西園寺家の末娘

明衣令央

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第5章:闇

18・優介

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「小花ちゃん、ちゃんと挨拶をするね。僕の名前は、西園寺優介。よろしくお願いします」

 私の隣に腰を下ろした優介さんは、ぺこりとお辞儀をした。私も同じように、ぺこりとお辞儀をする。

「よろしくお願いします。あのっ……」

「な、何かな?」

「ゆ、優介さんは、私の、もう一人のお兄さん、なんですよね?」

 私がそう聞くと、優介さんはこくんと頷いたけど、とても寂しそうな表情をしていた。

「うん、そうだよ。とても情けない、頼りないお兄ちゃんだけどね」

 優介さんは自分の事を、そんなふうに言う。自己評価がとても低いみたいだ。
 どうして優介さんの自分の評価が低いのかはわからないけれど、これも蘭華さんが言っていたと言う「優しすぎる」と言う事に関係しているのかもしれない。

「あの……優介さんは、麗華さんみたいに、私の事、嫌いじゃないんですか?」

 おそるおそる尋ねると、優介さんは、

「僕は、小花ちゃんが大好きだよ。ずっとずっと、会いたいって思っていたんだよ」

 と、とても優しい表情で言った。
 ここにちい兄が居たら、騙されるな、なんて事を言うんじゃないかと思うけど、私は今の優介さんの言葉は、本当のものだと思った。
 多分優介さんは、嘘をつけない人だと思う。

「こ、小花ちゃんっ! 大丈夫?」

「え? あぁ、大丈夫です」

 優介さんの言葉が嬉しくて、安心して、私はまた泣いてしまった。
 泣いた私に驚いて狼狽える優介さんに大丈夫だと言うと、私は涙を拭って、優介さんに笑いかけた。

「あの……」

「何?」

「お、お兄さんって呼んでもいいですか?」

「小花ちゃん、こんな僕を、お兄さんって呼んでくれるの?」

「だって、私のお兄さんでしょ? お兄さんって、呼びたいです!」

 私がそう言うと、今度は優介さん……いや、優介お兄さんが泣きだしてしまった。
 顔を覆って、ありがとう、ありがとう、と繰り返す優介お兄さんに、

「優介、お兄さん」

 と小さく呼びかけると、優介お兄さんは本当に嬉しそうに、幸せそうに笑う。
 喜んでもらって良かったと思いながらも、呼び方は優介お兄さんでいいかな、と考える。
 ちい兄は千隼って名前だからちい兄って事を考えると、優介お兄さんは優介だからゆう兄か……どちらがいいだろう?
 いきなりゆう兄って言ったら、馴れ馴れしすぎるかな?

「あ、あの……」

「なんだい、小花ちゃん」

「今思ったんですけど、優介お兄さんって呼ぶのと、ゆう兄って呼ぶのでは、どっちがいいですか?」

「え?」

 優介お兄さんはものすごく驚いたようだった。
 やっぱり、いきなりゆう兄だなんて呼ぶのは、馴れ馴れしすぎたかもしれないと思った私の前で、優介さんはまたものすごく嬉しそうに笑う。

「じゃあ、ゆう兄がいい! 小花ちゃん、千隼の事を、ちい兄って呼んでいるんだろう? ぼく、それがとっても羨ましかったんだ! だから、僕の事も、ゆう兄って呼んでほしい!」

「わかった! じゃあ、ゆう兄で!」

 優介お兄さん改め、ゆう兄は、私の手を握りしめ、何度もありがとうと繰り返した。

「じゃあ、ゆう兄、行こう!」

 私はゆう兄の手を掴んで立ち上がると、きょとんと首を傾げるゆう兄に、言った。

「真中のお家だよ! おじいちゃんもおばあちゃんも、ゆう兄に会いたがってるから!」

「え?」

 驚くゆう兄の手を掴んで、私は走り出した。
 定食屋まなかは、土曜日は昼だけの営業だから、もうお店を閉めて片付けをしている頃だろう。
 ゆう兄は戸惑いながらも私に手を引かれてついてきて、そして――。

「おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さん、ただいま! 見て見て、この人、誰かわかる?」

 店に飛び込んだ私に、おじいちゃんとおばあちゃん、それから叔父さんはびっくりしたけれど、ゆう兄を見てとびきりの笑顔になった。

「お前、優介じゃな! 優介じゃろ!」

「優ちゃん! あなた、優ちゃんね!」

「優介! 良く来たね!」

「お、おじいちゃん、おばあちゃん、お、叔父さんっ……う、ううっ……うわあんっ……」

 おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さんに大歓迎されたゆう兄は、今まで押さえ込んでいた感情が爆発してしまったのか、まるで子供みたいに大声で泣きだしてしまった。
 そんなゆう兄にゆっくりと近づいてきたおばあちゃんが、優しくゆう兄の背中を撫でて、抱きしめる。

「優ちゃん、おばあちゃん、あなたにずっと会いたかったわ。良く来てくれたわねぇ」

「お、おばあちゃんっ……ぼ、僕も、僕も会いたかったよっ」

 ゆう兄もおばあちゃんの体を抱き返して、うん、うん、と泣きながら何度も頷く。

 私のもう一人のお兄ちゃんは、とても泣き虫で、そして優しい。

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