、元気になってもらいたくて。真中の者はね、美味しいごはんをみんなに食べてもらって、元気になってもらいたいって思ってるんだ。だから、茉莉花ちゃんが生姜焼きを食べて、白いごはんをたくさん食べたくなったって思ってくれたのなら、僕も父さんも、とても嬉しいんだ。これが、真中の者の考え方なんだよ」
「真中様……」
叔父さんの言葉を聞いた茉莉花ちゃんは、ぽろぽろと涙を零した。
思いがけない人からの優しさに触れて、感動しちゃったみたいだ。
そっとティッシュを渡してあげると、茉莉花ちゃんは涙をティッシュで拭いつつ、何度もありがとうございますと繰り返した。
「茉莉花ちゃん、多分、南京極のおうちで真中の事はいろいろと言われているんだろうけど、うちはただの定食屋だから、いつでも気軽に来てくれたらいいからね。僕も父さんも、他のメニューも食べてみてほしいから」
「はい、ありがとうございます! また、食べに来させていただきます!」
茉莉花ちゃんは明るい声でそう言うと、笑顔で頷いてくれた。
叔父さんは満足そうに頷くと、さぁ、食べて、と私たちを促す。
そして私と茉莉花ちゃんは、ごはんのおかわりまでして、用意してもらった豚の生姜焼きを完食した。
0
あなたにおすすめの小説
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる